真夜のバレンタイン編終わりです。
真夜は可愛らしいエプロンをつけ、キッチンに立っている。
生まれてこの方、料理などした事が無い真夜が、料理を始めようとしていたのだ。
作るレシピはチョコレートケーキ。
そう明日はバレンタインデー。
思い人のために真夜はバレンタインチョコを作ろうと自らキッチンに立ったのだ。
広々とした四葉本家厨房には所狭しとチョコレート作りに必要な原料が置かれている。
真夜の斜め後ろには、葉山とこの厨房の料理長が立っていた。
先ずは、チョコを細かく砕き切って、湯煎するところから始める。
因みにカカオ豆から作るには時間が掛かる上に、料理をしたことが無い真夜にとって難易度が高すぎるため、真夜にはそれを知らせずに、あらかじめ高級チョコの塊を用意していた。
真夜は包丁を握り、まな板の上のチョコに刃を入れようとする。
「お嬢様、包丁の握りはこうです」
葉山は優しく真夜に包丁の握り方を教える。
真夜は包丁をまるで投げナイフを扱うような持ち方をしていたのだ。
料理の初心者も初心者だった。
「そうなのですね。わかりましたわ。では切り……堅いわ」
「お嬢様引く様に包丁を入れてください」
「そうなのですね」
「細かく砕くと言っても、力任せに乱雑に扱ってはいけません」
「難しいものなのですね」
「はい、料理は愛情です」
「愛情ですか……なかなか難しい問題ですわ」
「料理をお嬢様の思い人だと思って扱い調理していくのです。察すればお嬢様のお心のような優しい料理が出来るでしょう」
「思い人を思って?そんな、思い人を刃物で刺すなんて……」
「例えでございますお嬢様」
四苦八苦しながらようやく、チョコを溶かす作業までたどり着く。
「お嬢様、次はケーキのスポンジです。先ずは卵を割り、卵白と卵黄に分けましょう」
「えい、あらあら?飛び散りましたわ?」
「お嬢様、力を入れすぎです。卵の薄い殻にひびを入れる程度の感覚で割ってください」
「えい、あらあら?えい、あらあら?」
真夜は生卵を何度も無残にもぐちゃぐちゃに潰してしまう。
飛び跳ねた卵白が手と顔にも……
すかさず葉山がふき取っていた。
「お嬢様……初心者には少々難しかったようですね。ではこういう器具を使いましょう」
そう言って葉山が出したのは簡単に卵が割れ、卵白と卵黄を分ける器具だった。
「葉山さん、わたくしでもきれいに卵が割れましたわ」
「ようございましたねお嬢様」
真夜は嬉しそうに次々と卵を割って行く。
「お嬢様、そんなには卵は要りません」
「そうなのですか?」
「はい、レディは慎みを持たなくてはなりません」
前途多難である。
「あらあら、中身がなくなってしまいましたわ」
「お嬢様しっかりボールを手に持って、かき混ぜます。素早く均一にです」
ボールで卵白とグラニュー糖などを混ぜてメレンゲを作るにしても、混ぜ方が分からないようで、あちこちに飛び跳ねる。
最終的にはハンドミキサーで混ぜる事になった。
スポンジを焼き上げる行程でも。
「お嬢様、オーブンの温度を上げてはいけません」
「温度が上げれば早く出来上がるのではなくて?」
「お嬢様……愛情です。愛情はじっくり時間をかけて仕上げる物なのです」
「なるほど、ゆっくり時間をかけてですね。わたくし、そういうのは得意ですわ」
真夜が得意なのはターゲットとなった相手をじっくり締め上げ、壊滅させていくのが得意なのであって、料理の事ではない。
艱難辛苦を経て、漸くチョコケーキは最後の仕上げに到達する。
料理中、常に笑顔の真夜。エプロンやドレス、長い髪には、チョコやらが付着していた。
葉山と後ろで見ていた料理長はげっそりとしていた。
最後の仕上げに、チョコケーキの上に乗ったホワイトチョコに文字を書く。
「ふふ、わたくしの愛情をこめてですわね。葉山さん」
「そうです。お嬢様」
そうして出来上がった真夜手製の究極のチョコレートには……
―――――――――――――――――――――
おねえさんから
ステキなあなたへ愛をこめて
四葉真夜
―――――――――――――――――――――
とチョコで書かれてあった。
「どうでしょうか?葉山さん。横島さんに喜んで頂けますでしょうか?」
「間違いありませんお嬢様……この葉山、お嬢様にお仕えし45年、これ程嬉しい事はありません」
葉山は感動のあまり目頭を熱くしていた。
その葉山の様子に真夜は満足げな顔をしていた。
後ろの料理長は見てはいけない物を見たと、顔面蒼白に。
葉山は最上級の保冷機能が付いた木箱を用意し、ケーキを入れる。
「葉山さん。私が昔使用していたリボンで括ってくださいまし」
真夜は自室からリボンを持ってきて葉山に渡す。
それは、真夜が幼い時に髪を結っていたリボンだった。
「この葉山、一命に変えても必ずや横島殿の元にお嬢様の思いを届けてまいります」
「葉山さん大げさな。でも、誰にも悟られないように。……そうですわ。サプライズなのですから、箱を開けてからわたくしからだと分かって頂けるようにしてくださいな。驚いた横島さんの顔が想像できますわ」
このサプライズに驚いたのは別の人物であった事は、この時の真夜や葉山には知る由もなかった。
しかも、本人が取り乱す程に驚愕に……
「承知しました。必ずやそのように」
葉山はそうして、車に乗り、真夜手製のチョコレートケーキが入った木箱を抱え、第一高校がある東京八王子に向かったのだった。
真夜は嬉し恥ずかしそうに自室に戻り、しばらく顔が緩んでいたそうな。
~~~~おまけ~~~~
番外の番外編
葉山は、第一高校に深夜の内に忍び込み、真夜手製究極のチョコレートケーキを横島の席に置き。1年E組の横島の席が見える茂みに隠れ双眼鏡で監視する。
「お嬢様、この老骨、横島殿の手に渡るまで目を離しませんぞ」
葉山は四葉家筆頭執事ではあったが、魔法師ではない。
一般人だった。
しかし齢80にはとても見えない身のこなしだ。
夜が明け、早朝になり、生徒や職員が続々と登校してきた。
だが、横島の机の上に置いた究極のチョコレートケーキの箱の上に次々と男子生徒が怪しげな箱を置いて行くのだ。
明らかに悪意ある表情で……、
葉山は悟る。あの者は横島殿を害する存在だと……そのような悪意ある怪しげな箱を、お嬢様の愛情の上に乗せるなど、許せるはずが無かった。
出て行って、その怪しげな箱を排除した後、その者達に適正な制裁を食らわそうと思ったのだが、あくまでも今回はサプライズ企画、葉山は出て行くことが出来ない。
葉山は隠密行動をとらないといけなかったのだ。
時々女子(腐)も横島の机の上に箱を置くが、それを無視し、横島の机の上に害意ある箱を置いた男子生徒の顔を全て覚え、一覧表で確認し、名前と顔を一致させる。
後で、それ相応の贈り物(報復)をしようと心に誓う葉山。
漸く横島が到着する。
達也も一緒だった。
達也はバレンタインのチョコをかなりの数を貰っていた。
「達也殿も隅に置けませんな。深雪様が嫉妬で狂われますぞ」
そして、横島の親友たちが、害意ある箱を次々と処分していく。
「横島殿と達也殿は良い友人を持たれたようだ」
葉山は感慨深そうに様子を見守る。
だが……
真夜の横島のための究極のチョコレートケーキは達也が持って行き、開けてしまったのだ。
「た…達也殿!?」
しかし、達也の様子がおかしい……何やら冷や汗をかいているようだ。
葉山は思う。
「達也殿はお嬢様のお心に、感動したに違いない」と……
いや、真逆なのだが……達也は精神崩壊しかけていたのだ。
四葉家当主でしかも自分の叔母の真夜がよりによって、横島に愛の告白の真似などと……
達也が例の箱を持ったまま教室を出て行き……真夜に電話を掛けに行ったのを確認し……どうやら、達也が横島にその箱を届ける事がわかり、葉山はホッとする。
「達也殿なら、必ずしなしとげられるだろう」と……
葉山はその後も、究極のチョコレートケーキを監視し続ける。
陰鬱な雰囲気の達也が、横島の家に究極のチョコレートケーキを持って入るのを確認し監視を終える。
「お嬢様……横島殿にお嬢様の愛情が渡りましたぞ」