「はぁあ、楽チンですねー――ふみゃっ!? ナ、ナベさん! いきなり落とすなんて貴女に人情は無いんでっ……す、か……」
上半身に突き付けられる巨大アームの爪先にそっと無抵抗のポーズをとる黒ウサギ。そんな彼女を見下ろすナフェの目はその辺のゴミを見るかの様に冷え冷えとしていた。
つい先刻前までの威勢は何処へやら、今の黒ウサギは割りと潔い。と言うのもまま仕方なく、そのつい先刻前にナフェから無慈悲に叩き伏せられ満身創痍なのだから。とある事情からやたらと高くなった自己治癒能力と、ナフェのアシスト有りきでなんとか外傷は消した次第である。ただあくまで目に見える傷だけで、総合的なダメージは健在。故に移動をナフェのアームに担がれつつ彼女に任せていたのだった、当人は物凄く嫌々ではあるが。
「ざーんねん。私人じゃなくて
「い、いやですねーナフェさんってば。この一度受けた恨み辛み……あ、あと恩をこの黒ウサギが早々に忘れる訳がないじゃないですかーあははは。バッチリ下手に…じゃなくて報復…てまもなくて、相手の名前くらいは確りと覚えてますとも! 間違える筈が御座いません♪」
「……あっそ。じゃあ次私の名前を間違えてみろ……その日の食事は兎鍋だから。ああ、安心して? ちゃんと食べさせてあげる♪」
「Y、Yes。肝に命じておくのですよ」
最後の最後にこの先あまり見ることのないだろう飛びっきりの笑顔で恐ろしい処断方法を口にするナフェに、黒ウサギらブンブンと首を何度も縦に振る以外の選択肢はなかった。この手の脅しは割りと冗談で終わるのが定石だが、黒ウサギに限っては累積する行いが行い故に本気で実行されかねない。特にナフェなら一切の躊躇無く殺ると確信できる。
尤も、完全回復した暁にはまた同じことを繰り返すのだろうが。このウサギはそういった怖いもの知らずなのである。
「ったく……怪我人は大人しく座ってろっての」
「なはは、感謝感謝なのですよ。何だかんだナフェさんはお優しいですねー。これが所謂ツンデレってや「あ゛?」あ、いえ、ナンデモナイノデスヨ」
こんな感じに二人(厳密にはナフェ一人)は颯爽と森の中を駆け抜け、河を飛び越え、ちょっとした山をひとっ跳びし――――暫くして舗装された道を目の前に足を止めた。
自分達が移動してきた方向とは逆側を道なりに目を凝らせば、遠くにドーム状の建造物が目視できた。距離にして数百。因みに単位はキロメートルだ。
「おお、箱庭の……この辺の特色的に東側の都市でいいんですかね? この世界が箱庭であることは間違いないのですが如何せん現状では時系列までは判然としませんし。私達の箱庭とは違った
「それを私に聞いた所でやる事は変わらないんでしょ」
「
ところでこの黒ウサギ、もとい〝月の兎〟は(少なくとも彼女がいた)箱庭では〝箱庭の貴族〟と呼ばれており、それなりの地位と箱庭全土で通用する特殊な権限を有していたりするエリート様なのだ――が、当の本人はその自覚があるのかすら怪しいくらいに快楽に忠実だった。
なぜ今この旨を説いたかというと、
「そう言えばナフェさん。先程道すがらに言ってた私に課せられた制限と言うのは〝
「そ、確かそんな名前のやつ。それとアンタが借りてるって聞いた〝太陽の鎧〟に〝必勝の槍の
ナフェの説明の内、先に〝審判権限〟から説明しよう。
箱庭には法と同等の機能を持つ〝ギフトゲーム〟というシステムが存在する。各々決められた特定のルール下で提示された商品、権利等を勝ち取る為の競争・闘争システムだ。簡潔に言うと、黒ウサギは〝月の兎〟が有するそのギフトゲームの一時中断権やそこ間に行う不正判断権を当然有している。これは〝とある系統のギフトゲーム〟において絶大な効力を発揮し、それ以外のゲームでも絶対的進行権を含んでいる為に強力な権限と言えよう。
つまりその権限を一時停止、回収されたわけである。
次に
で、黒ウサギが帝釈天に回収されたのはその内武具に関するもので、述べた順に正式名称を――
〝
〝
〝
〝
――という。
二番目のギフトは正確に言うとその武具の召喚権に当たるのだが、黒ウサギが使ったことがあるのがこの一つだけなので特に差し障りはないだろう。
この四つは黒ウサギが誕生したその時、また後々彼女の力を認められた為に与えられた神々の恩恵だ。このウサギ、エリート一族の中でもさらに頭一つ抜きん出てたエリートだった訳である。
天は二物を与えない所か結果四つも与えてしまっている。世の中理不尽だ。
本題に戻るが、つまりは『これらの権限・恩恵は強過ぎるから一時的に返してもらうな?』ってことだった。これに対し黒ウサギの反応は……特に変わりなかった。寧ろ仕方ないかと言わんばかり様子で、右手のギフトを収納、確認する為の便利道具――〝ギフトカード〟をクルクルと回している。
その時ふと、彼女が手の内の遊びを止めた。そしてカードの表記をまじまじと見つ始める。
「んー? ……ねえねえナフェさんナフェさん。私お手製の〝
「白・霊格叙事シリーズ? 何そのだっさい名前の……って、ああ。アンタが偶々発現させた〝あれ〟? 残ってるって事はいいんじゃないのー。どうせパチモンの域を出ないんだし」
「せめてリスペクトと言ってくださいな」
珍しくムッとして毒のない返しをする黒ウサギ。
〝白・霊格叙事〟は彼女が以前偶然にも手にする事となった
思わぬ残り物に黒ウサギは口許を綻ばせ、嬉しさ微妙に抑えきれないのかアームの上でナフェに表情が確認できる程度に少し身を乗り出した。
「さてさてまあまあ。これって一応罰ですし? この位は許容範囲内…ってより残す物は残してくれて寧ろ至れり尽くせりです。一昔前の私なら『か弱い乙女になんて仕打ち!』とか『見知らぬ土地で抵抗虚しく乱暴されるのを見てハアハアするつもりなのでしょう!?』とか苦言の一つでも呈してる所ですけど、今の私には別にあってもって『まあ便利?』かな位です。敬愛するとくちゃん様やその御友神から授かっていた身の上として太々しいとは思いますが」
「……一昔前からちっとも学習してないのだけはよーく分かるわ」
「人はそれを〝温故知新〟と表現したそうですねー」
「悪い方向へ新しくはなってるよね」
「
「…………あっそう」
とうとうツッコミを放棄したナフェ。黒ウサギは(勝った…!)と言わんばかりに彼女へ表情を見せないようにしながらしたりと嗤った。しかしまあ、次の瞬間には巨大アームの三指にガッチリと拘束された。
「!? あ、あっ、お待ちくださいナフェさ…いえナフェ様! ほんの出来心というかいつもの癖ですから! せめてもの慈悲をおおおああああっ!!? 待って待ッ、黒ウサギの中身が出ちゃう! 出ちゃいますぅう!? 療養中の素敵ウサギボディが道端に落ちたザクロみたいになっちゃいますからああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛――!!?」
歩きにシフトした為、都市への道はまだ長い。だがしかし、たった二人の旅路は退屈することはなさそうだ。代わりに一人のエイリアンの機嫌と一人のウサギの体調が犠牲となっているが、尊い犠牲だろう。
本家同様に苦労さぎしてるかもしれませんが基本自業自得な上、力関係上仕方ない
白・霊格叙事シリーズは特に原作キャラからどうというギフトじゃないので登場する度にそういうものなんだと思ってください