ようこそ朝霧海斗のいる教室へ   作:お豆腐

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第4話 『日常』の終わり

「ふう」

有栖に本を返しに行こうとしたがまた読みたくなってしまい、結局俺は5回も読み直してしまった。そのおかげで内容はおろかセリフの一つ一つも覚えてしまっていた。

「さすがに返しに行くか」

しかし楽しみにしていた本なだけあって読み終わってしまうと何とも言えない感情だ。

あと一週間近くあるここでの生活も退屈にならなければいいが・・・

『海斗君、有栖です』

用事があるのか有栖が俺の部屋に来たようだ。

ちょうどいい、あれをやるか。

『海斗君?』

「…………」

『寝ているのですか?』

「た、助けてくれ有栖……」

『?』

「いいから早くっ!」

『入りますよ?』

扉が開くと有栖が入ってきた。

俺はここぞとばかりに演技をすることにした。

「く、お…………ぉ…………!」

ベッドで横になった俺は突如金縛りに襲われた。

両手足に神経を集中しようとするが動かない。

「………………」

有栖からものすっごい冷めた視線を感じる。もちろん自分が痛いことはすでに分かっていたが、中途半端にやめることは許されない。

「ぁ……ぅ…………く!」

「…………もしかして以前言っていた金縛りごっこでしょうか?」

迫真の演技が通じた瞬間だった。

「……なるほど」

有栖は俺が金縛りにあっているのをいいことにゆっくりと近づいてきた。

「……顔にテレビを落としたら衝撃で金縛りも解けるでしょうか?」

「たぶん体の活動も終わりを迎えるから止めてくれ」

俺はベッドから起き上がり、借りていた『育成方針殺人事件』を有栖へと返した。

「面白かったですか?」

「5回も読んじまった」

「それはよかったです」

「で、なんか用だったか?」

「そうでした。お父様が書斎に来てほしいと」

「わかった」

 

 

 

 

 

書斎に行くと坂柳のおっさんがすでに待っていた。

「おはよう海斗君。もうここでの生活には慣れたかな?」

「まあ、ぼちぼちだな」

「それはよかった。さて、いよいよ来週から高度育成高等学校に入学するわけだけど。君は私服持ってないよね?」

「ああ」

まあ憐桜学園では制服だったし、二階堂の屋敷にいた時はスーツだったからな。私服なんて着る機会なかったし。

「だから今日は私服を買っておいで。有栖も今日買い物に行くって言ってたからカードは有栖に持たせてある」

「いや、別に制服だけあればいいんだが」

「休日まで制服で出歩くわけにはいかないでしょ?それにずっと屋敷にいるのも暇だろうし、気分転換もかねてさ」

「まあ、そういうことなら」

と言うわけで有栖との買い物が決まったわけだが。これが坂柳邸に来て一番の『非日常』になるとは思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、海斗くん」

玄関で待っていた俺のもとへ有栖がやって来た。

「遅かったな。無い胸を寄せに寄せて谷間でも作ってたのか?」

「…………見ていたのですか?」

「いや、適当に言っただけなんだが」

まさかこいつがそんな涙ぐましいことをしていたとは、今度から優しく接してやろう。

「海斗くん」

何を思ったのか有栖は怖いくらいの笑みを浮かべている。

「次にでる『なにわ探偵シリーズ』の犯人は山田さんなんですよ」

「………………」

時が止まった。有栖の口がさらに横にのびた。どうやら俺の思考が止まっていただけらしい。俺は男に尻を掘られようがナイフで脅されようが恐怖しない。だが目の前の少女は俺が唯一恐れる手段を持っていた。もうこいつの身体的特徴をからかうの止めよう。

「さ、行きますよ海斗くん」

「……ああ」

俺と有栖は玄関先に止められていた車に乗り、目的のショッピングモールへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、お嬢様ってのはこういうショッピングモールとはあまり縁が無さそうなんだがな」

「私の家は別にお金持ちではありませんよ?一般的な家庭に比べると多少裕福なだけです」

「はぁん」

こいつの家が一般家庭より多少の金持ちならあちこちに屋敷が乱立するだろうな。

「ここが私の行き付けのお店です。」

そこにはショッピングモール内の他の店より明らかに高級そうな佇まいの店があった。

「どれどれ、子供用の服は売ってるのか?」

「海斗くん、また本のネタバレをして差し上げましょうか?」

「すまん、忘れてくれ」

これから先もこんな脅しがくるなら対策を考えないとな。

有栖は慣れた足取りで店内を歩き始めた。

「海斗くん、これなんていかがですか?」

そう言い有栖は置かれてあった服を自分の前に持ってきた。

「いいんじゃねーのか?馬子にも衣装って感じで」

「……まさか一行の会話文で誉めて馬鹿にされるとは思いませんでしたよ」

「俺にそういうセンスはないから聞かれてもわかんねーよ」

「では海斗くんの服は私が選びましょう。今日付き合っていただくお礼もかねて」

「悪いな」

有栖は自分の分の服を決めると男物のコーナーへと足を運んだ。

「これなんて海斗くんにとてもお似合いだと思いますよ」

そういう有栖の手には白のタンクトップが広げられていた。しかも真ん中にハートマークがプリントされている。つかなんでこんな店にこんな趣味の悪いもんが置いてあるんだ。

「お前はセンスが無さすぎるな」

「それ、海斗くんには言われたくないですね」

「はあん。さては俺の服のセンスを知らないな?」

「昨日履いていた靴下破けていましたよね?センスのある方はあんなもの履かないと思いますが?」

「あれはダメージソックスっていうんだ。そんなことも知らないのか?」

「そうですか。爪先だけ破れていた気がしますが?」

「お洒落だろ?わざわざ破いたんだ」

「…………はぁ。どうやら真剣に選ぶ気は無いようですね。わかりました。私の方で適当に一週間分位買っておきますね」

「頼む」

「では」

有栖は財布を取り出すと俺に一万円札を渡してきた。

「なんだ?これで抱いてくれってか?」

「足りませんか?」

「そうだな。お前みたいな不細工を抱くとなるとこの10倍は貰わないと勃ちもしねーよ」

「では返していただきます」

俺は一万円札へと伸びた有栖の手を阻止した。

「まあ待て。なんなんだこの一万円は?」

「私が買い物している間暇でしょうから本屋でもと思いまして」

「あれ?お前よく見たらめちゃくちゃ可愛くないか?」

「…………30分以内には戻ってきてくださいね」

 

 

 

 

 

「ふぅ買った買った。まさか『湯煙りショットガン』が買えるとはな」

麗華が持ってたのに頑なに貸してくれなかったから気になってたんだよな。

俺は二十冊ほどの本が入った袋を片手に有栖の待つ服屋へと足を進めた。

ーバンッ

その時ショッピングモールでは聞くはずの無い音が聞こえた。間違いない、銃声だ。

俺が向かっている服屋の方角から大人数が走ってくる。それが普通だ。巻き込まれそうになったら逃げる。それが危ないものであればあるほど全力で逃げる。それが当たり前で、とるべき行動だ。

俺は音のした方向へと駆け出していた。

なぜと聞かれればこう答える。

真逆だから、普通の行為とは真逆だから。それが『非日常』だから。

 

 

 

 

音の発信源は先ほどまで有栖といた服屋だった。その中に見慣れた顔を見つけた。

「てめら一歩も動くんじゃねーぞ!一歩でも動いたらこいつの頭をぶち抜くからな!!」

有栖は犯人らしき男に銃を突きつけられていた。遠くから見てもわかるように震えている。それは当然だ。あいつは好戦的な性格だが、それはあくまで日常生活のなかでの話。ルールが決められているもののなかでの話だ。

さすがにあいつを置いて帰るわけにもいかないし、憐桜学園の時のような縛りはない。ならば少しくらい実力(・・)を見せてもいいだろう。

俺は目を閉じて神経を集中させる。犯人の気配は一人、そのほかは一般人か。

俺は有栖のもとへと歩いていく。

「て、てめえ!動くなって言ってんのが聞こえねえのか!?」

男は銃を俺に向けてくる。どうやらこいつはそんなもので俺を殺せると思っているらしい。

「あんた、これが初犯だろ?」

「なんだと?」

「人質にするにはいくつかの条件がある。その中で絶対なのが満足に動けることだ。なぜなら逃走の時にろくに走ることができなければそいつは人質としての機能は果たせず、ただの足手まといになるからだ。そんなもの常識だろ?」

「……っく!」

男は思うところがあったのか顔をゆがめる。

「そいつを見てみろ。杖を使って歩いてるぐらいだ。逃走の時にそいつも一緒に走れるわけがないだろ?」

「な、ならお前を人質にしてやる!」

男は有栖の背中を押すとその後ろから銃を構えた。

「手を挙げてこっちに来い!」

有栖がこちらに歩いてくる。俺も両手を挙げて近づいていく。そしてすれ違う時有栖の口が動いた。

「か、海斗君…………わたし……」

その声は震えていた。

「大丈夫だ。俺が死ぬわけないだろ。だが、それは油断じゃない。絶対に死ぬわけがないんだよ」

俺はそのまま歩き、犯人のもとへとたどり着いた。

そのとき不意に音がした。おそらく誰かのスマホの着信音だろう。

犯人の意識が一瞬それた。それを俺が見逃すはずがない。俺は水月にこぶしを叩きこんだ。

「!?」

思いきり急所を叩いたのだ。声にならない声を出し、犯人は地面に倒れこむ。

しかしこのような犯行に及ぶくらいだ。よほど切羽詰まっているのだろう。犯人は銃を構えなおし俺に向けてきた。

「殺してやる!」

かなり頭に血が上っているようだ。俺はさらに犯人に近づいた。

「どうした?銃口が震えてるぞ?」

「う、うるせぇ!」

そういう犯人の手の中の拳銃はカタカタと音を立てている。

「人を撃ったことが無いのか?そんなもんじゃビビってもくれないやつがいるってことを覚えておいたほうがいい」

「こ、この野郎!」

「おせぇよ!!」

俺は犯人の顔面を蹴り上げた。再び地面に転がった犯人は意識を失っているようだ。

 

 

 

わずかな沈黙の後、その場にいた人たちは様々な様相を呈した。涙を浮かべるもの、安堵するもの、笑みを浮かべるもの。

そんな中俺は腰が抜けているのかその場に座り込んでいる有栖を抱え、車が止められている場所まで駆けていった。車に乗り込みすぐに坂柳邸に向かうよう運転手に言い、車は帰路を辿った。その道中有栖に何か言われるかと思ったが、有栖は心ここにあらずといった様子で車内は坂柳邸につくまで静寂に包まれていた。




たくさんの感想、お気に入り登録ありがとうございます!
まさか日間ランキングで10位になるとは思いもしませんでした(笑)
次のお話ですが7月7日(土)を予定しております。間が空いてしまい申し訳ありません。
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