黒ウサギとナフェが連れてこられたのは木々の生い茂る敷地の奥に佇む一つの洋館であった。そして玄関広間、二階、その一番突き当たりに位置する部屋に中へ誘導される。
ナフェは依然とローブの輩に捕まったまま。だが直ぐ様に危害は加えられないだろうとなけなしの希望を信じて、黒ウサギは正面の上質な執務机の席に着く男を射殺さんとばかりに睨み付けた。
「端から腹の中に何かしら黒いものを抱えているとは思っていましたが……ここら一帯を治めるコミュニティの長が聞いて呆れるのですよッ」
「おっと、それは人聞きの悪い。私はただ箱庭に不馴れなレディ二人を夜の下で不自由な日々を送っていては不憫だと気を回しただけのことです」
目の前の男――ガルド=ガスパーは白々しく黒ウサギの責め句の揚げ足を取ってくる。それは昼間に黒ウサギから受けた挑発とも取れる物言いの意趣返しでもあった。
煽り耐性の高い黒ウサギは敢えてそれに乗った。
フードの奥でその瞳は更に鋭さを増し、木偶の坊に一発死なない程度の蹴撃を喰らわそうと腰を落とす。だが彼女が飛び出さんとする前に、ガルドは彼女の背後の部下に視線を以て指示を寄越した。
「ヒッ…」
「っ、ナフェ!?」
咄嗟に振り返れば、そこには再び首もとに鋭い爪を先程より更に食い込まされたナフェの姿があった。
思わず冷や汗が背筋を伝う。
「……口の聞き方もそうだが、態度にも気を付けた方がいいぜ。そのガキの命が惜しいならな」
「ッ。このっ、下種がっ……!」
「ククッ、テメェみたいな強気な奴程下手に回らざるを得なくなっては惨めったらねえなぁ?」
下手に回ってやってるんだと、本気でこのまま蹂躙してやろうかと青筋が浮かぶ。だが黒ウサギ、約束を守る為。そして何より自分で決めた茶番劇には責任を以て最後まで付き合うと決めていた。
内心昂る熱をどうにか一呼吸入れることで落ち着け、ゆっくりと口を開く。
「……目的はなんですか」
「目的はなんだと? そんな事既にお前は知ってる筈だぜ?」
もはや紳士的な態度を繕う気も見せないガルド。したり顔と、最早見ていて哀れにも思える笑い方をする彼の返しに、黒ウサギは静かに答える。
「……ここまでして、私達を引き入れたいと?」
「ああ。昼間にも言ったが此処等に本拠を置くコミュニティは粗方我がコミュニティ〝フォレス・ガロ〟の傘下にある。そうなるよう今まで手を回してきた。此処より上層に本拠を構えてる〝サウザンドアイズ〟や〝六本傷〟には…惜しいが、今の俺らじゃ手が出せねえし正直今後も難しいだろう。――だがッ、行く行くは追い縋り、並び立つまでになってやるさ。……分かるだろう? その為には多少の手段なんざ選んでられねえし、将来有望な駒は早い内に取り込んどいて損はねえ…!」
一人の
しかし、それ故に黒ウサギは口惜しいと感じた。箱庭において上を目指す事はなんら可笑しいな事ではない。無謀や、立場を弁えろと言われようとその意思は否定できるものではないのだ。ただ……何事にも越えてはならない一線はあるのである。
「……少々、この箱庭に来てから舞い上がっていたのかもしれません。貴方の様な下種者が居ようと居まいと、目立つ行為は控えるべきでしたっ」
黒ウサギは脱力し、抵抗の意を完全に霧散させた。その意味するところを履き違えたガルドはしたりと笑う。
「口の割には呑み込みが早くて助かるぜ」
「……コミュニティに加わる前に、一つ約束してください。私はどう扱おうが構いませんけど、ナフェは……彼女の身の安全だけは確約してください。でないと――我を失うかもしれませんヨ」
今できるなけなしの反抗。加減に加減した威圧を放ちガルドを睨む。実力だけならいつでもこのコミュニティを独りでも潰してやるぞと、暗にそう叩きつけた。
ここ一番の威圧感にガルドも思わず怯んでしまう。だがいくら高い実力を秘めていようとも、黒ウサギを制す
「く、くくっ、安心しな。そっちのガキの安全は確かに保証させてもらうぜ。お前が俺達に大人しく従っている間はな」
こうして、黒ウサギとナフェはその身をコミュニティ〝フォレス・ガロ〟に置く事となった。彼女達は万が一の逃亡も許さぬよう別々の場所で監視を付けられる事となる。特に黒ウサギに関しては現状コミュニティ内屈指の手練れでもあるが為、ナフェとの面会も簡単には出来ない状況になるのだった。
「きゃっ!っ、ケホッ、ケホッ…!」
黒ウサギと離れ離れにされ、ナフェが連れてこられたのは屋敷の地下に存在する簡素な個室であった。手入れはされておらず、まともな家具すら存在していない真の意味で空き部屋な個室だ。
室内に押し込まれ倒れた際に舞った埃に堪らず咳き込んでしまう。そしてその背後、閉められたドアの置くで施錠音が鳴った。
「……命が惜しいなら、下手に騒がない事だ」
扉越しにそう忠告をし、ガルドの部下は暗がりの廊下の奥へと消えていった。
静寂が訪れる。地下という立地上外から明かりを招く窓のようなものはなく、辺り一面暗闇が広がっている。唯一の明かりと言えば、ドアの上部に据え付けられた小窓の外に覗く小さな照明によるもの程度だった。それもあってないようなものだが。
「…………チッ」
室内、及び室外の解析と探知を済ませ、盗聴や直近での監視がないと分かるや、ナフェは苛立ちを隠そうともせず舌を打った。
やがて徐に立ち上がり、衣服に付いた砂埃を払い除け、昼間のものと変わらない明瞭な視界で部屋を見回しながら一言──
「ねえねえクソウサギぃ。今夜のディナーは……〝獣肉のフルコース〟なんてどうかなあ?」
『ここまでやっておじゃんにされては困るのですよ!?』
内耳に搭載された通信機越しの黒ウサギ必死の制止を15分程聞かされ、なんとか溜まりに溜まったフラストレーションを鎮めるに至るナフェであった。
なんというずさんな茶番だろうか