彼女に出会った高校生活   作:ビタミンB

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はい、帰ってきましたビタミンBです。
サブタイトルで分かる方もいると思いますが今回は「性欲から始まる初恋物語」の作者、ジュンさんとのコラボ回になります! ドンドンパフパフ
一風変わった書き方をしていますが、楽しんでもらえたら嬉しいです。

ではどうぞ!



性欲から始まる世界(コラボ回)

 

『──本日は全国的に桜が多く開花し、各地では花見が行われ───」

 

「…もうそんな時期か」

 

 毎朝のように朝食を作っては片付ける。

 既にルーティーンと化したこの動きを一瞬狂わすかのように、テレビのスピーカーから流れる声に耳を傾けた。

 

 見慣れた顔のニュースキャスターが笑顔で桜の解説を始めた頃には既に興味は霧散しており、再び皿洗い作業に戻る。

 

「桜、ねぇ…」

 

 桜。春の代名詞とも言われる木のことを指し、毎年多くの人間がこれを求めて集まっては飲めや歌えやの宴を開く。

 そんなイベントに全くと言っていいほど縁がない俺は、この季節が来るたびにそんな奴らを鼻で笑っていた。

 

 だって美しいものに寄せられ、群がり、散ってしまえば興味を失うなんて姿、まるで誘蛾灯に誘われる蛾のようではないか。

 全く主観的で一方的な考えだが、なんとなく昔からそんな事を思っていた。

 

 …とまあ、少し皮肉的な言い方になってしまったが許してほしい。別にそれが嫌いなわけではないのだ。

 だいたい、あんな誰かと行く事が前提みたいなイベント一人で行けるわけねーだろ。桜は孤独を殺すのだ。忘れるなかれ、ソースは俺。

 

 片付けを終え、未だ使い古された知識の披露会を続けるテレビを消し、誰もいなくなった家を後にする。

 一歩外へ足を踏み出すと、暖かいこの季節特有の風が頰を撫でた。

 

(なるほど、確かにこれは開花時かもな)

 

 四つに分かれたこの国の季節に、人はさまざまな意味を見出す。いや、季節に限った話じゃないか。形のないもの、曖昧なもの、分からないものに対して人間は形を持たせようとするのだ。その中でも特にこの『春』は幅が広い。

 

 始まりの季節、桜の季節、別れの季節など。解釈は人の数だけあって、一つの正解は存在しない。世の中はそんなもので溢れているのだ。

 

 故に、本街修哉はこれを『変化』と解釈する。成功も失敗も、出会いも別れも停滞も希望も絶望も、『非日常』さえも訪れかねない、そんな季節。「可能性は無限大」とはよく聞くが、それに当てればこれも理論としては成立していた。

 

 夏もと秋とも冬とも違い、肌の表面をそっと撫でるような日差しに向かうように道を進む。そんな光を遮るために小さく細めた視界の先には、我が羽丘高校の校門が見え始めていた。

 

(もう学校か)

 

 考え事をしていたせいか、いつもより感じる時間の流れが早い。

 

 人の波を縫うように校門をくぐり足を進める。その間俺は誰の目にも止まらない。流れるように教室へ向かうと、席に座り外を眺める銀色の花に声をかけた。

 

「湊さん、おはよ」

「修哉…おはよう。今日は少し早いわね」

「俺も思った。てかそう言う湊さんも大概早いよな」

「そうかしら…? これが普通だと思っているからあまり実感はないけれど」

「まぁ、本人からしたらそういうもんか」

 

 これがここ最近の日課だ。空気として、陰キャラとして目立つことがほとんど無い俺のささやかな幸せ。この人もまばらな時間帯の教室で、微笑み交じりに小さな会話を繰り広げる。

 

 窓から入るそよ風に弄ばれる細い髪を眺めながら、俺は静かに頬を緩めた。

 

「そういえば桜すげー咲いてるよな」

「この辺りは今日が満開らしいわよ。さっきリサが言っていたわ」

「あぁ、リサと一緒に登校してるんだっけ?」

「ええ、時間が合う日はそうしているわ。家が隣だから」

 

 リサいいなぁ……と思ったのは内緒にしておく。くそっ、俺も隣の家で生まれたかった…! そして幼馴染ポジで人生エンジョイ! パッピーソーライフを送りたかった…! 全く悲しい話である。

 

 しばらく言葉のキャッチボールを続けていると、次第にほかのクラスメイトが登校してくる。気づけば既に箱の中は喧騒に満ちており、意識を背けるように窓の外へ視線を向けた。

 

「授業始めるぞ。日直は号令掛けろー」

 

 入室してきた教師の声で授業が始まる。

 板書の音も、この静寂も、流れる雲も変わらない。

 

 

 ──いつも通り、変哲のない日常が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

「それで、その服が超可愛くてさ〜!」

「ふふ、そうなの」

「今度一緒に見に行かない? あっ、アクセショップも行きたいんだ〜♪ 」

「ええ、構わないわ」

 

 時は流れ昼休み。授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に屋上に来た俺は、現在3人で昼食をとっていた。

 太陽がほぼ真上に位置しているため日陰はないが、それでも割と快適な気温になっている。

 

(いい眺めだよなぁ、ここ。なんで俺たちしか居ないのか不思議なくらいだ)

 

 ちら、とフェンス越しに見える景色にそんなことを思う。人類の進歩、技術の進歩に伴い確実に発展している筈なのに、どこか退廃的な街並み。或いは形骸化したその光景を、今はピンクと白の花びらが彩っていた。

 

「綺麗だよねぇ」

「そうだな。今週ずっと晴れらしいからしばらくこんな感じだろ」

 

 

 言葉を返すと、スーパーや家電量販店に多用される売り文句のような『期間限定』の桜色から視線を戻す。弁当箱の中身をひょいと口に放り込むと同時、リサが腕を上げて伸びをした。

 

「んん〜っ! 気持ちいいよねー、春って」

「ふふ、リサはいつも気持ちよさそうよね」

「そ、そうだけど! この…空気? とかイイ感じじゃん?」

「まぁ、何となく言いたいことは分かるかも。視覚的にも感覚的にも、冬とはガラッと変わるからな」

「確かにそうね」

 

 心地よい風が頬を撫でる。流れる雲が陽を隠し、辺りは巨大な影に覆われた。

 

「おぉ…急に肌寒くなったな」

「うん、アタシもちょっとぶるってした」

「…そうかしら?」

「ふっ、鈍感め……ってちょっと? やめて! 卵焼き返して! それ最後の一個ぉぉお!」

 

 湊さんの口の中に消えていく卵焼きを見届けると、項垂れながら途端に寂しくなった弁当箱を眺める。

 

「ちくしょう……卵焼きに生まれれば良かった」

「あはは…そっちなんだ」

 

 まあいいか、と思考を切り替える。そうだ、湊さんに手料理を食べてもらったと考えれば問題ないじゃないか。レッツポジティブシンキング。

 

「美味しいわね。うちとは違って修哉の家庭の味? がするわ」

「それは良かった」

「えー、気になるー! アタシも食べたかったかも」

「残念ながらもう残ってないんだよ、ほれ」

 

 弁当箱を傾けて空であることを見せつける。「そっかー、じゃあまた今度だね♪」と笑うリサを見て、何故か俺が申し訳なく感じてきた。

 

 …今度から大目に作ってこようかな。つーかもういっそのこと全員分作るか? 手間的には大して変わらないし……いや変わるわ。超手間だし超変わる。

 

「あ、そうだ友希那。アタシまたお菓子作るんだけどさ───」

 

 片付けをしながら目の前で始まる会話にそっと耳を寄せる。リサが会話を振り、湊さんがそれに返す。微笑ましいほど幸せな日々が、目の前に広がっていた。

 

(いいよなぁ、こういうの。今日も相変わらず平和な昼休みだ)

 

 そんな事を思いながらも、頭の片隅では別の思考が手を挙げる。

 

 ──もう少しくらい、何か起きても面白いのになぁ。

 

 雲が流れ、隠れていた太陽が顔を出し始める。残酷なまでに美しく、暖かく、それでいてどこか冷たい光が屋上を包み込んだ。

 

「……は?」

 

 その瞬間、世界の動きが僅かに止まる。

 全ての終わりを彷彿とさせるかのように停滞したその空を、ただ見ていることしかできない。

 

 やがて光が俺の元へ届いた途端、視界が暴力的なまでの白に包まれる。何も見えない空間で、何故か自分の姿だけは鮮明に映し出されていた。

 

(あ、これやばいかも)

 

 狂おしいほどの白に、俺の意識が流されていく。抵抗することも許されない春の日差しの中、最後に感じたのは闇に消えていくような浮遊感だった。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 光が萎み、視界がクリアになっていく。

 意識が覚醒した感覚をそのままに、僕、細山てるあきは目の前の景色に息を飲んだ。

 

(……なんだこれは)

 

 走るはずだった痛みは頬に感じない。

 目に映るのは高い空、吹き抜ける風、そして2人の女子生徒。1人は茶髪でギャルっぽい見た目の女子で、もう1人は白金色の髪を腰あたりまで伸ばした女子だった。

 

(誰だこいつら。というか…)

 

 ここはどこだろうか。制服を着ていることから羽丘高校なのは間違いないんだろうが、おかしい点がいくつかある。

 

 まずはさっきまでと状況が違いすぎること。

 光に飲み込まれる前、僕は確かに廊下にいたはずだ。それに、便所で食べようとしていた昼食も持っていない。

 憤怒に表情を染めながら、僕に掌を振り下ろしていたあの女子生徒はどこへ消えた?

 

 

 

 というか………

 

 

 

 

 

 ──僕は一体どこへ消えた?

 

 

 

 

 

「でさー?…って修哉、どうしたの?」

 

 茶髪の方が僕に言葉を投げかける。だが、その名前に心当たりがないため無言を貫く。

 いや、言葉を返せなかったというのが正しいか。奇想天外、摩訶不思議な現状に少なからず動揺している僕を、これまた不思議そうに眺める2人。

 

 あぁ、これは少し人間っぽいんじゃないだろうか。表情にこそ出てはいないが、今僕は確かに驚いている。

 

「しゅ、修哉? おーい」

「? どうしたのかしら」

 

 集まる視線に耐えきれなくなり、たまらず疑問に思っている事を吐き出した。

 

「あの、あなたたちは誰ですか?」

 

 瞬間、2人の表情が固まる。

 

「えーっと、本当にどうしたの?」

「卵焼きを食べた事なら…その、謝るわ」

「いや、それはこっちが聞きたいんですけど。僕、いつからこんな場所にいましたか?」

「え、えぇ…? ねぇ友希那、なにこれ」

「さぁ…。でも、()()()()()()()

 

 ひそひそと何かを話しあうその中で、核心を突くような言葉が耳に届く。

 

 雰囲気だと? 知りもしない相手に僕の雰囲気の何が分かるというんだ。…いや、悪い意味で校内で有名だから、もしかしたら一方的に知られているのかもしれない。だとしても『違う』というのが理解できなかった。

 

「ねぇ、質問してもいい?」

「ならその前に僕の質問に答えてください」

「…分かった。アタシは今井リサ。今はお昼休みで、ここは羽丘高校の屋上だよ」

「…私は湊友希那。あなたと同じクラスよ」

 

 …知らない名前だ。大体、僕のクラスに湊友希那なんて人はいなかった筈だ。名前すら聞いたことがない。こんなに綺麗な銀髪なんだ、同じクラスなら確実に覚えている。

 

(それにしても、屋上か)

 

 見た感じで分かってはいたが、改めて言われるとそれが現実だと認識する。

 ワープ? 瞬間移動? ありえない。生憎だがそんな非科学的なもの、僕は信じていないのだ。

 

「…そうですか」

「それでアタシ達からの質問なんだけど───まず、君は誰?」

「羽丘高校2年、細山輝晃です」

「細山…? 聞いたことがないわね」

「うん、アタシもないかな」

 

 

(どういうことだ…?)

 

 

 ここまで来ると本格的に分からない。そんな僕に、今井リサと名乗った少女は言葉を続ける。

 

「君はさっき『いつからこんな場所にいた』って言ってたよね。じゃあ、それまではどこにいたの…?」

「廊下にいました。もう1人、名前も知らない女子生徒と一緒に」

「……そう、やはりおかしいわね。あなた、本街修哉という名前に心当たりは?」

「ごめんなさい、知りません」

 

 2人が唾を飲んだのが分かる。ただ、本当に心当たりのカケラもない僕はなぜか落ち着いていた。

 

「聞きたいこともないんで、僕は失礼します」

 

 2人をそのままに立ち上がり屋上を後にする。いつもは刺すような視線を向けてくるはずが、校内に入ってもそれは感じられなかった。

 

(本当、どうなってるんだ)

 

 つくづくここが何処なのか分からない。同じ世界のはずなのに何かが決定的に違っている。面白い事が起きろとは願ったが、まさか現実になるとは。

 

 まるでフィクションの中にいるかの様な感覚。そんな事を肌で感じながら、僕はそのまま行き先のない足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

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 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

 バタン、と音を立てて閉まるドアの音を聞き届け、私はふっと息を吐いた。

 

「ねぇ…何だったのかな、あれ」

「……分からないわ」

 

 何一つ変わらない屋上。何一つ変わらない景色。その中に、一つだけ変わってしまったものがある。

 

 先程の出来事を思い出し冷や汗が流れる。それはリサも同じのようで、多少の動揺が見て取れた。

 

「ただ、一つだけ言えることがあるとすれば……あれは修哉じゃない」

「うん、それはアタシも思う。嘘を言ってる感じじゃなかった」

 

『修哉じゃない』なんて、自分で言っていておかしく感じる。だが事実、リサと話している最中、小さく声が聞こえたと思った次の瞬間に彼が放つ空気がガラッと変わった。

 修哉の顔で、声で、姿で細山輝晃と名乗った彼は、一体誰なんだろうか。

 

「ねぇ、友希那」

「…何かしら」

「あのさ、今は細山君って人が修哉の中にいるわけじゃん? アタシ達には隠してて実は二重人格でしたー、ってのとは違うと思うから」

「……何が言いたいの?」

「…今までアタシ達と一緒にいた修哉は、どこにいったのかな」

「…っ!?」

 

 リサの言葉に胸がチクリと痛む。確かにそうだ。どういう訳かは知らないが、修哉の意識、人格はあの細山輝晃という人物と入れ替わっている。

 なら、元からいた修哉のそれはどこに消えた…? まるで上書きされたかのように現れた存在に、ゾッと恐怖を覚えた。

 

「ねぇ、友希那。どうしようか」

 

 もう一度、繰り返すように問いが投げられる。

 

「…とりあえず、彼の近くにいた方が良さそうね。何をするかが分からないし、修哉が戻ってくるかもしれない」

「うん、わかった」

 

 ほんの数秒前までは賑わっていたはずの昼休みなどどこにもない。それは、置き去りにされた修哉の弁当箱が証明していた。

 色を感じさせない風に、空のそれが滑るように流される。そっと指で動きを止めた私は、静かに空に視線を向ける。

 

「…さて、いつまでもここに居ては拉致があかないわ。追いかけましょう」

「うんっ! そうだね」

 

 自分たちの分も片付けると、リサと同時に腰をあげる。誰もいない屋上を背に私たちは彼を探して歩き出した。

 

 

 

 

 

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(席がない…)

 

 とりあえず自分のクラスに戻った僕は、目の前の光景にただ立ち尽くす。

 

 無数の女子が僕の席だった場所を陣取り、仲良く昼食を取っている。おまけにクラスに入った瞬間、いつもとは違う視線に襲われた。

 

 刺すように鋭い陳腐なものではなく好奇心や疑問に満ちたそれに、どこか新鮮さを感じる。改めて、本格的にここは元いた僕の世界じゃないらしい。

 

 ふと、人の目を背に教室を出た僕の顔が窓ガラスに映し出される。

 

(…やっぱりか)

 

 違う世界、間違われる名前、無くなる席。このことからなんとなく予想はしていたが、やはりこれは誰かの体らしい。その目も、顔も、輪郭すらも見覚えがない。

 

(この人は、どんな人間だったのだろうか)

 

 女子と3人で屋上でランチをするくらいだから、僕とは似ても似つかないタイプだとは思うが。

 

 そんな事を考えながら呆然と状況を整理する。

 

 まず、恐らくここは僕以外の、この体の持ち主である『本街修哉』の世界だ。そしてこの世界に飛ばされた原因はきっとあの光、天地開闢のような発光にある。

 

(それなら、この人はどこに行ったんだろう)

 

 仮に上書きされたなら、元から彼女たちが知っている本街さんは消えてしまったという事になる。そう思うとなんだか後味が悪い。

 

「おーい! ちょっと待って細山君!」

「あなたは…今井さん?」

「そうそう! いやー、ちょっと探したよ〜?」

 

 僅かに息を切らす彼女と、その後ろから小走りで近づいてくるもう1人の女子。確か、湊さん…と言ったか。

 

「それで、僕に何か用ですか?」

「うん! 君の話を聞きたいなって思って。にわかには信じられないけど、こことは別の所から来たんでしょ?」

「………そのようです」

「ならさ、話せる事だけでいいから話してくれないかな…? 元に戻れるきっかけがあるかもしれないし」

  「はぁ……」

 

 とは言うが、原因に心当たりはあってもきっかけなど微塵も分からない。それでも目の前の彼女の視線に少し押され、僕は淡々と話し始めた。

 

「まず、さっきも言いましたが細山輝晃と言います。羽丘高校の2年生で、クラスはここでした」

 

 そう言って目の前の教室を指差す。習うように2人もそちらを振り向くと、続きを促すように視線を戻した。

 

「…それで、ボロいアパートに暮らしてます。あ、あなた達の事はついさっき初めて知りました。元の僕とは何の関わりもありません」

「……っ」

「そっか。細山君はさ、この事についてどう思ってる?」

「…このこと?」

「修哉…えっと、君がいま動かしてる体の事」

「…よく分かりません。強いて言うなら、人間らしいと思います」

「人間らしい…?」

「はい。僕は人間らしくないらしいので」

 

 1人小さく息を飲む湊さんを置き去りに、今井さんと話を進めていく。

 この体の持ち主は、一体どんな生活を送って来たのだろう。少なくとも、こうして誰かに心配されている時点で本来僕が過ごして来た環境よりは良いように思える。

 

 ただ、求めていた答えと違ったのか今井さんは難しそうな、もどかしそうな顔をしていた。

 

「…この体に移ったきっかけは分かりません。いきなり世界が光に覆われたと思ったら、もうあの屋上にいましたから」

「光…?」

「…そう言えば、修哉が声を出したタイミングも陽が注いでいたわね」

「あ、あともう一つ。─────面白いことが起きないか、と願いましたね」

 

 途端、2人の表情が驚愕に染まる。そして僕自身もどこか納得している場所があった。

 

(もしかしたら、きっかけはそれかもしれないな)

 

 もう一つ、性交渉がそれかとも思ったが、別に今日に限ったことではないので除外する。今井さん達にもその事は話さない。

 

「…分かった、ありがとね。あ、もうお昼休み終わっちゃう。アタシちょっと考えてみるね! また後で!」

「ええ、また後で」

 

 そう言って、今井さんは手を振りながら去っていった。僕と同じくその場から動かない湊さんに、そっと言葉を投げかけた。

 

「あの………騒がせてしまってすいません」

「……気にしないで。あなたが悪いわけじゃないわ」

「そうですか」

 

 確かにその通りなのでただ頷く。

 

「それにしてもあなた、妙に落ち着いているわね。驚いたりしないの?」

「はい。最初は驚きましたが、もうなんともないですね。慌てたところでどうにかなるって感じでも無さそうですし」

「……そうね」

 

 重く言葉を零し、小さく俯く彼女の心境を僕はカケラも理解できない。

 

 

 そこでふと、ある事に気がついた。

 

 すれ違う人も、駄弁る女子も、活発な男子も、誰も僕を見ていない。中身である僕とは全く関係なく、入れ物そのものの『本街修哉』という存在を誰一人として気にもかけない。

 普段から正反対の待遇を受けている僕にはにわかに想像もつかないような、妙な感覚。

 

 人から悪意、興味、嫌悪感を向けられる事で自分が人間だと思えていた僕とは全く違う。ある意味で誰からも認められていないこの体が、酷く居心地悪く感じられた。

 

「私たちもそろそろ行きましょう。同じ教室だから案内するわ」

「………ありがとうございます」

 

 歩き出す湊さんの後ろをゆっくりついていく。そんな態度が気になったのか、彼女はわざわざスピードを落として僕の隣に付いてきた。

 

「あなた、放課後は時間あるかしら」

「………なんでですか?」

「修哉が…その体の持ち主が毎日行っている場所があるの。そこに案内しようと思って」

 

 なるほど、どうやら湊さんは少しでも関連性のある場所に連れて行きたいらしい。

 

(まあ、行ってもいいか)

 

 このまま一生この体という訳にもいかないし、僕も多少は元に戻りたいとは思っている。それに、本街さんにも申し訳ない。

 

「分かりました」

「…そう、ありがとう」

 

 言葉が返ってくると同時に、湊さんが立ち止まった。

 

「ここよ」

「2-F……?」

「ええ、あなたの席はここ。それじゃあ授業が始まるから、また放課後に」

「はい」

 

 窓際前から3番目の席に案内され、そのまま椅子に腰を下ろす。そっと窓の外に視線をずらすと、なぜか無性に落ち着いた。まるでこの体に染み付いた動きをなぞったような感覚を、『不思議なものだ』と形容する。

 

(…これからどうなるんだろ)

 

 僕は果たして戻れるのか、そうでないのか。光に満ちた空を眺めながら、何となくそんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行きましょうか」

「はい」

 

 放課後。約束通り湊さんが僕のところまで来て声をかける。

 僕は普段から授業中に寝ることがない。だから問題はないと思うが、一応この体でもノートは取った。

 

「それよりこれからどこに行くんですか?」

「ライブハウスよ。私たち、バンドを組んでいるの。あなたはその練習に毎日参加していたわ」

「………バンドですか」

 

 湊さんには悪いが、僕はあまり音楽に興味がない。聞いたところで何がいいのか全くわからないからだ。

 

「ええ。もうすぐリサも来ると思うわ」

「リサ…………ああ、今井さんですか。彼女もそのバンドに?」

「そうよ。私がボーカルでリサがベース。他にもあと3人いるわ」

「……本街さんも何か楽器を弾いていたんですか?」

「いいえ、修哉は楽器を弾かないわ。というか多分弾けないわね」

 

 楽器が弾けないのにわざわざそんな所に行っているのか? なんて時間の無駄たることか。僕にはその行動原理が全く理解できない。

 

「おーいっ! 遅れてごめーん☆」

 

 後者を出ると、ちょうど背後から声が届く。昼とは打って変わって明るいその声に、まず湊さんが振り返った。

 

「来たわね。行きましょうか」

「あれ? 細山君はどうしたの?」

「成り行きでついて行くことになりました」

「その方が良いと思ったの。もしかしたら何か起こるかもしれないし」

「うん、そーだね! じゃあよろしく、細山君」

 

 今井さんは上辺じゃない、作り物じゃない笑顔を浮かべる。何が楽しくてこの人はそんな顔ができるのか、僕には理解ができない。

 

(まあ、別にどうでもいいか)

 

 今井さんがどうあろうと僕には関係がないことだ。今は余計なことに意識を割かずについて行くことにしよう。

 

 会話に区切りが着くと、湊さんを先頭に歩き出す。今井さんもその隣を歩くように歩幅を合わせ、僕はそんな2人の後ろに続くように足を進める。

 

(見慣れない道だ)

 

 いつも登下校に使っている道以外は知らないせいで、いま連れられている歩道に見覚えがない。

 

 そのまま歩き続けていると、ある建物の前で2人が立ち止まった。どうやら到着したらしい。

 

(CiLCRE………?)

 

「ここよ」

「こんな場所があったんですか。初めて知りました」

「まあ、普通はあんまり来ないよねー。じゃあ行こっか♪」

 

 人がまばらなカフェテリアを通り過ぎて、自動ドアの奥へ進む。鉄製の重い扉をゆっくり開くと、中にはごちゃごちゃした機材やらコードが見えた。

 

「あっ、友希那さん!」

「こんにちは。今日は少し遅かったですね」

「ごめんなさい。少し事情があって時間を使ってしまったわ」

「それは別に構いません。練習を始めましょう」

「そのことなんだけどー……ちょっと時間いいかな?」

「どうしたんですか……?」

「っていうか、修哉さん今日あんまり喋りませんね? 体調悪いんですか?」

 

 紫の髪をツインテールに結んでいる少女がそう言うと、長い黒髪の女子と碧色の髪を伸ばした女子の視線が僕へ向いた。またもや悪意や嫌悪感をむき出したものではなく、純粋な疑問、心配が見て取れた。

 

 今日学校にいた大衆とは違うその態度に、なぜか僅かな安堵を覚える。

 

「さすがあこ! 今から話そうと思ってたのはそれなんだけど……ちょっと本人から説明してもらってもいい?」

 

 今井さんは視線だけ僕に向ける。なぜ僕が自分で言わなければいけないのかが理解できないが、別に構わないので頷きを返す。

 

「…初めまして、細山輝晃といいます。訳あって本街さんの体に入っています。どうぞよろしく」

 

 

 

 

「「「……は?(え?)」」」

 

 目の前の3人は意味がわからない様子で言葉を漏らす。それもそうだろう。僕だって意味がわからない。実は仏が神だった、という戯言並みの一撃だ。

 

「み、湊さん、今井さん…?」

「…これって……」

「どういう事なんですか!!?」

「あはは〜……やっぱそうなるよね〜」

 

 リズム良く問い返されるも反応に困る。

 

 人は何でも知っている訳じゃないのに。むしろ自分自信を分かっていない事の方が多いと言うのに、それでも問いかけをやめない。それは僕も、目の前にいる彼女達も同じだった。

 

 今井さんは今の説明が簡単すぎたのか、もっと詳しく話してと僕に促す。今日1日でなんでこんなに話さないといけないんだ、という不満をなんとか飲み込み、僕は渋々昼間と同じことを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……つまり、気が付いたら本街さんと入れ替わっていた、という認識ですか…?」

「はい。でも、正確には入れ替わりかどうかなんて知りません」

「そんなことが……現実に……!」

「すごい! ……けど、修哉さんはどうなっちゃったの?」

「さあ?」

「さぁ、ってあなた………!」

 

 知らないことを知らないと返して何が悪いのか。塗り潰し、取り繕い、着飾り、メッキを貼り付けた自分を見せて、それがなんだというんだろう。

 

「紗夜、落ち着いて。それは輝晃に言ってもどうしようもないことよ。今は少しでも元に戻す方法を考えるべきだわ」

「…確かにそうですね。すみません」

 

 碧色の女子を湊さんが諌める。どうやら彼女がこのバンドのリーダー的な位置にいるらしい。だからだろうか、人のことも自然と名前で呼んでいる。

 

「それにしても、中身が違うだけで他は本街さんそのままなんですね」

「なんか修哉さんがこの口調って違和感ありますよねー。はっ、まさかドッキリとか…!」

「あこちゃん、違うと思うよ……ほら…」

 

 そう言って黒髪女子が湊さんに視線を移すと、それに習って視線を振った紫少女がシュンとする。

 

 僅かに空気の重みが増した空間。もう特に話すこともなくなったが、帰るわけにもいかず立ち尽くしていると紫少女が声をあげた。

 

「しゅ、修哉さん!」

「……僕は細山です」

「ほ、細山さん! 紗夜さんがよくファミレスで食べるものって何だと思いますか!?」

「宇田川さん…!? いきなり何を言いだすんですか」

「えっと、入れ替わったんだとしても体は修哉さんなんで、今までのことを言えば何か起きるかも…って!」

「それいいかも! 細山くん、なんだと思う?」

「知りませんよ。本街さんの体でも、僕自体に特に変わったことは…………」

 

 そこまで言いかけてふとある事が脳裏をかすめた。

 

(…いや、あった。僕の意識とは関係なく感じたことが、たった一つ)

 

「どうしたの…?」

「一度だけ、窓の外を眺めた時に本街さんの体が動きを覚えているような感覚がありました」

 

 あの時、湊さんに教えてもらい、本街さんの席に座った時に感じたものだ。気がついたらやっていたような動き。もしかしたら、この調子で何とかなるかもしれない。

 

「……そう。もしかしたら習慣化されている動きや景色を眺める事に鍵が隠されているのかも」

「だね! よーし、あこ! じゃんじゃんいっちゃおー!」

「うんっ! ちなみにさっきの答えですが、紗夜さんはいつもフライドポテ───」

「宇田川さんっ!!」

 

 碧色女子、もとい『紗夜さん』とやらがその先を遮る。とは言っても8割聞こえてたからあまり意味はない。

 

「それなら、私にも考えがあります。こほんっ……わ、我が言霊は焔となりて、彼方の闇を……闇を〜……」

「わーーーー! 紗夜さん酷いです! あこちゃんと言えてる時あるもん! 詰まってばっかりじゃないもん!」

「お返しよ」

「あこちゃん…がんばろ…?」

「うぇーん! りんりんまでーー!!」

 

「うっわー、今の紗夜ちょーレアじゃない? ね、友希那」

「え、ええ、そうね…」

「…あの、いつもこんな感じなんですか?」

「あははー、どうだろ」

 

 なんなんだこれは。もはやバンドの練習などしていないじゃないか。

 

 仲良くないと、お互いを知っていないと繰り出せないような会話。少なくとも、今までの僕が体験したことのないような、いつも学校で他のやつらが披露していたそれが目の前で起こっている。

 

 いつもなら興味も示さず聞き流すそれを、今はなぜか聞いていたいと思ってしまった。

 

「なら次は友希那さんのモノマネします!」

「湊さんですか…? 楽しみですね」

「……に、にゃー…」

「あこ、これが終わったら話があるわ」

「!? ごめんなさい! 謝ります! 謝るから許してください!」

「あははっ! あこうまーい!」

「リサ…!」

 

「じゃあ細山君、次はアタシから問題! 燐子は何が好きでしょうか♪」

「わ、私ですか…?」

「さぁ………読書とかですか」

「うーん、残念! 正解は、あ─────」

「いっ、今井さん…!」

 

 大人しい印象を抱いていた黒髪女子、『燐子さん』が今井さんに飛びつくように動きだす。

 あ、から先は言葉になることはなく、なにかヒソヒソ話をして丸く収まったようだった。

 

「あ…? りんりん、あって何?」

「…な、内緒……」

 

 そこまで言ったところで、『紗夜さん』がステージへと歩いていく。何かと思ってみていると、ギターを持って振り返った。

 

「次は実際に演奏してみますか? 本街さんが一番見慣れている光景だと思いますし」

「賛成〜!」

「いい案ね。早速始めましょうか」

「はいっ!」

「はい……」

 

 全員がステージに立ち、こちらを向いて楽器を構える。すると途端に流れる空気が変わり、研ぎ澄まされた、鋭い針のようなものを彷彿とさせる。先程の騒がしさなどもうどこにも無かった。

 

(なんだ、この感じ)

 

 またもや昼と同じ感覚が肌を通して駆け巡る。もしかして、本当に戻れるんじゃないだろうか。

 流れてくる音が耳に響く。音楽に対する興味も知識も全くないが、何故かその演奏から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

「どうだったかしら」

「…よく分かりませんでしたが、良かったと思います」

「そう。なら良かったわ」

 

 何曲か続けて演奏した後、湊さんが僕をみて小さく微笑む。

 今、一体僕はどんな顔をしているのだろうか。自分の表情がわからない。多分、それほどまでに僕は聞き入っていた。

 

「そろそろ時間ね。今日の練習はこれで終わりにするわ。みんな、お疲れ様」

「お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした」

「おつかれ〜」

「お疲れ様でした……」

 

 声がかかると片付けが始まる。地に這うコードをまとめ、機材の電源を落としていく。その間僕はただ立ち向くし、ぼーっとどこかを眺めていた。

 

(結局戻らなかったな)

 

 そう簡単にはいかないのだろう。生活に支障はないから問題ないが、しばらくこのままというのも何か嫌だ。

 そんな事を考えていると片付けが終わったらしく、バンドメンバー全員でライブハウスの外へ出た。

 

「細山さん、戻りませんでしたね…」

「そう簡単には…無理なのかも……」

「かもしれませんね。練習同様、努力あるのみです」

「あはは、紗夜らしいね」

「じゃあ、今日はこれで解散にするわ。また明日もよろしく」

「「「「はい!」」」」

 

 2グループに分かれて歩いていく。とりあえず、僕は湊さん達に続いて歩き出した。

 

「………あの、本街さんの家ってどこなんですか?」

「私たちと同じ方向にあるわ。案内するから安心して」

「……はあ」

 

 安心して、とは言われるがどうなんだろう。人の家に勝手に入っていいものなのか。

 

「どう? 細山君。戻りそう?」

「分かりません。まず戻れると決まっている訳ではないんですし、もしかしたらこのままかもしれませんね」

「……そう」

 

 湊さんの顔に影が落ちる。そんなに本街さんが心配なんだろうか。

 

 だとしたら、何故僕じゃダメなんだろう。僕とこの本街さんの違いは? 体も、身長も、声も僕のものじゃない。確かに『本街修哉』が持っていたそれだ。

 

 仮に、僕が『本街修哉』を演じられれば彼女は満足するのだろうか。ふと、そんな事を考えた。

 

「あ、ここだね。ここをまっすぐ進めば右側にあるよ」

「分かりました。あとすいません、湊さんと少し話がしたいんですが、いいですか?」

「私と…? ええ、別に構わないわ」

「おっけー、ならアタシは先に帰ってるね? 細山君、くれぐれも友希那に変なことしないように」

「しませんよ」

 

(多分な)

 

 心の中で付け足すと、そんな事に気付きもしない今井さんは手を振って立ち去っていった。

 

「…それで、話ってなにかしら?」

「湊さんは、本街さんに戻って欲しいですか?」

「ええ、もちろんよ。あなたも元の体に戻りたいでしょう?」

「…はい。でも、そう強くは思っていません。居心地は悪いし慣れない事だらけで嫌ですが、それでもこっちの方がまだましです」

 

 月明かりが闇夜を照らす。流れる雲が光を遮り、僕らを暗い影が包んだ。同時に、僕の心にも影がさす。

 

 ごく自然に、当たり前かのように、息をするようにその言葉を解き放った。

 

「なんで、僕と一発ヤってくれませんか?」

「……………え?」

「元に戻るかもしれませんよ? 湊さん、本街さんに戻ってきて欲しいですよね?」

 

 小さく溢れた言葉を置き去りに湊さんが硬直する。そんな僕らの間を通り過ぎる冷たい風は、まるで彼女の心中を表しているかのようだった。

 

「それに、これは僕じゃありません。『本街修哉』の体です。湊さんがこの人のこと大事に思ってるなら、できるんじゃないですか?」

「っ……!」

 

 そう、これは交渉だ。

 もし、もしも僕と性行為をすることでこの現象が解決するのだとしたら、彼女はなんて答えるだろう。少なくとも本街さんに対して悪感情を抱いていない事は明白だ。

 湊さんは湊さんの望む『本街修哉』を取り戻し、僕は僕が望む人間の姿へと近付ける。

 

 言葉の意味を理解したのだろうか。次第に怒りで顔を染める彼女を見て、ふとそんな事を思った。

 

 もうここからは想像に難くない。手が高く上がり、ビンタをされるいつもの流れである。入れ替わり前の女子生徒といい湊さんといい、誰に言ってもこの反応は変わらないらしい。

 

(ああ、やはり僕にはこういう人間らしい行為がお似合いだ)

 

 予想通り僕の頬を目掛けて飛んでくる掌を最後に、衝撃に備えて目を瞑る。

 だが、その瞬間に世界の動きがスローになった。

 

(まさか…………)

 

 高い空。僅かに空いた雲の隙間から、眩ゆい光が溢れ出す。とても月明かりとは思えないそれに視界が包まれ、再び全てが光に覆われた。最初のが天地創造だと言うのなら、さながらこれは天地崩壊の幕開けなんだろう。

 

 勢いを増して薄れていく意識の中、やはり僕は一筋の闇に向かって進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

「──────!??」

 

 パンッ! という破裂音、もとい衝撃音が辺りに響く。繋ぐために差し出した手は宙を彷徨い、替わりに頬へ痛みが走った。

 

 何が起こったのかが理解出来ずに立ち尽くす。痛む頬を抑える俺が、目の前にいるのが湊さんだと認識したのは数秒経った後だった。

 

「……ぁ、戻った…? これ戻ったのか?」

 

 手を確認し、髪を触る。何一つ違いがない、懐かしい俺の体だった。

 よっしゃ! なんか二重で意味わかんないけど元に戻れた…! あばよ変態、これが俺の真の姿だ。

 

「……え……修哉?」

「どうも、帰ってきた瞬間ビンタを食らった修哉です」

「修哉………っ!」

「ちょ、えぇ…?」

 

 途端に安堵に表情を染めた湊さんが抱きついてくる。やはり何一つ飲み込めない俺は、頬の痛みなど忘れてテンパっていた。

 

(何この状況!? おい湊さんに何をした! よくやった! ありがとう!)

 

 俺が細山輝晃の体にいた間、この体を使っていた奴に感謝をする。まぁ、多分あいつしかいないだろうが。

 

「あのー、湊さん? いつまでそうしてんの?」

「っ……! 何でもないわ。忘れて」

「いやそれは無理だろ…」

 

 月明かりが俺たちを優しく照らす。辺りを見渡すと、ここが見慣れた別れ道だと理解出来た。

 路地に静寂が響く中、俺から離れた湊さんの眼をじっと見つめる。同じように帰ってきた視線に微笑むと、心の底から言葉を零した。

 

「ただいま」

「ええ、おかえり」

 

 手を差し出すとそっと優しい温もりが返される。どうしようもなく嬉しくて、それでいて恥ずかしくて、どちらとも無く笑い出した。ボディータッチの成功である。

 

 闇の中でもその笑顔の輝きは曇る事はない。どちらも同じ湊さんだが、俺はこっちの方が好きだった。

 

 今日という日を、この体験を俺はきっと忘れないだろう。いつもならば有り得ない、春が運んできた『非日常』。こことは違う世界の話を、俺はずっと忘れない。

 

 

 雲一つない星空に、小さく誓った夜だった。

 

 

 

 





ということで入れ替わる話でしたー。いやぁ、他作品のキャラって難しいですね。ちゃんと書けていたら幸いです。

ジュンさんの方に投稿された話と対になっているので、詳しい内容はそちらを読んで貰えれば分かると思います。というか多分読まなきゃ分からない←
それだけじゃなく、まだ読んでいない方がいたら是非ジュンさんの作品も読んでみてください。面白いですよ(宣伝)

ジュンさん、コラボしていただきありがとうございました! 斬新な内容でとても楽しかったです!

ではまた次回。
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