我、無限の欲望の蒐集家也 作:121.622km/h
なのはside
お兄さんの所で魔法を使うための、そして地力の底上げ訓練を着け始めてから、わたしは洞察力と瞬発力が大きく上がっていた。
具体例を示せば、お父さん達が毎日やっている、剣術の訓練を見ることができるくらいには。
これが以前までは、途中から何をやっているのか全く分らなかったのだ。
「・・・・・・・・・」
わたしのお父さんやお兄ちゃんは、"神速"という奥義を持っている。
それは、とてつもなく──どのくらいかといえば、それこそ目で追うことができないほど、素早く動く技なのだけれど、お父さん達はいつの間に、魔術の世界に足を踏み入れたのだろう。
切嗣さんの使う固有時制御とは、やっぱり違うものなのかな。
「・・・のは。なのは!」
「にゃ!? な、なに!?」
全く意識の向いていなかった方向から──要するに後ろから、両肩に手を置かれて飛び跳ねるようにして後ろを振り向いた。
「何って・・・。ちょっと、しっかりしてよ」
わたしの友達親友、アリサちゃんは両手を腰に当てて胸を張って──いわゆる仁王立ちではあるが、決して怒っているわけではない──呆れたように息をついた。
「明日よ。明日。まさか忘れたんじゃないでしょうね」
「明日・・・。何かあったっけ?」
「忘れたの!?」
怒鳴られた。
何かとても大切なことがあったのかもしれない。もしそうだったとしたら、大変なことだ。
「前から陸や若菜も誘って、すずかの家でお茶会する予定だったでしょ!」
「あ」
そうだった。
新学期になったあたりから、その話は出ていたような気がする。
最近忙しくて、すっかり忘れていたけれど。
そう言えば、教官がいい笑顔で、
「これからの修行は、外でも突然襲ってくる」
と、言っていたから油断はできない。
もしかして、お茶会の日に試練が待ち受けているとかないよね?
陸くんと若菜ちゃん。そしてわたしが揃うからといって、お茶会の日に騒動が起きたら大変なことになってしまう。大変のスケールがおかしい気もするけど、案外何とかなるような気もしてきた。
「そっ、それで。アリサちゃん。明日のことで、何か変更でもあったの?」
「ないわよ。なのはが最近ぼんやりしてるようだから、忘れていないかの確認をしたのよ。まあ、案の上って感じだけど」
「にゃ、にゃはは・・・・・・」
「なのはちゃんも、忙しいんだよ。それに・・・大変なことではないみたいだから。いいじゃない、アリサちゃん」
「そうね。笑顔で一目散に帰っていくもの。家とは逆方向に」
すずかちゃんは、わたしのことを庇ったつもりのようだったけれど、アリサちゃんは親友の自分達よりも優先するものがあるのが気に入らないのか、不満げな表情だった。
それでも、わたしは二人でも二人以外でも、していることについては秘密にしなければならない。
魔法も、魔術も。やっぱり人に話すべきではないのだ。
「まあいいわ。とにかく、明日はすずかの家でお茶会よ。もう忘れないわよね? なのは」
「も、もちろん!」
少し不安だったが、一応頷いておく。わたしの記憶容量もそこまで悪くない。
「さっきまで忘れてたのは認めるのね」
「あ、いや。これは違っ!」
「・・・・・・・・・」
「返事は、ほら。しっかりしないと、ね?」
だ、だから・・・。
「あはは。なのはちゃん。言い訳の仕方が浮気がバレた旦那さんみたい」
「「え」」
なんで、すずかちゃんがそんな昼ドラを知ってるの・・・?
いつの間にわたしの親友は、そんな修羅場を目撃したのだろう。身内で起きた出来事ではないことを祈るしかない。
「・・・・・・まあ、いいわ。とにかく明日。いいわね?」
「うん!」
そして、次の日。
四月十六日のことである。お兄さんの家──如月家を訪問させて貰ったのが、四月九日のことだということを考えれば、あれからまだ一瞬間経っていなかったと言うことだった。
体感時間的には一週間などとっくに経過していると思っていたものだから、時間感覚というものはこんなに簡単に狂うものなのかと思った。
ただし、時間感覚が狂ったと思っても、やはりそれは体感的なもので、修行で身に付けた体内時間はしっかりと働いていて、今となってはいつも通りではあるものの、朝早く目が覚めた。
「お母さん、おはよう!」
「あら、なのは。おはよう」
自室を出てリビングに向かえば、お母さんがいつも通り朝食の用意をしていた。
ここにいないお父さん達は、また朝の訓練をしているのだろう。
昔はお仕事も危ないことをしていたのはいつだったか察したが、今は安全な職に就いているくせに修練を欠かさないなんて、物好きとしか言えない。
「陸君と若菜ちゃん。お昼過ぎくらいにくるって」
「・・・はーい」
早起きしたつもりだったが、若菜ちゃん達はわたしより早く起きていたらしい。
微睡みの中過ごす時間がなくなったと思っていたが、若菜ちゃん達はそんなもの、元からなかったようなものだったのかもしれない。
朝食をただ待つのも味気ないので、お兄ちゃんとお姉ちゃんの修行を見に行くことにした。
わたしは家族が扱う御神真刀流という剣術を、習得しようとは思っていない。
しかし、"見る"ことで学べるものがあると、そう教わったからには、色んな戦い方を見ておくことに、無駄はないと信じている。
それに──お父さん達の動きを目で追うことができなかったら、英雄達の動きについていけるはずがない。
朝食を食べるために、一旦修行を切り上げた二人に頭をなでられた。
言いたくはないが汗臭かった。
朝食を食べた後、再度修行を開始した二人についていく。
ヒマなのだ。
何故、疲れないのだろうか。兄と姉が分らない。
でも、もっと分らないのが、お兄さんの動きだった。一度だけ見せてくれたその動き。
全く速くないのに、腕が消えて、更には身体がバラバラになっているように見えた。
原理は『ハエ』と同じだと教えてくれたけど、理解できなかった。
「どうしたんだ、なのは。そんなに真剣に恭也達の修行を見て」
「すごいなぁって──おもっただけだよ」
それだけではないけど、思わなかったわけではないから、嘘はついていない。
「・・・お父さんは、剣術の達人だよね」
「一応ね。師範代だよ」
「じゃあ、『ハエ』が何かわかる?」
「ハエ?」
お父さんは話の流れから、虫のハエではあるものの、それが何かを指す言葉であることを気付いたようだった。
人生経験がやっぱり違うんだな。
こんなところで、そんな事を痛感したくなかった。
「恐らくだが、それは武道における動きの話かな。家の中で蚊やハエなんかの虫が飛んでいると、人は叩こうと必死に目で追うだろう? でも、あるタイミングでふと見失う」
「勝手に人が予測した方と、別の方向に飛ぶからだね?」
「そうだ。つまり、それと同じ。人の手が、動くと思った方と逆に動くことで、一瞬見失う。そういうことなんじゃないか?」
「うん」
どれほどそれを高度にすれば、人の身体がバラバラになっているように見えるのだろう。
お兄さんは、もしかしたら簡単に、お兄ちゃん達に勝ってしまうような気がする。
「それに比べたら──」
「恭也達の動きが見えているのか?」
あ。
声に出てしまっていたようだ。
昔は、何をやっているのか全く分らなくて、すごいなあなんて語彙力も消失する程の感想しか言えなかったのけれど、今は普通に観察者として練習を見ていられる。
「・・・なのはもやるか?」
「わ、わたしも?」
「なのはも、才能があるみたいだからな」
嬉しそうに。
これ以上なく嬉しそうにお父さんは言った。
自分の子ども達が、自分と同じことをしてくれるのが、純粋に嬉しいのだろう。そういえばわたしは、どちらかと言えばお母さん側のこどもだったから。
「えっと、ちょっと考えさせて」
「なのはちゃーん!」
「あ」
若菜ちゃんだ。
まるで某宮崎駿監督作品みたいに、わたしのことを呼ぶ。
気にはなっていた、汗臭い道場から飛び出して、自分の部屋、机の上に用意していた今日の荷物を掴んで玄関に走った。
今考えれば、お兄ちゃんが慌てて準備を始めた頃だから焦る必要はなかったが、それでもそんな事を考えていないわたしは全力で準備を終わらせて玄関に向かっていた。
「おはよう! ・・・あれ、陸君は?」
「陸のやつなら、全力でこっちに向かってると思うわよ。それより、今日は恭也さんは行くの?」
「え、あ」
そうだ。
すずかちゃんのお家に行くなら、お兄ちゃんも一緒に行くに決まっているじゃないか。
じゃあ、そんなに急ぐ必要もなかったのか。お兄ちゃんは未だに道場で訓練しているか、今慌てて準備に取りかかったかだろうから。
「多分、今用意してるんだと思う」
「そっか」
そういえば、すずかちゃんのお姉さん。
お兄ちゃんの彼女さん──忍さんのことを、名前で呼びづらくなってしまった。
何故かと言えば、お兄さんの主にして眷属、人間もどきの吸血鬼。
忍野忍さんのことを"忍さん"と呼んでいるからだ。
「待たせた。む。陸がまだ来ていないんだな」
「はい」
「なら、陸が来たら俺達は出発するとしよう」
お兄ちゃんも合流して、後は陸君を待つだけとなった。
と、走ってきたというわりには、足音もあまりせず──むしろ飛んできた。
と言った方が正しいくらいの速度で、
「お待たせしましたぁあああ!!」
「にゃあああ!?」
陸君は飛び込んできた。
その速度を考えれば、恐らく魔法を使い、飛ぶようにして駆けつけたのだろう。
遅刻はしないほうがいいけれど、衆目を気にせず魔法を使用するのは、褒められたことではない。
「・・・・・・陸も来たことだ。そろそろ行くか」
「はい」
「・・・・・・気を付けてよ?」
「・・・・・・はい」
忠告すれば、罰が悪そうな顔をして返事をする陸くん。
遅刻そのものではなく、その挽回のためとはいえ魔法を使ったのを咎めたのを、理解してもらえたようで何よりである。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんに改めて「行ってきます」の挨拶をし、バス停まで四人で歩く。その間特筆するような会話はなく、何事もなくバスに乗ってすずかちゃんのお家に向かった。
一度駅のバスターミナルから、すずかちゃんのお家の方面に行くバスに乗り換えて、お家についた。
お兄ちゃんがインターホンを鳴らしてくれて──わたし達の身長では背伸びしないと届かない。
塀が高いのが悪い──すずかちゃん家のメイドさん。ノエルさんが出迎えてくれた。
「恭也様、陸様。なのはお嬢様、若菜お嬢様。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちはー」
「ああ」
「「本日は、お招きいただきありがとうございます」」
相変らず、陸くんと若菜ちゃんはここに来ると堅苦しい。
お友達の家に遊びに来ただけだというのに、どうしてこんなあいさつをしているんだろうか。
お兄ちゃんは彼女さんの部屋に。
わたし達はノエルさんに案内されて、お茶会の準備がされたテラスに入る。そこにはすでに沢山の猫がいて、アリサちゃんとすずかちゃんが待っていた。
「遅かったじゃない」
「直通のバスがないんだよ。少し時間がかかるのは我慢してくれ」
「いらっしゃい」
「こんにちは」
アリサちゃんのツンデレさんの対応には陸君を回し、わたし達はすずかちゃんとほんわかした空気を作ることに専念する。
挨拶を終わらせれば、開始の合図はないがお茶会が始まる。
誰に言われるでもなく、自分の家のようにくつろぎ、出された茶菓子を取って、紅茶を飲む。
「キューッ! キューッ!《助けて! なのは、わかな、りくぅ!! 早く! 早急に助けて! 猫がっ! 猫がぁぁぁああああああああ↑↑》」
という悲鳴が聞こえてきたのは、お茶会が始まって十数分してからだった。
念話の悲鳴と、現実の鳴き声が混同して聞き取りづらかったが、ようするに猫に絡まれたので助けて欲しいと言ったところだろう。
大変そうだと見守っていれば、おかわりを持ってきてくれたメイドのファリンさんを巻き込んで、てんやわんやの大惨事になってしまったので、お庭に場所を変えて続行されることになった。
それでもなお、ユーノ君は猫に追い回されていたけれど。
「すごいわねー。なのはの家のフェレット。モテモテじゃない」
「うーん・・・」
「キューッ!!《嬉しくないよっ!! 早く助けて!!》」
「逃げてるんだし、嬉しくはなさそうだよね」
「・・・・・・仕方ねーな」
助けを求めるユーノ君を見かねたのか、陸君が助けに入る。
抱き上げるようにして、猫達の手の届かないところへ逃がした。
しかし、今度は陸君に猫が群がりだした。
「あれ!? ちょ、ちょっと!? な、なんだよ!?」
「・・・あーあ。陸ってば、自分が猫にモテること忘れてたのかしら?」
「んー・・・。かもしれないね」
「た、助け──」
「自業自得よ」
ユーノ君を腕に抱えたまま、猫の津波に呑み込まれそうになっていた陸君は、恐怖か──危機感かはわからないけれど、その場からの撤退を図ったようだった。
猫に追い回されたまま、庭の奥へと消えていく。
「・・・・・・あの男の事は忘れましょう」
「そうね──いいやつだったわ」
「・・・陸君が可哀想だよ、アリサちゃん。若菜ちゃん」
「そうだよ」
死にに行ったわけでもないのに、余計な思考を放棄するために人の事を忘れるなんて。
非道な行いにも程がある。
「ボケ方も考えなきゃ!」
「なのはちゃん!?」
すずかちゃんが悲鳴のような声を上げる。
一体どうしたのだろうか。
わたしには全くわからない。
しいて言うとするならば、昔はわたしも漫才のようなツッコミではなく、普通に止める側だった。
ということくらいだろうか。
と、そこで。
わたしは異常な魔力を感知したのだった。
慌ててユーノ君に念話を飛ばそうとすれば、逆に向こうから念話が飛んできた。
《なのは! わかな! 大変だ!》
《猫が! 子猫が大きくなりやがった!》
猫が大きくなった?
それはまた、子猫の成長を喜べばいいのだろうか。
それとも──驚いた方がいいのだろうか。
《おそらくだけど、これが修行だ!》
《こんな馬鹿げた現象起こせるのは──それこそ彼等しかいないだろ!》
わたしはその言葉を聞いた途端。
思ってもいない言葉を並べ立て、お茶会の席を離れる事にした。
「陸君、遅いね。わたし見てくるよ」
「・・・なのは。あいつのことなんか心配する必要はないわよ?」
「わたしが心配しているのは、ユーノ君なの」
「・・・・・・陸君も心配してあげようよ」
「・・・じゃ、私が陸の様子を見てくるわ」
その言葉を後ろ頭で聞きながら、わたしはユーノ君が張った結界の中に突入する。
そこにいたのは──
「なぁぁぁぁぁううぅぅぅうぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ」
猫だった。
大きな大きな、猫だった。
子猫が大きくなったって・・・
物理的に!?
「・・・・・・・・・」
「絶句するしかないよね・・・」
「わかるわかる」
それは、猫というにはあまりにも大きすぎた。
大きく。
厚く、重く。
そして──大雑把すぎた。
それはまさに、巨大化──だった。