我、無限の欲望の蒐集家也 作:121.622km/h
妖を斬る刀だったはずなのに、いつの間にか魔を斬る刀へと心渡が変化していたおかげで、というのもおかしい気がするが、シミュレーションのシステムまで破壊してしまうとは予想外だった。
仮想空間を構築していた全てが一刀両断されたために、自分の意志とは関係なく強制的に現実世界へ帰還した。正直驚いている。あの場で振るったことで、士郎達の礼装も破壊され、戦闘続行不能と判断されたために、一応勝利はこちらのものとなっている。
約束通り、一歩も動かずに英雄王らしく戦ったつもりだ。他人の評価を気にするような精神構造はしていないつもりだが、それでも一応気は遣う。
「・・・・・・ハァ」
「大丈夫かー?」
「大丈夫に見えるの?」
「シミュレーションだからな。怪我はしていないだろ?」
「・・・あれ、なんだよ」
士郎達に睨みつけられる。恐らくスピーカもシミュレータと同様にシステムダウンを起こしているから聞こえないだけで、使えていたら観測室からも同じような疑問が飛んできたことだろう。
「『妖刀・心渡』。世界を裂くのが乖離剣なら、あれは怪異を斬る刀。肉体や骨、命を断つことは出来ない代わりに、それが怪異ならいとも簡単に斬り殺すことができる業物だ。カミサマだろうがマオウだろうが、神秘のカタマリだって一振りで斬り殺せるんだぜ」
「・・・・・・文字通り、対魔宝具ってことか」
「元々はこんな武器じゃなかったんだけどね。俺達への認識が変化すると同時に、武器の持つ力も変質しちまったんだよ」
刀形の幻想殺しで取り回しも利きやすく、誰でも使おうと思えば使えるので、最強の刀である。
そんな風に戦闘訓練を振り返りながら部屋からでれば、待っていたと言わんばかりにピンポイントで目の前のスピーカーから声が聞こえてきた。
『やあ、皆。お疲れ様。奏音君、君にお客さんだよ』
「・・・客?」
来客の予定は合っただろうか、そんな事を考えたが、思い当たる節が一つあった。
「そうか。じゃあ、訓練場を開けておいてくれ」
『オッケー。・・・え? シミュレータじゃなくて良いのかい?』
「ああ。大丈夫だ」
廊下を歩いて訓練場へ向かう。そんなに遠くではないけれど、歩くと遠くに感じる距離ではある。もう、そこまで元気でもないのだ。そんな移動の途中で、マシュがなのはちゃん達を連れて歩いているところに合流した。
「もう、準備は良いのか?」
「はい。完全ではないかもしれませんが、のんびりも出来ないんです」
「そうか」
ユーノの既に覚悟は決まっている。そんな言葉に頷いて、案内するかのように訓練場へ向かえば、そこには既に諸々の準備を終えた魔法少女が待っていた。
「お兄ちゃん。いつでもいいよ」
「そうか」
「あなたがわたしの・・・戦う相手?」
「そうだよ? ナノハ、だっけ。よろしく」
固い握手を交わしながら、軽くにらみ合うなのはちゃんとイリヤ。
戦う前の魔法少女にしては、少し物騒な気もする。が、如月の戦いなんて大抵がそんなものだろうと思った。泥臭く、命を削るような限界の戦い。清涼な戦いなんて、出来るはずもなかった。
──暫くして、イリヤとなのはの二人は、英霊の一撃に耐えようと、魔術と科学を使って耐久力を極限まで引き上げた戦闘訓練場にて、お互い戦闘待機状態で向かい合っていた。
いつでも互いの全力を持って仕合えるというわけである。
そんな緊張した空気が流れる中、イリヤが持つステッキ"ルビー"が胴体に当たるであろう持ち手をくねらせて揺らしながら、イリヤに激励の言葉をかける。
『いつか共闘したときはMS力で負けてましたけど、今のイリヤさんは負けてませんよ!』
「MS力がどうした。わたしはわたしらしく勝つ!」
『ふぅ~』
ルビー激励をほとんど無視して己を鼓舞するイリヤは、いまだにくねり動き続けている落ち着きのない相棒を、強く握りしめる。
「・・・行こう、レイジングハート!」
『All right.Master.』
一方のなのはは相棒である"レイジングハート"に声をかけて、準備を完了した。
『さぁ、号令は君の出番だ。奏音くん』
『・・・俺?』
『君以外に適任はいるかい?』
『・・・そうかい。それではカウント三秒前!』
『三』
『二』
『一』
『GO!』
「アクセルシューター! シュート!!」
「
奏音の開幕の合図が響くと同時、ほぼ同時に放たれた二人の魔法少女。その全力攻撃が衝突した。
『初手相殺か・・・。二人の実力は互角か?』
『分からないな。どっちかが様子見をしたのかもしれない』
なのはが放った高速弾に対して、イリヤが撃ったのは、散弾。どんなコントロールができようと、己を守る穴を開けさせる為の壁を作るという手だった。
しかし、その予想に反してなのはがとったのは、シューターの操作を放棄し、防御魔法で防ぐことだった。
「瞬速の・・・
「よけっ──にゃ!?」
『Protection.』
身を翻し、回避したはずの魔力弾が自らを追跡したことに驚いたなのはは、とっさの対処をレイジングハートに任せた。それを受けてレイジングハートは防御魔法を展開。その隙に距離を詰めたイリヤが、背後に迫る。
「
鋭い斬撃が、ゲームなどでしか見ないような実態となって飛び、空間を切り裂く。
「きゃあ! ッ、レイジングハート!」
『Divine─』
「遅い!
即座に躱し、反撃を試みるなのはだったが、この試合を作っているのはイリヤだった。
レイジングハートを構えた先にいるはずのイリヤの姿を確認する前に、なのははその砲撃を喰らっていた。
「・・・・・・!」
なのはがイリヤに勝てる可能性は、ほとんどゼロに近い。奇蹟でも起きない限り、勝利を掴むことは不可能だと言えた。だが、なのはがイリヤを睨むその目が、決して諦めないと彼女の心情を声に出さずとも伝えてくる。
勝つための策を弄するその目は、奏音にとって、とても見覚えのあるものだった。
常に自らにとって最善の結果を手に入れるために、幾度となく同じ景色を見ることになろうとも、策を弄する。その目は、奏音が頻繁にしている目、つまり今のなのはは普段の奏音と同じ景色を目にしていた。
常人ならば不可能と切って捨てる状況で、それでも勝機を掴もうと少しの隙も見逃さぬと足掻く姿は、彼女もまた生まれながらにして奏音と同じ、不屈の魂を持っている事の証明となっていた。
そんな風に、勝機を掴もうとして、どれほど集中していたのか彼女にしか分からないが、イリヤの攻撃を防御したその瞬間。なのはの動きが一瞬止まった。
もちろん、その隙を見逃すイリヤではない。
「
イリヤの放った砲撃は、止まってしまったなのはに直撃し、爆発を起こす。
「・・・」
『ッ! デコイです! イリヤさん!!』
「ウソッ!?」
ルビーからの警告に、少しだけゆるめてしまった気を慌てて引き締め、イリヤは周囲の魔力反応を探った。そして、それに気付いてイリヤの後ろ、斜め上方を振り向けば拘束魔法が発動した。
『Restrict Lock』
「拘束術式!?」
『イリヤさん!』
驚いている場合じゃない。そう言わんばかりのルビーの言葉にイリヤは反応し、宙に浮かぶなのはに注目すれば、そこでは桜色に輝く魔力がレイジングハートの杖先に集まっていた。
『Divine』
「当たれッ!」
レイジングハートの引き金に指をかけ、逃しはしないとイリヤを狙うなのは。そんな風に狙われているイリヤは、なのはが使った拘束魔法によって、その場から動くことだけ出来なくなっていた。
「ルビー!!」
『保護全開です!』
『Buster』
保護障壁を展開し、その身を守ろうとしたイリヤは叫んだ。間一髪でイリヤを障壁が囲った瞬間、桜色の魔力砲撃がイリヤの身体を呑み込んだ。砲撃は訓練室の床に直撃し、そのエネルギーを飽和しきれなかった床が、崩壊。小規模な爆発を起こした。
そんな事は全く気にせず、撃ち終わった後もなのはは警戒を解くのを止めず、いつどちらにでも動けるように準備した状態で、噴煙が広がる中空を睨みつけていた。
煙が晴れればそこには、身体のあちらこちらが煤けてはいるものの、無傷に見えるイリヤが浮いていた。
「やってくれたわね・・・! わたしもギアを一つあげるよ! ルビー!」
『やってやりましょう!』
「
イリヤは額に青筋を浮かべ、太腿のホルダーから抜き放った弓兵のサーヴァントカードを握り潰すようにして、その言葉を口にした。
──
サーヴァントカードを砕くようにしてアーチャーを夢幻召喚したイリヤは、赤原礼装を纏い、両手に夫婦剣と呼ばれる黒と白の双剣を握っていた。
「っもう! アーチャーなのに持つのは剣なの!?」
『あの人弓すら贋作ですから・・・』
「っ──
出てきた双剣に文句を言ったイリヤだったが、すぐさま切り替えて詠唱を開始する。
「───憑依経験、共感終了。
───
───
「これって!?」
空中にいくつもの剣が投影される。それはなのはにとって先程見た士郎の戦い方と同一だった。
「貫け!」
「防御!」
『Protection.』
「きゃあ!?」
射出された剣を防ごうと、レイジングハートが展開した防御魔法を、剣は軽々と貫いた。だが、なのは本人にまでは届かない。
『防御魔法が貫かれた!?』
『まあ、あれは君らの言うロストロギアみたいなものだからな・・・』
自らの使用する魔法しかしらないであろうユーノからすれば、今まで築き上げてきた価値観の全てを覆しかねない一撃だった。それを補足するような奏音の言葉で、如月の縁者が扱う武装の強さを再認識したようだ。
戦闘中の二人に視線を戻せば、イリヤがなのはとの距離を詰めていた。防護魔法が貫かれたことによって足を止めてしまったなのはは、イリヤにとって良い的だったのだろう。
「せりゃああ!!」
双剣が振るわれる。
苦し紛れか、なのはがレイジングハートを振り回す。
どうしようもない。誰もがそう思った。勝敗は決まった、と。
しかし、結果は全く違った。
金属特有の甲高い音を立ててレイジングハートと干将・莫耶がぶつかり、そのまま。折れることも斬れることもなく、杖が双剣を弾いたのだった。
「ほぇ・・・?」
「にゃ・・・?」
『嘘だろぉ!? 贋作と言っても一応宝具だぞぅ!? 一体全体どうやったら、強化魔術も施されていないただの金属が、宝具の斬撃を防げるんだ!?』
『お、落ち着けロマニ! とにかくあの子の持っている杖を解析するんだ!』
パニックと言っても良いくらい、慌ただしくなる観測室。
一方で、普段の様子からは考えられないくらい静かだったのが、如月奏音だった。
「・・・・・・」
何かを考えるように黙っている奏音だが、体内通信という連絡手段があるので、どこかの誰かと会話している可能性も否定できない。
「・・・あなたの、それ。まさか宝具・・・?」
「え・・・っと・・・。どうなんだろう・・・?」
「・・・まあいいか。
『愛しのお兄さんに付きまとう虫は駆除しちゃいましょう!』
「うん。──
ルビーの小声の声援を受けて、イリヤは投影で出した宝具を、詠唱で更に強化する。
「
「レイジングハート!」
『Standby,ready』
放たれた宝具の矢を、高速で移動することで華麗にかわしたなのは。そして、避けた後もその高速移動を止めることはなかった。
「・・・! だったどうだっていうの。体力を消費するのはそっちなんだから・・・!」
『イリヤさん!』
「何よルビー・・・!?」
『んもう! また引っかかりましたね!?』
「またぁっ?!」
今度は四肢全てを拘束する形状のもので、手首と足首を完全に空中に固定されたイリヤは身動きを取ろうともがきながらも、自らに砲口を向けるなのはの姿を認識していた。
「また砲撃? 一発屋だね!」
「・・・それでもいいの!」
一時も目を離してはいない。そう思っていたイリヤの思惑を完璧に欺いて、なのはの声はイリヤの真後ろから聞こえてきた。
「え。うし・・・!?」
「この距離なら・・・!」
「るび──」
「外さない!」
『Buster』
ほぼゼロ距離から放たれたディバインバスターは、イリヤの身体を吹き飛ばした。
「ハァ・・・ッ、ハァ・・・ッ」
『It's the best,master』
「ハァ・・・」
威力の大きい砲撃を撃ったせいで荒くなっていた呼吸が、落ち着いてきたなのはが目にしたのは、
「──束ねるは星の伊吹、輝ける命の奔流」
青いドレスに白銀の甲冑、その上から白いファー着きの青いマントを纏い、黄金に輝く聖剣を天に向けて掲げるように両手で持って、地に足を着けてどっしりと構えたイリヤの姿だった。
「ゼロ距離ダメなの!?」
「受けてみて!」
そして、イリヤは上段に構えた聖剣を、身命の解放と共に解き放った。
「
「にゃっ、にゃああああああああああああ!!」
『GAME SET』
『WIN Illyasviel』
その一撃を持って、この勝負は幕を閉じることになった。
戦闘を終了し、目を回して訓練室の床に寝転がるなのはに駆け寄っていく治療班を遠目に見ながら、イリヤは武装を解除してぺたりとその場に座り込んだ。
そんな彼女の周りを、ルビーがからかうように飛び回り、しかし周囲に聞こえない程度の声量で弄りだした。
『いやー、イリヤさん。お兄さんへのラブパワー全開でしたね!』
「ふえ!? い、いやそれは・・・」
『わかりますわかります。士郎お兄さんのタオルをチラッとしたとき以上のラブパワーでした!』
「あの時は・・・!」
『えぇ、えぇ。分かっていますとも。現在の慰め時の妄想はお兄さんが相手であるのは重々承知ですとも!』
「ルビーッ!!」
打てば響くようなその会話に、楽しそうに飛び回るルビー。イリヤは自分の恥ずかしい話を聞こえているいないに関わらず、公衆の場で話す彼女(?)を捕まえようと暴れ回る。
「・・・・・・何やってんだ?」
「え、はっ! お兄ちゃん!」
戦闘終了直後、観測室にいた周りから、イリヤを迎えに行って褒めてやれと言われて、やってきたのだが、ルビーと戯れていた。
元気そうで何より。
「お疲れ様」
「あ、ありがとう」
「なのはちゃんは戦闘初心者の素人だったが、見ていた限りでは、彼女の持ち味は発想と機転みたいだったな。戦闘の最中でも磨かれていたし」
「うん。作戦も何も無しのぶっつけ本番って凄いことだと思う」
練習も無しに一度で成功させる自身があったのかなかったのか。その辺りのことは定かではないが、流石としか言いようがない。
「何にせよ、よくやった。何かご褒美をあげようじゃないか。何がいい?」
何でもいいよ。
そう付け足したけれど、あまり羽振りの良い真似は不可能である。
「え、え? な、何でも!? え、えっと。じ、じゃあデー・・・じゃない。お出かけ! お兄ちゃんと二人でお出かけがしたい!!」
「お出かけ。そんな事でいいのか?」
年頃の女の子のことだから、アクセサリーとかバッグとか。そういった、形に残ってなおかつ手元に残るようなものを、求めるのではないのかと思っていたが、どうやらその予想は外れたようだ。
二人で出かける。そんな事で良ければいつでも行ったのに。
あ、嘘。
いつでもは無理だ。流石にそんな事を許してしまえば、一人になれる時間がこれから先、全くなくなってしまう気がする。
「うん! お買い物したり、映画見たりするの!」
「あー。何かそういうの昔アニメでみた気がする」
お買い物か。つまりそこで形が残るものを要求するつもりだな。
「分かった。今度一緒にお出かけだな?」
「二人っきりだよ? 他の誰も連れていっちゃダメだよ?」
「任せろ。その日は忍も家に置いていこう」
「・・・・・・まあ、よかろう」
忍の許可も得たことだし。イリヤと二人でお出かけするのは決定だ。
そんな感じで、イリヤにご褒美をあげる約束をした後で、なのはちゃんの目が覚めるのを待って、簡易的な応接室で改めて向かい合った。
「さて・・・と。まずは、なのはちゃんお疲れ様。君達も、さっきの戦いを固唾を呑んで見守っていて喉渇いただろ? お茶でも飲んでくれ」
「あ、はい。いただきます・・・」
低めのテーブルの上に置かれたお茶を飲みながら話を進めることにする。
「・・・では、約束通り。ジュエルシードを渡してくれるかな」
「はい。えっと、レイジングハートの中に・・・」
「やだっ!」
ユーノがそう言って、なのはちゃんの方に目を向ければ、彼女はレイジングハートを守るように抱きしめて、拒絶を示した。
「もう一回やらせて! 次は負けないもん!」
「・・・イリヤはあの戦いで全力を出してなかったとしても?」
「勝つまでやる!」
「なのは・・・」
「なのはちゃん」
なのはちゃんの友達が、彼女の行動を止めようとする。確かに、大人のようにきっちりとしたものではないにしろ、互いの譲歩の上で契約を結んだ事柄である。どんなに嫌でも、納得しなければならない。
「勝ってもジュエルシードは帰ってこないぞ?」
「知ってます」
「何の利益もないのに戦うのか?」
「関係ありません!」
「・・・・・・そうか。利益もなく、ただ労力を費やすだけだと分かっていながら、なお自らの欲を満たすために勝利を求めると?」
「はい!」
なのはちゃんは真っ直ぐに、自らの気持ちに嘘偽りなく答えた。
その感情は良く分かる。何よりも己が繰り返す理由の一部であったのだから。
ここまで来れば、彼女に愛称をつけるのも失礼な気がしてきた。
「・・・分かった。
「にゃ!?」
そう言えば、なのはは嬉しそうというより驚きの方が強い叫び声を上げた。
「わたしを・・・鍛える・・・?」
「ああ。イリヤに勝ちたいんだろ? だったら、それの面倒をみてやる。直接俺が、とはいかないかもしれないが、責任を持って如月が鍛え上げてやる」
一人前の魔導師だったか、になるんだ。魔術師にはなってはいけないよ。
だから、ジュエルシードを渡してもらえるかな。
なのはからジュエルシードを受け取って、研究室へと持っていかせる。これでようやく二十一個、全てが揃った。もう、安全だろう。
「あの・・・。俺達も、一緒に鍛えて貰う事って出来ますか?」
「・・・・・・あー。ウチのに気に入って貰えたらな。アイツ等が勝手にお前等を鍛える分には俺は何も言わない。ただしなのはと違って確実な成長は約束しないがそれでいいか?」
「ああ!」
「十分よ!」
覚悟は出来ているようだな。
どんな理由かは知らないが、後悔だけはするなよ。全てを失い、欲望だけが残った蒐集家みたいな、情けない後悔だけはな。
「と、いうわけだ。聞こえてるか管制室?」
『ええ。バッチリよ。で? どうすればいいのかしら?』
「まずは話の通じる奴らをなのは教導員にあてがってくれ。コイツ等二人はその辺の馬鹿共の騒ぎに放り込んどきゃ勝手に強くなるってよ」
「「え?!」」
「・・・馬鹿共に気に入って貰うためには実力を示すのが一番なんだ。全力で潰してみろ。精神面と肉体面、どちらかでも気に入られたら弟子入りコースだ。喜べ」
「「はい」」
如月に所属する英雄達は、我が強いことを抜きにすれば、他人に彼らの技術を習得させることに、不満が出るような存在ではなく、また同時に、教育者として向いている人材でもあった。
担当科目が教員によって別れるように、それぞれに秀でているものがあり、戦闘能力にあまり関係がなさそうな頭脳面も、発想力や回転力を上げるだけで、戦況を変えることの出来る力になる。
そういった面でも、如月という存在は優秀なんだ。と改めて認識すると同時に、育て上げる彼等にとって成長した高町なのはは一つの作品であり、過去にイリヤの魔術指導をしたことから考えて、十中八九なのはをイリヤに勝たせることと、彼等が如月奏音に勝利することは同義になる。
つまりは、イリヤの戦闘訓練を自ら行わなければ、彼等に勝ち誇られるという事である。
「え、え? ・・・な、なにお兄ちゃん。そんなにわたしを見つめて」
「いや、ちょっとどこをどう改造しようかと・・・・・・」
「え。まさかトレーニング?」
「負けるとは思わないけど、一応な」
最も、コレクターのサーヴァントカードを夢幻召喚すれば、慢心していても余裕だとは思っているが、いつまでも胡座をかいていては成長できないだろう。今回はそれも含めて全体的な底上げと、対なのは戦闘の実験が主になるだろう。
さて、そうと決まればさっそく日程も決めなければな。
──後日、如月家地下。
仮想空間戦闘訓練場。
「まずは自己紹介しておこう。俺はルルーシュ。これからお前達に戦闘において最も重要となる、戦局の見極め。つまりは戦略と戦術の立て方を教える」
青色に金の意匠が施された貴族が着ていそうな服を身に纏い、なのは達の前に立つルルーシュ。
「そして、その基礎の一つとして、一番重要な基盤となる思考加速の訓練をしようと思う。またの名を分割思考。マルチタスクと言った方が分かりやすいか?」
「マルチタスク・・・」
「別々のことを同時に考える事ができる技術よ」
「へぇ~」
ルルーシュが説明するために空間に指を向けると、そこにディスプレイが出現する。なのは達が今いるここは仮想空間であるため、普通に白板や黒板といった「書くもの」を用意する必要はない。
「いいか。同時に多くの事柄を処理することが出来るようになれば、選択の幅は広がる上に、戦略を組み立てる時にも役に立つ。
「もちろん勝負事だけじゃない日常生活においても、分割思考というものは役に立つんだ。何かをしながら何かできる。そう考えれば想像はしやすいだろう。
「一度に100以上のことを考えることが出来ればそれだけ思考は加速する。思考が加速すれば、擬似的ではあるが、あのコレクターの真似事くらいは出来るんじゃないか。
「ちなみにだが、イリヤスフィールに以前確認したときは240程に分割できていたはずだ」
「二百!?」
ルルーシュから放たれた常識外れの分割数に、ユーノが驚愕する。だが、如月奏音が時間を遡り、可能性を模索し思考する回数を考えれば、猿真似と言える程少ないのだ。
「恐らく、イリヤスフィールにはコレクターが指導者として着いていると考えていい。その場合、同じように基礎からの底上げを図る。そういう男だ。あれは」
「どうして・・・そこまで・・・?」
「理解しているのか、か? 色々理由はあれど、如月に属する人類であれば、誰しもがヤツを理解している。憧れだったり、感謝だったり、好敵手だったりと、理由は様々だが、コレクターという存在を知ろうとする。というのは俺達にとってはごく当たり前のことなんだからな」
それに、あいつは分かりやすい。
そうルルーシュは付け足したのだが、ユーノ達はそれがどうしても信じられなかった。唯一なのはは何となく理解しているのか、感心したような声を漏らしていた。
「さあ、そろそろ実践と行こう。これからお前達がするのは、このスフィアの制御だ。一つ一つ、別々に操作して貰う。最初は二個からでもいいが、今日中に十個。それを目標としてやれ」
「「「はい」」」