彼女に出会った高校生活   作:ビタミンB

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明日はいよいよドリフェス……!




最後の一人

 

「あはは、そっか〜。あれからずっとそんな感じだったんだね〜♪」

「笑いごとじゃないよリサ姉! あこ達、ずっと不安だったんだから!」

「ごめんごめん。今アタシすっごい嬉しくてさ」

「氷川さん達は……今まで何をしてたんですか……?」

「私は今井さんと二人でスタジオで練習を続けていました。あなたたちは来そうにありませんでしたからね」

「あ、その……すいません……」

「別に構いません。その間、こうして衣装を作ってくれていたんだから」

 

 部屋に明るい声が溢れる。

 あの後、アタシ達は燐子のお母さんに燐子の部屋へ案内された。

 Roseliaの取り戻し方、二人がいつもRoseliaを意識してくれていたこと。そして大まかな近況を報告し合い、今に至る。

 

「ホント、急に来ちゃってごめんね?」

「いえ……いいんです。こうでもしないと……また逃げ出してたかもしれませんから……」

「紗夜さん達が来たとき、あこ心臓止まるかと思いました。飛び出したことを怒りに来たんじゃないかって思って……」

「私をなんだと思ってるんですか」

「あの……実はわたしも……」

「白金さんまで……?」

 

 少しショックを受ける紗夜に、あこと燐子が慌ててフォローを入れる。それでもみんな楽しそうで、それを眺めるアタシにも笑顔が浮かんだ。

 

(この感じ……なんか久しぶりだなぁ)

 

 ずっと離れていたものが少しづつ一つになっていく感覚。徐々にRoseliaが戻っていっている実感が、この空間を染め上げる。

 一通りやりとりが終わると、あこが急に笑い出した。

 

「宇田川さん、どうしたんですか?」

「あこ、今すっごく嬉しいんです。リサ姉も紗夜さんもあこ達とおんなじこと考えてたんだなーって」

「あこ……うん、アタシも同じ気持ちだよ!」

「私にとってもRoseliaはかけがえのない大事なものですからね……」

「わ、わたしもみなさんに負けないくらい……Roseliaのこと、大切に思ってます……!」

 

 みんながRoseliaでいたかった。

 辛くて、苦しくて、距離が離れてしまっても、Roseliaが大好きだからまたこうして集まれた。改めて感じたRoseliaへの想いと誇り。

 それに気づけた今なら、なんでもやれそうな気さえして。

 

「ね……友希那もさ、Roseliaのこと、好きかな?」

「きっと好きだと思います……! 根拠はよくわからないけど……きっと好きです!」

「わたしもそう思います……! 友希那さんは誰よりも、きっと……」

「みんな……! そうだよねっ!」

 

 友希那と話し合おう。考えるとちょっと怖いけど……大丈夫、きっとうまくいく。それに、まだ修哉のこともあるんだ。

 

「あの、そういえば修哉さんは? リサ姉達と一緒じゃないの?」

「あ……わたしも気になってました……修哉さんは今どうしてるんですか……?」

「そういえば二人は知らないんでしたね」

「「?」」

 

 首を傾げるあこと燐子に紗夜が話し始める。

 二人が飛び出して行った後のことや、連絡がつかないこと。ついさっき電話を切られたことも含め大まかに伝え終えると、数瞬の沈黙が訪れた。

 

「そんなことが……」

「あったんですか……」

「はい。なので、湊さんだけでなく本街さんとも話し合わなければいけません」

 

 少し厳しそうですが、と加えて呟く。

 同感だ。先程のように連絡はつかなければ、友希那と違ってスタジオにも来ないし同じクラスでもない。いや、たとえ同じクラスだったとしても厳しいかもしれない。

 

(アタシじゃダメだ。今の修哉と面と向かって話すのは、きっとアタシじゃできない。できるとしたら、きっと──)

 

 幼馴染の顔が頭に浮かぶ。

 その表情が一人きりで歌っていた頃のものと重なって、ぎゅっと手で空を握る。

 

 

 

 ──どうか、元に戻りますように。

 

 

 

 再開した会話に微笑みながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も状況に変化はなく、気がつけば一人スタジオへ向かっていた。

 もしかしたらステージに立って歌うことで何かを見つけようとしていたのかもしれない。

 

 スタジオでひたすら喉を震わせる。

 いつものように、今までそうしてきたように紡ぐ歌詞やメロディーが、何故か今は酷く中身のないもののように思えてしまい私はやがて口を閉ざした。

 歌声を置き去りに流れ続ける演奏音は寂寥な空間に反響し、壁に吸われて消えていく。

 その一つ一つがやはり無機質に感じられて、マイクスタンドに添えていた手がついに落ちた。

 

(何度歌ってみたところで、何もわからない……)

 

 どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 だが、こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。じわじわと、蝕むように、削るように。

 いずれ取り返しがつかなくなってしまうんじゃないか。或いは、もう既に……。そう考えて、否定できない現状が怖かった。

 

(本当に暗闇に迷い込んでしまったみたい……)

 

 隅に置いてある水を飲むと僅かに喉が痛んだ。どうやら無意識の内に力強く発声していたらしい。

 

「今日はもう帰ろう……」

 

 気分的にも喉の調子的にも、これ以上はやめた方がいいだろう。

 Roseliaに半端な歌声はいらないし、何よりこんな状況で歌い続けることが楽曲への何物にも勝る侮辱に感じて許せなかった。

 

 言うなら、これは誇り。

 

 ならば、この気持ちの正体は。闇の先には……。

 

「!」

 

 不意に音がして振り返る。開きかけのドアの向こう。その隙間から音の主は──氷川紗夜は現れた。

 

「一人で練習ですか」

「歌えば何かわかる気がしたの。でも、まだ駄目みたい」

 

 もう少しなのに。答えは喉まで出かかっているのに。もどかしさが滲んで私は瞳を伏せる。

 

「あなたは……あなたと私は、似ていると思います」

 

 突如、紗夜が力強い声で話し始めた。

 何かと思い顔を上げると、声と裏腹にその表情は優しくて。

 

「最近、私は変わったって言われたんです。本街さんや、今井さんに」

「それは……」

「言われてみると、確かに私は変わっていました。きっと以前なら、こんなにバンドの問題に向き合わなかったかもしれない。感情を露わにすることも、今こうしてあなたと話すことさえも」

 

 その通りだ、と納得する。

 私が最初紗夜に抱いたイメージは名前の通り氷のように冷静で、夜のように澄んでいて。努力家で、自他共に厳しく僅かな妥協も許さない、そんな人物像だった。だからこそ一緒にバンドを組むに相応しいと判断したし、こうして活動を続けてきた。

 紗夜の変化はわかっている。そしてそんな紗夜を受け入れている私自身もまた変わったのだと、そうわかって。

 

「何故、こんな風になったのか。それは、私がRoseliaの氷川紗夜だから」

「Roseliaの……」

「そうしてくれたのは、あなたが背中を押してくれたからです。少しづつ、日菜を見返そうとする私から、Roseliaのギタリストの私へと変わって行ったんです。まあ、別方向でも背中の押し合いはあったらしいんですが……」

 

 真剣に、心からの声を伝えるように瞳が交わる。別方向……? と考えていると、紗夜は再び言葉を続けた。

 

「あなたも同じ。あなたもきっと……もう、お父様の影を追いかけるだけの湊友希那じゃないはず」

「あ……」

 

 カチリと、何かがはまった音がした。徐々に靄が薄れ始め、思考の闇に光が差す。

 

「そして、今のあなたは……いえ、これは私から言うべきじゃありませんね。とにかくあなたは何者なのか。もう一度よく考えれば、答えは出てくるはずです」

 

 そう言って紗夜はスタジオを出て行った。

 もう一度、なんて。考えなくても既に答えは出ていた。

 遅れて閉じる鉄扉の重い音でさえ、今は耳に心地よい。

 

(私が何者なのか。それは昔から変わっていない)

 

 勿論、紗夜と同様に変わっていったものもある。寧ろその方が大きいだろう。

 だがその逆もまた然り。いくら過程を重ねても根底は、大事な気持ちは揺らいでいないから。

 

 

 

 

 

 ならば、私は。

 

 

 

 

「私は────」

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 翌日、私はスタジオのドアの前に立ち尽くしていた。

 昨日ようやく答えに気づけて決意を固めたはずなのに、肝心なところで怖気付き足が震えて動けなかった。

 

 扉の向こうから演奏の音は聞こえない。行くなら今しかないだろう。

 

「ふぅ……」

 

 浅く息を吐き出す。そして小さく吸うと同時、大きくドアを開け放った。

 

「みんな……っ!」

「友希那さん!?」

「……!」

 

 驚いた表情と共に視線が私へ注がれる。

 

「みんな……」

 

 あこが、燐子が、リサが、紗夜がこうして目の前にいる。刹那、心無い言葉を投げて傷つけた記憶が、苛立ちをぶつけて逃げ出した記憶が脳裏を過ぎり、視界がぼやけていく。

 

 怖い。

 

 もしかしたら許して貰えないかもしれない。どうしようもなく見限られてしまったかもしれない。そう考えるとこの視線が胸に刺さって、自然と吐息も震え始めた。

 

「……」

「……」

「……っ」

 

 なにか、言わないと。

 黙るためにここに来たんじゃない。

 私の気持ちを……伝えないと。

 

 伝えないと、いけないのに。

 

 誰もがじっと私を見る。言葉の続きを待つように、ただそっと見守るように。

 

 口を開く。

 緊張で指先は震えたままだ。

 隠すように手を握る。

 まだ言葉は出てこない。

 口の中が乾いていく。

 沈黙が耳に木霊する。

 

 不意に、紗夜と目が合った。

 すると、不思議と口は動いていて。

 

「……SMSの失敗からずっと考えていた。何故お客さんが離れていったのか。昔の私達と何が違うのか。……昔に戻れば、昔のような音が取り戻せるんじゃないかと思ったけれど、それは間違いだった」

 

 震える声で、少しづつ伝えていく。

 

「音を取り戻すこと。ただ漠然とどうすればいいか考えていたけれど……わからなかった。答えを見つけるまで、あなたたちに顔向けできないと、そう思っていた。でも……」

 

 息を吸う。気付けば手の震えは止まっていた。もう、迷いは何処にもない。

 

 何故なら──

 

「私は、Roseliaの湊友希那だから……! 誇りを失おうが、惨めだろうが、私はRoseliaの湊友希那でいたい……! その為に、ここにいさせてほしい! 私は、ここで歌うことしか……できないから……」

「……友希那……っ!」

 

 言い切った。伝え切った。

 目頭が熱を帯びていく。泣くな。泣くな……まだ、泣いちゃ……。

 

「友希那さんは、惨めなんかじゃない! そんなこと……あるわけない……っ!!」

 

 燐子が叫ぶように告げる。

 

「Roseliaの湊友希那でありたいって気持ち……そこに友希那の『誇り』はあるんだよ」

「あなたは一度だって誇りを失ったことなんかない。ずっと誇りを持ち続けたからこそ、こうして悩み続けたんです」

「あ、あこ! やっぱりRoseliaのことやっぱり誰よりもカッコいいバンドだと思ってます! その為に、Roseliaの誰が抜けてもダメだって!」

 

 リサが、紗夜が、あこが同じように言葉を放つ。力強くて、優しい言葉。

 

「……ごめんなさい……こんな私をもう一度受け入れてくれて……」

「ううん、友希那。アタシ達だって、ずっと『Roselia』を見てこなかったのは一緒なんだよ」

「私たちは……今……ようやく『Roselia』になれたんです」

「うん……うん……! あこ、Roseliaが大好きです!!」

 

 よく見れば、みんな目の際が光っていた。しかし嬉しそうに微笑む口元を見て、心が温まっていく。

 もうこの空間に罅はない。どこまでも優しく、確かな決意だけが満ちていた。

 

 どのくらいそうしていただろう。

 切り替えるように、リサが目元を手で拭った。

 

「さーて、あと一人ここに必要な人を呼び戻さないとね!」

「ええ、そうですね」

「うんっ! 修哉さんもきっと戻ってきてくれるよ!」

「うん……! そうだね……」

 

 そうだ。まだ終わりじゃない。一番大事な人がまだここにいないままだ。

 

「修哉……」

 

 謝るんだ。もう二度と間違わないように。

 

 五人で目を合わせる。考えているとことはみんな同じ。一つの目的の為に、今一度決意を固め合おうとして……

 

「……?」

 

 突如、重く響いた音に意識が逸れた。

 

「今の、なんの音?」

「さあ……? なんだろ」

「ドアの方から聞こえましたね」

「外で……何かぶつかったんでしょうか……」

 

 いや、違う。今の音はぶつかったというよりも──

 

「ドアが、閉じた音だった」

 

 何か、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 先程とは真逆に静まり返ったスタジオ。

 音の正体を確かめるように、私の足は自然とドアへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

「……」

 

 携帯の液晶とにらめっこしながら道を歩き、画面をつけては落とし、つけては落としを繰り返す。

 圧倒的睡眠不足からくる気怠さに冷たい風が吹き付けマシになるかと思いきや、最悪なことに不快指数を跳ね上げていた。

 画面に跳ね返った自分の顔を呆れを込めて鼻で笑い、ポケットにしまう。

 

 先日のリサからの着信がどうにも頭から離れない。

 

 あの時、突然のことに驚き数コールは放心していたが、結局電話に出ることはなかった。

 何を言われるかわからないという恐怖と一度屋上ですれ違った気まずさを、俺は女々しく引きずっていた。

 

 リサは何の用があったんだろう。

 その意図はわからない。でも漠然と悪いものではないように思えてきて、愚かしくも意を決し俺はスタジオへと歩を刻んでいた。

 もしかしたら。そんな存在するかどうかもわからない不確定な希望に縋りしがみつき手を伸ばし、景色は次々流れていく。

 やがて見慣れた自動ドアを通過して、重苦しい扉の前に立ち尽くした。

 

 ……落ち着け、落ち着け。

 

 そう言い聞かせながら努めて気分を明るく保ち、小声で第一声を口ずさむ。

 

「はいどーもー、お久し振りです本街でーっす! はいどーもー、お久し振りです本街でーっす! ……はいどーもー、バーチャルユーチューバーの本街でーっす……よし」

 

 よくない。

 

 これだけ連絡も接触も遮断しておいて久し振りの会話がこれとか間違いなくドン引きされる。

 いや、でもこれくらいが丁度いいのかも知れない。畏まって入った所で切り口が見つからないし、黙り込んでしまうのが目に見える。ある意味で俺らしく。うん、危ない気もするがこれで行こう。

 

「……あれ」

 

 いよいよドアに手をかけて、動きを止める。

 普段ならドア越しに演奏音が漏れていることが多い。だが今はそれがしていなかった。

 

「休憩中……?」

 

(だとしたら、中の様子はどうなってるんだろ)

 

 気になって少しだけドアを開き、その隙間に耳を当てた。

 

 

「……ごめんなさい……こんな私をもう一度受け入れてくれて……」

「ううん、友希那。アタシ達だって、ずっと『Roselia』を見てこなかったのは一緒なんだよ」

「私たちは……今……ようやく『Roselia』になれたんです」

「うん……うん……! あこ、Roseliaが大好きです!!」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 なにが……え? リサも、宇田川さんも、白金さんも、湊さんもいて……? みんな仲直りしてて、ようやくRoselia……?

 

 久し振りに聞いた声はどれも美しく震えていて、見ずともわかる暖かさをその空間は孕んでいて。

 

 

 それだけで、全てわかってしまった気さえした。

 

 

 するりとドアから手が落ちると同時、俺の足は引き返すように速度を増す。

 隔絶するように鈍く響く重音が、どこか遠く聞こえていた。

 

 

 

 





次回、最終回。
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