我、無限の欲望の蒐集家也 作:121.622km/h
──────
何が起きたのか 良くわからなかった
ただ、
怖くて。
悲しくて。
それでも、
どうしようもなくて。
これから、何が起きようとしているのかも、
わからなかった。
──────
「な・・・、なに・・・? なにが起きてるの・・・?」
「なのは!!」
「うっ・・・、あ・・・ぁ・・・」
アルトリアの"約束された勝利の剣"によって、森を守護していた結界は破壊された。といっても、破壊されたのはユーノが張った封時結界。俺が張った結界魔法の方は無事である。
そんな中。
なのはの様子がおかしくなっていた──こう表現すると語弊があるかもしれないので補足すると、錯乱しているというわけではなく、暴走しているという方が正しかった。肉体が精神とは関係なくとも言えるし、パニック状態で精神がとも言える。そんな状態だった。
誰がどう見ようと異常事態で、予想外の展開だった。
その身に異常が起きていることをハッキリと示すかのように、レイジングハートはその手の中にはなく、そのせいかバリアジャケットも解除されて、着ていたであろう私服に戻ってしまっていた。なのはは恐怖か何かで震えるその身を自らの腕で抱きしめるようにして、うつろな目をしていた。
特殊なゴーグルを使って視てみれば、なのはを中心に膨大な魔力が渦巻き、魔力嵐とも呼べるほどの衝撃が近辺を襲っている。目には見えないが、圧力がすごい。気付く奴はこの現象を見ただけで気付くだろう。というか、何故、高町なのはにこんな異常事態が起きているのだろう。
ドルイドシステムを起動させ、なのはのバイタルサインを基点として、周囲の状態も含めた解析を行う。すると数え切れないほどのエラー表示がでたが、少しずつ少しずつ冷静に対応していくことで、ようやく全容が理解できた。
現在、高町なのはの胸の中心──から少し下に存在する、本来医学的に考えて人に存在しないはずの器官が異常反応の原因であることは確認された。その名称までは理解していないし、何より興味もないが、とんでもないことが起こっているのは確かだった。
おそらく、魔法を使うのに必要とされるであろうその器官は、その機能を破棄するつもりなのか、解けるようにしてなのはの全身に散らばり始めた。まるで神経のように。
完全には出来上がってはいないが、それは誰がどう見ても──如月の者なら必ず、ひとつの答えが導き出されるものだった。
「魔術回路・・・!」
『・・・あー、私わかっちゃいましたかもしれません。なんでこんなことなったのか』
「ご主人のせいです。とか言うなよ」
『失敬な! そんな芸のないことは言いませんよ!』
「おい、ちょっと待て。その言い方じゃまるで、芸があれば言うみたいじゃあないか」
『・・・・・・えへっ』
かわっ・・・って、そうじゃないだろ。
今、話すべき事はこんな下らないことではないはずだ。
魔法行使用の特殊器官がその機能を完全に作り変えたころ、なのはがポツリと言葉を漏らした。
「
「え・・・?」
何かに怯えるように、なのはは視点の定まらない目で言葉を繰り返す。
「
──How do you do it?──
「どうやって・・・?
手段・・・?
方法・・・?
力・・・?」
──ああ────そういえば──
「力なら、ここにあった」
生気の宿らない目は先ほどまでとは変わらないが、渦巻いていた膨大な魔力は落ち着き、そこだけ見れば普段のなのはと全く変わらなかった──しかし、彼女は普段らしからぬ冷淡な声で。
スカートのポケットから取り出したタロット大のカードを地面に叩きつけた。
「
思わず目を疑ったために、「視力が悪くなったかな?」と、かけてもいない──かけたこともない視力矯正用眼鏡の度数を思い出そうとしてしまった。存外俺も混乱しているようだった。
なのはが取り出したのは見間違うことのないサーヴァントカード。描かれていたのは、夢幻召喚の格好から考えて【Archer】であろう。後に聞いた話によれば、教導人の純粋な好奇心──魔導師による魔術行使が可能かどうか、を試すために渡したらしい。どう考えても回収忘れだった。
【Archer】どのアーチャーか、なんて思案はその姿を見ればすぐに必要がなくなった。何せ俺は、赤い外套をはためかせる弓兵を一人しか知らないからだ。
無名の英雄、錬鉄の魔術師。
エミヤシロウ。
「えぇっ!?」
「なに・・・?」
名前を付けるなら、「
赤原礼装とも呼ばれる赤い外套を身に纏ったなのはは、その手に一対の夫婦剣──干将莫邪を投影して、アルトリアへ打って出た。距離を詰める数歩の間に三本ほど剣を投影し、空中に待機させていた。士郎のようにギルガメッシュの戦い方を参考にしたのだろうか。
もしかしたらエミヤを参考にした可能性もなくはないが、彼の戦い方は衛宮士郎専用故に、参考になるとはこれっぽっちも思っていなかったりする。
これが本物のエミヤシロウだったならば、彼がアルトリアに勝てる可能性が那由他の彼方に飛んで行ってしまうのだが、なのはの場合はどうだろうか。以前イリヤがエミヤを夢幻召喚したときは、彼女自身が聖杯ということもあり、多少の無茶がまかり通っていたのだが・・・。
「■■■■──!!」
双剣の片方によってアルトリアに傷を負わせるなのは。レイジングハート──つまりはデバイスで通用しなかった攻撃が、夢幻召喚したなのはの宝具によって通用するようになっていた。しかし、俺の知るエミヤがあんな親切に、自らの戦い方を教えたりするだろうか。
・・・・・・まさか、目で見て盗んだのだとしたら、なのはの才能はまだ底が見えそうもない。
そもそも正式な手順も踏まずに、己の感覚だけで英霊をその身に召喚するとは、彼女の頭は豆腐並に柔らかいのかもしれない。
そんな事を考えていたら、いつの間にか場は進み──アルトリアが本日二度目となる宝具を放とうとしていた。何故わかるかといえば、見れば分かるとしか言えない。あれほど強大な極光の暴力を目の前にして、宝具じゃないなんて言えるわけもない。
何せ、聖剣なんだし。
「宝具の二撃目!」
「聞こえてるか! なのは!
「聞こえてたら逃げろ! いくらなんでも分が悪い!
「そいつは・・・世界一有名な聖剣だぞ!!」
そんな彼等の言葉を無視するかのように、なのはの全身に魔力が循環し始める。元々存在した魔術回路に結びついたのか、新しく魔術回路を作り出したのか、その辺りはいまだ判明していないが、その魔術回路に胸の特殊器官は、周囲の魔力をこれでもかと取り込んで送り込んでいた。
まるで過給機のごとく、魔力が体内を循環するごとにその供給量──吸収量が上がっている。そういえば、過給機はその使用方法のせいで寿命が短いと聞くが、彼女の場合は大丈夫なのだろうか。
そんな心配を吹き飛ばし、別方面で心配しなくてはならなくなるような、そんな事が起こった。
「
あれだけ大量の魔力を取り込んでいたところから、ある程度予想はしていた事だったが、なのはがその手にしたのは黄金に輝く聖剣。星によって鍛え上げられた、名前だけなら知らない人はいない有名すぎる剣、その贋作──紛い物である。
だが、
「「
あれだけの魔力を使って練り上げられたものが、ただの贋作であろうはずもない。
爆発とも言える最強の聖剣同士のぶつかり合い──激しさ的には狂風並みだったため、目を開けていたら一瞬で水分が蒸発したが、気にせずに見届けようとしたその結末は。魔力の上乗せのために唸りを上げた
まるで魔法少女のように──そんな表現を使うまでもなく彼女は魔法少女だったが、力が拮抗してからせーので強くなるお約束の如く。なのはの約束された勝利の剣はアルトリアを消し飛ばした。
力を使い切ったのか、暴走状態とも呼べるその反動か。意識を失い、倒れ込んだなのは──その胸の辺りからArcherのサーヴァントカードが飛び出し、服装も元の私服に戻っていた。その一方で、Saberのカードは肉体が吹き飛ばされた影響で、コアクリスタルとの接続が解除されために、魔力切れで割れるようにして砕け散った。
「・・・な、なのはっ!!」
「なのはぁ!!」
陸とユーノが倒れ込むなのはを心配して声を上げる。しかし、アルトリアの宝具で怪我をした若菜の治療のためか、駆け寄るなどの行為はできなかったようだ。その若菜も、意識はあったが大声を出すなどの、動作をすることもできそうになかった。
流石のフェイトも空気を読んだのか、もしくは根がいいこなのか若菜の治療を手伝っていた。
その特性上、意図的に破棄しなければ、他のものと違って魔力切れで自動的に消滅することのないコアクリスタルの複製品を拾い上げて、握り潰す。
それを終えてようやく、ハデスの隠れ兜を脱いだ。陸達のところへ行く前に、気絶しているなのはを小脇に抱えるように拾い上げた。
「よう。元気か?」
「・・・・・如月!」
「・・・元気に、見える?」
怪我のせいか、儚げなイメージを背負って若菜が声を出す。か細い声だったが、聞き取れないわけじゃあなかった。あとで軽く詫びでもいれるとして、今は彼女の治療を優先するべきだろう。
陸は問答無用といわんばかりに睨みつけてくるが、力量は理解できているのか唸るようにして威嚇するだけだった。好きな子が死にかけたのは謝るから、そんなに怒らないでくれ給え。
「ワカナ。飲めるか?」
「・・・・・・」
波紋から取り出したフラスコを目の前で揺らしてみれば、ふるふると首を横に振られた。どうやら飲めないようだ。つまりは内臓も少しばかりダメージを負った。と見ても良いかもしれない。
「まあ、飲め。グイッと」
「おい、アンタ!」
無理矢理ではあったが、その口に液体を流し込み、身体の内部から回復させていく。ガラスが歯に当たったら痛いだろうから、その辺りのことも気を付けながら。
「傷が・・・」
「エリクサーだからな。それくらいはできる」
「・・・・・・もう、驚かねぇ。怒るにも怒れねぇ・・・!」
「悪かったな。力を試す意味合いもあったが、有利な状況に持ち込めるか、もテストしようとしてたんだよ。俺が勝手に」
「勝手に!?」
「有利な状況とは・・・?」
ユーノの言葉に「良い質問だ、グリフィンドールに5点」とふざけてから、指で上を指す。
「空から攻撃するとか」
「「あ」」
「常時、自由に飛ぶことのできない英雄を相手にする場合、自分が最も有利となる場所に戦闘区域を持ち込まなきゃならない」
「・・・・・・はい」
「別に説教してる訳じゃあないんだから、気楽にしろよ」
「・・・でも」
「デモもストもないんだよ。旅館へ戻ろう。多分俺も怒られるだろうから」
そうして、ある程度回復した若菜をなのはと同じように抱え上げ、所在なさげにオロオロしていたフェイトも、半ば誘拐のような形で旅館に連れ帰ったのだった。
「さて。なにから聞きたい?」
如月名義に割り当てられた部屋──梅の間にて、俺達はある程度リラックスしながら会話ができる態勢になっていた。ガチガチに緊張していてもしょうがないだろうから、世間話や与太話で緊張感は吹き飛ばしておいたのだ。
「粗茶ですが」
「・・・いや、これ旅館備え付けのだろ? 粗茶とかいうなよ」
「緑茶です」
「みりゃ分かるよ」
横で士郎と白野が漫才をしているが、放っておく。
「まず、何をしたのか聞いても良いですか?」
「それは、あの黒いアルトリアに関することで良いのか?」
「・・・はい」
ならばと己のしたことを少しぼかしも入れながら、ほとんど正確に伝えた。どのように、何をしたのかを。ある程度こと細やかに。
「ジュエルシードを核に英霊を・・・・・・」
「まあ、そういうことだ。なのはの身に何が起こったのかは、こちらで要検証中だから、ちょっと待っててくれ。もうそろそろ結果が出てもいいはずなんだが」
その時。
待ってました。と言わんばかりに空中ディスプレイが作動し、なのはの身に起こったことを資料に纏めて提示してくれた。流石研究班、行動が早い。それとほぼ同時に、通信画面も開き、怒鳴り声が降ってきた。
『如月奏音! あなた、自分が一体何をしたのかわかっているの!?』
「えーえー。存分に理解しておりますとも」
思わず耳を塞ぎそうになったが、よく考えるまでもなく自業自得のため、甘んじて受け入れる。
『・・・全く。前代未聞のことをおこさせるのが得意なのは相変わらずのようね』
「説教はあとで何時間でも聞くから、コイツ等に説明してやってくれ」
『・・・・・・はぁ。ええ、ではそうさせて貰います。まず、高町なのはの身に何が起こったのか。
『これはいたって簡単です。資料に纏めた通り、彼女の魔法を使うための器官が、あの状況に対応するために変質した──言い換えれば進化した、ということです。
『魔導師から魔術師へ。高町なのはに魔導師の才能が残っているかは検証が必要ですが、それでもありえるはずのない人の進化ですから、一度こちらで専門的に検査をした方がよろしいかと』
「うーん。となると、高町の人達にも話を通した方が良いのかもしれないなぁ」
元々、いつまでも隠しておけるような事態ではなかったことは確かなのだ。そろそろ良い頃合いだったのだろう。
「あの・・・、質問を・・・いいですか?」
『ええ。構わないわ。何かしら』
「貴女達は、一体・・・?」
フェイトがそう質問をする。回答はどうするのが正解だろうか──所長に一任してみるか。それともこちらで勝手に、非情に勝ってではあるが一応彼等の上司というか、上の立場の俺が回答をしてみるのも一考である。
『そうね。それはそこのに聞きなさい。我等が主に』
「え・・・」
「・・・・・・」
ったく。そんな風に促されては、全力で答えるしかないだろう。
呼び起こせ、そして唸りを上げろ。俺の眠れる厨二心──だがほどほどで頼む。あとで顔を覆いたくはない。
「俺達が何者か──だったな。俺はこの地球上でその名前を知らないやつは、未就学児以外居ないとも言われる、星の管理人"如月"の当主にして、万夫不当・森羅万象の蒐集家。如月奏音だ。
「彼等はその如月の関係者。大体が俺を慕って着いてきてくれている物好き達だ」
「・・・・・・コレクター」
「別に、だからといってジュエルシードを集めたわけじゃあない。星の管理人だからな。危険物を放置するわけにはいかないだろう?」
「・・・はい」
フェイトの返事は簡潔だった。わかりやすい回答を心がけたつもりだが、大丈夫だっただろうか。
そういえば、フェイトには狼の使い魔がいたような気がする。しかしこの場にいないので、恐らくだが念話で状況を伝えて、待機させているのだろう。感情的になりやすい者は、話し合いの場には向かなかったりするから。
「さて、
「・・・・・・母さんが、必要としているから」
「己のためではない訳か」
「ち、違う! 私が、母さんの役に立ちたいから・・・」
「一度、その母親と話をしなくちゃならないかもな」
どうして、こんな変質した魔力電池を欲するのか。その理由を聞くために。
なおも話を続けようとしたところで、なのはと若菜が完全復活したので、ここで改めての自己紹介とすることにした。
「わたし、なのは。高町なのは」
「フェイト・テスタロッサ・・・」
「よろしく!」
「よ、よろしく」
少女二人が柔らかい手で固い握手を交わす。
そんな光景を、少しばかり懐かしく思った──いつだっただろうか。こんな光景を見た気がする。