頑張ってギリギリ連日投稿ェ……!
二人しか居ないスタジオにベースとギターの音が鳴る。しかしドラム、キーボード、ヴォーカルがいない今、そこに以前のような迫力はない。控え目に空気を震わせるだけだった。
「今井さん、少し音がずれてるわよ」
「ごめんごめん! う〜、アタシここ苦手だな〜……。もっと練習しなきゃ」
「ええ、そうね。私でよければ幾らでも付き合うわ」
「うんっ、ありがと!」
「では早速……と言いたいところだけど、そろそろ休憩にしましょうか」
「オッケー♪ ……ってうそ! もうこんなに時間経ってたんだ」
時計を確認すると、既に練習開始から1時間以上が経過していた。
水分補給を終え、スタジオ内を見回す。
「ねえ紗夜〜……アタシ達、本当にこうやって練習してるだけでいいのかなあ?」
「宇田川さん達や湊さんが練習に来ない以上、私たちでRoseliaを守らなければいけないでしょう。今、誰もRoseliaの楽曲を演奏しなくなったら今度こそ崩壊してしまうような気がして……」
「紗夜……」
確かに……紗夜の言う通りだ。バラバラになっちゃった今だからこそ、アタシ達がRoseliaを守らなきゃいけない。もう一度、Roseliaを取り戻すために。
でも……。
(取り戻す、って言ってもな〜……)
結局、どれだけ考えてみても取り戻し方はわからない。友希那の言ったように昔に戻るのか、新しい状態になるのか。偏に取り戻すと言っても、課題は漠然的過ぎた。
「たとえ今の音に以前のような迫力がなかったとしても……これが、私たちの音なのだから……やるしかないのよ」
「紗夜、ホントに変わったね」
前とは別人みたい──なんて、口にはしないけど。
「まあ……そうね。私自身そう思うわ。特に、本街さんが来て以降」
言われて、頷く。
前に本人が言っていたように、Roseliaというバンドの経験を通して紗夜は大きく変わっている。修哉のことで友希那に怒りを露わにしたのがその大たる証左だろう。
ううん、紗夜だけじゃない。修哉が来てからバンド全体が変わっていった。思い付きの提案から始まったこの関係は、いろんな形でアタシ達に影響を与えてきた。
「この前のこと、気にしてる……?」
「ええ……少し、感情的になりすぎました。でも、後悔はしてないんです」
憂いを帯びた、しかしどこかすっきりとした表情でそう零す。その姿にふっと優しい気持ちが込み上げた。
「……んんっ! まあそれはそれとして。私個人がここで立ち止まるわけにはいかないのよ」
「個人……立ち止まる……」
呟いて、ばっと顔を上げた。その動作に紗夜が驚いたのが目に映る。
そっか、もしかしたら……!
「紗夜……っ! アタシ、わかったかもしれないっ!」
「わかったって……何が?」
何がなんだかわからない。そう言いたげな手を取って、アタシは高らかに告げたのだった。
「Roseliaを取り戻す方法っ!!!」
● ○ ● ○
「──って思ったんだけど」
上手く喋れていたかわからないけど、一通り考えを伝え終えると紗夜は顎に手を当てた。
「なるほど……つまり、私達はRoseliaというバンドをやっていながら、個に囚われていたと」
「うん、なのかなって。アタシ達、RoseliaっていうバンドでFUTURE WORLD FES.を目指してたつもりだったけど……それって本当に目指せてたのかな? ……って」
きっと、アタシは目指せていなかった。
結成当初は目指せていたと思うけど、それすら意識的なものだったのかもしれない。
「みんな、Roseliaの中で個人の目標にしか向かえてなかった気がしてきてさ」
「Roseliaにいながら、誰もRoseliaのことを見ていなかったんじゃないか……ということですか」
「うん」
友希那はFWFに出場して頂点を目指す為に。
紗夜はヒナと向き合う為に。
アタシは友希那を支える為に。
それぞれがそれぞれの目標を抱えながら、一つになったと錯覚していたんだ。その皺寄せが今回の崩壊だった。
「確かに、今井さんの言う通りね……」
静かな呟きが床へ落ちる。
「私は自分の音を探す為に……妹との約束を違えないためにギターを続けているだけで、Roseliaという集団を意識できていなかった」
「だけでなんてそんな……! アタシもさ、同じなんだよ。友希那のことばっかりでRoseliaを見れてなかった」
ちら、とステージへと目を向けるが、そこには誰の姿もない。
賑やかさが、温もりが失われたその空間は物寂しさを湛えたまま、じっと黙り込んでいた。
「燐子が飛び出して行った時『誰の音も聴いてない』って言ったのは、そういうことだったのかも」
「一番集団を意識できていたのはひょっとすると、白金さんだったのかもしれませんね」
「あこもそう。いつも『Roseliaはカッコイイ』って言ってたから」
「それと────」
「「修哉! (本街さん)」」
「……あははっ!」
「……ふふっ」
声が揃ったのが可笑しくて、二人でしばらく笑い合う。
この場に修哉がいたら「ねぇ、いい加減そのついでみたいな扱いやめてね?」なんて言いそうだ。その台詞がやけにリアルに想像できて、さらに笑みが深まった。
「……っと、笑ってる場合じゃなかった」
「……そうですよ今井さん。しっかりしてください」
「紗夜だって笑ってたからね!?」
空気が明るくなったのを肌で感じる。重い話に沈んだ口角は持ち上がり、自然と笑顔が浮かぶ。どうやら紗夜も同じらしかった。
「Roseliaを取り戻すには三人の力が必要みたいね」
「うんっ! とりあえずスタジオから出ない?」
「ええ、そうしましょう」
居ても立っても居られない気持ちに駆り立てられる。これからどうするかはまだ決まってないが、無性に行動したくなった。
片付けを終えスタジオを出る。普段と違い二人分しかないため、さほど時間はかからなかった。
自動ドアを通り抜けると、日暮れを迎えたカフェテリアに出迎えられた。時期が時期だけに人は少なく、照明に照らされた椅子やテーブルが物静かに佇んでいる。
「あ、リサさんに紗夜さん。こんばんわ」
聞き慣れない声に名前を呼ばれ視線を振ると、
「巴さん?」
あこの姉、宇田川巴がそこにいた。
「巴。一人? バンドのみんなは?」
「今日はみんな都合が悪くて。いつもは蘭がやってるんですけど、今日はアタシがスタジオの予約を入れに来たんですよ」
「そうだったんですか」
赤髪を風に靡かせながら巴は困ったように笑うと、「そういえば」と言葉を続けた。
「最近、あこが燐子さんの家に行って一緒に衣装を作ってるんですよ」
「あこと燐子が……?」
「衣装を……?」
ばっ、と紗夜と顔を見合わせる。
(そっか。あこたちもRoseliaを取り戻そうと……)
心が温かくなるのがわかる。二人が諦めていなかったことが何より嬉しくて、アタシはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「ありがとう、巴さん」
「アタシからもありがとう、巴」
「いえいえ! アタシは何もできないけど……応援してます」
「失礼します」と頭を下げて、巴はスタジオに入って行った。
頑張ってるんだ。あこも、燐子も。ならアタシ達も頑張らなきゃ……!
「紗夜、この後大丈夫?」
「私も同じことを聞こうとしていたわ。……白金さんの家に行ってみましょう」
「うんっ!」
スタジオの屋外灯に背を向けて歩き出す。時間が夕飯時なのが気になるけど……とりあえず行ってみよう。とにかく今はこの気持ちのままに行動したかった。
「宇田川さんと白金さんはいいとして、本街さんはどうしますか……?」
「あっ」
そうだった。巴のお陰であこと燐子の現状は把握できたけど、修哉については未だ不明のまま。そもそも接点が失われてしまった今では知ること自体が難しかった。
「うーん……電話、かけてみる……?」
「出るかどうか怪しいところですが、今はそれしかないわね。いきなり本街さんの家に押しかけるのも気が引けますし」
「だね……ならアタシ、かけてみるよ」
携帯を取り出し、某メッセージアプリを開く。慣れない通話ボタンに指を近づけて──一瞬、動きを止めた。
もし出なかったらどうしよう。出たとして、何を話せばいいんだろう。そんな思考に囚われて指はその先へ進まない。
ただ、足音だけが反響した。
「今井さん……?」
「っ、あぁごめんごめん! 今かけるね」
笑顔で強がって、そのボタンをタップする。連絡を取り合うことがなくなった今、時間に埋もれた最後のトークに胸が痛んだ。
一応、スピーカー状態にしてじっと待つ。
一回、二回、三回。コールが回数を重ねる度に、心臓も煩く暴れ回る。
友達に電話をかける。言語化すればたったそれだけの行為なのに、背中に少し汗が滲んだ。
紗夜も緊張しているのか、ただ無言で画面を見つめる。
「──ぁ」
何コールしただろうか。不意に画面が元へ戻る。同時に鳴り止む電子音。着信を拒否された証だった。
「出ません……でしたね」
「……うん」
行き場をなくした携帯をそっとしまう。
一体、どうしたかったんだろう。自分からかけたのに、出て欲しかったはずなのに。拒絶に胸が痛むのに、
──どうしようもなく、
「……さん。今井さん」
「っはい! な、なに?」
「いえ、白金さんの家に着きましたよ」
紗夜に呼ばれ立ち止まる。どうやら進みすぎたらしい。振り返ると紗夜と距離が開いていた。
「なにを考えていたのか、私にも少しわかる気がします。けれど、折角ここまできたんだから今は気持ちを切り替えましょう」
「紗夜……。うん、ごめん。よーし切り替えた! 行こっ!」
そうだ。折角久し振りにあこと燐子に会うんだからこのままじゃダメ。修哉のことは気になるけど、今は少し置いておこう。
「……っていうか、紗夜?」
「何かしら?」
「えーっと……ここ、本当に燐子の家……?」
「そうよ」
「そ、そっかー」
目の前に建つ豪邸に目を見開くアタシを置き去りに、紗夜はインターホンを鳴らしたのだった。
● ○ ● ○
「ただいま」
帰宅するなり呟いて、逃げるように自室へ向かう。スクールバッグを放るように床に置くとそのままベッドに倒れこんだ。
息遣いだけが暗い部屋に溶けていく。
修哉に会いたい。会って話がしたい。そう願っても依然距離は縮まらず、あれからまた無為に日々が過ぎた。
──どうすれば、いいんだろう。
答えなんて出ないのに。考えるほど胸がぎゅぅっと締め付けられるのに、まるでそれしか許されていないかのように何度も何度も繰り返す。
落ち着きを取り戻して尚、私はあの日の思考に溺れていた。
「……あっ」
ふと、目の前にある机の上へと視線が向いた。そして、一冊の本をその手に取る。
『美味しい楽しいクッキー作り』。表紙にはそう書かれていた。
以前、練習の休憩時間にカフェテリアでクッキーの話題になった後にこっそり買っておいたものだ。それが未だ一度も開かれていないことに一抹の寂しさが込み上げる。
「……駄目」
馴れ合いは、クッキーはいらない。自分で言ったことだ。自分で言った、ことなのに。
『昔のRoseliaに戻るなんてそんなこと、本街さんが聞いてどう思ったか考えなかったんですか!!』
紗夜の言葉が頭を回る。
正直、驚いた。紗夜の性格、言動は以前と比べて柔軟なものになっていた。だからこそあの言葉がより深く心を揺らす。
──修哉の、きもち……。
立場を逆に考えてみる。もし修哉が私の前で昔に戻りたいと言ったら? もう不要だと、そう告げたら……。
「……っ、私は……」
一体、何がしたかったんだろう。
修哉を傷つけるつもりなんてなかった。あこを泣かせ、燐子に叫ばせるつもりなんて何処にもなかった。
でも、気持ちを考えていなかったのも事実。修哉だけじゃない。自分のことばかりで、私はあこも燐子もリサも紗夜も、誰の気持ちも意識していなかった。
「みんなの……気持ち」
Roseliaを取り戻したい。出来ることならもう一度。その気持ちは大きさを増すが、やはり方法はわからない。
目前の闇は、まだ晴れない。
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