妙神山のとある会合
妙神山に珍しい客が来ていた。
応接間のテーブルにお茶を出す小竜姫。
ここは妙神山の母屋に併設されてる木造の応接間。
八畳ほどの広さしかない古代中国風木造平屋建ての建物だ。床は石畳で、真ん中に楕円形の石のテーブルと木で出来た質素な椅子が置かれていた。
丁度今、斉天大聖老師が客人とテーブルの幅狭い方の対面で座っていた。
「これは、ありがとう存ずる。35番目の竜姫」
椅子に座る客は恭しく小竜姫に頭を下げる。
「文殊菩薩とあろうお方が、わしなんぞに何の用じゃ?」
斉天大聖老師は少々不機嫌そうにその客である文殊菩薩に用向きを聞いた。
「孫行者……いや武神斉天大聖、折り入って話したいことがあって参った」
玄奘三蔵の弟子だったころの名前をわざと出し、同じ仏派であることを強調したのだ。
仏派の立場で言うと、文殊菩薩の方が圧倒に位は高いが……、今の武神としての東アジアの人界との接点である妙神山の管理者であり武の象徴である斉天大聖は、立場は全く違えど、
神としてはほぼ同格なのだ。
「……大体察しがついておる。横島の事じゃな」
「そうです。……日ノ本で行われる神議り(かみはかり)に、横島忠夫を神の座にと宣言されるおつもりだと風の噂をききました」
「そうじゃ、最高神も同意しておる。日ノ本では、久々の人から神へ解脱するのじゃ、神議りは丁度よいお披露目時じゃ。まあ、あ奴の場合は解脱とは言わんからな。何せ人の身のまま神になるんじゃ。人の有史以来初めてじゃろ」
「そうですか、最高神殿も承認されておられるのですね。……斉天大聖、是非横島忠夫を我が八童子に加えさせていただきたい」
八童子とは文殊菩薩の脇侍的な存在の神々の事である。要するに自分の付き人にしたいと言ってきたのだ。
「そんな事だろうと思っていたわ。嫌じゃ!お断り申す!あ奴はわしの弟子じゃ!わしの後を継いで、この妙神山を継がすんじゃ!」
老師は明らかに拒否反応を示す。文殊菩薩は仏派では、高位である上に、神としても先輩であるが、敬語などは使おうとは思っていないようだ。斉天大聖は今でこそ丸くなっているが、昔は大日如来だろうが、高位の神だろうがため口だったのだ。
「それを言うならば、横島忠夫は私の術儀文珠を手にした時点で彼は私の弟子と言っていいでしょう。それであれば、私にも彼を傍に置く正当性があります」
「そうじゃろうな。お前様の立場ではそうしたいだろう。……ふーむ。お前様の術儀と言っておったが……文殊菩薩殿、文珠を同時に888個操る事ができるかいのう?文珠一つに4つ以上のいや、あやつは8つか16つの文字を込めておったな。それができるかいのう?」
「ぐっ……で、できませぬ。しかし、元となった文珠は私の術儀、仏神の御業です。それが弟子と言っていい彼が、発展させ、世界をも変換できるものへと昇華させていったのです。それはまさしく、師弟の絆そのものではないですか?」
「文殊菩薩殿の心中を察するに……あ奴を弟子やお付きにでもせぬと立つ瀬がないからのう」
「ぐっ…そうではございませぬ!」
「何れにしろ、お断りじゃ!あ奴はわし自ら育てた弟子なんじゃ!それにお前様は武神ではないじゃろ!知恵を司る賢神じゃろ!あ奴は間違いなく武神じゃ!!ソロモンの魔神3柱を葬ったのじゃぞ!!そのうちの1柱、千の命を持つ魔神、あのサタンさえ手に余ると言わしめた魔神をも葬ったのじゃ!お前様に出来るか?」
「私には真似できませぬ。しかし、横島忠夫は知者でもある。あのような方法で世界を分離など、宇宙創成に関わる知識と見識が無ければできない事ではないですか、まさしく賢神であると思いますが」
「ぐむ。なんと言われようとあ奴はわしの弟子で、将来は武神の一角を担い、この妙神山をすべる神となるんじゃ!」
「いいえ、彼は私の八童子になり、将来は賢神の一人として、あまねく知恵をこの世の理のために使うべきなのです」
「あの、老師……すみません。お客様がもう一方こられておりますが……その」
二神がヒートアップし始めた頃、客間の扉をノックした後に、小竜姫が申し訳なさそうに顔を出した。
「誰じゃ?今取り込み中じゃ!」
「それが……」
小竜姫は困ったような表情をしていた。
「ん?」
「取り込み中、申し訳ございません。そのお話に私も同席させていただけませんか?」
小竜姫の後ろから、その客が顔を出していた。
「なんじゃ、最高神と言えども、少々無粋じゃぞ!」
「キ、最高神殿!?なぜここに」
「私もあなた方と同じ理由ですよ」
そう、来客とは現在の最高神である。
サタンにキーやんのあだ名で呼ばれていたあの神であった。
「最高神も言ってやってくれ、横島は武神の一人となり、わしの後を継いで妙神山をすべる神になると!」
「いいえ、最高神殿、彼は私の八童子となり、将来はその知恵と知識で賢神の一人となるのです」
「……双方共のご意見、よくわかります。しかし、私は横島君をこの地球の神となってもらおうと思います。要するにこの人の世界の地球自身の管理者ですね。その為にも。この人の住まう世界の神となるための知識などを得てもらうために、私がたてたカリキュラムをこなしていただきたいと思っております」
「何ーー!?聞いておらんぞ!!そんな事は!!」
「お待ちください。まだ神にもなっていない彼にそんな重役は、困難ではないですか?」
「何を何を。私は聞いてましたよ、お二方とものご意見を。彼は武神となる素養と賢神となる素養を両方とも兼ね備えていると言う事ではないですか?ならば、この程度の事、可能ではないですか?しかもです。彼はまだ人の身でありながら、魔神を倒し、世界分離を行ったのでしょ?今更彼に神になる、ならないなどと、ナンセンスな話ではありませんか?」
最高神は茶目っ気たっぷりに二方にこんな事を言った。
どうやら、二神の言い争いを最初から聞いていたようだ。
「ぐっ……」
「ぐむー」
「それに、全世界図書館の管理者であるアリスさんが彼を慕っております。アリスさんは、サタンさんや私などよりも、前から存在し、おそらく創造神、冥界の王と同じ存在と思われます。そのアリスさんを御せるのは、天界でも彼しかいないでしょう」
最高神はこう言って二人を説得しようとする。
アリスの処遇に関しては、誰もが憂慮するべき問題であった。最高神や魔界の管理者であるサタンでさえ、困っていたのだ。
今はそのまま横島に擦り付けていたのだが……
「……いいじゃろう。最高神。但しじゃ、わしの弟子であるからして、妙神山の管理者をまず継がせたい……」
「それであれば、私の八童子の一員であったとさせていただきたく、お願いいたします」
「それは一向にかまいませんが、最大の難点があります。彼が地球の神になってくれるかです。
それ以前に、彼は神になる意向があるのかが疑わしい」
「それは、わしが責任をもって説き伏せる」
「そうしてもらいたいものですが。なにせあの魔界の現統治者のサタンさんもかなり気に入っておられるようで、ご本人の事をさっちゃんと呼ばせてるそうな。しかも、あのデタントの中でも穏健派で知られるネビロスさんがどうやら、彼を引き抜こうとしてるらしいのです。ほら、新しくできた世界の一つで、生命が居ない世界がありましたでしょう?闘争の世界という。そこの魔神王にさせようと本気でもくろんでいるようなのです」
「なんじゃそれは!!いくら穏健派の魔神だとしても、わしの弟子をかどわかすとはもってのほかじゃ!!今から叩きのめしてくれよう!!」
「さすがにまずいですよ斉天大聖さん。しかし、彼を魔界に行かれると、私も困りますし、斉天大聖さんや文殊さんも困りましょう?なので早々に彼に神になる自覚してもらうために、私が用意したプランが二つあります」
「それは何じゃ?」
「お聞きしましょう」
斉天大聖老師も文殊菩薩も最高神の立てたプランとやらに耳を傾ける。
「まずは、彼を神界に留めるためには、やはり、愛です。どなたか女神が彼の伴侶となってもらいたく」
「まて、最高神……それはわしも考えておるし、それは決めておる。本人は熱望しておる」
「小竜姫さんですね。私もそれが一番良いとおもっておりますが……彼女ならば、しがらみはほぼありません。竜神族35人の姫の一人で彼女は末子ですからね。ただ何せ奥手なので小竜姫さんは……私の目から見てもいつになる事やら」
「すまぬ。それは文句のつけようがない。小竜姫にもよく言っておく」
「それ以外にも、横島君を取り込みたい派閥が私のところに、その話を持ってきてますが……今のところすべてお断りしておりますが、それが何時までもつものか」
「心遣い痛み入る。確かにわしのところにもそのような連中が来おったが追い払ってやったわい。あ奴の心を知らんような奴らが何が婿じゃ!!今度そんな戯言をほざきに来おったら、頭をカチ割ってやるわ!!」
斉天大聖老師はその時の事を思い出したのだろう。かなり息巻いていた。
「最高神殿、もう一つのプランとは?」
「そうそう、先ほどの彼が地球の管理者となるためのカリキュラムを立てたといいましたよね。それを実行します」
「最高神、それはあ奴が素直に受けるとは思えんぞ」
「いいえ、彼は絶対受けます。決して友を見捨てられない。見捨てられるはずが無い。斉天大聖さんも文殊さんも武神、賢神と言ってましたが、私は友愛の神が彼にはしっくりくるのではないかとも思うほどです」
「それはどういう事じゃ?」
こうして、最高神はこの二神にそのプランについて説明した。
「わかりました。最高神殿に賛成いたしまする。ただ、八童子の件はお受けしていただきたい」
「うーむ、いささか回りくどい上に、あ奴をだましたようにはならんか?」
「いえ、騙しているわけではありません。たまたま、彼にそのような要請があったのを、私が承認し、ちょっとだけ条件を足しただけです」
「まあ、最高神の口車に乗った気はせんでもないが、あ奴はそうでもしないと、首を縦に振らんからな」
斉天大聖老師はしぶしぶと言った面持ちで、最高神のプランとやらを、了承したのだった。
この事は、第一高校三年生の卒業式の日に妙神山で行われたとある会合だった。
横島はこの時はこのような会合が開かれていた事を知らなかった。
横島君が第一高校を1年間留学という名目で空けなければならなくなった理由がこれです。
*神議り(かみはかり)
年1回日本の八百万の神々が出雲大社に集まって会合の場