今、妄想力は試された。
湊さんの後ろ姿をじっと見つめる。音がした方へ辿り着くと、恐る恐るといった様子で彼女はドアを開ける。そして、そのまま動きを止めた。
「友希那さん、どうしたんですかね?」
「さぁ……何かあったんでしょうか」
未だ向こうを眺め続ける姿に違和感を覚え、私たちもドアの方へと向かっていく。一体何を見ているのかしら。そう思い背後から外を覗き込むと、入口の自動ドアが静かに閉まるのが見えた。
「友希那、どうしたの?」
「……いえ、何でもなかったみたい」
そう零す声音はどこか不安げだ。みんなもそれは薄っすら感じ取ったのか、そうですかと返しながらもスッキリしない様子でいる。
「あ、友希那ちゃん」
「あっ、まりさなん! お疲れ様です」
スタジオ内に戻ろうとしたところで、カウンターの方から声がかかる。顔をこちらに向けながら、まりなさんは不思議そうに問いかけた。
「今さっき修哉くんが出ていったけど、何かあったの?」
「……え?」
呆けた声が耳に届いた。同時、頭の中で最悪の想像が浮かび上がる。
なんだか酷く嫌な予感がして、私は咄嗟に声を出した。それは、みんなも同様で。
「湊さんっ! 行ってください!」
「友希那!」
「友希那さん!」
「友希那さん……!」
「……ええ!」
力強く頷いて、彼女はスタジオを飛び出して行く。何一つ状況が把握できず困惑するまりなさんに心の中で謝罪を入れて、その後ろ姿を見守った。
(大丈夫。あなたなら、きっと……)
これはきっと彼女にしかできないことだ。もどかしいけれど、私達はただ待つことしかできない。
なら、今はその役目を果たそう。扉を開けて、二人が笑って帰ってこられるように。
もう一度、6人でRoseliaになるために。
○ ● ○ ●
夢を見ているようだった。
心地よくて、温かくて。
ただ無感情に席に座り、クラスメイトの喧騒を冷めた目で眺める日々は気付いた時にはどこにもなくて。
彼女を始めて見かけた日から、心はずっと満たされていた。
一緒にいればどんなことでも楽しめると、そう本気で思っていた。
そしてそれがずっと続くと、そう願って。
気が付くと、どこかの公園に立っていた。
世界から音が消えてしまったのかと錯覚するほど閑散とした空間。夜に差し掛かり色の失せた遊具達が静かに俺を見つめている。
(ぁ……ここ、確か……)
前も一回来たことあるな。
状況を認識すると途端、呼吸を忘れていた体が激しくむせ返る。どうやらかなり走ったらしく、手を付く膝がガクガク震えた。
やがて呼吸も落ち着き始め、並行して思考も醒めていく。
『修哉くんはさ、一体なんなの?』
「もう、なんでもいいや」
きっと限界だった。ふざけることも、無理に平生を繕うことも、無理矢理割り切り飲み込むことも。
我慢することなんてできなくて、でも選択肢は一つしかなくて。一人じゃどうすることもできないから、疲れてしまったのかもしれない。
ゆっくりと、震える息を吐き出した。
そして公園の外へ……日々の終わりに足を向ける。
しかし、すぐに立ち止まった。
「は……え、なんで……」
なんで、なんで、なんで。その単語が頭の中身を埋め尽くす。跳ねる心臓、固まる口角、震える体。
死んだ色彩に美しく、銀の花が揺れていた。
「……っ、大丈夫!? 取り敢えずゆっくり深呼吸して!」
反射的に体が動く。激しく乱れた呼吸のリズムを整えるようにゆっくり背中をさすりながら、ベンチの方へと誘導する。
上気した頬が乱れた髪の隙間から覗き、どきりと大きく鼓動が鳴った。
湊さんは座り、俺はその横に立ちながら落ち着くまで黙って待つ。反対側に佇むベンチの空きスペースを冷たい風が流れていった。
「はぁっ、はぁ……っ、もう大丈夫、落ち着いたわ」
「そっか」
諦観からか、困惑からか。やけに他人事めいた台詞が口をついた。
気まずい空気に息が詰まる。だというのに、湊さんが隣にいる事実が、久しぶりに近づいた距離がどうしようもなく心を揺らす。
やがて、湊さんは立ち上がって俺を見た。
「あなたに、話があるの」
「……っ」
揺れる黄金に、嫋やかな髪が滑る。
本音を言えば逃げ出したい。湊さんがこれから告げるであろう言葉の先が恐ろしくて、今にもこの顔は笑って誤魔化そうとしてしまう。
逃げるな。受け止めろ。覚悟を決めろ。
そんな言葉で足を地面へ縫い付ける。
永遠にも感じられる沈黙の中、湊さんはついにその唇を震わせて──
「ごめんなさい……っ!」
俺は目を見開いた。
頭が真っ白に染め上げられていく。スタジオでの会話、離れた距離、下げられた頭。状況からして、この言葉の意味は一つしかなかった。
つまりそれは、この関係の終わ──
「ずっと謝りたかった……。SMSで失敗してから、昔のような音にならないと、張り詰めたRoseliaを取り戻さないとって……。そしてあなたにあんなことを……」
「……ぇ?」
間の抜けた声が抜ける。想像と180度真逆の内容をうまく飲み込めず、口がぱくぱくと彷徨った。
「許して貰えるかわからない。だけどRoseliaには……私には、あなたが必要なの……修哉っ!」
「────っ」
……あぁ、ずるいなぁ。一番欲しかった一言をこの状況で言うなんて。そしてそのことにどうしようもなく満たされていく自分自身が、驚くほどに単純で。
心に熱が灯っていく。次第に目頭も熱を帯び始め、温かいものが流れ落ちた。
「俺、俺……っ、ずっと悲しくて、苦しくて……嫌われたんじゃないかって不安になって……っ」
積もった感情が溢れていく。声が震えてうまく言葉が出てこない。
「でも、湊さんが……そう望むなら仕方ないって……。Roseliaが変わったのは俺のせいだから」
「っ……! それは違……」
「違くないよ」
最初はただ、湊さんに近づければそれでよかった。胸に抱いたこの感情が結ばれるなんて夢見たことは一度もなくて、ただ自己満足を重ねるためにサポートという大義名分を得ていただけだった。
でもそうしてる内にだんだん楽しくなってきて、もしかしたら、なんて考えるようになっていて。その成れの果てがこれだ。昔も今もなんら変わってなどいない。
「だから、俺はもう──っ!?」
突然、熱が体を包み込む。優しい匂いがやけに近い。抱きしめられたと気付いたのは、数秒経った後だった。
「……今回のことで気付けたの。私は、Roseliaの湊友希那。でも、それだけじゃない。私は、修哉の彼女の湊友希那でもあるの。それは、あなたも同じ」
「俺も……?」
「ええ……あなたはRoseliaの本街修哉で……私の彼氏の本街修哉だから……!」
「──っ」
心が溶けていく気がした。背中に回る手の温もりに、全てが包まれていく気がした。
(そうか、簡単なことだったんだ)
胸の中から聞こえる声は優しく、どこか諭すようで。何故だか、今までの思い出が頭の中を駆け巡る。
『仲がいいのは良いことだけど、会計をして貰えるかしら』
『なんでって……二人はその、付き合ってるんじゃないのかしら』
『……起きたのね。体調はどう?』
『こんばんわ。早すぎたかしら?』
『私も買うわ。行くわよ』
『連絡先……交換しない?』
『……すき。私も……修哉のことが──』
「好き……っ。だから、お願い。しゅう──」
それより先は聞こえない、言わせない。もう、十分伝わった。
唇を重ねながらお互い情けなく涙を流す。みっともないと思っても、今はそれがどうしようもなく心地よくて。壊そうと思えば瞬く間に壊れてしまいそうな体を、壊れそうなほど抱きしめる。
いつもなら暴れ出しているであろう心臓は穏やかなリズムを刻み、友希那から伝わるリズムを受け止める。
やがてどちらともなく抱擁を解くと、顔見合わせくしゃっと笑った。
「──修哉」
「……ん?」
「Roseliaに、全てを賭ける覚悟はある?」
懐かしい問いに笑みが浮かぶ。
もう一度繋いだ手は前より固く、繋いだ想いはさらに大きく。心に刻みつけるようにその言葉を口にする。決意と、覚悟と、想いを乗せて。
「──賭けるよ。今度こそRoseliaに、友希那に俺の全てを賭ける」
雲は晴れ、優しい風が二人を攫う。
そんな秋夜の公園を、月明かりはいつまでも照らしていた。
○ ● ○ ●
目覚めると真っ白の空間に立っていた。果てはどこにも見えなくて、ただ一色が世界を満たす。これ夢だと認識するまでそう時間はかからなかった。
(なんか懐かしいな、この感じ)
デジャヴを感じ、もしやと思い視線を横にずらしてみるとやはりそこに彼女はいた。我ながら恐ろしいほど寸分違わぬシチュエーション。
目が合って、口がゆっくり開いていく。
なら、もう一つ当ててみようか。次に聞こえてくる台詞は──
「「ねぇ、修哉。好きな人はいる?」だ」
たまらず笑いがこみ上げる。あー、面白い。シチュエーションだけじゃなくまさか内容も一緒とは。俺も俺でよくわかったな。無駄に記憶力がいいのも個性の一つかも知れない。なにその没個性。
そうこう考えている間にも、彼女は静かに答えを待つ。俺は正面からその双眸に視線を合わせ、笑顔と共に口を開く。
答えなんて決まっている。それこそ、ずっと昔から。
「──いるよ。大好きだ」
だから、もう大丈夫。何も心配はいらないんだ。
心でそっと呟くと世界が淡く消えていく。
光に満ちたその中心で、何処か安心したように彼女は小さくはにかんだ。
浮上するように意識が覚醒する。どうやら眠っていたらしい。
我が人生でベッドの次に睡眠を共にしてきた愛しの机から上体を起こすと、頬杖をつきながら外に視線を漂わせる。教室には誰もいなかった。
ぼんやりとした意識で鱗雲を数えながら、俺は静かに目を瞑る。
あれから、白金さんと宇田川さんが作っていたらしい新衣装を完成させたり、それを着てライブをしたり、バンド内でクッキーブームが起こったりした。要約したけど濃いな。
リサと氷川さんだけかと思っていたらまさかの友希那もクッキーを作ってきて、心底驚いたのはまだ記憶に新しい。所々焦げていて形は不恰好だったけど、それは今まで食べたどのクッキーより美味しかった。
「あっ」
そういえば氷川だが……この前再び天文部に足を運び、怒鳴ったことを謝った。俺は一体何なのか。経緯はどうであれ、また氷川に大事なことを気付かされたのは事実だったからな。
ぶっきらぼうに頭を下げる俺に対し、氷川もどこか申し訳なさそうに謝っていた。曰く、少しムキになったとのこと。
まだ心に恐怖は刻まれてるし、やっぱり氷川は苦手だけど。今ならそれはそれでいいかと思えていた。つーかあいつムキになるとああなるのかよ。マジで怖かったからね。不良の恫喝が可愛いレベル。
とにかくまぁ、そんなこんなで今はようやく落ち着きを取り戻していた。
「色々あったなぁ」
いやほんと、マジで色々ありすぎた。一目惚れしてバンドのサポートに放課後費やして、泊まられ泊まって友希那と両想いになって、毎日輝いてたと思ったら今度はそれが崩壊の危機とか。彼女に出会う前の俺が聞いたら絶対鼻で笑っていた内容だ。
今になれば言えるけど、相当馬鹿なことで悩んでたと思う。
自分は必要ないだなんて、そんなの気にしないで良かったんだ。過去の未知を求めずに、今ある自分を、Roseliaの本街修哉を認めればそれで良かったんだ。
きっと俺は怯えていた。無知は悪だと思い込んで一人になるのを怖がって、躍起になって知らないことを知ろうとしていた。そんなことせずともみんなは俺を認めていたのに。肝心なところで自分以外を信じられず、どうにか居場所を作ろうとしていたんだ。散々本街修哉はRoseliaに必要の存在だと言われていたのに、あなたはもうRoseliaの一員だとまで言ってくれていたのに。
どうしようもない大馬鹿野郎だと自嘲気味に己を笑う。
もう、何も心配することはない。
ならば、本街修哉は。
「移動しないの?」
頬杖をついたままの俺に、ふと綺麗で、美しくて、ずっと聞いて居たくなるような心地よく凛とした声が届いた。
その声が、セリフが、風景がどこまでも懐かしくて、俺はすっと目を細める。
「次、移動教室よ」
まるでいつかを再びなぞるように、あの日の言葉が耳を撫でる。
俺は一生忘れない。もう二度と離さない。
分かっているつもりになって、結局なにも分かってなくて、不変を願って打ちのめされて、それでも心は近づいて。側から見れば笑われてしまうような日々に胸を張って微笑んだ。
「──うん、今行くよ」
教材を持って席を立つ。
足を進める廊下には、手を繋いだ二人の影が伸びていた。
彼女に出会った高校生活、これにて本当に完結になります! ネオアス編めっちゃ難しかった……(白目)
途中更新まで期間が空いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!
完結、とは言いつつも長きに渡り続いたシリアス描写のせいで作者の精神が摩耗、加えてドリフェスでも心を抉られ圧倒的にイチャイチャ成分が足りていないので、後日書き上がり次第番外編も投稿しようかなと考えてます。癒しをよこせ。
感想をくれた方々、評価をしてくださった方々、お気に入りしてくれた方々、この小説を一目読んでくださった方々、改めてありがとうございました。
またどこかの小説でお会いしたらその時はよろしくお願いします。
それでは、ビタミンBでした。