我、無限の欲望の蒐集家也   作:121.622km/h

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副題:少女覚醒


008

なのはside

 

ロボット兵──正確には傀儡兵を破壊しながら、時折現れる案内表示に従って来栖市街に向かう。周囲の街並みは現代の東京や大阪等の大都市とさほど変わらず、国の中心都市なのかもしれないと当たりを付けていた。

 

お兄さんの蒐集書は、時の庭園──プレシアさんとフェイトちゃんのお家がある次元要塞のこと、ごと私達を呑み込んだらしく、傀儡兵がいる理由はそれで説明できるらしい。クロノ君は固有結界のことを知らないし、私達もよく知らないから、陸君の予想を鵜呑みにするしかなかった。

 

そういえば、こういうことに積極的に関わりたがる阿呆が居たはずなんだけど。いないならいないで構わないし、寧ろ居てもらったら困るのはこっちなので、余計な思考を頭を振り払った。あんな阿呆より、目の前の不気味な傀儡兵のことを考えていたほうが、よっぽど建設的である。

 

傀儡兵との戦闘は、使用人の姿をした戦士達が介入してきたお陰で、ようやく終了した。如月邸やカルデアでも見たことがある汎用型人造人間。彼女達の戦闘能力は、英雄達と比べても、中の下に入るほど。そんな彼女達は戦斧や、ゲームで見るような巨大なハンマーを振り回し、一撃で障壁と物理装甲を突き破って、傀儡兵を葬り去っていく。

 

如月邸のお世話になったことで、見慣れてしまった圧倒的暴力を横目に──つまりはその場を彼等に任せて、来栖市街を走り抜ける。

 

 

「プレシアの魔力反応はこっちだ!」

 

「・・・・・・フェイトちゃん」

 

「・・・行くよ。そうしなきゃ、前に進めないから」

 

 

クロノ君の言葉に、思わずといった様子で足を止めたフェイトちゃんに声をかける。やっぱり辛いのだろうかと思えば、意外にも前向きな返事が返ってきた。

 

フェイトちゃんの意思も確認したところで、プレシアさんの魔力反応を追って来栖市街を抜けて、来栖市と隣接した隣町──標識が古くなりすぎていて地名の確認はできなかった、にやって来た。より正確な反応位置が発覚したので急行すれば、そこは学校だった。

 

 

「私立・・・なお、直江津高校・・・?」

 

()()()・・・!? あの、直江津高校なのか!?)

 

 

たしか日本の新潟県に同じ名前の駅があったはずだけど、現在地が新潟県のはずがないので地名と学校名には何の関わりもないのだろう。と、そこまで思考が巡ったところで、一際大きい魔力反応とともに、雷光が迸った。

 

 

「この中で間違いない!」

 

 

そう言って飛び出したクロノ君に続こうと、踏み出した途端。横から高速で傀儡兵が飛んできて、若菜ちゃんに攻撃を加えた。

 

 

「若菜ちゃん!」

 

「行って! 陸、あんたは手伝いなさい!」

 

「ああ!」

 

 

若菜ちゃんと陸君に校門前のことは任せて、私達は直江津高校のグラウンドに飛び込んだ。そこは体育大学でしか見ないようなしっかりとしたトラックがしかれ、野球やソフトボールなど運動部の活動は全て、同時に行えそうなほど広かった。

 

そんな校庭の中心で、プレシアさんと一人のメイドさんが戦っていた。大勢の局員さんを、一撃で昏倒させたプレシアさんを、一人で長時間相手取っていたのか、それとも交代しながら戦っていたのか詳細はわからなかったけれど、その戦い方を見て納得より先に困惑が私の頭を駆け巡った。

 

プレシアさんが発動させた魔法は、私はもちろん防ぐことも躱すこともできそうにない一撃だったけれど、メイドさんが鍵状のデバイスを振ると、発動したはずの魔法はまるで、初めからなかったかのように霧散した。

 

 

「まさか、すでに発動した魔法に介入してプログラムを書き換えたのか!?」

 

「チッ・・・ゾロゾロと・・・!」

 

「おや、余所見をしていていいんですか? オーミネータ」

 

『Programming mode』

 

 

機械音と同時にメイドさんの持つデバイス──オーミネータというらしい、が形状はそのままに、動作体系が変更されたようで、魔法の構築が()()()開始された。

 

 

「どんな魔法を使うのかと思えば・・・、そのデバイスは欠陥品ね」

 

「全部己の思い通りにできると考えれば、そうでもありません」

 

『Fire Sword,Ice Sword,Thunder Sword,Complete』

 

 

そう言ってメイドさんは、シンプルな鉄の剣を三本錬成し、その一つ一つに「炎」「氷」「雷」の属性魔法を纏わせた。これだけ聞けばなるほど、ミックスコピーかと納得しそうになるが、それをたった一つの魔法で成したことが、初心者の私から見ても異常であることがわかる。

 

 

「貴方達は・・・いったい()?」

 

「GPMAT2-FV4XWh-4ですが何か?」

 

「は?」

 

 

プレシアさんが零したように、私達も意味がわからなかったが、恐らく型番だと思われる。長期間使用する製品には必ずと言っていいほど付けられている型式番号。人造人間であるメイドさん達に付けられていても不思議ではない。

 

 

「おやおや。何やら険悪な雰囲気! いけませんねぇ。いえ、決して悪くはないんですが面白みに欠けますよ、これは!」

 

「誰だ!」

 

「おわっと! 危ないですねぇ、いきなり武器を向けないでくださいよ」

 

 

突然現れた青い髪に青いジャージの女の子は、長さが合っていないのか手を覆い隠してなお余った袖を振りながら、クロノ君をからかうように空を舞う。私達のように()()のではなく、まるで魚が海を泳ぐように、彼女は宙に()()()いた。

 

 

「私はエネ。貴方達の現在地"夢幻に連なる欲世界(Unlimited Collections)"を──というより、無制限の蒐集書そのものを管理する妖精さんです!」

 

「管理妖精・・・そんなものが何の用だ?」

 

「大した用事ではありません。私自身に戦闘能力はありませんし。先程から彼方此方で起こってる戦闘を見学はしてたんですがね。何ともまあ面白くないんですよ。唯一私情というか、人間関係が入り乱れそうなここも、プレシア女史が一方的にキレ散らかしてるだけですし」

 

「・・・・・・そう、じゃあそこの貴女に聞けばわかるのね。コレは何?」

 

「・・・万能型ヒューマノイドTypeεですね。また珍しいものを使ってますねぇ。ご主人は」

 

()()じゃないわ。あの鍵の方よ」

 

「ああ、オーミネータの方ですか。あれは機械言語魔法専用動作杖の原型ですね。魔法を使う際にその場で全て構築しなければならない代わりに、出来ないことが殆どないのが利点です」

 

 

まあ。と、エネさんはそこで一度区切って。

 

 

「魔法を作れても制御が出来ない。ってんで、後継の"不屈の心(レイジングハート)"って名前が付けられた杖からは、予め作用できるかどうかを確認するためのAIが積まれて、「デバイス」って略称ですけどちゃんと名前がついて、全て形状は違うものの全部で五機作られたんですから」

 

 

そう言って五つのデバイスの名前を挙げていくエネさん。でも私はそんなことより、衝撃の事実が耳に入ったことで、思考が混乱してしまった挙げ句、数秒ほど呆けてしまった気がする。

 

 

「もしかして、レイジングハートってすごい・・・?」

 

You are absolutely right(まさにその通りです),Master』

 

「流石にオーミネータみたいなことは出来ないよね・・・?」

 

Technically possible(技術的には可能ですよ).Yes, was that a problem(何か問題がありましたか)?』

 

「え、えぇ・・・」

 

 

本当に衝撃の事実だったでござる。この星──お兄さんの故郷で作られたものであることは知っていたけれど、まさかそんなゲームの最終盤で出てくる、四天王の一人みたいな位置づけにあるとは全く考えてはいなかった。レイジングハートが量産されていてもそれはそれで嫌だけど。

 

 

「母さん・・・」

 

「・・・っ。邪魔をしないで!」

 

 

プレシアさんがそう言って魔法を発動させたと同時。メイドさんの側の空中で待機していた三本の長剣がプレシアさんに向かって発射された。でも、魔法をなかったことにするあれは出来なかったのか、紫色の魔法は私達に向かって一直線に飛んできた。

 

 

「避けろ!」

 

 

クロノ君の言葉で体を翻し回避行動をとった。しかし、

 

今いるメンバーの中で、最もプレシアさんの魔法を見て──もしかしたら受けてきたかもしれないフェイトちゃんの足が止まる。そのフェイトちゃんめがけて、攻撃魔法は一直線に飛んでいく。

 

 

「ぁ・・・」

 

「フェイトちゃん!」

 

()()()! ()()()()!」

 

 

 

その大きな声と共に、このグラウンドに突然現れた銀色の大型バイクが、フェイトちゃんを連れてプレシアさんの魔法を回避した。バイクはそのままスライドして停車した。バイクに跨がっているのは青い服の女の子と、フェイトちゃんを小さくしたような女の子。

 

 

「ありがとう。ラヴェンツァ」

 

「いえ、トリックスターのお願いですから」

 

 

そんな会話をする彼女たちの傍らで、バイクは青白い炎と共に消失し、抱えていたフェイトちゃんを降ろした少女──ラヴェンツァと呼ばれていた方、はそのまま何かをするわけでもなく、大きな本を持ったまま、待機していた。

 

この場において重要だったのは、もう一人の方。

 

フェイトちゃんをそのまま小さくした──つまりそっくりな女の子を私達は一人知っている。

 

 

「アリ・・・シア・・・?」

 

「ママ・・・私はママを絶対に許さない!」

 

「アリシア! 何を言っているの!」

 

「私は全部見てた! ママがフェイトに何をしてたのか! ママが器用じゃ無いのも知ってる! 

だけど、私の妹(フェイト)にママは何をした!」

 

 

アリシアちゃんはその可愛らしい顔を怒りに歪め、フェイトちゃんと同じ紅い目でプレシアさんを睨んでいた。

 

 

「あ、あれは・・・アリシア、貴女の」

 

「私を免罪符にするな! ママがしたことは、全部ママのせいだ!・・・・・・だから、この怒りは私がママにぶつけるんだから! ──っ!?」

 

 

そこまで啖呵を切ったアリシアちゃんは突然、頭を押さえて地面に膝をついた。普通であれば母親であるプレシアさんは心配して──生き返らせようとしたことからも分かる事だ──駆け寄りそうなものだったが、現実を認めたくないのか、俯いて何か呟いていた。

 

犯罪を犯してなお生き返らせたかった娘、アリシアちゃんの弾劾が響いているようだった。

 

 

──・・・我慢強いのは構わない。けど、内なる自分の声を、お前以外の誰が聞く。

 

 

──お前は女の子。自由に生きるべき存在・・・お前の中のもう一人のお前が、そう叫んでいる・・・

 

 

──我は汝、汝は我・・・どれほどの時間が経ったことでしょう・・・

 

 

「ごめんね。『()()()()』・・・もう、我慢なんかしないから!」

 

 

──今回だけは許しましょう。正しき怒りが理解できたのならば、力を貸してあげる。

 

 

それは、全てが突然だった。後から記録を見返せば、何度も見返してゆっくりと描写できただろうけれど、私達の目の前で、一瞬で起こったことだった。

 

膝をついていたアリシアちゃんが立ち上がると同時、顔に付いていたリボンやキャンディを模した仮面を、勢いよく取った──血のような物が見えたので剥いでの方が正しいかもしれない、途端。

 

青白い炎と共にドレスを着た女性が浮かび上がった。そして、アリシアちゃんの服装も某「聖なるしっぽ」みたいなものに変わってしまった。

 

 

「え・・・えぇ・・・!?」

 

「例えフェイトが許しても、お姉ちゃん(この私)が許さない! ちょっと早めの反抗期だ!」

 

「・・・いいわ。貴女が偽物のアリシアだという確証が無い以上。その遊びにつきあってあげる!」

 

「絡め取れ!! アラクネ!」

 

 

プレシアさんの魔法に対して、アラクネと呼ばれた女性はまるでダンスでも踊っているかのように華麗に躱す方法を取り、赤と黒の体に悪そうな魔法──どちらかと言えば魔術、を放った。

 

 

「どいつもこいつも・・・私の邪魔を──」

 

「──邪魔かどうかも分からないの!? ママの視野は本当に狭くなったね。私が本物かどうか、そんなことも見分けられなくなっちゃったんだ?」

 

「うるさい! 私のアリシアは・・・素直でいい子だったのよ・・・!」

 

「当たり前でしょ! ママに迷惑かけたくなくて、いい子にしてたんだから!

 

「でも! もう! 私は、"親にとって都合のいい子"はやめたの!

 

「だから、これが"最初にして最大の反抗期"! ママに武器を向けるのもこれで最後!」

 

 

アリシアちゃんはそう言って、傍らに現れた彼女の身長くらいありそうな槍を華麗に取り回して、プレシアさんに突きつけた。

 

 

「それに、お兄さんと約束したしね。自分で決めた運命からは、絶対に逃げないって」

 

「あ・・・」

 

 

そういえば、奏音お兄さんはどこへ行ったんだろう。

 

私達を"無制限の蒐集書"の内に取り込んだ──飲み込んだ(?)張本人。その彼は未だに姿を見せていない。アリシアちゃんは会っているようだったけれど、今は何をしているのか見当もつかない。

 

 

「あの人は、私を生き返らせた代償と戦ってるよ」

 

「え?」

 

 

どういうことなの・・・?

 

 

 

──少し前。

 

なのは達のいる私立直江津高校と同じ町内にある、学習塾跡の広場でのことである。死より蘇ったアリシアとそれを成した奏音が、事情を説明し理解した頃。

 

 

「・・・さて、最後に確認しておくが。僕は力を貸すだけ、君はその力を使って戦う。いいね?」

 

「うん。一発殴らなきゃ気が済まないもん」

 

「一応、武器は刃を潰した物を用意しておくよ。それじゃ──」

 

 

と、そこで。

 

突然、側にいたアリシアを抱え上げ、全力でその場から飛び退いた奏音。その目は、とある一点を睨み付けていた。

 

 

「え。な、なに!?」

 

「チッ・・・。よりにもよってお前かよ──」

 

 

奏音が睨み付けるのは、先程まで彼らがいた場所のさらに向こう。そこには黒い泥のような塊が、何らかの形を成そうと蠢いていて、奏音がそれに気づいて飛び退いていなかったら、先程までいた場所に突き刺さる伝説の聖剣に貫かれていたことがうかがえる。

 

 

「な、何あれぇぇ!!」

 

「抑止力──人体錬成を行うと決めた時点で、ある程度覚悟はしていたことだけど・・・、どうしてお前が来るんだよ。騎士王(アーサー)!」

 

 

泥のような物が最終的に形取ったのは、奏音もよく知る人物だった。黒く染まってはいるものの、白銀の甲冑を身に纏い、世の中で一番有名な聖剣を有する、最優の英霊の一角。

 

奏音にとって最強にして最弱の相手。

 

──アルトリア・ペンドラゴン。

 

 

ゾブリ、と。泥の中から奏音にとって見慣れた少女が姿を現した。

 

 

「・・・これはまた、妙なことになっているな。貴様」

 

「ああ。これに関しては自業自得であることは理解している。で? 僕を知っているってことは、少しは手加減してくれたりするのか?」

 

「甘い、甘いなコレクター。私が先日食べたパフェより甘い。貴様と闘うのは初めてではないが、ここまで充実した状況で闘えるのは初めてだ」

 

 

抑止力として世界から十全のバックアップを受けているからか、それとも彼女が竜の心臓を持っているからか、またはそのどちらもなのか、少女の発する圧は幻想種を彷彿とさせる。

 

 

「まあ、だろうなとは思ってた。じゃあ、せめてちょっと待ってもらえたりは──」

 

「すると思うか?」

 

「だろうな!」

 

 

右手でアリシアを抱えたまま、空いた左手で防御壁を展開して後退する奏音。そこへ、踊るようにいくつもの剣が斬りかかってきた。

 

その全てが、アーサー王伝説の既読者なら知っている銘を持つ剣である。

 

 

「アリシア。僕はここでこいつの相手をしなくちゃあならない」

 

「は、はい」

 

「だから君は、一人でプレシアと対峙しなくちゃならないけど、いいね?」

 

「はい!」

 

「武器は君が向こうに着いたら、君の側に召喚するようにしておくから、それを使ってくれ」

 

「分かった!」

 

「よし。ラヴェンツァ! アリシアを直江津高校まで送っていってやってくれ!」

 

「はい。行きましょうアリシアさん。ヨハンナ!」

 

 

青い少女ラヴェンツァが、奏音の呼び声に答えてどこからともなく登場し、大型バイクを召喚して跨がる。アリシアがおっかなびっくり後ろに跨がったのを確認して、ヨハンナは走り出した。

 

 

 

「待たせたな、騎士王」

 

「貴様の護りはあの忌々しい金ピカに勝る。貫けるとは思っていない」

 

「それは仕方がないんだよ。僕は弱いから。強すぎる攻撃は、当たらないように工夫しないと──すぐに死ぬことになる」

 

「弱い・・・だと。貴様が?」

 

「弱いさ。僕はゲームシステム的にはゼビウスだぜ?」

 

 

奏音の例えは英霊であるアルトリアには理解できなかったようだが、奏音は言いたいことが言えて満足しているようだった。

 

ここで漸くアルトリアの姿を言及すれば、反転していない青セイバーの姿でありながら、その性格は暴君とも呼ばれる黒化セイバーであった。そして、何よりも目を引くのは彼女の周囲に浮かぶ、アーサー王伝説に登場するいくつもの剣だろう。

 

円卓の騎士達の持つ武器も彼女に付き従うように傍らに浮いているのだから、手に負えない。

 

 

「なんにせよ、上からの指示には従うまでだ」

 

「勿論、僕は抵抗するぜ」

 

 

先程無造作に投げられた上、大地に突き刺さった自身の宝具である聖剣エクスカリバーを引き抜き持って、アルトリアは戦闘態勢に移る。

 

一方の奏音も、手元に無数の武器の軍勢を生成し、戦闘態勢になった。

 

 

「覚悟は良いか、蒐集家」

 

「良いぜ、騎士王。戦の準備は十分か?」

 

 

瞬間。

 

迫りくるいくつもの剣を、無造作に放つ武器達で対処しながら、奏音はとある武器を待っていた。

 

 

「相変わらずだな。貴様の戦い方は」

 

「何? 無駄が多いとかそういう話?」

 

「それは素人の意見だろう。針に糸を通すような精密さを、何十何百と戦場でやってのける者を、私は貴様以外に知りはしない」

 

「・・・・・・それは、褒められてるのかね」

 

 

奏音が首を傾げた直後。

 

彼の傍らに、鞘に収まった一振りの刀が突き刺さった。

 

その刀を地面に突き刺さった鞘から引き抜き、奏音はゆるりと構えた。

 

 

「──それは」

 

「怪異殺し」

 

 

それは、人は斬れないと謂われた刀。

 

怪異と呼ばれる存在を殺すための刀。

 

しかし、怪異の概念が異なる地で振るわれたその時から、この刀の性質は変化した。

 

怪異殺しと呼ばれたその刀は、人ならざるものを斬る業物へと変質した。

 

それはたとえ、エーテル体と呼ばれる魔力の塊である英霊も例外ではない。

 

 

「・・・・・・ッ」

 

 

人が、暗闇に恐怖するように。

 

獣が、揺らめく炎を怖がるように。

 

原始的かつ本能的な恐怖が、騎士王の体を数センチ退かせた。

 

しかし、それも当然と言えば当然であった。この刀を前に敵対してしまえば、たとえあの金ピカ、英雄王であっても恐怖を理性で抑え、虚勢を張らなければ立っていられなかっただろう。

 

 

「悪いな騎士王。戦の備えを聞いておきながら、僕がとるのは蹂躙だ」

 

「ただで敗けるとでも思っているのか」

 

「惜しい。本当に惜しいよ。お前が英霊でなければ、その言葉は現実となっていたかもしれない」

 

 

奏音はそう言うと、ゆるりと刀を振るう。

 

 

「その大言壮語、いつまで続けられる」

 

「もう、お前が聞くことはないよ」

 

「なにを・・・・・・?」

 

 

ゆっくりと先程抜き放ったばかりの刀を、鞘に収める奏音を依然として睨み付けていたアルトリアだったが、突如としてその視界が横に一線──二つに割れて、赤い血のにおいが視界に映る。

 

 

「これ・・・は」

 

 

確認しようと思わず手で触ろうとすれば、手は動かなかった。それどころか、指の一本まで綺麗に切断されていた。

 

気付いてしまえばあとは早かった。指が、手首が、肘が、二の腕が、肩が、足首が、向うずねが、膝が、太ももが、腰が、胴が、腹が、胸が、鎖骨が、首が、喉が、顎が、鼻が、脳が、脳天が──アルトリアを、英霊たる己を構成するあらゆる部位が輪切りにされていた。

 

 

まさか──あの一瞬で?

 

 

そんな冗談みたいな考えがアルトリアの思考に浮かぶ。普段の彼女であれば一笑の後、振り払っていたものであったが、現状では似たような結論しか出てこない。

 

 

「──・・・・・・」

 

 

すでに声すらも出ない。その為の口や喉や肺が輪切りにされているのだから当然ではあった。

 

 

「・・・試験台にして悪かったな。久しぶりの本気なもので、試運転はどうしても必要だったんだ。そのお詫びとしちゃあなんだけど、痛みはないだろ? 僕も僕の主人も、それだけは得意なんだ」

 

 

現在の時期と合わせたかのように、アルトリアの体の部品は桜のように散っていった。

 

そして、そこでちょうど。二メートルほどもある刀を、奏音は鞘に収め終えた。

 

 

「・・・・・・それに、この世界は"強欲"が使うに相応しい"暴食"の腹の中。たとえ世界を切り裂く一撃だろうと、神が作った武器であろうと、この世界に呑めないものはない。騎士王。この世界に召喚された時点で、お前の敗北は決まっていたんだよ」

 

 

奏音は虚空に向かってそう告げると、踵を返してその場を立ち去った。


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