「んんーっ……よく寝たのですよー。お陰で怪我も疲れもバッチリです!」
「毎度ボロ雑巾にされては死んだ様に寝て朝起きると完全復活……絶対早死にするヤツだよね」
「そんなこんなで御歳100ちょっとの黒ウサギで御座います♪」
ナフェと白夜叉のやり取りから程無くして覚醒した黒ウサギは今、最低限の身支度を整え終えて〝サウザンドアイズ〟支店の表で軽く伸びをしていた。店はまだ開店前、時刻的には空も朝日が顔を出して少しというのもあり周囲にあまり人影は窺えない。昨日一悶着あった生真面目女性店員も流石に従事前のようで姿は――
「……開店準備の邪魔ですので退いて頂けませんか?」
「わわっ! …あれま、昨日の店員さんですか? こんな朝早くからその様な窮く――コホン、しっかりとした身形で何をなされるので?」
「この距離でヒトの文言を聞きそびれるとは、どうやらあまりに早起きなさって目が覚めきってないようですね? そんな寝坊助様に親切心でもう一度言い聞かせてあげま――」
「うわぁ……朝から陰険さ全開だなんて昨晩はちゃんとお休みになられたんですか? 夜更かしは女性的にも、大手コミュニティの玄関番を任されてる身としても如何なものでしょうか♪ 私はこうも不真面目になりたくはないですねー。反面教師として参考にさせて頂きますね?」
売り言葉に買い言葉、水を得た魚の様に活き活きと煽り文句(読んで字の如く)を連ねてく黒ウサギに一歩も退かない昨日の女性店員。
彼女はとことん真面目だったようだ。こうして誰よりも早朝に仕事モードに移っているのが何よりの証拠である。ただ不幸にも口減らずの煽りウサギと出くわしてしまったが。
「……止めましょう。貴女のお巫山戯に付き合ってあげる程私も暇ではないので」
「おっとそうでした。実は私も依頼を一つお請けしてまして、その為にこうして早起きをしたのですよ」
「なら時間をもう少し有意義に使う事ですね」
「お互い様ですねー」
突き刺す様な視線を笑みで受け流し、黒ウサギはサウザンドアイズ支店、並びに女性店員から背を向けた。
実の所そこまで急いでもいないのでもう少し遊んでこうかとも思っていたのだが、人知れず姿を彼女の腕輪へと潜ませていたナフェから腕を落とすぞとの無言の圧力を受けた為、渋々と手を退いたのだ。
桜を彷彿とさせる桃色花弁舞う並木道をまったりと進みながら黒ウサギは唇を尖らす。
「そろそろ物理的に黙らそうとするのは勘弁願いたいのですよ」
『お飾りな耳に閉じない口持ってるアンタに一番優しい諭し方でしょ』
「所謂肉体言語というやつですね、おっかないですねっ」
「総督よりかは万倍もマシよ」
いつもの他愛ないやり取り。そこに暫しの沈黙が挟まり、ナフェが本題を切り出す。
『――で、奴の〝頼み事〟はどうすんの? 今からでも行くつもり?』
「いえいえ、見知らぬとは言いませんが慣れない土地です。偵察ごっこだなんて正直苦手も良いところですが堅実に参りましょう!」
不得手と前置きしつつフードの奥の顔は清々しく笑う黒ウサギだった。
さて、彼女達の言う〝頼み事〟とは他でもない白夜叉から請け負ったものである。その内容とは、今現在二人のいる街の大半を牛耳るコミュニティ〝フォレス・ガロ〟の偵察――つまり怪しい事してないか確かめてくれ、というものだ。なんでも、他コミュニティを吸収してのあまりにも急激なコミュニティ巨大化の動きと街の時折張り詰めるような空気が気に掛かるようだった。
そもそも、コミュニティは余程の事態でない限り同盟を組むか合併をする手段を執らない。他に取り込む手段としてはコミュニティの利権を賭けたギフトゲームが挙げられるが、各々が仕切る組織を易々と描けるような者は少なくとも箱庭においては通常ありえないのだ。
となれば、何か不穏な動きが水面下で行われたと推して然るべきだろう。
『堅実ねぇ……。具体的になんか考えてあんの?』
「
『知ってた』
イエスなのかノーなのかハッキリしてほしい。
案などないと
白い目で見られつつも、さも直ぐに妙案が浮かんだかのように人差し指を立てた。
「おっと、何やら黒ウサギの頭に素晴らしい案が湧いてたのですよ?」
『
「聞きたいですか? もうナフェさんってば仕方ないお人で『首チョンパしよっか?』YesYes、冷静になりましょう冷静に。ちゃんとお話ししますから!」
危うく首という首を落とされかけた黒ウサギは背に冷や汗を感じつつ、思い付いた〝素晴らしい案〟とやらを語り始め――
「あ、先に申しておきますと。ナフェさんにもちょこおっとばかり協力して頂きますね?」
『……は?』
またも首を手心一切無く絞められたのだった。
◆◆◆
「ふふん、連戦連勝!最下層はやはりチョロいのですよー」
「うっわあ……言ってる事が小物のそれだよ」
あれから数日間。黒ウサギはナフェを腕輪内ではなく隣に引き連れ、素性が明るみにならないよう慎重になりながらも滞在する街を気儘に散策し続けていた。
ただ、散策とは言ってもただ歩いていた訳ではない。その道すがらで件の怪しいとされる〝フォレス・ガロ〟――その傘下に属するコミュニティの行うギフトゲームに片っ端から挑んでは勝利を収めていたのである。
つまり彼女の提案した探りの案はこうだ。『見掛けない二人組が自身の傘下のコミュニティで荒稼ぎしていれば目を付けられあわよくば引き抜かれるかもしれないね』と。堅実とはなんだと問いたい程実に運任せな手法であった。そして何より派手に事を起こし、こなすタイプの黒ウサギには到底似合わない。
しかし、これも今後の異なる箱庭の楽しい愉しい
「小物を釣るに小物の疑似餌。実に良いことではないですか」
「アアソウ」
「なはは……ああ、それとーナフェさん? 今は大丈夫でしたけど、『寡黙でひ弱な非戦闘員《ブレイン》』はその様に乱暴な口調で話されませんのでお気をつけください♪」
「……」
黒ウサギの注意にナフェは口を閉ざし、目深にフードを下げるとコクりと頷いた。ついでに自然を装って黒ウサギの左足を万力を以て踏み抜いた。実に学習しないウサギである。
そんなじゃれ合いをしつつ、次の
ふと、そんな彼女達に声を掛ける者が現れた。
「――もし、そこのレディ達。よろしければ少々お時間頂けますか?」
背後からの声に黒ウサギは立ち止まり、ナフェを背後に庇うようにして声の主へと向き直った。
その者は二メートルを超す巨躯に、ピッチリとしたタキシードで身なりを固めた男だった。装い、言葉遣い、そして黒ウサギ達へと向ける柔和な笑みは紳士的趣を与えてくる。
ただそれでも黒ウサギ達にとっては初対面の相手。肩を縮こまらせ震えるナフェを安心させる為に抱き留めつつ、警戒心を最大に口を開く。
「……もしかしなくても、そのレディ達とは私達の事でしょうか?」
「はい。実は、ここ最近この街に現れた見慣れない二人組が、此処等一帯を活動拠点とするコミュニティの開催するギフトゲームに連戦連勝しているという噂を耳にしましてね。この街の管理を授かってるコミュニティの長である私もこうして偵察に回っていた――という次第です」
「……それは、ご苦労様なことです。それで……名も知らないコミュニティのリーダーさんが、こんな路銀で食い繋いでるような浮浪者に如何なご用で?」
性分の煽り口調をなるべく抑えつつ、相手の素性に探りをいれる黒ウサギ。勿論警戒心は強めたまま。対し巨躯の男はそんな彼女の警戒を解くように優しく応える。
「おっと、そう言えば自己紹介がまだでしたね。失礼いたしました。私はコミュニティ〝フォレス・ガロ〟のリーダーを務めておりますガルド=ガスパーと言います。貴女方にご用と言うのは他でもない、先程の噂の真偽の程を確認したかったのです。……しかし、そちらの件はどうやら真実であったようですね?」
「……なるほど。貴方のコミュニティはこの街の管理を任されている。差し詰め私達が相手した方々は全て貴方の傘下の者で、彼らを短期間で下し続けた私達を厄介者とした抑えに来たと?」
「ははっ。抑えに来たなど、我々はその様な強引な手段を執りはしませんよ。しかし、素性の分からない貴女達をあまり自由にさせ続けるのも、我々の立場上難しい話。一先ず、貴女方の所属するコミュニティを伺わせてもよろしいでしょうか?」
探りを入れにきたのはお互い様のようだ。そして、その時の対応は既に黒ウサギの中で決まっている。と言うより殆んど現状を明かせばいいだけだ。白夜叉と縁を作り一宿の恩を受けたとはいえ、彼女達はまだ根なし草なのだ。
「……先程も言いましたが私達はこの箱庭に来たばかりの浮浪者です。コミュニティにはまだ属してません」
「ほう、新しく来られた方々でしたか! でしたら――」
「予め言っておきますが、案内や勧誘でしたらお断りさせて頂いてます。仮に貴方のような大きなコミュニティを率いている方に誘ってもらえるのは大変魅力的な話ですけど……」
黒ウサギがそう言うと、背にすがり付いていたナフェの彼女を繋ぎ止める手がより強くなった。そんな彼女を今度はしっかりと安心させるように抱き留める。
「もしその様なお気持ちがおありでしたらとても嬉しく思います。ですが、私にも守らねばならない者がいるのです。逢って間もない殿方を信用できる程、気を許す事は出来ないです」
「……そうですか。因みにお聞きしますが、この箱庭における最低限のルールはご存じで?」
「この場合、コミュニティに属さないでいられる期限についてでしょうか? 勿論、若輩と言えその辺りの原則は理解しております。その上でもう一度はっきりとお伝えしましょう――余計なお世話です」
ガルドには見えない位置で、ナフェの黒ウサギを掴む手が軽く布地を、延いては皮膚に深く食い込んだ。そんな唐突に与えられた痛みに思わず声を上げそうになる黒ウサギだが、なんとかこれを我慢。
最後の最後で変に煽るなというナフェからの戒めだった。
辛辣な返しにもガルドは動じた様子はなかった。自身が提案しようとした事を予測したように釘を刺されてしまいはしたが、あくまで紳士的に彼は対応する。
「――失礼、出すぎた真似でしたか。まあこればかりは貴女方の意思ですし仕方ありません。不正を働いているようでもなく、コミュニティ非所属の期限もご存じだ。でしたら、その間我々から致す事は何もありません。ただ仮に何か困った事がおありでしたらどうぞ、我々〝フォレス・ガロ〟をお尋ねください。出来うる限りお力添えしましょう」
「「……」」
そう締め括るガルドに黒ウサギとナフェは暫し彼の様子を窺った後、一の句も告げぬままその場を後にした。
お互いの表情が
「……おい。手の空いてる奴二、三人であいつらを追え。狙い目は後ろのガキだ」
「はっ…」
「――チッ、たかだか二人の新参風情が。少しは腕が立つとは聞いているが……こっちが下手に出てれば付け上がった事、後悔させてやるッ。く、くくく……!」
「――さぁて。あとはあのエセ紳士さんが食いついてくれれば……加減は無用なのですよー?」
「……」
「あ、ナフェさんナイス演技でしたよ♪ 普段の乱暴さからは想像できない位にしおらしかったですねっ。あーああー普段からはあんな感じに可愛いげがあれば人生損しませんのにイッッ!!?!?」
「……ハッ」