我、無限の欲望の蒐集家也 作:121.622km/h
「"ギリメカラ"」
仮面が燃え上がった少女は、そう言葉を紡ぐ。
ギリメカラとは主に東南アジアの上座部仏教が信仰されている地域に出てくる魔の象の事である。
だからなのか、少女の背後に二本足で立つ一つ目の象が現れる。
「ハッ。貴様が何をしようが我の『
「バっ! やめろ!」
「少女の姿をしていようが、我は手を抜かんわ!」
中田がそう言うと同時に放たれる王の財宝が数発、少女に当たったその瞬間。
中田の体を一本の剣が貫いていた。
「・・・・・・は?」
遅れて、彼は自らの異常に気づく。
突然のことに追い付いていなかった思考が、正しい状況を正確に伝達する。
「あ・・・ああっ! 痛い痛い痛い! 死にたくない! 死にたくない!」
「バカ! ギリメカラは物理攻撃反射。召還媒体が仮面ってことは5・・・だから銃撃も反射・・・・・・アーチャーのお前には天敵だろうが!」
「知らない! 知らない知らない知らない! あんなの知るわけねーじゃねーか! 卑怯だ! チートだ! 殺人者!」
慌てて陸とユーノが駆け寄って声をかける。
この場で何よりもその治療に役立つものは、中田の「王の財宝」の中にあるのだから。
冷静になってもらい、回復薬に相当するものを取り出して貰うのが一番早くて確実だ。
しかし、英湯王のメッキが剥がれ、転生前の素の口調が出てきてしまった中田は、思いつく限りの罵詈雑言をこれでもかと少女に向かって吐き捨てる。
だが、少女は登場したときと変わらない顔で、呆れたように首を振る。
「・・・その言葉、そっくりそのまま返すぞ。英雄王のマガイモノ」
「はぁ?!」
「ありとあらゆる伝説の原点を持ち、例え一歩も動かずとも多くの英雄を圧倒できる力を持つ──お前の言葉を借りるなら、チート使いの卑怯者」
「・・・あ・・・」
「彼女らの扱う魔法のように、"殺さず"の攻撃など存在しない殺傷能力の高い武器をこれでもかと放ち、当たらなければ喚き散らし、当たればそれが当然だと嘲笑する。そこらの殺人者よりたちが悪い存在だろう、お前は」
「あ、ああ・・・・・・」
「己に都合が悪ければ、責任を相手に擦り付ける。何故そうなったのか、自覚はあるな? たとえ容姿や力が優れてようとも、お前は何も変わらないからだ。あの頃のまま。自らを認めない世界を否定し、自己満足だけで生きていたあの頃の──まま」
「あ・・・。うぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」
中田は頭を抱え、まるで身を守るかのように小さく小さく縮こまってしまった。
「あ、ああ・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・、・・・・・・・・・・・」
「対象一、沈黙」
「ひ、酷ぇ。トラウマ抉りすぎだろ・・・・・・」
「精神攻撃の類いか。残念だが私には効かん」
神宮寺はそう言って構えを取る。
いつの間にかその両手には、見慣れた黒と白の双剣が握られていた。
「いや、待て待て神宮寺! そいつは今ギリメカラを着けてる。物理は反射されるぞ!?」
「フッ。舐められたものだな。それならそれでやりようがある」
「・・・・・・『アリス』」
少女が着けている仮面が再度燃え上がる。
金色の髪に青いワンピースの少女。
可愛らしい少女がふわりと微笑む、その笑みに神宮寺は悪い笑みを深めた。
「ハッ。少女の姿とは弱々しいスタンドだ。一人一つ出ないことには驚いたが、その程度か?」
「魔人・・・アリス!」
『アリスと、あそんでくれるの?』
アリスと呼ばれた少女は、無邪気に笑いながら少女の背後から全体重を預けるようもたれかかる。
彼女の本当の使い手であれば微笑ましいそれも、無表情の少女とでは薄ら寒さすら感じてしまう。
「彼等が遊んでくれるようだ」
少女はそう言って、神宮寺達を指差す。
その言葉にアリスは花が咲くような笑顔を浮かべた。
『ほんとう? うれしい! じゃあね・・・・・・』
──死んでくれる?
幼い少女の声色で、物騒な言葉が響く。
まるでそれが号令となったかのように、どこからともなく数体のクマのぬいぐるみが現れる。
「ユーノ! 逃げろ!」
「は、はい!」
「神宮寺! テメェも──」
「ハッ。無様に敗走する気か?」
「バカッ! 魔人アリスは・・・・・・」
陸が叫ぶが、もう遅い。
ぬいぐるみが呪詛のようなものを撒き散らしながら爆破。
思い切り巻き込まれた神宮寺は、エミヤシロウが持つ何かしらの宝具を投影したのか、傷一つとはいかないものの、何とか生きていた。
「ハッ。やはりその程度か」
『アハッ!』
キャハハと、少女特有の高い笑い声を上げてアリスは笑う。
その様子は何と比べるまでもなく、ホラーだった。
「アリス、もう終わりだ」
『えー?』
「バインド!」
「お」
油断──というより初めから余裕を持った態度を崩さなかった彼女だが、アリスに話しかけている隙に、陸が魔法を使って彼女を拘束する。念入りにと言わんばかりに、少女の身体中に拘束魔法がかけられ、少女は一切の身動きが取れなくなってしまう。
「これがバインド。なるほど」
「その余裕もいつまで続くかな」
「! それは」
神宮寺は己のデバイス聖剣エクスカリバーを構えて笑う。
アルトリアのように上から振り下ろすのではなく、中段で構えられたその剣は、まるで居合抜きのように力が溜められていく。
「彼女のように最強の聖剣とはいかないが、これでもそれなりの力を持っているぞ」
「・・・・・・」
「神宮寺! 早くしろ!」
「そう急かさずとも、これで終わりだ」
そう言って、神宮寺は構えた聖剣を肩の上を通すように回して、振り下ろす。
「
輝いていた聖剣が解放した力は、巨大な光の奔流となって行く手を阻む全てのものを破壊しながら進み、少女を飲み込む。
周囲から集められた魔力を使用するその威力は「
だがそれも──
「なるほど。この程度か」
軽く前方に伸ばされた少女の右手その先に現れていた平面六角形の力場の集合体。
それが約束された勝利の剣の一撃を、
「なっ?! 馬鹿な!」
「そ、それ・・・」
驚愕する神宮寺とは対照的に、何かに気づいたように震える陸。その瞳は、先の一瞬。
少女の額に浮かんでいたものを見逃さなかった。
アルファベットのエムを逆にしたようなその紋章。
「あれは
「ほう・・・。珍しい。私を知っている人がいるのか」
「リク! 何がわかった? どうしたらいい!?」
「あ、ああ。彼女は伊401。ああ見えて潜水艦だ」
「潜水艦・・・? どう見たって女の子だよ!?」
「彼女たち霧の艦隊は、メンタルモデルっていう人の形をした艦の制御中枢を持ってる。見た目に騙されて油断すると負ける。アニメ版では近接戦闘も得意だったから・・・」
「アニメ? は?」
なんでもない・・・、と口を紡ぐ陸だったが、内心はほとんどパニック状態だった。
(どうして「霧の艦隊」がいるんだよ。しかもペルソナ使いって・・・。勝てるわけないだろ!)
「リク!」
「っ!? ど、どうした!」
「しっかりして! 今は太一も匠も使い物にならないんだ! 君の知識だけが頼りなんだよ!? ちゃんと集中して!」
「!」
ユーノの言葉で何かに気付く陸。それは、自分の不甲斐なさである。
(そうだ。何を甘えていたんだ。いくら原作知識があっても、いくら特典を持っていても、それに甘んじていたら弱いままじゃあないか!)
「安心してくれ。もうお前達に手は出さない」
「は?」
「このまま生かして帰すとでも?」
「でも、もう終わった」
「・・・? っ! そうか!」
気づいた陸が振り返ると同時に起きた未曾有の大爆発。
原因を見ていない彼らにはわかりもしないが、全力の魔法少女同士の激突で起きたものだ。
「なのは!!」
「フェイト!」
互いにボロボロになった二人を、それぞれの味方が回収する。
「・・・任務終了。帰投する」
少女、イオナの声はどこからともなく響いて、誰に当てたのかも理解されずに消えていった。
目下一番の敵がいなくなったことで、ようやく落ち着いて場の対処が始まった。
「・・・・・・無事か?」
「俺は、な。だが、言われてみればそうだ」
「一体何の話だ?」
陸は一息ついた後、神宮寺に心配して近寄ったが、その彼の様子に怪訝な表情をして問いかける。
「アイツの言葉だ。俺たちは、どこか浮かれていたんだな。今は天狗の鼻を折られた気分だ」
「いや、そりゃそうだろ。ここは、俺らにとっちゃ"原作世界"だったんだから」
「・・・ハッ。笑えよ、非モテ虹オタが転生して、なのはたちにアピールして、嫌われて・・・。なにも変わってねえじゃん。俺も、あいつも」
「まあ・・・」
「お前は? 俺たちみたいに酷くはねぇみてーだけど」
神宮寺の問いかけに少し考えるように首を傾げた陸だったが、すぐに口を開く。
「俺は、モテたかったわけじゃないから。自由に空を飛んでるあいつ等を見て、友達になりたい、話してみたい。そう思っていただけだから」
「入れ込み方が違うってことか・・・。あーっ! クッソ! 悔しい。所詮俺達はモブの踏み台で、お前はオリ主なんだろうな」
「は、はぁ!? お、俺がオリ主!? んなわけねーだろ!」
「わかんねーぞ?」
「ちょっ、なのはを運ぶの手伝って・・・!」
悪い顔をして陸をからかう神宮寺。そんな二人にユーノがそう声をかける。
フェレットの姿で一生懸命なのはの肩を引っ張っていた。
「・・・・・・よし、俺は中田を運ぶ」
「え、ええ!? お、俺は?」
「鏡橋を呼んでこい」
「あ、ああ。わかった」
それぞれの役割で行動を開始し、その日の特別な出来事は幕を閉じた。
特異者の心に大きな楔を打ったまま──
──海鳴市、地下。
海鳴で有名な地下施設は如月邸の敷地の地下にある"カルデア"だが、そことはまた別の場所。
内陸部にありながら、まるで船舶のドックのような、巨大な港らしき施設が建造されていた。
そんな地下水路に張られた水を押しのけて、水面に顔を出したのは「蒼き鋼」を身に纏った潜水艦──"伊-401号"。その甲板には、先程まで月村邸で大立ち回りを披露していたイオナが立ち、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。
そんな突然現れたように見える彼女を迎えるように、管制室らしき部屋に繋がる扉が開き、目元をスッポリ覆うような大型のゴーグルをつけた少年が、タブレットを片手に桟橋へと歩いてくる。
「提督。帰ったぞ」
「おう、お帰り。任務のほどは?」
提督と呼ばれた少年──如月奏音は、大型のゴーグルを額に押し上げてイオナに問う。
そのゴーグルに映っていたのは月村邸の庭。つまり彼はゴーグル越しに現場を見ていたのだから、結果の確認をする必要などない。しかし、例え必要がなくても聞くべきと判断したのだろう。
「私の正体がバレた。船は出していない」
「まあ、特異者だしな。似たような存在くらい知っていてもおかしくないか」
イオナは惑星レギオンの日ノ本海軍所属の特殊戦闘艦──通称"霧"の潜水艦である。
彼女を含む特殊戦闘艦たちの建造理由は、自律思考が可能な戦闘艦が欲しいという人員を削減するための策の一つで、自ら考え、動く船があれば戦争などで失う命が減るだろうという政策だった。
しかし、完成した当初ヒトとは違い、獣のように敵を蹂躙するだけの"霧"を見て、高本営は"霧"のメンタルモデルに戦略や戦法を学習させるように命令した。
そのほうが、より効率もいいと踏んだのである。
結果は大成功。
自ら統率をし、最強の盾と最強の矛を持った恐ろしい艦隊が出来上がったのである。
そんな"霧"も従うべき者が消えて、唯一残った如月奏音を
奏音も彼女達"霧"を初めて見たときは、驚きで声も出なかったらしい。
「任務遂行お疲れ様。向こうに繋いでおく」
「了解。伊401、帰投する」
ドック隔壁が開き、白銀に輝く壁が現れる。
異常な光景ではあったが、改めて反応する人間などこの場にはおらず、伊401はそのままゲートを潜り、レギオンの日ノ本海軍主要軍港に帰投していった。
「・・・自ら考え行動するが、その本質は軍艦。傀儡とは言いたくないが・・・似たようなものか」
そうあるべしと作られた彼女達は、戦場の外を知らない。否、知る必要がないとそう考えている。似た存在である【霧】は従うべき存在、「
主となった奏音も努力はしていた。人の形をしているから、少女の形をしているから、笑った顔が見たいから、とかそんな理由で。彼女達に、女の子らしい感情を持たせようとした。
しかし、彼女達はそれを持つことを良しとしなかった。
なき政府がそう仕向けたわけではない。
『自ら考えて、出した結論』
彼女達の価値観からいえば絶対に覆らないその決定に、諦めるほかなかったのだ。
「そんな簡単に割り切れるわけないか。はぁ、過去の失敗なんか出してくるんじゃなかったな」
そう愚痴りながらも、どこか嬉しそうな奏音。
タブレットを持って、ゴーグルを頭に引っかけたまま、虚空を見つめる。
「・・・・・・久しぶり、イオナ」
「よんだか?」
「おわっはぁぁああああ!?」
「?」
突然の事態に驚いて思わずイヤミのごときポーズをとる奏音。
そんな彼の様子を、不思議そうに少女が見つめていた。
「な、何故イオナがここに?」
イオナは先程蒐集書の中に帰って行ったはずだ。
暗にそう言って意図を訪ねてみる。
「久しぶりの出撃で、ヒュウガがおかしくなっていた」
「で、逃げてきたって?」
「・・・・・・」
コクリと頷くイオナ。
これは少し面倒なことになるかもしれない。
これから反省会と次の作戦会議だというのに、目の前に解決するべき課題が生まれてしまった。
さて、どうするべきか。
「・・・イオナは、どうするつもりだ?」
「私は、ここで待機する」
「あいつが来るかもしれないぞ?」
「任意で出られないようにしてほしい」
「おk」
我が艦隊の貴重な我儘だ。しっかり聞いてやらねばなるまい。
というわけで、儽球からの転移は僕の許可がないと実行不可にしておいた。
これで安心して、作戦会議に向かえるというものだ。
作戦会議のために様々なことを考えながらとりあえず如月邸に帰還する。拠点には帰らなければ、色んな人に心配をかけてしまう。それはこの前の蒐集書引きこもりの件でよく分かっている。
「む、カナタ?」
「・・・C.C.」
「・・・・・・何処へ行っていた?」
「ああ・・・ちょっとな」
C.C.は勘も鋭い。しかし願わずにはいられない。
頼む。これ以上、踏み込んでくれるな。説明が面倒くさいんだ。一人に気付かれて質問されれば、説明を聞く権利が如月の全員に発生してしまう。
「・・・そうか。また、何か企んでいるのか?」
「またって何だよ。大したことじゃないぞ?」
「危険ではないんだな?」
「ああ」
「危険な目に遭っていてみろ。切り落とした後喰ってやる」
何をだ!?
結局そのことが気になりすぎて、作戦会議に向かうまでの詳しいことは覚えていない。