最近、切ちゃんが変だ。
いや、最近じゃない。もっと前から……リディアンに編入して入学する暫く前から、かな? なんだか切ちゃんの私を見る目が怪しくなった。殺意を抱いている、とかの負の感情ではないのだけど、なんだかこう……ねっとりしている? というかなんというか……もう口にできない感じの視線を感じるようになった。
でもそういうのは決まって切ちゃんから目を逸らしている時だったりマリアや響さん達と話している時だけだったから気のせいかな、ってずっと思ってた。ユニゾンもいつもバッチリ決まってるし切ちゃんと戦っているときにもそんな視線を感じることはなかったから。本当に何でなのかは分からないけど……それでも、実害は一切なかったし気のせいだと思ってたから特に探りを入れるという事はなかった。
それを気にし始めたのが、つい最近。明らかに切ちゃんが変だ。それが露わになったのは、響さんと出かけた時だ。
凄い唐突なんだけどわたしは響さんの事が好き。勿論、恋愛的な意味でね? そういう訳でわたしは響さんとのデートの約束を何とか作ることができて、それを切ちゃんに告げてからデートに行った。それで帰ってきてからかな。なんだか切ちゃんの視線が可笑しくなった。皆は特に変わっていないって言ってるけど、わたしは切ちゃんの視線が怖くて怖くて仕方がない。
それからずっと、切ちゃんに響さんの話題を出すと何だか不機嫌になる、というか明らかに目の光が消える。まるで大っ嫌いな人の話を聞いているみたいな。そんな感じに。だから、わたしは切ちゃんの前で響さんの話をするのを止めた。あの時の切ちゃんは、今までの見てきたどの切ちゃんよりも、怖い。
それに、未来さんが段々とわたしじゃなくて切ちゃんをブロックするようになってきたのも気になる。なんだかあの二人、会うたびに殺気の籠った視線を飛ばしあってるから……それから暫くしてかな。響さんとわたしでなるべく未来さん、切ちゃんの前でわたし達四人の名前を出すのは控ようって話になった。だから、最近は訓練の時でもないと切ちゃんと未来さんは会わないようになってしまった。
どうしてこうなっちゃったのかは分からないけど、未来さんはそれはわたしのせいだって言ってるし、切ちゃんは響さんのせいだって言っている。もう意味が分からない。
「調? 何を考えているデスか?」
そうこうして長考しながらテレビを見ていると、後ろから切ちゃんが抱き着いてきた。
これはずっと前からだから気にしない。わたし達の距離感が近いすぎるとか前々から言われていることだから今更。なんだけど。
「ん? 何も考えて……」
「響さんの事、考えてるんじゃないデスヨネ……?」
最近の切ちゃんはいつもこう。
そっとわたしに抱き着いてきて、そして痛いまでに抱きしめてくる。まるでわたしに痛みを与えようとしている。そんな抱きしめかた。痛いよ、と何度言っても切ちゃんは聞いてくれないから、違う。とだけ返す。それが嘘でも、そう返さないと切ちゃんは抱きしめる力を緩めてくれないから。
「そんな事ないよ、切ちゃん」
「……ならいいデス」
切ちゃんはそっとわたしを抱きしめる力を緩めて……また力を込めた。
「週末。何処かにいく予定とかあるんデスか?」
「ない、よ」
「なら、あたしと一緒に家にいるデス」
「……うん」
有無を言わせない。
言葉の刃物を突き付けてゆっくりとわたしを脅してくる。そんな感じ。多分、切ちゃんにここで予定がある。誰かと出かけると言っても聞いてくれない。もっと抱きしめる力を強くしてきて、わたしに痛いと思わせるだけ。
離してくれない。わたしの事を。
抱きしめる力を緩めてそっと手を解いてくれても、離してくれない。わたしの事を、ずっと。ずっと閉じ込めようとしてくる。わたしの自由を奪おうとしてくる。
……だから、切ちゃんが怖い。
怖くて、仕方がない。
****
切ちゃんから逃げたかった。
最近の切ちゃんは可笑しい。可笑しすぎる。
何時しか切ちゃんの笑顔の裏はもしかしたら、と思うようになって。徐々にわたしへの心の距離感を詰めながら響さんの事を忘れさせようとしてくる切ちゃんの笑顔が怖くて。怖くて、仕方がなかった。あのまま切ちゃんとずっと一緒だとわたしは何時か切ちゃんに身も心も束縛されてしまう。そんな気がしてしまった。
切ちゃんの行動全てに裏を感じてしまうようになった。それが疑心暗鬼だって事は分かっている。分かっているんだけど考えられずにいられない。
だから、相談がしたかった。わたしは切ちゃんの目を盗んで外へ飛び出した。いつもわたしが外へ出ようとするとそっと家の中に連れ戻すか、ついて来る切ちゃんの目を、盗んで。
でも、この事を話しても誰も信じてくれない気がした。誰も、わたしの言う事を聞いてくれない。そんなの冗談だろうと一蹴してくる。そんな気がした。誰でもいいという訳じゃなくて、誰か。誰かわたしの事を信じてくれる人にこの事を相談したい。告げたい。助けてもらいたい。徐々にわたしの自由を奪おうとしてくる切ちゃんからわたしを助けてもらいたい。そんな想いで。わたしは、電話をかけた。
外の、誰もいない公園のトイレから。わたしの言う事を理解してくれる。わたしを助けてくれる。そんなわたしの、想い人に。
「……来たよ、調ちゃん」
トイレの個室でもしかしたら切ちゃんが来るんじゃないか。わたしを連れ戻すんじゃないかと思い、恐怖しながら待っていると、来てくれた。
でももしかしたらこれは切ちゃんなんじゃないか。切ちゃんがわたしを騙そうとしてきているんじゃないかとすら思って。そっとドアを開けて外を見る。そこには、何時ものような笑顔……じゃなく、何時になく真剣な顔をした響さんがいた。それにホッとした。響さんが来てくれたんだと。
わたしは無意識の内に握りしめていたシュルシャガナから手を放して個室から出てそのまま響さんに抱き着いた。響さんは、いつものようにふざけずにわたしを抱きとめてくれた。響さんの体温をこうして感じられる。それが、とても安心できた。抱きしめられる事がこんなに暖かくて安心できる物なのだと、ようやく思い出した。
「近くのカラオケの個室を借りてあるんだ。そこなら、きっと誰にもバレないから。そこで話そう?」
「ありがとう、ございます」
響さんにしては手際がいい。そんなふざけた言葉は脳裏に浮かぶことすらなかった。
わたし自身、自分が相当追い詰められているのは分かっている。だけど、響さんを前にして一言も話せない。何も口にすることができない。それが緊張からではなく、安心感から。自分を脅かしてきた物から逃げてきたんだという達成感と安心感から出ている物だと、響さんと歩いている最中にようやく気が付いた。
それに気が付くと泣いてしまいそうになったけど。わたしはぐっとそれを堪えた。せめて、響さんと安心して話せる場所まで行けるまでは。だから涙を堪えながら後の事を全部響さんに任せてわたしはその後をついていくだけ。
響さんが取ってくれたカラオケの部屋は、小さかった。小さかったけど、この小ささが響さんと二人だけの空間を作ってくれているんだと思うと安心できた。
「……大丈夫だよ、調ちゃん。もう大丈夫だから」
その言葉を聞いたわたしは泣いてしまった。
もう大丈夫だと言われて。響さんならわたしを守ってくれると。そう信じたから。響さんなら、守ってくれるって。そう思っているから。
「切歌ちゃんの事、だよね。何か、されたの?」
「……ちがうんです」
優しい言葉が心に染み込んでくる。
助けを求めて泣きそうだった心を癒してくれる。
切ちゃんに何かされたんじゃ、ない。ただ怖かった。怖くて怖くて仕方がなかった。
だから相談しに来た。そう響さんに告げた。
「そ、っか。でも、大丈夫。わたしがついてるから。わたしだけが調ちゃんの味方だから」
響さんだけ、が。
そうだ。響さんは何時もわたしを守ってくれた。わたしと一緒にいてくれた。わたしがどれだけ突き放しても、どれだけ嫌っても響さんは手を繋ぐことを諦めなかった。
そんな人にわたしは惚れた。そうやって、こんなわたしとも距離を詰めようとしてくれている響さんだから、わたしはこの人を好きになった。きっと、この人ならどんな状況でも。例え世界が敵に回ってもわたしを助けてくれる。わたしだけの味方でいてくれる。そんな確信があった。
「調ちゃんは安心してわたしを頼っていいんだよ。未来も、暫くは大人しくしてるから」
それなら、安心。
未来さんが来ないなら、わたしは安心して響さんを頼ることができる。安心して、響さんに全部言うことができる。この胸の気持ちも、何もかも。
「怖かったよね。寂しかったよね。でも大丈夫。わたしがついてるから。わたしが全部、何とかしてあげるから」
そう。
全部、響さんに頼っちゃえば。
全部、全部、全部。響さんに預けちゃえば。わたしは楽になれる。ずっと響さんの事だけを想っていられる。わたしを抱きしめて頭を撫でてくれる響さんの事を、ずっと。響さんに、全部。
「……だいすきです」
「ん?」
「……だいすきです、ひびきさん」
だから、この気持ちも全部響さんの物。
全部、響さんに捧げてもいいもの。
わたしの言葉の。気持ちの答えは、響さんがそっとわたしの耳元で囁いてくれた。
「わたしもだよ、調ちゃん」
そして次に、態度。
響さんは、わたしの告白に。気持ちに、行動で答えてくれた。
あぁ。やっぱりこの人は、わたしの事を、わたしを守ってくれる。わたしの、全部を満たしてくれる。
この人を好きになって、本当によかった。
****
全部任せて。
響さんはそう言うと、わたしに口づけをしてカラオケから出て行った。
大体五分くらい後に、帰ってみれば全部終わっている。そう言ってくれた。だからわたしはそれに従って、五分とちょっと、カラオケの個室で一人で待った。きっと、帰ったら響さんが全部終わらせてくれて、切ちゃんも前みたいに怖くなくなって、それで響さんはわたしと恋人になってくれて。そんな夢みたいな生活を全部響さんが叶えてくれる。そんな確信があった。
だって、響さんがそう言ってくれたから。
「でも、何をするんだろう……」
響さんは全部任せてって言ってくれた。でも、方法が気になる。
まぁ、気になったところでどうせ変わらない。響さんが全部何とかしてくれるから。
わたしはそのまま自分の部屋へと向かった。きっと家の前では響さんが待っていてくれて。それで、出迎えてくれて。抱きしめてくれる。そう信じて。
「ぐぅぁ!!?」
「へぇ、案外しぶといんだね、切歌ちゃん」
――そう、信じて……
「どうして……どうして裏切るんデスか、響さん!!」
「裏切る? 何を?」
「ああやっていれば調はあたしの気持ちに気が付いてくれるって……」
――信じて、いるのに。
「あぁ、あれ? 嘘。真っ赤な嘘だよ」
「……な、なんでそんな」
「調ちゃんの全部を手に入れるには切歌ちゃんが一番の障害だった。だから、仕組んだんだよ。未来も利用して、切歌ちゃんの気持ちも利用してね。調ちゃんが切歌ちゃんを信じられなくなるように」
「じゃあ……あの言葉も、計画も、全部……」
「そう。嘘。それで、切歌ちゃんはもう用済み。だから、わたしと調ちゃんの邪魔にならないように始末しようと思ってね」
「こ、この外道!!」
「あぁそうそう。他の装者や師匠に助けを求めても無駄だよ? だって皆もう骨になってるし、未来はさっき海の底に沈めてきたし、師匠や緒川さんはアルカノイズに触ってもらったし。後はもう、切歌ちゃんだけ」
「……Gatrandis babel zig――」
「歌わせない」
「あがっ!?」
信じて、いたのに。
なんで、切ちゃんの首を掴んでるの? なんで、切ちゃんの首を折ろうとしてるの?
「じぃぐ、れっと……えで、なる!」
「これでも歌おうとするんだ。他の皆はもう声も出なかったのに。じゃあもっと」
「あっ……!! っ!!」
やめて。
切ちゃんを傷つけないで。
「し、らべ…………」
「じゃあ、さよなら。切歌ちゃんはいい駒だったよ」
切ちゃんの首が曲がっちゃいけない方向に曲がる。
それが何を意味するのか。分からないわけがなかった。
力をなくしてギアすら解除された事が何を意味するのか。そして、それをやったのが、誰なのか。
「ふぅ……まさか五分以上かかるなんて。翼さんもマリアさんも、瞬殺だったんだけどなぁ。これも愛故に、なのかな?」
なんで、どうして。
「ごめんね調ちゃん。なんか変なの見せちゃって」
やめて。すてないで。それはきりちゃんなんだよ。
なげすてちゃ、だめなのに……
「さ、もう邪魔者は誰もいないよ。調ちゃんはずっと、わたしだけを見てればいいんだよ。わたしだけが、調ちゃんの味方であり続けるから」
このぬくもりはほんもの。
でも、にせもの。
どうして、こうなっちゃったのかな……どこで、まちがえちゃったの、かな……
ヤンデレが切ちゃんだけかと思った? 残念ビッキーでした!!
いや、うん。書いてて凄く苦しかったよ。というかこんなのビッキーじゃねえとか思いながら書いてましたよ。
ちなみにビッキーの作戦は、元からヤンデレ気質な切ちゃんをそそのかして自分と393との不仲を演じさせると同時にヤンデレが悪化した演技をさせる。そしてよく分からないことを393と言ってもらいながら切ちゃんに調ちゃんを束縛するような演技をさせる。そして切ちゃんを信じられなくなった調ちゃんの精神が不安定に。
その作戦の進行中にエルフナインとOTONAをまず葬ってから他の装者を葬ってから弱った心に付け込んで調ちゃんを略奪、最後に協力者である393をコンクリ詰めして海の底に沈めてから切ちゃん抹殺、でした。なお調ちゃんが元から惚れていたためかなりスムーズに作戦は完了した模様。
装者もOTONAも全滅しましたが次回からは別の世界線なので問題ありません。この世界線は封印安定。
……ガチャで竜ギアの調ちゃんが出なかったから報復という訳じゃないよ? ホントダヨ?