我、無限の欲望の蒐集家也   作:121.622km/h

21 / 43
副題:かなたエクステラ


010

一通りの顔合わせ──つまりは自己紹介を終えたところで、フェイトの使い魔も合流して、今後についての話し合いの場になった。

 

 

「なのはは今後もイリヤに勝つために鍛錬を続けるってことで良いんだろう?」

 

「はい!」

 

「陸と若菜の目的は知らんが、現状維持で良いか?」

 

「「はい」」

 

「さて、テスタロッサ。君はどうする?」

 

「わたし、は・・・」

 

 

ナンバリングされた劣化コアクリスタル──ジュエルシードを手に入れるためには、"如月"という存在がどう足掻いても障害になる。手段を選ばなければ何とかなるかもしれないが、あとが怖い。

 

如月とはそう言う組織だ。

 

故に一番安全で、なおかつ手に入る可能性が最も高い手段として、「信用を得る」が持ち上がる。具体的な内容は俺も分かっていなかったりする(何せ社会人経験が全くない)が、自分達はそれを地球に害なすために使用しない。ということが証明できればいい。と、勝手に思っている。

 

 

「母さんの、望み・・・」

 

「君の母親の望みが、地球に危害を加えることではなかったとしても、"はいどうぞ"とはならないんだけど。なんでかって? 君達が安全で有ることを証明する実績が何一つないからだよ」

 

「・・・・・・はい」

 

「何とか、ならないのかい?」

 

「アルフ、お前がフェイトを心配する気持ちも分からんでもない。

 

「だが、こちらにもこちらの事情がある、やり方ってもんがある。

 

「それをせずに強引に物事を進めるのはルール違反になってしまうんだよ」

 

 

抜け道を探すのは、全くもって構わない。大きな組織になればなるほど、小さな案件は流すようになるから、そこを生かす。という手もある──が、お散歩当主とはいえ、如月のトップが積極的に関わろうとする案件が、簡潔に処理されるとも思えない。

 

 

「万能って訳じゃないんだね」

 

「まあな」

 

「やっぱり、私は・・・」

 

「あー・・・俺はこれでも、好き勝手生きているって自覚はあるんだけどさ。

 

「しかし、この現代社会。そう、現代社会。法を遵守しなきゃ、何もなすことができない。

 

「如月って立場上、時間はかかるとは言え、頼めば国がある程度の抜け道を用意してくれることもあるけれど、それはやっぱりルール違反だし。

 

「最初っから最後まで愉快痛快。そんな漫画みたいな人生なんて存在するはずがない──とまでは言いたくないけれど、人生ってのは総じてジェットコースターみたいなものなんだよ。タブンネ。

 

「歳をとってから思い返してみれば、意地汚くて、泥にまみれて、地を這いつくばるような思いもしながら、それでも前を向いて走り抜けた人生が、思い出が沢山あるいいものだった。多分みんなそう言うよ」

 

 

一から十まで、人の一生。全部が全部上手くいくはずなんてない──現代人は特に、その可能性が高い。利便性が上がったお陰で、怠惰な人が増えたから。

 

誰もが相対する生における壁を、壊すことも、登ることも、迂回することも諦めて、何パーセントかの、壁を乗り越えた人間にただ嫉妬する。己の現状も顧みずに。

 

かつての俺はそうだった──いや、誰にでもある得ることなのだ。少なくとも、生まれて死ぬまでは"そう"だった。

 

しかし、今はそうではない。怠惰に過ごすことを許さない、足を止めることをしてはならない、と言うかのように、魂が、無限の欲望が叫びを上げる。そのせいで、足が勝手に前に進む。

 

止まれない。

 

止まらなかったからこそ、"今"があるとも言える。邪魔をするようにそびえた壁は、俺にとってはハードルだった。それが高ければ高いほど、下をくぐって前に進めた。そうしないと──少しでも前に進まないと、精神が欲望に呑み込まれてしまいそうだった。

 

だから、前に進んだ。

 

そうしたら、いつの間にかここに居たんだ。死ぬ気で走り抜けた先は、いまだに「つづく」だったけれど、それもまた悪くないんじゃないだろうか。

 

 

「"普通"や"正しい"なんて言葉で、人の在り方が示せるとは思わないけれど、これだけは言える。

 

「テスタロッサ。君は間違いを犯しているわけではない。だから、もう悩まなくていいんだ。必ず助ける。こう見えても俺は約束を違えたことはない」

 

「・・・・・・助け・・・?」

 

「信用して良いのかい?」

 

「まあ、殺し合いをするつもりでもないし。ちょーっと母親と話し合いをするつもりではいるよ」

 

「あのババアと・・・」

 

 

話の通じない鬼婆なのだろうか。それはならそれでやりようはある──少し面倒だが。

 

 

「そして、ここで残念なお知らせが一つ」

 

「何さ。まさか今までの全部が嘘って言うわけじゃあないだろうね!」

 

「嘘なんかついてない。今の話が確定じゃなくて、するかもしれないってだけ。お隣を見てご覧。きみ達の他にもコア・・・じゃなかった。ジュエルシードを欲する人はいるでしょ」

 

「あ・・・・・・」

 

「わ、渡さないよ!」

 

 

ようやく気付いてもらえたとでも思ったのか、なのはが声を上げる。

 

 

「あ、えと。わたしも、必要なの!」

 

「ユーノ君が見つけたもの! フェイトちゃんのお母さんはあとでしょ!」

 

「母さんはどうしても必要だ。って言ったの!」

 

「だーめ!」

 

「だめじゃない!」

 

 

小学生らしい喧嘩を始めたので、罵詈雑言が出る前に仲裁する。

 

 

「まあまあ。では、こうしよう。テスタロッサ、君も如月で鍛えてはみないか? なのはのように万全の態勢で、とはいかないかもしれないが、陸や若菜と同じように鍛えることはできる」

 

「え・・・え?」

 

「簡単に言えば、テスタロッサ達がどのような人となりなのかを理解した上で、こちらが用意した土俵の上でコア・・・じゃない、ジュエルシードを巡って戦う」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「どうかな。バランスは取れていると思うんだけど」

 

 

アロハ服は着てないし、中年のおっさんでもないし、風来坊でも旅人でも放浪者でも吟遊詩人でも高等遊民でもなかったけれど、今このときはバランサーになろうと思った。

 

あいつのように、上手くできる自信なんてこれっぽっちもなかったけど。

 

 

「わかりました。それで、お願いします」

 

「よし決まりだ。でも、タダって訳にもいかないな・・・・・・」

 

「えっ」

 

「お金を取るっていうのかい!?」

 

「お金じゃなくても良いよ。君達にとって等価なもの、もしくは高価なものでいい」

 

 

本当は要らないのだが、体裁というものは、何時の時代にも必要になってくるのである。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「思いつかないか?」

 

「・・・・・・はい」

 

「なんで、フェイトちゃん達はお金を取るの?」

 

「なのははお気に入りだからね。陸達は勝手に志願した。テスタロッサ達は例え、志願していても何かしらの等価を貰っていた。どうしてかわかるかい?」

 

「わたし達と、所属が違うから・・・」

 

「正解。よくできました」

 

 

その通り。「バランスをとる」という言葉通りに、橋渡しをするから料金を求めているのである。恐らく如月に所属する英雄に鍛えて貰わなければ勝てない。ということはフェイトも重々承知していることであろう。だからこそ、悩んではいるが、断っていない。

 

 

「そこまで悩むなら仕方ないか。十万円でどうだ?」

 

「じゅ、じゅうまん!?」

 

「あるとき払いの催促なし。こどもにとっちゃあ大金かもしれないけれど」

 

「いえ、大丈夫です。分かりました」

 

「じゃ、決まり。まいどあり~なんつって」

 

 

俺はこの場にそぐわない的外れな調子で言ってみた。

 

 

「じゃあ、後は温泉旅行を楽しんでおいで。何だったら、旅行が終わると同時に家に来るかい?」

 

「あ、えと」

 

 

そんなこんなでこの場は一時解散となったのだった。

 

 

そして、温泉旅行から帰宅した四月二十四日のことである。

 

 

「と、以上の理由でなのは達と同じように、鍛えてあげてほしい──フェイト・テスタロッサだ。みんな、頼んだぞ」

 

「「「「はーい」」」」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「奏音くん。一応確認だけど、拉致してきたとかじゃあないだろうね・・・?」

 

 

そう言って不安そうにロマニが尋ねてきた。帰宅時にテスタロッサを小脇に抱えていたから、そう考えてもおかしくはない。だから、安心しろとの意味合いを込めて親指を立てて、

 

 

「大丈夫だ。同意は得てる」

 

「そういう問題じゃないよ!?」

 

「ああ、そうだ。なのはと同じくらい──それ以上に強くなりたいらしいから、思いっきりやってあげてくれ。必要があれば精神と時の部屋(Alter square)も使え」

 

「・・・了解」

 

 

フェイトの鍛錬・教育その全てを彼等に任せ、俺は自分のすべき事をしようと思う。

 

逃げるのはもう止めよう。

 

そろそろ──本気を出すときが来たというわけだ。

 

今回は、まだその準備段階だが。

 

 

いつか、近い内に。

 

 

「完全復活の時が来る・・・」

 

 

壮大な話になりそうだが、大した事ではなかったりする。

 

復活と銘打ってはいるが、自ら封じた黒歴史を思い出すような──そんな、周りからすればしょうもない行為である。それを思い出してしまえば、今よりもっと動きがとりにくくなって、不自由を強いられるのは分かりきったことだが、

 

本当の自由というものは、恐らく──不自由の中で見つかるものだろうから。

 

なにも、問題はないだろう。

 

 

如月邸の廊下を歩きながら、ふと考える。フローリングではなく、純粋な木の板を使った床であるのに、釘の後が一切見当たらない。こういうのをなんて言うんだっけか。鶯張りも似たような構造ではあるけれど、しっかりと手入れがされている如月邸の廊下は、そんな音は鳴りはしない。

 

では、鶯張りではないのかと聞かれれば、我が家の廊下と鶯張りの構造は全く同じなので、その事を考慮してみれば、鶯張りの廊下は老朽化によって音が出るようになっただけで、修学旅行などで自慢げに語られた仕組みは、後から考案された偽りの歴史だったりするのだろうか。

 

そんな突然降ってわいたようなどうでもいい考察をしていたら、いつの間にか目的地である自室の前に立っていた。旧日本邸の雰囲気にはそぐわない開き戸を開けて自室に入る。

 

扉の対面にはパソコンやプリンター、スキャナーが置かれた壁付けの机と小さな本棚。扉を閉めて左の壁を見れば、服や荷物を入れる備え付けのクローゼットがある。右を見ればベランダに繋がる扉と、扉のある手前側の壁には本や雑貨を置く棚があり、その対面にはベッドが置いてある。

 

大学生が暮らす分には何の問題もない、一人暮らしではなく、あくまで実家暮らし「らしい」部屋である。なにより、昔住んでいた部屋を再現しただけなので、違和感はとうの昔になくなった。

 

ベッドに腰かけて、無制限の蒐集書(Anlimited,Correction.)を開く。

 

 

「・・・・・・よし」

 

 

己と向き合う覚悟は十二分にできた。黒歴史を受け入れる器も準備ができている。

 

迎えに行こう。過去の俺を。

 

 

普段の蒐集時に展開されるのとほとんど同じ、白銀に輝く魔法陣が出現すると同時。

 

俺の意識は一瞬、途絶えた。

 

 

 

──そこは、現実感のない場所だった。

 

元あった空間が破壊されたかのように、統一感もなく──単純に、空間として機能していないとも取れる有様だった。地はひび割れ、民家は吹き飛んだのか一部が無いものや全てがなくなっているものもあった。それはまるで、何かによってズタズタに切り裂かれたかのよう。

 

よく観察すれば、その全てがゆっくりと修復していて、空間自体に再生能力のような力があることが見て取れる。そんな破壊痕・回復力より、異常で──この空間の現実味を最も失わせているものは、青空の代わりに街並みを覆う「白銀」だった。

 

壊れ、直りゆく街並みを歩きながら上を見れば、地球ではなく尚且つそこに恒星が存在しないことを示唆するように(詳しくは「空何故青い」などで検索すれば分かる)、空は雪が積もったかのように全体的に白く光っていた。

 

住宅街を抜け、人家から離れたところにある学校。それが、私立直江津高校である。

 

そんな現代的な校舎に、全くそぐわないものが学校のグラウンドに鎮座していた。それは人の膝程まで地から浮いた巨大な石の板だった。いや、壁とも柱とも言えるかもしれない。

 

しかし、それは扉だった。

 

 

【・・・久しぶり。まさか、君がこんなところにやってくるとは思わなかったよ】

 

 

扉の前に校長室から持ってきたのか、高そうな椅子に座った少女は、ゆるりと話す。

 

 

「お前、まだそれ着てんのか」

 

【これ以外に着る服がない・・・と言ったら、君は用意してくれるのかい?】

 

 

少女はそう言って、自らが纏う豪奢なドレスをつまんでみせる。以前、俺が破いた──こう言っては語弊が生まれそうだが、彼女とは以前、主張の違いで争ったことがあったのだが、そのときから変わっていないらしい。

 

 

【ま、しないだろうね。君は私を"私"のまま封じておくのが目的なんだから】

 

 

別の名前やもので縛ったりしないだろう。と、少女は笑う。楽しそうである。まさかとは思うが、たかだか数百年一人でいただけで、壊れてしまったわけではないと思いたい。

 

 

【一人ではなかったよ。時々君の娘が、遊びに来てくれたからね】

 

「娘・・・? ああ、■ちゃんか」

 

 

娘というか、合作というか。ある意味では俺自身であるから、少女からしてみれば孫のような存在だと思うんだが。

 

 

【こんな話をしに来たんじゃあないだろう? 目的は、この扉の向こうかな? それとも──】

 

「昔、切り離した思い出を。返してもらいに来た」

 

【・・・・・・・・・】

 

 

少女は目を丸くする。予想外の回答だったらしい。少しだけだが、勝った気がする。

 

 

【・・・へぇ。ついにか。長かったね】

 

「親心あるお前からしてみりゃ、本当に長かっただろうな」

 

【実際に千年近く掛けておいて、短いなんて言わせないぞ】

 

「そりゃ、悪うござんした」

 

 

本気の謝罪ではなく、ただふざけるように──口先だけの謝罪をする。謝る気が全く感じられない謝罪を聞いたのに、少女は口を三日月のように引き裂いて、チェシャ猫のように笑う。

 

 

【カナタ。君は私が何か忘れているんじゃないだろうね】

 

「忘れちゃいないよ。お前は俺達が"世界"と呼ぶ存在。

 

「或いは"宇宙"、或いは"神"、或いは"真理"」

 

【"全"と言う人もいる。"一"と言う人もいるだろうな。だが──】

 

「お前は"俺"だ」

 

【覚えているようで何より】

 

 

というか、あの時のことは色々強烈すぎて忘れようにも忘れられないから、軽口を叩いているのはそれだけ気を許しているということなんで、怒らないでほしい。

 

 

【さて"楓"を返して欲しいのはよく分かったよ。その上で一つ聞かせてくれないかい?】

 

「まあ、構わないけど。一体何だ?」

 

【本当に、取り戻しても大丈夫かい?】

 

「何が言いたい。錬金術の法則は等価交換──だから、別の大切なものを奪われるかもって?

 

「俺は、預けたものを引き取りに来ただけだぞ?」

 

【そういう意味じゃあないよ。私は気遣ってあげているのさ。君が、思い出す──追体験することで、壊れてしまわないかをね】

 

 

親心ってヤツさ。そう言って、少女は微笑む。

 

少女の口から出るとは思っていなかった言葉に、思わず目を丸くする──が、よく思い出せば似たような発言を何度かしていた気がする。そんなに珍しい言葉でもなかったかもしれない。

 

 

「反抗期の息子で大変だろう?」

 

【そうでもないよ。私にとって君は、息子のような存在でありながら、自分自身なんだから】

 

「気にしてないならいい」

 

 

()()()()()()に幽閉している立場として、多少は恨まれるのもしょうがないとは思っていた。が、全く気にされていないというのもそれはそれで逆にこっちが気にしてしまう。

 

 

【じゃあ、改めて訊こう。"楓"がいても、大丈夫かい?】

 

「ああ。"大切な思い出"だからな。それに──」

 

【それに?】

 

 

「俺には、大切な家族もいるからな」

 

 

【──大正解だよ。如月カナタ。君はまた、世界(わたし)に勝った。

 

(わたし)を何度も倒すなんて、誇りに思いなさい。

 

【本当は、真理(わたし)なんかと敵対しない方が良いんだけど】

 

「・・・・・・そんな運命を仕組んだのはお前だろ」

 

 

白々しくそんな事を言うので、吐き捨てるように呟けば、そうだね。と、言ったこちらが罪悪感を持つ返し方をしてきた。流石である。

 

蝶番も見当たらない岩の扉がゆっくりと開き、中から空のように白く輝く魂が現れ、少女のカタチをとる。この表現もある意味では正しいのかもしれない。世界の闇など全く知らない少女のように純粋無垢で、強い刺激を受ければ壊れてしまいそうなほど脆い──如月奏音の魂。

 

壊れるのを恐れ、身体と精神から大切な思い出と共に切り離した、俺の一部。

 

 

《・・・やぁ》

 

「よぉ」

 

《ゆぅがないね》

 

「なくていいと思うぞ」

 

《覚悟は良いの?》

 

「俺はできてる」

 

 

完全復活の準備は整った。

 

あとは、その舞台を整えるだけだろう。その準備は別途進んでいるから何の心配も要りはしない。

 

 

【そのあたり、変わってないんだね】

 

「流石です、如月先輩」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。