「はぁああ……」
日もすっかり落ち、建物から漏れる灯もなければ人の往来などとうに無くなった噴水広場。月と星明かりだけが頼りなその場所、淡々と清涼な水を供給し続ける噴水の縁に腰掛ける黒ウサギは重く息を吐いていた。
そんならしくない彼女の様子に、隣で夕食用のサンドイッチをチマチマと食していたナフェは小首を傾げる。
「あむ……ん、どうしたの?」
えらくか弱く似合わない声音に一瞬鳥肌が立った黒ウサギだが、今回ばかりは我慢とそのまま気落ちしている旨を溢し始めた。
「どうしたもこうしたも……ふぉれす、ぎゃろ? ガロ? とか言いましたか。昼間に向こうの接触があってからというもの、モチベーションがだだ下がりなのですよっ」
「それは……仕方ない。彼はこの辺の統括コミュニティの長。ポッと出の私達の動向を警戒するのも已む無し」
「そこは別にいいのですよ。私が気に障ったのはあの下心見え見えなのに紳士を気取って私達を勧誘してきた事ですっ。しかもアイツ……一瞬ナフェの方に視線を寄越しやがりました」
黒ウサギの感じていた事はナフェもなんとなく察知していたので、言い過ぎな気もしたが否定はしなかった。それよりも、彼女は最後に自身の名前が出てきた事に疑問符を浮かべた。
「? 私……なにか変なこと、してた?」
「違うのです。あの目……あれは、自分より弱い者に目を着けた
「そ、それは……言い過ぎっ、だと思う。コミュニティを大きくする意志は組織の長として当たり前。だから……気のせいだって」
キュッと黒ウサギの外套の裾を握って首を振るナフェ。彼女自身を心配しての懸念だと言うのになんと優しい心持ちだと、黒ウサギも張り詰めていた気をそっと緩めてフード越しに頭を撫でた。非常に鳥肌が止まない。
「……まったく、ナフェは本当甘々なのですよ。そこが貴女の良い所でもあるのですけど……ここは修羅神仏の跳梁跋扈する箱庭。下層とは言え気の緩み過ぎは禁物ですよ?」
「ん、分かってる」
張り付いたような能面顔を弛緩させナフェは微かに笑みを浮かべた。大変、両人とも酷い寒気が背筋を奔ってばかりだ。
遅めの夕食を終え、黒ウサギは残った
「さてさて、辛気臭いお話はここまでなのですよ。もうすっかり暗くなってしまいましたし、今晩の寝床を探しましょう」
「……また野宿?」
「コミュニティを拵えるまでの辛抱です。まあ私は別に野宿生活も悪いとは思いませんけどー」
タハハと屈託なく笑う彼女にナフェは「女の子なんだからそれはダメ」と叱責する。この数日まともに湯浴みが出来ず、精々が程々に冷たい水浴びをする程度だ。乙女としては中々の死活問題である。
その意図を察している黒ウサギとしては、理解できなくもないが然して気になる事でもないと掌をいい加減に揺らし、
「水もここじゃ貴重みたいですからその内ですねー」
「むぅ……」
不満を頬袋で顕してくるナフェの頭をポンポンと適当に撫でて誤魔化かす。そして掌サイズまで丸めたゴミを一旦捨てようと、捨て場を探して辺りを見回す。
その際、意図せず黒ウサギはナフェの元から少しと言えど離れていた。離れてしまった。
「っとと、あそこで――」
「キャッ……!!」
突如聞こえてきた悲鳴に反射的に振り向く。その視線の先には、ローブで容姿を隠した複数の者達がナフェを捕らえている光景があった。
黒ウサギは咄嗟に駆け寄ろうとする。
「ナフェッ!!」
「動くなッ。その場から少しでも動けば、この娘の身の安全は保障しない」
「ッ…くっ!」
しかし、ナフェと言う人質の存在が彼女の足を嫌が応にも止めさせてしまった。よく見れば、ナフェの首もとに鋭利な爪が軽く食い込む程、あと少し押し込むだけでその薄皮を突き破らんとばかりに当てられている。
「……どちら様でしょうか。その様な悪し事、少なくともこの街では許された事ではありませんよ?」
動くに動けなくなった状況に、黒ウサギもいつもの軽口を顰めて簡潔に伺う。だが、下手人達は彼女の言葉にまともな答えは返さずにただ一言、
「大人しく着いてきてもらおうか」
そう口にするだけであった。そして同時にナフェの元に二人を残し、他二名が黒ウサギの背後に着いた。
この瞬間、彼女はこの場においての問答は無駄だと悟り、臨戦態勢を解かざるを得なかった。
「おね、え…ちゃんッ」
「……ごめんなさいナフェ。少し、大人しくしててください」
「っ……う、うぅ」
自分のせいで黒ウサギが攻勢に出れないと分かり、またこの状況で手も足も出せない己の不甲斐なさに、ナフェの声音に嗚咽が混じる。
こうして二人は夜更け、誰に知られぬ事もなく
(´・ω・`)ピンチ…?