「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はお守役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
(〝黒ウサギ〟という名はお守の業でも背負う決め事でもあるんでしょうかねー。いやぁ大変です)
嫌味を隠そうともしないガルドの言葉に、背後に着く黒ウサギはそんなどうでもよい事を考えていた。因みに彼女の言うお守役は言わずもがなガルドである。別に本当にお守をしている訳でもないが。
ガルドが目を付けたジン=ラッセル含む三人と一匹のグループ。前情報からして彼以外の黒髪の少女と、茶髪の少女が新しい人材なのだろうと、とりあえず観察をしてみる。
一見して普通の人間。茶髪の子の方が何やら首に奇妙なネックレスを掛けている事以外は見た目でそこまで特別感は存在しなかった。だがこの箱庭で見た目程当てにならないものはない。
ガルドとジンの話を聞いていれば、その二人はどうにも箱庭の外からやってきた人類らしい。ただの人が箱庭にやってくるのは、偶然迷い込むでもない限り可能性は限りなく低い。つまり、彼女達はその身に類まれない
少なくとも、今小物感を漂わせている目の前の虎よりは黒ウサギの興味を惹くには充分な材料であった。
(ふむ、この状況であまり動じている様子もなし。お二人とも己の己の恩恵に自信を持っているのか……はたまた単に胆が座っているのか。いずれにせよこのままだと良い具合に
事の成り行きを静観しつつ、胸の内でガルドへ精一杯の声援を送る。
彼らの会話はジン=ラッセルの所属するコミュニティの現状への言及へと映っていった。しかもそれを切り出したのは箱庭に来てまだ日も跨いでないだろう黒髪の少女。面持ちからも強気な印象を受けたものだが、その印象に違わぬ人物のようだ。対して三毛猫を抱える茶髪の少女はあまり動じた様子はない。彼女曰く箱庭には『友達を作りに来た』とのことらしい。しかしながら彼女も彼女で話へ一切の関心がない、というわけではないようだ。
因みに、この間黒ウサギは素顔も見せず基本黙りである。途中黒髪の少女にその存在を気に掛けられたが、ガルドが『先日入ったばかりの無口な側仕え』と軽く紹介し、彼女もそれに会釈を返しただけである。
あくまで役作り故の対応なのだが、一行にとってこれは幸いであろう。彼女が口を開いたら一体何を口走るか分かったものではない。
「――私は本当に黒ウサギが不憫でなりません」
(ん? ……ああ、こちらの私の事ですか。むう、今後行動を共にする機会も増えるでしょうし、此方での通し名を考えた方がいいですかね?)
ジンへの追求はいよいよ大詰めのようだ。その途中自身の名を挙げられ一瞬反応しかける黒ウサギだったが、今いる箱庭の黒ウサギの事だと分けるやそんな悩み事をしだした。もはや目の前の一行の会話など話し半分である。
そんな彼女はさておき、ガルドと少女達の問答は大きな場面転換を迎える。
「事情はだいたい分かったわ。……それで? ガルドさんはどうして私達にそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」
「ええ――単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」
(あ、漸く本題に入った。と言うかこの新人二人はともかくとして、慈愛と献身で有名な月の兎をそう易々と引き入れようだなんて度胸だけは一人前ですねぇ)
勿論この黒ウサギに慈愛だの献身だのそんな要素は、――一応なくはない。
(ま、もう今日でいい加減終わらせないと白ちゃんにも申し訳ないですからね。虎さんには最期くらい悦に浸らせて後は――)
「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合ってるもの」
(…………おやおや?)
この茶番の締め括りについて考えている、その時だった。性能だけは無駄にいいウサギ耳で話を傍ら聞くだけ聞いていた彼女に、その言葉は一際耳に届いてきた。
思わず顔を上げてガルドへと臆しもせず言い切った黒髪の少女を見やる。呆然とするガルドとジンを差し置いて大した澄まし顔だった。
そして彼女の口から放たれるは、今までのガルドの勧誘の思惑を根本から一刀両断していく啖呵の数々であった。全てを捨て箱庭にやってきた、自身に絶対の自信を置く少女の意志だった。
「おおよその人が望みうる人生の全てを支払ってこの箱庭に来た私が。高が知れる小さな一地域を支配してる程度の組織の末端に迎え入れてやると。慇懃無礼に言えば魅力を感じるとでも思ったのかしら? だとしたら自身の身の丈を知った上で出直してほしいものね、このエセ虎紳士」
「……っ」
今ここで吹き出さなかった自分を心底誉めたいと思った黒ウサギ。黒髪の少女――
だがそれでも黒ウサギは我慢する。彼女の予感が告げていたのだ、これからまだまだ面白くなると。
因みにだがもう一人の茶髪の猫を抱えた少女――
『――で、ナフェさーん。ねっ、面白い事になりそうでしょう?』
先程密かに首輪越しに事の次第を大雑把に伝え、目の前のやり取りを共有していたナフェに黒ウサギがほくそ笑む。
『……下らなくは無かっただけまあ許してあげる』
『ナフェさんの一デレ頂きまヒグッ!? ケ、ケホッ…ケホッ。て、照れ隠しはもう少し穏便にしません?』
『うっさい。ってか、そっちがそんな感じなら私ももうお役御免でいいでしょ? いいよね。どうせすぐにボロ出すでしょその虎』
『えー……ここまで来たんですから最後まで付き合って下さいよー』
脳裏にブチッと通信が途切れる音が響く。恐らくフラれてしまったと内心肩を竦める黒ウサギ。この後下手をしなくてもしばかれそうだが、そんな事は思考の隅にと思考を、視線をガルドの方へと向ける。
ワナワナと肩を震わす様は大変ご立腹な様子だった、無理もないが。ただそれでもまだ紳士的体面を崩さない辺り彼も維持になっていると受け取れた。
「お、お言葉ですが……レディ――」
「
しかし黒ウサギはまだ手を出さない。目の前で久遠飛鳥の言葉にガルドが強制的に従わされてるような事象を前にしてもまだ動かない。否、だからこそ動かない。
(んふふー……大変結構)
得られる快楽を彼女が見す見す逃す訳もない。
久遠飛鳥の
もしかしなくても黒ウサギとナフェの一週間が無駄になってる気がしなくもないが気にしてはいけない。
「――それで、人質に取ったと言う子供達は何処に幽閉されているの?」
「もう殺した」
(あ、空気が凍りました。比喩ですけども)
一同が今の言葉に凍りつくなか黒ウサギは悠長だった。勿論、ナフェというやむを得ず残された特例を除く人質の全員がこの世にいない事など、彼女はとうに認知している。
言われるがままにガルドがつらつらと喋る、『煩いから殺し、部下に死骸を食わせて処理させた』という悪辣非道、外道極まりない経緯も既知の事実である。
(うーん、これが所謂普通の反応でしょうか。私としては周りが如何せん〝アレ〟ですし、合理的見地から言えば……今は詮なき事ですね、うん)
「こ、この小娘があぁあああああッ!!」
突然叫び出すガルド。どうやら体の自由が戻ったらしい。
彼はもう人目も気にせんと自身〝ワータイガー〟としての本性を顕し、元より巨体だった身体をより巨体へと膨張させた。その様は変化した体毛も含め正に怒れる虎だった。
黒ウサギは静かに、そして僅かに腰を落とした。
「テメェ、どういうつもりか知らねえがッ……俺の上に誰がいるか分かってるんだろうなぁ!? 箱庭六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞッ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るって事だぞ!? その意味が――」
「
久遠飛鳥の恩恵により再び口を閉ざされるガルド。しかし今度は体の自由がまだ利く。彼は激情に駈られるままに飛鳥へとその豪腕を伸ばし――
「はい、そこまでなのですよ」
『!?』
余裕を決めていた久遠飛鳥。ガルドから彼女を守ろうとした春日部耀。まだうまく状況を呑み込みきれず当惑していたジン。そして怒りに身を任せたガルド。全員が全員、ここに来て漸く言葉を発し、明確に動いた黒ウサギに驚き、戸惑いを露にした。
彼女はガルドと三人の間に滑り込み、彼の襲撃を易々と
「暴力はいけないのですよガスパー=ガスパー。この件は貴方の落ち度。ここは素直に退くのが最善手では?」
「ぐ、う……!? な、んだとお゛……!! ぐおっ!!?」
ガルドの豪腕を押し返し、体勢を崩し尻餅をついた彼の首元に健脚を突き付けた。取り敢えず場を悪化させたくなければ黙っとけと言う、黒ウサギなりの気の利いた心遣いである。
そのまま彼女は久遠飛鳥達へと向き直った。
「うちの頭が大変失礼を致しました。直ちに連れ帰った後、この度の件についても含め確りとけじめを付けさせて頂きます故――お話はここまでと言うことで宜しいですね?」
「なっ……ふざけッ、っ」
「……ここぞとばかりに割って入ってきて、言う事欠いて素直に引き下がれと?」
「端的に申しますとその通りですね」
往生際の悪い虎を黙らせつつ、キッパリと尋問会を終わらせようとする黒ウサギ。それに対して久遠飛鳥の鋭い視線が返されてきた。
「それは些か虫のいい話ではなくて? 貴女、そこの外道の側仕えなのでしょう? そちらでケジメを付けると言いつつ彼を逃さないと言い切れるのかしら」
「なはは、ご冗談を。私も彼に人質を捕られやむを得ずここに籍を置いている身ですよ?」
「っ……そうなの。でもそれなら尚更この場でおめおめとお帰り頂く訳にはいかないわ」
それから語り出すは久遠飛鳥の意志。ジンのコミュニティで〝打倒魔王〟を掲げ、どんな障害にも屈するつもりはないという固い決意。ガルドの背後に件の魔王がいると言うなら寧ろ自ら出向かんと言わんばかりの勇猛果敢さ。
正直最後に関しては世間知らずの命知らずと思う黒ウサギであったが、同時に大きく共感も得ていた。彼女も魔王には喧嘩を売りたくて堪らない性分なのであるから。
「――なるほど。貴女方の意思は理解したのです。しかし、魔王に対する意気込みと彼の処遇を預かる事についての関係性は薄いように思えます。どちらにせよこの先ガルド=ガスパーに明るい未来など無いでしょう?」
「ええそうね。……でもね、私は彼がただコミュニティを失くしてただ罰せられるだけでまんぞくはできないわ。この外道はスタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきなの」
「ふむ、この際です。率直に申しては?」
「それもそうね」と飛鳥は黒ウサギから、逃げ場を喪失し項垂れるだけのガルドへと視線を移す。なけなしの抵抗か恨めしそうな視線を向けてはいるが、微々たる脅威も感じさせなかった。
そんな彼に久遠飛鳥はクスリと微笑を溢し、ただ一言簡潔に告げた。
「――私達とゲームをしましょう?」
『アンタねぇ……』
「んふふー。性分が合うと予想も誘導もチョロいものですねー? ささっ、明日が楽しみですよナフェさん!」
『勝手にやってろっての』