2月22日という事で。
「うおぉ……景色凄いな……」
見渡す限りの青空と緑。それぞれ高さや大きさの違う木々が生い茂っていて、右手には湖、左手には川。さらに奥には町が見える。
「こんな絶景スポット見つけるとか今日ついてるな」
適当にやりたい事をやりながら歩いていたら、俺は一匹の猫を見つけた。山猫って言うんだろうか。
丁度特にする事もなくなって来ていた俺は、その猫を追いかける事で時間を潰そうと考えたのだ。そして辿り着いたのがこの場所だった。
「しっかし不思議な場所だな、ここ」
俺が今いる場所は何故か異様に開けていて、鳥も虫も見当たらない。それどころか植物もあまり生えておらず、ここだけが世界から切り離された空間のように思えた。
イメージ的には人間が某メデューサの家を建てた場所に近いかも知れない。
俺をここに連れて来た猫は気付いたらどこかへ行ってしまっていた。
ちくしょう、こんな事になるならキャットフードの一つでも持って来ておくんだった。許せ、猫。
ふとポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
集合時間まであと40分か。とりあえず時間いっぱいここに居よう。そして休もう。
くそっ、あのダッシュで疲れてる筈なのになんで木登りなんかしたんだ俺は……!
ちなみにそのせいで手に豆が出来てたりする。でも達成感がすごかった。帰ったら自分にご褒美でもあげようかしら。
背後からガサッ! と音がして振り返る。まだ姿は見えないが、何かがこちらに近づいて来ているのが分かった。
まじかー……。秘密基地みたいで楽しかったのになー。自分の部屋でも机でも、自分だけのスペースっていいよね。だからこそそれが人に取られる時の喪失感な。例えるなら登校したら自分の席に他の人が座ってて居場所がなくなるとか。やべぇ、あり過ぎて辛い。
草をかき分ける音が近づいてきて、その姿がようやく目に入った。
「ニャ〜」
「なんだ、お前かよ」
やって来たのはさっきの山猫だった。もしかしてここが住処なんだろうか。犬と違って猫は自由だけど一応帰省本能はあるらしいし。
だが、よく耳を澄ませるとまだ音が聞こえる。
何? 熊とか連れて来てないよね? 大丈夫だよね?
「あっ……」
「え?」
見間違いかと思って目をこする。ついでに頬をパチンと叩いて、もう一度視線を上げた。
「良かった……。熊じゃなかった」
「修哉……? どうして此処に?」
「湊さんこそ。俺はこいつを追いかけてたら自然とここに来てたんだよ」
「そう……、私も同じよ。不思議な事もあるのね」
横の空いているスペースをぽんぽんと叩いて『とりあえず座ったら?』と声をかける。湊さんは『そうするわ』と返事をして腰を下ろした。
「凄い景色ね」
「だよな。隠れた名所っていうか秘境っていうか、とにかく凄いよな」
横を見やると、湊さんは本当に感動している様子で景色を眺めていた。
その横顔に見惚れてしまう。しばらくひっそり見つめていると、湊さんはポケットメモ帳を取り出した。
「何してんの?」
「思い浮かんだフレーズをメモしているの。新曲の歌詞に使えるかもしれないから」
「凄いな……。いつもメモ持ち歩いてんの?」
「当然よ。Roseliaは頂点を目指しているもの」
すごい集中力だな。
邪魔しないようにしようと思い、再び視線を前に戻す。すると、俺の横にさっきの猫が座っていることに気づいた。
「おー、お前人懐っこいなー。前まで飼い猫だったのか? 首輪ないけど」
「ニャー。ニャーニャー、ニャー」
「ごめん何言ってんのか分かんない」
「ニャー……」
抱き抱えて足の上に乗せる。その間、猫はなんの抵抗もせずに尻尾を振っていた。犬かお前は。
「湊さんも触る? ほら」
「ニャー」
「……に、にゃー」
ごはっ! か、可愛過ぎるっ……! とんでもない破壊力だ……。戦闘力はざっと100万。
「にゃー。……あっ」
「あー、行っちゃったか」
一通り満足したのか、猫は湊さんの膝を飛び降りてそのままどこかへ行ってしまった。
「猫好きなの?」
「ええ、好きよ」
好きよ、という単語に一瞬反応してしまう。
落ち着け、これは猫に向けた言葉だ。俺にではない。慎め、この拗らせ童貞め。
残念そうな横顔を見つめる。俺が見ていることに気づいたのか、湊さんは視線を俺に移した。
すると当然のように目があってしまい、とっさに精一杯の誤魔化しのつもりで咳払いをする。
少しの間沈黙が訪れる。しかしそれもほんの僅かで、改まった様子で湊さんは口を開いた。
「修哉」
「な、なんでしょうか」
「リサの事をよろしく頼むわ」
「え? なんでリサ?」
「なんでって……。2人はその……付き合っているんじゃないのかしら」
「あー……」
うん……。もう何度目だろうこの質問。なんなの? どうしたの本当に。そんなに俺とリサがそういう関係に見えるの?
もうほとんど驚かなくなってきた自分が怖いよ全く。
「ちなみになんでそう思った?」
「一番最初はコンビニの時よ。その時はただ仲が良いって思ってた。もしかしたらって思い始めたのは修哉が私にリサのクラスを聞いてきた時よ」
「あの時か」
「……ええ。あの時の修哉の目には強い意志が籠っていたわ。何か覚悟を決めた目をしていた。それにその後リサが修哉を放課後の練習に呼んでいいか、なんて聞いてくるんだもの。その時にそういう関係になったんじゃないかって思ってたわ」
お、おぉう……。なんかかなり最初の方から大きな勘違いが始まってるな……。
湊さんがこんなに喋ってるのを見るのは初めてだ。もう軽く推理大会みたいになってるからね。
そっか、と言葉を零してから、俺はあっけらかんとした口調で返事を返す。
「まぁ、付き合ってないんだけどな。そもそもリサをそういう目で見てない」
「……そうなの?」
「うん」
そう……、と呟いて湊さんは黙り込む。心なしかその横顔には安心の色が浮かんでいる気がした。
あれ? ちょっといい雰囲気なんじゃないか?
大自然に囲まれた中で湊さんと2人きり。これはアタックするチャンスだ。進め、本街修哉!
「……それに、俺ほかに好きな人いるから」
「……それは、私が知っている人かしら?」
「えっ? そ、それはー、そのー、言えないと言いますか、答えられないといいますか……」
相変わらず言葉を返されると弱くなるが、ちょっと攻めてみたぞ!
普段の教室の様子からして俺に友達が居ないことは湊さんも知っているはず! そんな俺が好きな人がいる発言をしたという事は、つまり数少ない俺の知り合いの中から探すしかないっ……!
そんな状況に今の会話を当てはめてみろ! そこから導き出される答えはもう1人しかいないだろう!
変なテンションになってるけど冷静になるとただのチキンですごめんなさい。自分なりに全力を尽くしたつもりだけど、告白にしてはさすがに遠回し過ぎるだろ。まさに駆け引き。恋する乙女か俺は。
「……そう。紗夜かしら……? それとも燐子? あこの可能性も……」
半分諦めかけていると、隣から湊さんの呟きが聞こえてくる。
あ、あれ? そこまで出てるのに自分自身って選択肢はないの……?
「ってやば、そろそろ集合時間じゃん。戻ろうぜ」
「そうね。……きゃっ」
「湊さん!?」
立ち上がると同時に足がもつれたのか、湊さんはその場に倒れてしまう。
「大丈夫? なんかヤバそうな転び方だったけど」
「問題ないわ。早く戻るわよ」
そうは言うものの、明らかに足を痛めてそうな歩き方をしていた。
「ちょっと待って。無理はしない方がいい。山道ならなおさらだよ。それが原因でもっと大きな怪我したら大変だろ」
「……でも」
深呼吸をする。さっきの分の勇気をここで出すんだ。進め。求めよ、さらば与えられん。
「……の、乗って。おんぶしてくから」
体勢を低くして返事を待つ。体に触りたいだけとか思われてたらどうしよう……。さすがにそこまで信用されてない事は無いと思うけど……。
そう考えたのも一瞬で、湊さんはすぐに返事を口にした。
「……じ、じゃあお願いするわ……」
「お、おう、任せろ。救急車より安全運転で行くから」
「それだとスピードが遅すぎるわ。間に合わないわよ」
おずおずと、しかし確かに湊さんは俺に体重をかけてくる。
やばいやばいやばいっ、心臓が死ぬ! 湊さんをおんぶしてるんだぞ? あの湊さんをだぞ? 柔らかいしいい匂いするしなにこれ!? 助けて! 鼓動が背中まで響いてるんじゃ無いかってレベルで煩い。
「……よひ、じゃあしっかり掴まっててくれ」
「……分かったわ」
噛んだけど気にしない。むしろ噛んだだけで済んだのは良かった。頑張ったな、俺。
帰ってからのご褒美を追加しよう。
● ○ ● ○
軽すぎるくらいの湊さんを背負って元来た道を戻る。お互いに会話をせずに、ただ黙々と足を進めていた。
煩かった心臓も今は落ち着いている。
正直、最初は背中に当たる湊さんの胸の感触を意識しないようにするのが大変だった。俺だって男なんです。
「……ねぇ、修哉。もう一つ気になってる事があるんだけど」
「ん? どうした?」
「なぜリサだけ名前呼びなのかしら。別に呼び方は自由だけど、少し気になって」
「あー、バイトの時に半ば強制みたいな感じで呼ぶことになった。リサが俺を名前で呼ぶからお前も名前で呼べー、みたいな」
今思えば何だったんだろうあの流れ。
そんな事を話しながら歩く。俺たちの間には穏やかな空気が流れてた。
「……そう。ねぇ修哉、私も修哉を名前で呼んでるわ」
「え……うん、そうだね」
「……気付かないかしら?」
「……ゆ、友希那……?」
「……っ、正解」
恥ずかしぃぃぃぃ! なにこの空気! さっきまでの雰囲気どこいったの!
急に気まずくなったんだけど、どうしようこれ。
あぁ、また心臓もバクバクいってるよ。今だって背中に振動が……。
「……ん?」
これ湊さんの……? 俺のことを意識してくれてるんだろうか。
……そうだったらいいなぁ。
この鼓動が湊さんの物だと分かった瞬間、気まずさは何処かに消えていた。今はひたすらに甘酸っぱい空気が流れている。
案外、青春も悪くないのかもしれない。
そう思いながら、俺は未だに背中で鳴り続ける振動を受け止めながら、湊さん「友希那」……友希那を支える手の力を強めて集合地点を目指した。
「あとリサもそうだったけど、ナチュラルに地の文読むのやめてね?」
「何のことかしら」
これにて遠足編は終わりになります。
猫の日って事を今日知って急いで書き上げました。よければ評価、感想して貰えると嬉しいです!
ではまた次回。