どうも、ビタミンBです。
今回の話は『性欲から始まる世界』でコラボさせていただいたジュンさん(現在じゅそさん)の方に投稿されていた話になります。ジュンさんが小説を消してしまったので見ることが出来なかったんですが、こちら側で再度投稿させて頂くことになりました。パチパチ。
ということでこの話は前話と対になっています。
本編どうぞ。
春と聞いて、人々は何を思い浮かべるのだろうか。
桜だろうか、虫だろうか、あるいは…………新学期?
とりあえず、春という言葉から連想される文字は暖かく、優しい言葉で満ち溢れていると僕、細山輝晃は考えている。
冬の寒さを越え、暖かな太陽が目を覚まし始めたころなのだ。そういう言葉が浮かび上がるのも頷ける。
しかしはっきり言おう、細山輝晃が春と聞いて浮かび上がる言葉は………………性交渉である。
そう、僕、細山輝晃は年がら年中性のことばかりを考えている………そういう感じの人種なのである。
しかし現実というのは残酷なもので、思い浮かぶのが性交渉というだけで実際は性行為ができるということもなく、今日も一日ダラダラと過ごしているだけである。
暖かくなり、服も薄くなると同時に貞操観念も………というわけではないらしい。いやはや、人間とはこうもわかりにくい生き物なのか。
摩訶不思議な生き物、人間についての考察はこれまで。さっさと学校へ行こう。
春の暖かな日差しを背中いっぱいに塗りたくりながら、通学路を歩いていく。
ポケットに入れている安っぽいウォークマンから、これまた安っぽいイヤホンを通して安っぽい僕の耳へと安っぽい歌が流れ込んでくる。
歌手の名前はわからない。曲名も曖昧である。僕の母の形見だと言って、僕が小学生の頃に父がくれたものだ。まあ、正確に言えば父がくれたのはCDだったのだが、大して変わらんだろう。CDも捨ててしまったしな。
よく考えれば売れたかもしれないが、どうせどこかの違法サイトから落としたであろう真っ白なCDなんて売れるはずもないだろうということで、ぱっきりと割って捨ててしまった。
脳に直接流れ込んでくる歌詞を無視して、ぼんやりと考える。
(あったかくなったことだし、今日は人間っぽいことをしようじゃないか)
校門をくぐると、途端に僕を襲う鋭い視線たち。最初は物珍しさに目を輝かせていたが、今となっては飽きてしまった。睨むだけなら犬畜生にだってできる。肝心の行動を起こさなくてはダメではないか。
視線の嵐をものともせずに、校舎に入り靴を履き替える。こうして今日も僕の青春劇が始まるのだ。
(今日は誰に頼んでみようか…………)
そこら辺の百均で買ったメモ帳を眺めながら、今日の作戦を練る。
同じクラスの女子は教師に告げ口をするかもしれないので危険度が高いため、違うクラスが理想的である。
とんとん、とメモに綴られている名前を軽やかにタップしながら、その名前を目に焼き付ける。基本的に気に入った名前の女子から誘うことにしているのである。
(よし、今日はこいつにしよう)
楽しそうに決めているが、その実心の中は真っ黒である。
少しでも人間らしくなるために、演じながら毎日を過ごしているのだ。
(こんなリアクション取って、果たして人間らしくなれるのか……)
若干呆れながら、メモを鞄の中にしまった。気が付けば授業が始まっていたようだ。見慣れた教師が見慣れない数式を黒板の上に描いている。
(こんなん解いて何かあるのか?)
およそほとんどの学生が考えたことがあるであろう冴えない疑問を頭の中に浮かべながら、数式を解こうと試行錯誤してみる。
…………………………。
解けない。思っていたよりも難しい。
(まあいいや。この問題を解いたところで、僕は人間っぽくなれるわけでもないんだし)
窓に数枚貼りついた桜の花びらを横目で見ながら、数学は諦めようと決心した僕であった。
――――――――
――――――
――――
ランプの魔人が現れたとき、僕は何を願うだろうか。
大抵の人は、永遠の命が欲しいやら金が欲しいやらなんとかかんとか答えるらしいが………僕の場合はどうだろうか。
科目は変わり、歴史の授業である。
誰が誰を殺したやら、誰が生き返ったやら………やりたい放題嘘つき放題の歴史なんて聞くつもりはない。
人類に与えられた最も素晴らしいアプリケーションである脳を改造して、よくわからない如何わしい情報をインストールするつもりは毛頭ないのである。
話が逸れた、ランプの魔人である。
もしランプの魔人が僕の目の間に現れ、三つ願いを叶えてくれると言ってくれたなら、僕は迷わず人間らしくしてくださいと頼むだろう。ここまでは普通に考えつくことである。
しかし、問題は残りの二つである。
正直、人間っぽくしてくださいの他に願いはない。
教師の目を掻い潜り頭を悩ませていた僕は、一つの名案を作り出した。
二つ目、もし最後の願いを叶えられなかったら、僕の奴隷になってくれと頼んで三つ目に不可能なお願いをすればいいじゃないか。四角形の丸を描いてくれとか、熱い冷水を持ってきてくれとか。
これならば魔人が困っているところも見れるし、おまけに奴隷になってくれる。
なるほどこれはうまいことを考えたなぁ。
自分が叩き出した答えに酔いしれていた僕は、昼休みを告げる鐘の音で我に返った。
どうやら僕は、本当にくだらないことを青春劇の一ページに描いていたらしい。
まあ授業を聞いていても面白い一ページになるわけでもないのだが、と自嘲的に呟いて席を立つ。今日は便所で飯を食べよう。
クラスメイトに気づかれないまま教室を出る。今日は少し遠くの便所を使用しよう。そんな気分である。
ふわり、下を向きながら歩く僕の視界に、ふと銀色の髪が映った。
数歩歩いて、後ろを振り向いてみたが誰もいない。どうやら近くの教室に入っていったらしい。関係ないことである。
道草を食うのはそこまでにして、お目当ての便所を目指す。
(おや…………あいつは………)
ふと見ると、何回か見たことがある顔が歩いていた。
別に交友関係があるわけではないのだが、彼女は僕にとって大切な人である。
もちろん、今日性交渉をする対象である。
よく見ると、彼女は一人で歩いている最中である。ちょうどいい、今さっさとやっておこう。
思い立ったが吉日、さっと彼女に近寄り話しかける。
「すみません。ちょっとお話いいですか?」
「………何よあんた」
気の強そうな女だ、彼女の第一印象はそんな感じだった。
黒色の艶やかな髪を後ろに結って、まあまあ整っているであろう顔を嫌悪感で彩っている。どうやら僕がどういう人間かを知っているらしい。
まあ僕はこの学校の問題児らしいので、ほとんどの生徒が僕のことを知っていると言っても過言ではないだろう。
とりあえず、頭の中で考えていた言葉をすらすらと口から流しだす。
「えっと……ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あたし急いでんだけど」
「すぐに終わるので………よろしいですか?」
「…………………なに」
こういう女は押しに弱い。強がっているがぐいぐい攻めてみると案外すぐに崩れてしまうのが毎回のパターンである。
まあそれはともかく、最後にこの学校での僕の代名詞ともいえる言葉を発する。
「えっと……とりあえず僕とヤってくれませんか?」
ぴきり、目の前の彼女のこめかみから何か音が鳴ったような気がした。
はあぁ、とえらく長ったらしいため息をついた後、少女は口を開いた。
「あのさぁ、正直あんたがそういうことを言うってのは理解してたけどさ……もうちょっと女の子の気持ちとか考えられないわけ!?」
「……すみません」
話していくうちにヒートアップしてきた少女の怒りを避けるために、平身低頭である。
しかし少女の怒りは収まらない。僕を睨みながら、叫んでくる。
「謝ればいいってもんじゃないのよ!! あんたのせいで男子が怖いって言い始めた子もいるんだから!! ちゃんと考えてるの!?」
「すみません」
(考えてるわけないだろ雌豚が………)
ぺこぺこと謝りながら、内弁慶を顕現させているうちに、少女の怒りのボルテージが上がって来た。
今にも爆発しそうなほどに顔を真っ赤にしている。
「あんたいい加減にしなさいよ!!!!」
鼓膜が破裂しそうなほどの声量を撒き散らしながら、少女は僕の胸倉を掴んだ。
ああ、またいつものパターンである。
手が高く上がる。ここから斜めに振り落とされ、僕の頬に当たるというわけだ。
痛みによって自分が人間だと理解できることは嬉しいのだが、こうもワンパターンだと飽きてしまう。
ああ、何か………面白いことが起こってくれないものか。
心なしかスローモーションで迫ってきている掌を見つめながら、願った。
(ああ、こんな世界、僕以外の誰かに譲りたい――――)
さて、いきなりだが旧約聖書の始まりには、こんなことが書かれてある。
始まりには何もなく、暗闇が世界を覆っていたと。
そして、神はある日突然こう言ったと。
―――――――――光よ、あれ、
と。すると、世界に光が満ちた………と。
何故そんなお伽噺のようなストーリーを今言うのか? それは簡単である。
少女の柔らかそうな掌が、鋭く僕の頬に着地する―――その瞬間、世界が光に覆われたのだ。
まるで、天地創造の瞬間のように、世界の終末が訪れたかのように……僕の知っている世界は目が眩みそうなほどの光量と共に一瞬で消えていった。
ふわり、光に包まれるとともに僕の視界までも真っ白に染まって来た。ふらふらとする頭が、大音量でこれは危険だと告げている。
(まずい………力……が……)
こんなところで気絶したらまずいことくらい、人間らしくないと称される僕でもわかる。しかし、何かの強い力にあらがうことはできず、僕の意識は、皮肉なことにまばゆい光の中で暗い闇の中へと駆け出して行った。
● ○ ● ○
パッシーン!!
「ぐぶはっ!!」
「きもいのよ! あんた!!」
突然俺の頬を襲った鋭い痛みに、目を見開く。
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
「俺は今リサと湊さんの三人で昼飯を食っていたと思ったら、急に知らん女子生徒に殴られていた!」
な……なにを言ってるかわからねーと思うが(以下略)
とりあえず、少し整理してみよう。
俺の名前は本街修哉、クラスに一人はいる影の役、所謂陰キャという種族だ。
先ほど言った通り、俺は屋上で和気あいあいと湊さんとリサの三人で昼を食べていたはずだった。
しかし、いきなり世界が真っ白になったかと思ったら、次の瞬間には中庭で知らない少女にぶん殴られていた! しかも結構痛い!!
何が起こったのかわからずにぶたれた頬を抑えていると、目の前の女生徒が再び手を振りかざした。
急いで止めに入る。
「ちょちょ!! ちょっと待った!!」
「なによ!!」
ダメだ、興奮状態である。
少女の肩を掴むが、すぐに振りほどかれてしまった。
とりあえずもう殴られたくないので、話し合いを試みる。
「あ、あの……! ここがどこかわかりますか?」
「はあ!? あんた頭おかしいんじゃないの!?」
「い、いや………その………」
「羽丘に決まってんでしょ!! ついに頭まで狂ったの!?」
羽丘………なら同じ場所のはずだ……じゃあなぜ一瞬で屋上からこんなところへ? もしかして瞬間移動獲得しちゃった?
やばい、これから俺の学園SFバトルが始まるのか!?
うん、始まらないな。
高鳴り始める胸を若干強引に押さえつけ、現実を見張る。
「もういいわよ!!」
「え……あ! ちょ、ちょっとまだ答えてほしい質問が………」
くだらないことを考えているうちに、目の前の少女は怒りで肩を震わせながら歩き去っていった。
うぅむ、どういうことだ?
とりあえず今起こったことを整理してみるが、まったくわからない。
「とりあえず、屋上に行ってみるか」
考えていても埒が明かないので、とにかく先ほどまで昼ご飯を食べていた屋上へ向かうことにした。
● ○ ● ○
歩いていて気づいたことがある。生徒の俺への態度がかなり厳しい。ていうか視線がきつすぎる。
一人の生徒とすれ違うと、露骨に嫌な顔をされるか怯えられ、二人以上で歩いている生徒とすれ違うと、陰口か何かを言われクスクスと笑われる。
イジメにも似た行為に、少々憤慨しながらも何も言えない僕は、心の中で滅多に働かない休火山を大爆発させながら廊下を歩いていた。
俺が何をしたっていうんだ!? 陰キャラなのは認めるが、そこまで変なことはした覚えないぞ!
魂の叫びを心の中で発しながら屋上のドアを開ける。
しかし、先ほどまで一緒に弁当を食べていたはずの二人の姿はどこにもなかった。
「…………あれ!? なんでいないんだ!?」
もしかしてかくれんぼか? と呑気に屋上を隅々まで探すが、見つからない。
もしかして俺を探すために教室に帰ったとかか………それならあり得る。
というわけで、急いで踵を返し教室へ向かう。
教室へ向かっている途中でも、やはり何人かの生徒に睨まれた。どうやら俺は知らないうちに何かをしてしまったらしい。
窓の外から見える立派な桜には目もくれず、勢いよく教室の前まで走り、それとは真逆に静かに教室に入る。
俺が座っている席から少し離れた教室の中央付近、いつもは違う人が座っている席に、はたして彼女は座っていた。
まるで他のクラスメイトとの間に絶壁があるかのような、そんな雰囲気を醸し出している彼女に話しかける猛者はいない。
そんな湊さんに話しかけるために、ゆっくりと近づいていく。
席間違えてんのかな? とにかくことの顛末を話さなければ。
「あの……湊さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
「…………………? その前に、貴方は誰かしら」
え?
何を言われたのかわからずに、俺の頭は真っ白に染め上げられる。
もしかして、嫌われすぎて他人のふりされてる? あやばい泣きそう。
目頭を押さえ、涙が出ないように踏ん張りながら言葉を出す。
「えっと……俺だよ、修哉。本街修哉」
「………………ごめんなさい、心当たりがないわ」
【悲報】 本街、湊さんに存在を忘れられる。
頭の中で号外! 号外! と叫び始める脳内記者。お前は少し黙ってろ。
すでに折れかけのハートを何とか修復して、再び話しかける。
「えっと、とりあえず話すだけは………?」
「今お弁当食べてるから」
「あ、すいません」
一言、冷たく言い渡された言葉に僕の何かがぷつりと切れた。
よし、死のう。
一瞬にして俺の心はボキボキと派手な音を立てながら複雑骨折をして、倒れ伏した。
死んだ目で挨拶をして、教室を後にする。とりあえずリサにだけは話しておこう。
ふと中庭を見ると、そこにはリサの姿が。一人で何かをしているらしい。
すぐさま彼女の元へ向かう。
「おーい、リサー!」
「はいはい? って………誰?」
「お前までも!?」
中庭についてすぐリサに話しかけるも、またしても怪訝そうな表情で言われた。もう心折れる。
「いや俺だって、本街修哉! Roseliaの練習とかに参加させてもらってる!!」
「へ? 本……街? 君細山くんじゃないの?」
「は? 細山? 誰だそれ」
いきなり俺の顔を見て、よくわからない人の名前を出すリサ。
「いやだって、この学校じゃ君の顔は悪い方向で有名だよ? …………ほらやっぱり、細山くんじゃん」
言いながらリサは、俺のポケットから生徒手帳を取り出して、それを広げて僕に見せてきた。
手帳には、まるで人生になんも楽しさがないと表情で語っている青年の写真が。全く俺に似ていない。リサはどこを見て似ていると言ったんだ。
「全然似てないだろ、これ」
「な、何言ってんの? そのまんまの顔じゃん。ほら」
リサが取り出した手鏡を覗いて、俺は絶句した。
手帳に貼られている写真と瓜二つの顔がそこにあった。
暫くの間、ぼうっと写真を眺めた後、衝撃に目を見開いた。
あれ!? これ俺!?
一気に頭の中に流れ込んできた情報が、僕の脳を弄ぶ。
まずい、頭が混乱してきた。
必死に頭の整理をしていると、リサがおずおずと話しかけてきた。
「えっと………なんか事情があるっぽい感じ?」
「です」
「………聞いた方がいい感じ?」
「ですです」
というわけで、全部話した。
● ○ ● ○
「なるほど、君は本街修哉君で本来ならRoseliaで働いている。わけのわからない光に包まれていつの間にかこんな顔になっていた………と。そゆこと?」
「そう! その通りなんだ!!」
「うーん…………何そのSF……信じられない……」
おい、そんな胡散臭そうな目で俺を見るな。いや本当に胡散臭いとは思うけれど。
「本当なんだって。なんだったらRoseliaのメンバーの嫌いな食べ物とか全部言えるぞ?」
「いや別に信じるけどさ………んで、本街くん? は何したいの?」
「何がしたい………なんだろう。特にすることもないな………」
「だよね………じゃあ放課後Roseliaの練習に参加する?」
「ぜひ」
リサからのありがたいお誘いに、勢いよく頷いた。
というわけで、Roseliaの練習に参加することになった。
そういえば、とふと思いついた疑問をリサに尋ねる。
「とりあえず、俺はどうなったっていう認識なんだ?」
「入れ替わった………ってことだと思うけど」
「なんかものすごい人と入れ替わっちゃった気がするなぁ……」
「あはは……まあその通りだね……それで、アタシは君のことなんて呼べばいいのかな?」
「あー……修哉でいいよ。俺も無理やりリサって呼ばされてたから」
「りょーかい。なんか君も苦労してるみたいだねー……」
とりあえず、入れ替わってしまったものはしょうがない。とにかく今はこの体の主の情報を集めなければ。
「えっと、リサは細山? さんの住所とかクラスとか知ってる?」
「住所は知らないけど………クラスなら二組だったと思うよ。連絡帳に住所も書いてるから、見てくるよ」
「すまん、恩に着る」
てててっと走り去るリサの背中を見送りながら、感謝の気持ちで俺は満たされる。
やはり、世界が変わってもリサは世話焼きらしい。今はその性格に救われた気分だ。
中庭ですることもなく待っていると、リサが急ぎ足で戻って来た。
「ふぅ、遅くなっちゃってごめんね! 見つけてきたよ!」
「いやぁ本当にありがたい。後でなんか奢るよ……って、勝手にこの人の財布使ったらまずいか」
「あははっ! 好意だけ受け取っとくよ!」
リサは、お得意の笑顔を振りまきながら言った。
ああ、先ほど殴られた頬が癒されていくようだ……。
くだらないことを思いながら、リサが持ってきた住所のメモを書きとる。
「そういえば、さっきリサはこの体の主が有名人って言ってたけど、何してんの? この人」
「え………え、えーと………そのですね……」
「え、なにそんな言えないようなことばかりしてる人なのこの体!?」
言い淀むリサの姿に、どうしても不安が隠せない。
リサは少しの間唸っていたが、観念したかのようにぽそりと言った。その顔は心なしか赤い。
「えっと………まあ、色々な女子に…………い、いいことをしないかって誘ってる感じ………かな」
「…………………オウ…………」
想像以上の紹介をされて、オットセイのような返事しかできなかった。
思ったよりすごい奴らしい。こりゃすごい奴の体に入ったもんだ。
絶句する僕と、顔を赤らめながら俯くリサ。なんだこの絵面。
だから校舎を歩くだけで殺気を感じてたのか。納得した、そりゃ嫌われるわ。
おっと、喋っているともうそろそろ昼休みが終わりそうだ。
「じゃあもうそろそろ教室に戻るわ。ありがとなリサ」
「あ、うん。また放課後にね~」
リサに礼を言い、教室に戻る。ほとんどの生徒が席についていたので、自分の席はすぐにわかった。
一応意識は俺だとしても、外見は細山さんなので、授業は真面目に聞いておこう。
「はい、じゃあ今日はここまでね」
柔らかい日差しを頬に浴びながら、俺は目を覚ました。同時に心に押し寄せる、後悔の波。
やっべ、寝てた。
ガラガラと扉が開く音で、俺の脳は完全に覚醒する。
まあ、一日くらい大丈夫だろうと聊かポジティブすぎる思考を持って、靴箱にまで向かう。
さて、昇降口に来たのはいいのだが、靴箱が見つからない。
一人寂しく探すのもなんなので、そこら辺に突っ立ていた少女に尋ねることにする。
「あの………ちょっといいですか?」
「はい………? っ!! な、なんですか!!」
話しかけた瞬間に、びくりと飛び跳ねた俺から一定の距離を取ろうとする女生徒。
うーわ、めっちゃ警戒してる。
ばっと身構えた少女を刺激しないように、優しい口調で話す。
「あの………俺の靴箱どこにあるか知りません?」
「へ? あ、ああ………細山くんの靴箱なら………あっちにあったはずだけど……」
「ああ、ありがとね。見つからなくて………」
必殺爽やかな笑顔を添えて、お返しをしてやった。これでこの人の好感度も少しは上がるだろう。
少女の頬も少し赤くなっていたので、満更でもないのだろう。いや、そんなお誘いなんてしなかったら普通にモテると思うんだけどな………まあいっか。これは彼の問題だ、とやかくは言わん。
靴を履き替え、荷物を置くために家に向かう。
校門でリサと合流し、二人で向かうことになった。リサ曰く、迷いそうだかららしい。世話焼きもここまでいったら芸術ではなかろうか。
「えっと………ここの角を曲がって………ここ?」
「………………ほんとにここなの? もしかしてアタシ、住所書き間違えちゃったかな………」
書かれた住所通りの場所は、人が住んでいるとは思えないほどのぼろアパートだった。間違っても高校生が住んでいる場所ではないだろう。
とりあえず、表札を見て名前を探す。
「あ、細山……あった。二階か」
ぎいぎいと嫌な音が鳴る階段を上り、自分の部屋の前に立つ。
ドアノブに手をかけ、ふと思い出す。
あれ、そういえば、大切なものがなくね?
「鍵、どこにあるんだろ……」
「ないの!? 鞄の中とか探した?」
「さっき探したけど、なかったよ」
「ええ…………じゃあポストの中とか?」
「そ、そんなとこに鍵があるわけないだろ…………」
「あ、あった」
「マジで!? 防犯対策もっと頑張って!? セ〇ム入ってますかー!?」
「それイ〇テルじゃなかったっけ」
くだらない会話を交わしながら、扉を開ける。入った途端、畳の懐かしい匂いがした。
周りを見渡して、部屋のシンプルさに驚く。ほとんど何もない。
「この部屋………本当に人間が住んでたのか?」
「現在進行形で住んでるらしいよ。バイトもしてるらしいし」
「え、バイト………? それ行かなくて大丈夫か?」
「うーん…………………………まあいいでしょ! どこでバイトしてるかもわかんないし、そういうのは考えるだけ無駄無駄!」
リサの簡単すぎる結論に、若干顔が引き攣る感覚を覚える。
あっけらかんと言ってくれるな。職がなくなるかもしれんのだぞ。
まあ、悩んでいてもどうしようもないのだが、なんだかすごく罪悪感が………。
「じゃあ、荷物も置いたことだし、買い物行こっか!」
「待て、なんでそんな話になってる。ライブハウスには行かんのか?」
「もちろん行くよ? けど練習は七時からだから、それまで買い物しとこうかなーって………」
「お前なぁ………もうちょっと本気で練習に取り組んだらどうなんだ? とにかく、買い物はダメだ」
「友希那も来るんだけどなぁ」
「行かせてください」
さて、買い物の準備をしよう。
俺の手首がねじ切れたのではないかと疑うほどの掌返しを若干呆れた目で見てくるリサは放っておき、準備をしようとするがよく考えたらこの部屋には何もない。とりあえず近くにあった私服に着替える。
服を脱ぎ始めたら、リサが真っ赤になって逃げて行ったが、どうやらあいつはかなり初心らしい。
「着替えたぞー」
「まったく、着替えるときは言ってから着替えてよね…………って、おお………」
ぶつぶつと言っていたリサは、俺の格好を見て少し言葉を失ったようだ。
そんなに似合ってないか、と少しがっかりしたがリサ曰く思ってたより似合ってたかららしい。嘘くさい。
とりあえずリサに湊さんを呼べと伝えて、外に出る。
桜の枝がそよそよと揺れているのを見て、この世界も変わらないなぁと独り言ちる。
さて、今から湊さんと放課後デートである。気を引き締めなくては。
● ○ ● ○
「お待たせ………って、貴方は……」
「えっと………お久しぶりです?」
湊さんは、今日の昼休みのことを覚えていないらしい。まあ、そこまで覚える必要のないことなので、忘れてても別に構わないのだが。
それよりやばい、久々に見る湊さんが可愛すぎてやばい。
しかし、どうやらリサは僕がいるということを告げていなかったらしく、湊さんは怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「あーえっと………この人は………本街修哉くん! 今日Roseliaの練習を手伝ってくれるって!」
「手伝ってくれる………? それはどういう?」
「あ、俺そういうのは慣れてるんで、ここがよかったとかどこが悪かったとか言えると思います」
「……………………………そう、わかったわ。よろしく……修哉」
ずがん、雷が俺の頭の上に落ちたようだった。
ま、まさか二人の湊さんから名前呼びされるとは…………僕ってもしかしてすごく果報者なのでは?
おっといかんいかん、思わずにやけてしまっていた。
湊さんは、その色の薄い睫毛を数回瞬かせ、リサを見た。
「えっと、この後何をするのかしら?」
「あれ、言ってなかったっけ? 買い物だよ」
「はあ………じゃあ行きましょう」
湊さんがため息をついて、歩き始めた。
その後についていくために歩き出そうとしたが、リサに襟を掴まれてぐえっと蛙のような声が喉から捻り出されてしまった。
「何するんだよ」
「ちょっと待って友希那、まだ説明しないといけないことがあるの!」
「……………何かしら」
「さ、あとは修哉が説明して」
まるでもうやるべきことはやったとでも言いたげな表情で、リサは僕の背中をポンと叩いた。
まあ、多分入れ替わりやらの話をしろということなのだろうが、
さて、どうしようか………。
「……実は……俺は修哉じゃないんだ」
「…………………それはどういう意味なのかしら?」
「えっと………意識は俺……修哉なんだけど、体はそうじゃないっていうか……なんか超常現象が起こって誰かの体に入ったというか………」
「………………………………………早く行きましょう」
「いやショッピングはちょっと待って! 話すべきことがまだ!」
「行くのはショッピングじゃないわ。精神科の病院よ」
湊さんが呆れた目でこちらを見ながら言った。
なんてこった! 俺は湊さんにやばいやつと思われてしまったようだ!! おーまいがっ!!
いや、ふざけている場合じゃないだろ。
「信じてくれ湊さん。俺は違う世界から意識だけ飛ばされてきたんだ」
「そんなの信じられるわけないでしょう」
「…………………」
まずい、めちゃくちゃ正論ですわ。
何も言えずに言葉に詰まる僕に、リサが助け船を出した。
「そ、そいえば、修哉はアタシたちのこと結構知ってるんだよね? それを言ったら証拠になるんじゃない?」
「あ、ああそうか!! じゃあそれを言おう!!」
「……………………そう。じゃあ言ってみて」
さあ、今こそ俺のRoselia力が試されるときだろう。
脳みそをフル回転させ、記憶を手繰り寄せる。
「まず、メンバーは五人。白金燐子と宇田川あこ。氷川紗夜、今井リサ、そして湊友希那だ。ついでにそれぞれのメンバーの嫌いなものは、あこはなまことピーマン、燐子はセロリ、氷川さんはにんじん、そして湊さんが苦いもの、最後にリサはグリーンスムージーという、見事に野菜が壊滅的なグループだ。ちなみに湊さんが好きなものは猫で、氷川さんはポテトあと――――」
「い、いやもういいよ!!」
べらべらと喋っていると、リサに止められた。
湊さんを見ると、ほんのちょっぴり動揺していることがわかる。
「ほ、ホントに知ってるんだね………」
「ええ、そこまで知っているとは思っていなかったわ………」
「……これで認めてくれるか?」
「………………まあいいわ。さっさと行きましょう」
どうやら認めてくれたらしい。湊さんがさっさと歩き出した。
しかし、湊さん一人説得するのにもこんなに時間がかかるのか…………。こりゃRoselia全員と話し合えるのは難しそうだ………。
リサも同じことを思ったのか、そっと耳打ちをしてきた。
「紗夜とかにはどうやって説明する? いっそ説明しないとか………」
「いや、けど宇田川さんって羽丘だろ? もしかしたらこの体の主のことを知っている可能性もあるからな………」
宇田川さんはああ見えて鋭い子である。もしかしたら細山さんのことを知っていて、Roseliaのみんなに伝えているかもしれないのだ。
リサも思い当たることがあるのか、小さく頷いて言った。
「じゃあ、ライブハウスについてから考えよっか!」
「………………あ、そう」
リサのあっけらかんとした声に、思わず肩を落とす。
楽観的というのか、ポジティブシンキングというのか………。
まあ楽観的でもいいさ、とりあえず今は俺たちを少し睨みながら待っている、『孤高の歌姫』との時間を楽しもうじゃないか。
少し疲労を感じ始めてきた肉体とは裏腹に、俺の心と足取りは驚くほどに軽かった。
「そういえば、修哉はお金持ってないの?」
「持ってないな。細山さんが金欠っぽいし」
ショッピングモールをぶらぶらと歩きまわっていると、ふとリサがそんなことを言い出した。
「ふうん、じゃ今日は奢り役はいないのかぁ……」
「おいちょっと? 今すごいこと聞こえちゃったんですけど? こっちのお前ってそんな事してんのかよ」
「じょ、冗談だよ………ねえ友希那?」
「さあ、リサなら本気でやりかねないわね」
「ちょっ、何言ってんのさ!? アタシは純情な子だよ!?」
よくわからないファンシーな服屋に突撃しながら、二人は会話を弾ませる。
ちなみに俺はこんな可愛らしい店には入ったことがないので、緊張しすぎて声が出ないでいる。
ハンガーに引っ掛けられた有象無象の中から一着の服を手に取り、自らの体にぴたりと合わせるリサと湊さん。一般人がすると、ただただ試着をしようか迷っているポーズなのだが、この二人がするだけでそれはがらっと一変する。
所謂画になる、というやつである。
「ねえ修哉、これ可愛くない?」
「いいんじゃないか? 俺にはよくわからんが」
「じゃあこの友希那の服はどう?」
「めっちゃ似合ってる。正直さっき天使かいい意味での悪魔か見間違えたくらいだ」
「……………貴方は何を言ってるのかしら」
二人を危険ではない目で眺めていると、ふとリサが俺に服の感想を求めた。最初はよくわからなかったのだが、どうやらこれは彼女なりのフォローらしい。ありがたい。
湊さんが呆れたように、だがそれでいてどこか嬉しそうに話す。そんな表情が見れただけでも満足だ。
やけにふわふわふりふりしている数多の衣服を背景に、俺は湊さんを見守っていた。
「お腹空いたしなんか食べてく?」
「練習の前だから、買い食いは控えたいところ………けどお腹が空いたのは確かだわ」
「じゃあ氷川さんのお土産を買うついでに、ファストフード店に寄るか。えっと………俺のおごりでいいし………」
「お、やったね!! 太っ腹ぁ!」
「なんだか申し訳ないわね………」
細山君の財布を取り出しながら、自信ありげににやりと笑う。しかし、心の中では冷や汗をかきまくっていた。
すまん細山君。俺は今から君の持ち金を少し使うことになった。本当に許してくれ。
だが安心しろ、君のお金は今から美少女の腹の中に入るのだ。そう考えると、無駄遣いとは考えられないだろう?
どこに行ったかわからない持ち主に心の中で謝罪とは似ても似つかないことをしながら、ファストフード店を目指す。
健康に害をもたらしそうなほどに油でぎとぎとになったポテトを頬張りながら、リサは話す。
「そういえば、修哉の世界でのアタシ達はどんな感じなの?」
「Roselia? 多分同じだと思うぞ」
「聞きたかったのだけれど、貴方と私達の関係はなんなの?」
「うーん……マネージャーみたいな感じかなぁ。よくわからん」
ファストフード店のカラフルなシートに背をもたらせながら、俺達は駄べっていた。
この世界も俺がいた世界もあまり変わらないらしく、話していると同じところがいくつもある事に気がついた。
しかし、唯一違うところは湊さんの表情である。俺がいた世界の湊さんよりかはまだ難しい表情をしている気がする。
そんな話をしていると、気がつけばいい時間になっていた。
他メンバーの食べ物を買い、ライブハウスに向かう。
この体では初めてになるライブハウスである。ちゃんといい印象を与えなければ。
まあ、先に結果を言っておこう。俺の第一印象は最悪だった。
リサと湊さんに連れられて、ライブハウスCiRCLEに入った俺は、真っ先に練習場所へ向かった。
防音対策のためか、無駄に厚く重い扉を開くと、よく見慣れた面子がそこにいた。
まず、白金さんがこちらを向いた。俺の顔を見るや否やびくりと体を強ばらせると、宇田川さんの後ろへ隠れてしまった。
白金さんのリアクションで、他の二人もこちらを見た。
氷川さんの目が、俺を見極めるかのように細くなる。
黙っているのもなんなので、警戒心を露わにしている三人に話しかける。
「えっと……初めまして?」
「貴方…………どなたでしょうか?」
氷川さんが、探るような目つきで俺に尋ねてきた。
えっと、なんと説明すればいいのだろうか……。
なんと説明すればいいかわからずに、頭を悩ませていると、リサが横から割り込んできた。
「え、えっとね! この人は、アタシと友希那と一緒の学校で、今日はーーーーー」
「あー!!」
しかし、リサの説明は途中で飛び込んできた叫び声によって打ち切られた。
見ると、宇田川さんがわなわなと震えながら俺を指さしている。
何故俺を指さしているのだろう、そんな疑問が頭によぎる前に、宇田川さんは叫んだ。
「こ、この人危ない人ですよ!!!」
「………危ない人?」
「え、えっと………それについて説明したいんだけどーーーーーー」
「こ、この人、私にエッチなことしようって誘ってきたんですよ!!!!」
宇田川さんの言葉に、Roseliaが凍りついた。
氷川さんが、まるで油の切れた機械のような動きでぎぎぎ、とゆっくりこちらを見る。
いや細川さん、あなた本当に何してんの?
心の中で細川さんにツッコむが、忘れてはいけない。今は俺が細川さんなのだ。
氷川さんが、怒りを隠そうともせずにゆっくりと僕に向き直った。
冷たい瞳に射られ、俺の顔は縫い付けられたかのように動かない。
やがて、氷川さんが静かな怒りの声を発した。
「貴方は…………何をしているんですか?」
「い、いやですね……………実はそのことについて話さなければいけないことがありまして………」
「は、話なんか聞くことありませんよ友希那さん!! この変態さんをさっさと追い出してください!」
宇田川さんは、俺の顔を見るのも嫌なのか、氷川さんの後ろに隠れてしまった。
その結果、氷川さんの後ろに宇田川さん、その後ろに白金さんというよくわからないムカデ人間のようなフォーメーションになってしまった。本人は真剣なのだろうが、少し面白い。
しかし面白がっている場合ではない。このままでは、話も聞いてもらえそうにないぞ。
途方に暮れていると、湊さんが口を開いた。
「あこ、彼はどうやら私たちの知り合い………らしいの」
「知り合い……? どういうことですか?」
「私もあまり詳しくはわかっていないのだけれど、だから説明してほしくてここに連れてきたのよ」
言って、湊さんはこちらを見る。どうやら俺に説明をしろと言っているらしい。
というわけで、俺は違う世界から来たこと、違う世界ではRoseliaの手伝いをしていること、気が付いたら入れ替わっていて、この人になっていたことなどを簡潔に説明した。
説明はしたものの、三人の顔色は変わらない。いや、宇田川さんだけは「い、入れ替わり………違う世界……かっこいい!」みたいなことを言っているが、他の二人は胡散臭そうに俺を見ている。まあその視線もわかるが、今は信じてほしい。
というわけで、賄賂としてフライドポテトを氷川さんに、バーガーを白金さんに手渡す。怪しんでいたわりには、ポテトだけはすんなりと受け取る氷川さんだった。がめつい。
「疑う気持ちはわかる。けど、あっちの世界では皆の手伝いをしていたからさ、少しは力になれると思うよ」
「……………そうですか。じゃあ今日だけ練習に参加することを許可しますけど、明日からは来ないでくださいね」
「まあ、いつ戻るか……ていうか戻れるかすらも曖昧なんだけどな」
未だに猜疑の眼差しは向けられているものの、何とか練習には参加できるようだ。
練習を見るために、近くの椅子に腰を掛けた。
「それで、どうでしたか?」
「うん。まず、氷川さんは最後のところもうちょっと強く弾いた方がいいと思う。それと逆に宇田川さんは少しだけ弱くして、白金さんはもうちょっと柔らかく弾いた方がいいと感じた………ってところ?」
「…………………………へえ」
皆は俺の思ったより正確な指摘に驚いたのか、先ほどの嫌悪感も忘れて頷いている。
普段から練習しておいてよかった………これで少しは好感度上がったか?
上手く指摘できたことに、胸をなでおろす。これで「いえ、そこは大丈夫なのだけれど……」なんて言われていたら俺のメンタルはぼろぼろになっていたことだろう。
湊さんの言葉により、もう一度練習を始めたRoseliaを見ながら、やはり違う世界に来ても彼女たちは変わらないなと実感する。
そして、やはり世界が変わっても湊さんは奇麗だ。
ステージの中央で歌う彼女。玉の汗を飛ばしながら、銀色の髪をなびかせる彼女に、思わず見とれてしまっていた。
ふと、湊さんと目が合ってしまった。途端に気まずくなり、誤魔化すかのように他のメンバーを観察するふりをする。
俺は違う世界に来てまで何をやっているんだ………。
自嘲的に笑いながらも、俺はRoseliaの演奏を脳内に叩き込むのだった。
● ○ ● ○
「今日はありがとうございました」
「いえ、俺こそなんか偉そうなこと言ってすまん。もしかしたらまた来るかも」
「そう、じゃあさようなら」
氷川さんと別れ、帰り道が一緒のリサと湊さんで帰路に就く。なんだか懐かしいようで、新鮮だ。
四月とはいえまだ寒い夜空に白い息を吐きながら、同時に冷たい空気を肺の中いっぱいに取り入れる。この空気も違う世界の空気なんだよな。なんだか感慨深いわ。
紫煙を吐き出すかのように、ふうっと口をすぼめながらほけ(白い息)を出していると、不意にリサが叫んだ。
「あー! そういえば、アタシ用事があるんだった! ごめん二人、先帰るね!! じゃあまた明日!!」
そのまま俺の耳元まで近づくと、湊さんが聞こえないくらいの声量で囁いた。
「じゃ、二人っきりの時間を楽しんでね!! 恋する男子よ!!」
「ちょっ! なんで知ってんの……って、そうじゃなくて」
言ってから、しまったと気づくがもう遅い。リサはにんまりとおっさんのような笑みを浮かべながら再び囁く。
「やっぱそうだったんだ~。いや、練習中にずっと眺めてたから、もしかしてとは思ってたんだけどねぇ………ま、頑張りなよ!!」
リサはそのままどん、と俺の背中を強めに叩いて走り去っていった。
あ、あの野郎……俺の気持ちも考えてくれ。これは俺の体じゃないんだぞ?
文句を言うがその本人はいない。渋々、怪訝そうな表情の湊さんに話しかける。
「えっと……今日はありがとうございました」
「ああ、私達の方こそありがとう。明日も期待してるわ」
「明日…………ですか……けど僕は、もしかしたら明日には―――」
「それでもいいわ」
周りの同じように、暗くなりかけた雰囲気を湊さんは軽々しく打ち破った。
その顔には、見る者すべてを魅了する柔らかな微笑。
湊さんは、街灯に照らされてキラキラと反射している銀色の髪を片手で抑えながら、俺に手を差し出してきた。
どうしていいかわからずに立ち尽くす俺。すると、湊さんは再びくすりと笑って言った。
「明日消えるかもしれないけど、友人にはなれるでしょう?」
「……………そう、ですね」
その笑顔に魅せられて、その表情に見とれてしまって……改めて俺は目の前にいる彼女のことが好きなんだなと思い知らされた。
ばくんばくんと、まるでこれは試練だぜとでも言いたげに高速移動を開始した心臓を落ちつかせ、俺も手を指し伸ばす。
「こちらこそ……これからよろしくお願いします」
差し出された手に、俺の手が触れ――――――ることはなかった。
がん!! 後頭部を殴られたかのような鈍痛が、俺の頭の中を駆け巡った。
先ほどまで街灯があってようやく見えていた路地が、急に真昼かのように白い光で照らされている。
この感覚…………まさか!
空を見上げると、まばゆいばかりの光が闇を一方的に追い込んでいる最中だった。
まるで色塗りをしているかのように、空に浮かぶ大きなキャンバスは黒色から真っ白に変わり果てる。
逆に、俺の頭の中には黒色の靄がかかり始める。
戻るのか、帰るのか………どちらにせよ、もうこの世界からはお別れらしい。
目の前にいた湊さんまでも消えていった世界で、ぼんやりと一人考える。
一つ後悔することがあるというならば、湊さんの手を触りたかったことかな…………。
よし、元の世界に帰ったら存分に湊さんとボディタッチをしよう!
そんなくだらないことを考えながら、俺の意識は刈り取られていった。
――――――――
――――――
――――
ぎゅっと、突然僕の掌を得体のしれない感触が襲った。
僕を襲うであろうと思われていた掌を受けるために、きつく目を閉じていた僕はいきなりの感触に少々驚いて目を開ける。
途端にぐわんぐわんと揺らぐ世界。目の前には、先ほどまで僕の目の前にいた少女……湊さんが。
手を見てみると、見事に僕と彼女で繋がっている。所謂握手というやつだ。
未だに僕の中で暴れまわっている三半規管を無理やり押し黙らせ、周りを眺める。
暗い夜道を照らす一本の頼りない街灯。僕らはそのすぐ近くに立っていた。
街灯に照らされて、彼女の白い肌はより一層引き立っていた。
「あの…………修哉?」
彼女の言葉に、僕は現実に引き戻される。
何も言わない僕を不安に思ったのか、銀色少女がこちらを見ていた。彼女の言葉に対する僕の答えは冷たい。
「僕は修哉じゃなく細山です」
「……………えっ?」
「ここはどこなんですか?」
「もしかして……………戻ったのかしら?」
「多分そうですね…………あの、もうそろそろ手いいですか?」
「っ! ご、ごめんなさい」
僕の指摘により、自分がずっと僕の手を握りしめたことに気づいた湊さん。慌てて手を振りほどいて、背筋をぴんと正した。
先ほどまで僕の掌を包んでいた暖かい感触を握りしめながら、僕は思った。
(ああ…………やはり僕にこういうのは似合ってないな……)
握手をされたら僕は人間らしくなるのだろうか? 答えは否である。
だとすれば、まだ痛みを感じれるビンタの方が数倍マシといえるであろう。
しかし、僕の掌は、彼女の温もりを嫌がってはいなかった。
まるで手に滲むかのように、彼女の肌の暖かさ、柔らかさ、透き通るような白さと滑らかさが握りしめた手の中で僕を翻弄する。よくわからない感情に、僕の心も同じく揺れ始める。
不意に、湊さんが僕に向かって手を差し伸ばした。
街灯に照らされた彼女の横顔は、まるでそれが一つの絵画かと疑ってしまうほどに、美しかった。
穏やかそうで、しかしその中に力強さを隠している金色の瞳の周りを縁取る色の薄い睫毛を眺めていると、言葉は自然に僕から離れて行った。
そんな僕を嘲笑うかのように、街灯の灯がゆらゆらと揺れる。
挿し伸ばされた手に戸惑っている僕に、湊さんが優しく言った。
「その……明日からよろしく」
「……? 何故明日からもなんでしょうか?」
「それは、貴方と私が友人だからよ」
湊さんは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。
友人……か。なんだそれ。
正直、それがどんなものなのか、なんのためにあるのかわからない。
第一、彼女が友人と言っているのは、僕と入れ替わっていた「彼」に対してだ。間違っても僕ではない。
そう、彼はどうか知らないが、僕は握手なんか欲しくないのである。
僕が唯一欲しいもの…………それは―――――これからも変わることのない………。
微笑みながら僕に手を指し伸ばす彼女に、思わず言ってしまった。
「あの、友人とかどうでもいいんでとりあえずヤってくれませんか?」
「……………………………………………は?」
人間らしい行為である。
ぽかんと口を開け、目を見開く湊さん。
なんだか新鮮な表情である。
最初は呆然としていた湊さんだったが、その顔が徐々に赤くなってきた。もちろん、怒りでである。
そして次にワナワナと体を震わせ始めた。これももちろん、怒りでである。
そして、手を高く振り上げた。そのまま刀を振り切るかのように、彼女の手刀が僕の頬をとらえた。
ばっしーん!!!
気温が低いせいか痛みも酷い。
ふらふらとよろめきながらも、人間らしさを痛感する。やはり僕にはこういうのが似合っている。
僕を殴って満足したのか、それとも呆れてしまったのか、湊さんは走り去ってしまった。
痛いな…………。くらくらは収まったが、再び目がチカチカしだした。
しかし、僕はこれでいい。友人になるよりも、握手をして彼女のことを知るよりも、この方が僕に似合っているのだ。
まるで自分に言い聞かせるかのように心の中で反芻させると、満足感と共に僕の心に忍び込んできた得体のしれない感情を蹴り出して歩き出す。
多分、寂しいという感情だったのだろう。
どうやら知らん奴に心を乗っ取られて、センチになってしまったらしい。
まあいいや、帰ろう。
街灯を越えたあたりで、気づいた。
「ここ……………どこだ」
翌日、今井さん……だったか、茶髪の女が「友希那とはどうなったの!?」みたいなよくわからないことを尋ねてきたので、性交渉を持ちかけたら顔を真っ赤にして走り去っていった。
彼女は一体なんだったんだろうか。
まあそんな感じで僕の興味深く、訳のわからない体験は幕を下ろしたのであった。
ということでコラボ回でした。
じゅそさん、改めてコラボしてくださってありがとうございました!