我、無限の欲望の蒐集家也   作:121.622km/h

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副題:意図しない三度目


004

それは、悪夢のような──主観的な記憶での感想だ──が終わってから一週間もしない内の出来事だった。

 

人の噂も七十五日とは言うが、噂ではなく強烈な思い出は脳に焼き付けられ、いつまでもいつまでもしつこいくらいに残り続けるらしく、今日、本日、四月某日のことである。

 

如月奏音は三度目の高町なのはとの邂逅を果すこととなった。

 

そもそもの始まりは今朝のことだ。

 

今日出かけたら良いことがあると、朝──と言っても八時から十時半くらいまでしている番組だからもしかしたら昼かもしれない、のテレビで爽快そうな名前の栗鼠が教えてくれたので、意気揚々と身支度を済ませ、外出へ繰り出したのだ。

 

普通であれば当てもなく歩くといえばそれは散歩であり、行き先はあまりお金のかからない喫茶店や、近くの公園など目的地は限られる。

 

 

しかしそれはあくまで一般の考えであって、如月の人間がそんな考え方をするとは周囲の人間は思っていない。

 

世界中からの信仰を集め、知識的武力的支援をする代わりに多額の金銭を受け取っていて、尚且つ世界中の有名企業──GC(ギルガメッシュカンパニー)やアンフェル社とティンティリス社、や貴族──ペンドラゴンと連なる円卓連盟・バートリー・アントワネットに、それと日本の名家──織田や源等その国や、世界に多大な影響力を持つ人々から直接的な支持を受けている。

 

公になっているだけで両手の指では足りないというのに、水面下では更に多くのパイプが如月という家を支えているのだろう。

 

つまり、そんな認識が周囲にはあって、「如月一門の人間はちょっと歩くのにもリムジンとか使うんだろう」「旅行は海外なんだろう」などと様々な憶測が飛び交っているはずだ。

 

だが、しかし。

 

そのぶっ飛んだ金銭感覚を持ってしまうかもしれない家を立ち上げた張本人はそんな事微塵も考えてはいない。

 

旅行なら国内の、日帰りなら関東圏で済ませるし、泊まるにしても沖縄や北海道など、泊まらなければ楽しめないであろうと、一般的な人が思い描く旅行先である。

 

つまり、感性は狂ってなどおらず、むしろ庶民的志向が強すぎて援助のお金が湯水のように溢れている。それはそれで勿体ないので災害救助に出向く際の支援物資を購入するお金に充てたり、そのへんも一般人と変らない。

 

要するに、本当に普通に、ごく一般的な散歩に出かけたわけである。

 

こんな事を事情を知る人間に話してしまえば、学習能力はどこへ行ったと呆れられることは確実であるが、どうしようもなく事実であり、今直面している問題でもあった。

 

先程も述べたとおり、高町なのはとの三度目となる邂逅である。

 

 

「こんにちは! おにーさん!」

 

「──こんにちは、なのはちゃん」

 

 

元気よく挨拶してくれたなのはちゃんに、同じように元気よくとまではいえなくても挨拶を返す。

 

昨今の日本では小学生以下の児童に声をかけること自体が犯罪になり得るらしく、何を信じて良いのかそれすらも分からなくなってきている。というか、現代人は我慢というものを知らなさすぎではないだろうか。やられる前にやってやろうとか、そういう考えは真っ先に頭から消し去るべき案件である。

 

そんな少しずつ高まる犯罪率に比例して、警戒心と疑惑の目だけが暴騰していく日本は生き辛くて仕方がないだろう。せめてこの海鳴の町だけでも、そうならないように如月が努力していくべき案件である。

 

幼女と中高生くらいの男子が会話をしている時点で、その二人が兄妹に見えない場合。通報一択であるのが現代社会の辛いところであろう。

 

さて、そんな心配は要らない平和な海鳴市藤見町なので、一応会話をしておこう。まだ小学生にも上がっていないなのはちゃんに下手な言動は身を滅ぼす事を念頭に置いて。

 

 

「何か用かな」

 

「んーん。おにーさんを見かけたからおはなししにきたの!」

 

「そっかー」

 

 

それが所謂O☆HA☆NA☆SHI(肉体言語)でないことを祈るばかりである。特になのはちゃんは将来的にそういうことが主流になりそうだし、警戒するにこしたことはないが、いくら戦闘民族高町家といえども、流石に小学校に上がってもいない娘に対してそんなそんな。

 

ないよな。

 

 

「なんのお話しをするんだい?」

 

「なんでもいいの。おにーさんは今日はなにをするの?」

 

「散歩さ。朝の番組で外出たらええよーって言ってたからな」

 

 

スッキという名前なのか種族名なのか分からない名前をした栗鼠である。金曜日には土曜日と日曜日に見るべき動画サイトでの映画を教えてくれる、あのコーナーである。

 

牡羊座の運勢がそうだったので間違いないだろう。ダ・ヴィンチちゃんも同じようにテレビを見て感心をしていたが、普段の様子から、今日も研究室に籠もりっぱなしになるのは目に見えている。同じ誕生日なので、牡羊座で間違いはない。

 

ちなみにハーマイオニーの役者さんとも同じ誕生日である。どうでもいいか。

 

 

「散歩っ! 私も行く!」

 

 

【なのはちゃんが なかまになりたそうに こちらをみている

 

なかまに してあげますか】

 

はい/→いいえ

 

 

「え?」

 

「え?」

 

 

【なのはちゃんが なかまになりたそうに こちらをみている

 

なかまに してあげますか】

 

はい/→いいえ

 

 

「え?」

 

「え?」

 

 

【なのはちゃんが なかまになりたそうに こちらをみている

 

なかまに してあげますか】

 

→はい/いいえ

 

 

「・・・そっか-。じゃあどこ行く?」

 

「どこでも!」

 

 

どうやら強制イベントだったようだ。

 

元より強制イベントではなかったとしても、強い否定はしないつもりだった。【さびしそうに さっていった】とか、普通に可哀想だからだ。そういったどことなくやってしまった感がある選択肢は苦手なのだ。

 

というか、今なのはちゃんどこでもって言ったよね。それは大きくなったら言わない方が良いよと教えてあげることにする。流石に小学生の高学年、それ以上になってしまうと洒落ではすまないことになりそうだ。

 

 

「おにーさん以外には着いていかないよ?」

 

「そかー」

 

 

それはそれで様々な勘違いを生みそうでマズい科白だ。まあ誰にでもほいほい着いていくような女の子でないことだけは、諸手を挙げて感謝したいところではある。が、やはりそう言った発言は安易に誤解を生むから気を付けるようにと念を押しておく。

 

良く分かってはいなさそうだったが、一応はなのはちゃんも納得してくれたようで、ようやく目的地の話し合いに移れそうだった。

 

 

「さて、なのはちゃんが合流したから目的地でも決めようか」

 

「えっ。なんで?」

 

「俺のペースでダラダラと歩き回ってたらなのはちゃん疲れるだろ? 流石に知り合いとはいえ血の繋がりのない女の子を抱っこして歩くわけにも行かない──」

 

「!」

 

 

普通に考えて、歩幅を大人にあわせることの出来ないこどもに合わせて歩くのが普通で、そして有り体に言えば沢山歩いて疲れたこどもは、保護者が抱えて家まで連れて帰る。というのも一つの、言ってしまえば子育ての通過儀礼かもしれない。

 

 

「散歩! 散歩にする! 大丈夫! なのは歩けるよ?」

 

「・・・・・・えーっと」

 

 

私、抱っこしてもらいたいです。その感情を隠し切れていない、本人は遠回しのつもりなのだろうが、本心が見え見えである。

 

先述の通り、社会的な問題が存在するのだ。なのはちゃんを抱っこすることによって与えられる称号は幾つかあるが、『妹と遊んだお兄さん』これはまだマシな方だ。若干シスコンが入ってるなのはちゃんのお兄さんに知られればどうなるかは分からないが。『兄妹ではないが近所に住む従兄弟』これは結構マシな部類だろう。

 

何よりも一番マズいのが『ロリコン野郎』としてみられる可能性である。流石にこれは弁明の機会など与えてもらえず、塀の向こう、もしくは近くの交番へドナドナされて事情聴取だろう。

 

その上で如月の苗字を信じてもらえない可能性がでてくる。身分詐称とかの罪をえん罪ではあるものの着せられたりしたらどうしようか。

 

話が飛躍しすぎているかもしれないが、なのはちゃんのとの散歩にはそれくらいの危険が付きまとうのである。

 

 

「・・・?」

 

「・・・・・・ハハ」

 

 

少し歩いて、なのはちゃんが疲れる前に近くの喫茶店にでも寄ることにしよう。それが一番安全な手だろう。

 

断じて未来の魔王の圧力に屈したわけではないのだ。

 

 

「さて、じゃあ目的地はなくブラブラするということで」

 

「はーい!」

 

 

現在地は高町家からそこそこ近い公園だ。まあ、だからこそなのはちゃんに見つかってしまったとも言えるかもしれない。マップ把握とフラグ管理ガバガバすぎないか。

 

と言うわけで、なのはちゃんをパーティに加えて藤見町、町歩きは開始した。

 

 

「というか、なのはちゃんは何か用事があったんじゃないの?」

 

「え?」

 

「いや、ここって公園も近いだろ? だったら、何かしら用事が──」

 

「おにーさんを探してたの!」

 

「・・・そっか」

 

 

いつのまにかとても懐かれていて驚いた。雛の刷り込み並に早かった。彼女は托卵でもされているのだろうか。もしそうなのだとしたら高町桃子はホトトギスということになる。

 

人型のホトトギスは妹だけで十分である。

 

 

「おにーさん! おにーさん!」

 

「んー?」

 

「まほー見せて!」

 

「魔法?」

 

「きらきらーってやつ!」

 

 

もしかして『THE HEALING』の事だろうか。

 

なるほど、どうやらすり込まれていたのはあの時使ったカードの光のようで、そのカードの持ち主はその付属品らしい。勝手な解釈ではあるが、幾分が気が楽になった。

 

 

「あれはねぇ。そう大々的に使えないんだ」

 

「・・・? なんで?」

 

「ああ、そういえば言ってなかったっけ」

 

「なーにー?」

 

「──うん、俺はね魔法使いなんだ」

 

「まほーつかい! ──うん! わかった!」

 

 

どうやら理解してもらえたようだ。魔法使いは現代では秘匿されるべき存在である。魔術師がいないこの世界でもその根底、というか世界的な認識は変わらないようで安心した。

 

アニメなんかを見ていれば、魔法使いを含む不思議な力を持つ人類は総じてその正体を、その力を隠すものであり、自己顕示欲に任せて振りかざすのは、全くもって見当違いである。

 

 

「・・・つまりは転生者も自重しろっ話なんだよなぁ・・・」

 

「・・・?」

 

 

魔法少女リリカルなのはは転生者が一番多い世界だと個人的に思っている──具体的に言えば小説が978作品出来るくらい。そこまで彼等を惹きつける何かがこの世界にあるのだろうか。

 

 

「おにーさん。どーしたの?」

 

「・・・・・・どうもしないよ。これからの先行きが不安なだけで」

 

 

具体的に言えば、なのはちゃんが小学生になった辺りから始まる転生者達の集いというか何というか、諸々のそれである。何が起きるのかは大体把握しているから、とりあえず今はこの平和な時間を享受しておこう。ああ、そうだ。先のことと言えば、近い内に戦闘狂達のストレス発散──と考えているが名目上は訓練である、もしないといけないんだっけ。

 

嫌だなぁ。

 

 

「なのはちゃんは・・・幼稚園とかいってないの?」

 

「よーちえん?」

 

「保育園かな?」

 

「あ、ふゆきほいくえん!」

 

「冬木?」

 

 

ちょっと待て。冬木保育園、その名前にはとても心当たりがある。

 

具体的にいえば身内が造った一つの教会。カトリックを名乗ってはいるものの、カトリックの教義にはそぐわず、どちらかといえばキリスト教でも表に出ない活動をする裏組織のようなそんな教会。最近──とはいってももう十年ほど前にはなるが、保育園を隣接したといっていた、が。

 

まあ、神父は麻婆豆腐こそ私の生きがい。とか言ってるけど、こども好きのお兄さんがいるし、小学生に上がったばかりの弟とか、神父の娘とかもいるし、色々心配ではあるが、人手は足りているだろう。足りていなかったら送る。

 

流石に労働基準法を遵守させてくれ。

 

 

「しんぷさまがのくちぐせがねー」

 

「うんー」

 

「ゆえつ!」

 

「ハイチクショウ! 分かってましたよ! やっぱ彼処かぁぁあああああ!!」

 

 

愉悦が口癖の神父なんて俺は一人しか知らない。無知とでもなんとでも言ってくれて良いから。詰まる所、心当たりはあって、先述の冬木保育園が入園先だそうだ。

 

 

「ガッデム!」

 

「がっでむ!」

 

「ふぁっ・・・」

 

「?」

 

 

流石にマズい。いや、何がマズいってもしなのはちゃんが家で、発言した場合がである。逆に考えよう。ダメだと言われて、学んでから更に使い方を学んだ方が良いのでは。

 

チャレンジするのは止めておこう。

 

 

「・・・・・・そっかー。冬木保育園かー。楽しい?」

 

「ゆえつがいっぱいだよ!」

 

「OH・・・HOHOHO」

 

 

どうやら既に汚染されていたようである。

 

全く、どうしてくれようかあの愉悦神父。真っ赤に染め上げたゲロ甘麻婆でも食わせる事にしよう。匂いを誤魔化すくらい訳もない。今から楽しみになってきた。

 

 

「なのはちゃん運動は得意?」

 

「すきー。でもへただって」

 

「スキルが足りなかったりするのかね?」

 

「なにが?」

 

「・・・よし、じゃあ競争しよう。突き当たりまでね!」

 

「うんっ!」

 

 

この先突き当たりに当たるまで500メートルほどであり、どれも自動車が出てくる可能性はない道である。

 

 

「いちについて!」

 

「よーい!」

 

「「どんっ!」」

 

 

走った限りでは途中でコケそうになったものの、体力と瞬発力には問題がなかった。父親があんなのだし、運動は得意だと思っていたんだけど。コケ()()()()()()というのは、コケなかったという意味で、コケかけたその瞬間に出した指示を的確に実行したからコケなかっただけで。

 

つまりは反射神経も問題はないということである。

 

真っ直ぐ走るだけなのに途中でコケるというのは、周りから見れば下手の一つに入るのかもしれないが、小学生以下の女の子なんだから許してやったらどうだろうか。

 

まあそんな感じで散歩を中止して全力でなのはちゃんと遊んだ後、家まで見送って、うちに帰ることにした。

 

ああ、戦闘訓練は嫌だなぁ。


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