ようこそ朝霧海斗のいる教室へ 作:お豆腐
あちらの世界とは隔離された世界。
力が全て、他人は生きる糧でしかない。
あちらの世界では不自由は無かった。一番嫌いな『退屈』から抜け出せた。
けど結局俺の存在はあちらの世界では迷惑でしかない。
家族を持たず、戸籍を持たず、友人も持たない。そう、俺は持たざるもの。ただの死人だ。
学園での事件の後、俺は二階堂邸を飛び出した。これ以上あの屋敷にいることは麗華の迷惑だと解ったから。いや最初から解っていたんだろう。それでも居心地がよかったからあそこに居続けた。だが俺は結局ここに戻ってきたんだ。
『禁止区域』に――
人は平等であるか?という問いに過去の偉人の一人はこう説いたそうだ。
『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』
俺はこの一説をまったく肯定することができない。
人は生まれながらにして不平等だ。生まれた環境も違えば生まれ持った才能も違う。
金持ちの家に生まれれば食うものも困らず、よっぽどのことでもなければ生きていくのに苦労もしないだろう。
顔が整っていればそれだけで不細工よりも他者を魅了できるだろうし、勉学も肉体も生まれた時点である程度のことが決まると思う。
故に人は平等ではない。
それが俺の答えだ。
そんなことを考えながら今日も一日が過ぎていく。なんの目的も無く、なんの意味も為さず、惰性で生きるために生きていく。
禁止区域に戻って二日目。部屋で寝ていたところに気配を感じた。
俺の家に来るということは昔から禁止区域に住んでいる人間ではないだろう。
ここの人間で俺の家に近づく奴は誰一人としていない。
気配は三つ。どれも禁止区域の人間の気配ではない。だがその足取りに迷いはなく一直線にこちらに近づいてくる。
(10、9、8……二手に分かれたか)
二人と一人に分かれれば狙うは一人の方だ。人質に取ることもできれば簡単に殺すこともできる。
(2、1……)
俺はドアを開けるとそこにいた男の首に手を伸ばし力を込めて地面にたたき伏せた。それは意識を刈り取るには十分な一撃だ。俺のもくろみ通り男は白目を向いていた。
「禁止区域の人間じゃないな?俺に何の用だ?それともこんなことろで人違いか?」
俺は薄い笑みを浮かべ残りの二人に殺気を飛ばす。おそらく大柄な方はボディーガードだろう。
「…………朝霧、海斗君だね?」
少しの沈黙の後に口を開いたのは40歳そこそこの男だった。
「なんで俺を知っている?」
「似ているからだよ」
「似ている?誰にだ?残念だが俺は自分と同等レベルのイケメンにはあったことが無いんだがな」
「君のお父さんに」
「!?……どうして親父を知っている?」
「…………」
男はじっと俺を見据えてくる。それは好奇心と、どこか期待を込めたような視線だった。
「君はここで生活していて満足かい?」
「なに?」
「君のことを調べさせてもらった。憐桜学園をやめたようだね」
「質問を質問で返されるのは好きじゃないな」
「君のお父さんのことはとりあえずおいておこう。君はここでの生活に満足していないはずだ」
「どうしてそう言える?住めば都っていうだろう?俺は特に不自由はしていない」
「不自由はしていないだろうね。だが満足はしていない」
「…………何が言いたい?」
「私の運営する学校に来ないか?」
「……あんた正気か?さすがにその年で認知症でも患っているなら笑えないな」
「貴様!」
ここにきて男の傍らにいたボディーガードが声をあげ、こちらに殺気を飛ばしてくる。だがそれを男は手で遮った。
「ここに来るのは正直これが最初で最後だと思っている。いくら優秀なボディーガードを雇ってもここにきてはただの雑兵だ。次に来た時に命の保障は無い」
「なんで今日は安全に帰れると思ってんだ?」
禁止区域ではこいつらが着ている服でさえも略奪の対象だ。いや、命さえも。
「君は私と一緒に来ると確信しているからだよ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「殺されるからだよ」
この男は今何と言った?殺される?ありえない。これは慢心でも無く妄言でも無い。たとえ銃を持った相手でも俺は死なない自信がある。唯一死の恐怖を感じた親父はもうこの世にはいない。一体俺を誰が殺せるだろうか。
「面白いな。一体俺が誰に殺されるんだ?」
「『退屈』に、だよ」
憐桜学園をやめてここに来ても俺はやっぱり『退屈』が嫌いだ。いつだって求めてしまうんだ。今とは違う『非日常』というものを。
「……く、くく。あんたやっぱりどうかしてるぜ?そう言えば名前も聞いてない」
「私は坂柳という。では行こうか、朝霧海斗くん。高度育成高等学校へ」
「ああ」
そして俺は一歩を踏み出した。たかが一歩が俺の日常を非日常へと変える。そんな予感がした。