装甲悪鬼村正 外編“遺廻騎”   作:我楽娯兵

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時空歪曲

「だーれだ?」

 

「……女性の方と御聴受けします」

 

 用務作業に精を出し、上席の轡木十蔵の指示でアリーナ付近の庭園を整えている最中であった。

 芝刈り機がやかましく機械音を響かせている。電源を切りだらりと手を下げた。

 俺がここに来てもうすぐ一ヶ月。誰かと聞かれその名を答えるだけの人物はそういない。

 そしてこの様な悪戯めいた遊びをする人物はしらない。

 恐らく背は俺よりも低いのだろう。背後に体が密着させているようでその軟らかいものの感触はしっかりと感じれた。小さな手で俺の目を遮り誰とかれる。

 

(織斑先生。いや、彼女なら口頭で呼びかけるはずだ。ならば山田先生か?)

 

 熟考して見るが声からして違うのは明々白々。

 結論としては。

 

「誰でしょうか? 自分には皆目見当もつきません」

 

 目を覆う手が外され俺は振り返った。

 

「じゃじゃーん♪」

 

 悪戯が成功したと言いたげな表情であった。

 衣服から見て生徒であった。ネクタイは黄色、二年生だ。

 外向きに跳ねた薄く透き通るような髪は光の屈折から淡い水色に見えた。

 口元を隠すようにパッと扇子を広げてくすくすと笑う。扇子には『枯樹生華』と書かれていた。

 

「……生徒の方でしょうか?」

 

「そうよ。この学園の生徒会長」

 

「はっ、それは挨拶が遅れました。先刻こちらに赴任してまいりました湊斗景明、用務教諭です」

 

「……ふーん、ふふーん」

 

「あの……なにかご用向きでも」

 

 生徒会長はまるで品定めでもするかのように景明を見た。

 綺麗な顔立ちだ、美人といって差し支えない。

 悪戯っぽさが子供のようにも思えあどけなさを醸し出す。

 成長期の女性というのはなかなかもって……。

 

「ふふ、みんなの言う通りね。もう少し明るい雰囲気がいるんじゃない?」

 

「はぁ、自分はいたって普通なのですが」

 

「そう? 暗闇星人ここに降臨って雰囲気よ?」

 

 ズバズバと切り落とされる。

 容姿云々ならまだしも、雰囲気とは。

 

「名乗りがまだだったわ。更識楯無、IS学園二年生で生徒会長」

 

「は、お初に御目に掛かります」

 

「えらく堅苦しいのね。立場的にはあなたのほうがずっと上なのに」

 

「生徒と教師としての立場を言うのなら確かに、しかし生徒を軽んじ餓鬼でも扱う態度は生徒の侮辱、教師の器量が問われます。自分はあなたを一つの人間として接しているに過ぎません」

 

「ふ、ふーん」

 

 景明の論ずる理想の教師像。教職の立場を与えられたのならば斯くあるべと。

 そういった態度が更識の身を引き締まらせた。

 

「戯れが過ぎたわね。……湊斗先生、少しお話よろしいかしら? 出来る事なら他の生徒に聞かれない場所で」

 

「…………」

 

 年不相応の目をしていた。身が強張る、武者に近い目だった。

 芝刈り機を片付けて、彼女の後を追った。

 部活棟を抜けて教員棟の中、その端に生徒会室と書かれた一室があり招き入れられた。

 部屋の中には大きなテーブルが一つと何人かの椅子があった。

 一つだけえらく豪勢でありそれはこの部屋の長、すなわち更識の椅子である事が見て取れる。

 部屋には既に一人座っておりなにやら事務仕事に精を出していた。

 

「おかえりなさい。お嬢様」

 

「やめてその呼び方」

 

「はい。そちらの方は?」

 

「先日赴任してきた新しい用務員の方。挨拶と思って」

 

「それでは紅茶を入れましょう。コーヒーもご用意します」

 

「あー、(うつほ)。悪いんだけど少し席を外してもらえないかしら。先生と二人で話がしたいの」

 

 その言葉で何かを察したのかテーブルに広げられた書類を片付けた。

 そして静かに席を立ち、一礼し部屋を後にした。

 

「さあ、座ってください」

 

「よかったので?」

 

「ええ、少々、他言は許されない事柄なので」

 

 バッと広げられた扇子の文字が『他言無用』と書かれていた。

 椅子に腰を落ち着かせて向き合った。

 

「さてどこから話を聞けばいいのかしら。そうねえ――」

 

 なにを聞くのか考えあぐねている。

 すぐに話す事柄はだいたいの様相はついた。

 村正(あれ)のこと、もしくは俺の事だ。

 

「先生、貴方はいったいどこから来たのかしら?」

 

「自分自身、分からないといったところです。気づけばあの場に居た、といったところです」

 

「記憶喪失……なんてことはないのよね?」

 

「はい」

 

 小さく溜め息が漏れていた。

 

「では話を変えるわ。貴方が身に纏っていた『あれ』はなに?」

 

「――劔冑(つるぎ)。自分の世界に措ける最強の武装兵器です」

 

「ちょっと待って。自分の世界? どこから来たのかわからないじゃないの」

 

「話せば長く――」

 

「話して」

 

 語彙を強められ俺は僅かに驚いた。

 信じてもらえる確証がない。いや、確証どころか正気を疑われるに違いない。

 しかし、話すしかないように道はないように思えた。

 

「恐らく自分は、この世界の住人ではないのかもしれません」

 

「どういう意味?」

 

「平行世界。パラレルワールドの住人と見たほうが正確かもしれません。自分はあちらの世界の事情からこちらの世界に物理的に吹っ飛ばされてきてしまったようです」

 

「はッ、まさか、でも……」

 

 ありえない。なんていえない様子であった。

 彼女はそれなりに事情を知っていてこういった質問をしたのだろう。そして頭を抱えている。

 ありえないだが、ありえるかもしれない、とそう心裡で思っているに違いない。

 それもそうだろう。『村正(あれ)』が何よりもの証明なのだから。

 

「帰る手立ては?」

 

「現状は一切。向こうからこちらに来ることも、こちらから向こうに行くことも恐らく不可」

 

「そう、なら……よかった、のかしら」

 

 微かに安堵している様子。

 背もたれに背を預けた彼女は微かに疲れている様子であった。

 ふーっと、息を吐き再度向き合う。

 

「話を戻すわ。――劔冑(つるぎ)。貴方の世界に措ける最強の武装兵器……どういった兵器なの?」

 

「武者、すなわち仕手が劔冑(つるぎ)を着装し、空を主戦場としております」

 

「何の目的で?」

 

「戦争。闘争を目的としてでしょう。正確な起源は不明ですが古来よりあれは幾領も鍛造されています」

 

「わかった。主な用途は()()()()ためのものってことね」

 

「端的に言うなら」

 

 そう、戦争とは殺し合い。

 台風や津波と一緒の集団人間心理という自然現象が生み出す厄災。

 その中でより優位に立つために作り出された兵器。

 ISとも由来が違う。ISは一人の科学者が世界に送り出し、その後に後付け後付けの繰り返しで戦闘能力の転換向上(バージョンアップ)を行ってきた。

 それに対して劔冑は違う。ただ一点のみに、殺す事だけに特化したモノだ。

 空での戦闘をより優位に行うため、旋回性を上げ、上昇性能を上げ。

 より重たく、より鋭利に、ただ()()を目的に作り手がその技術を研鑽した結晶だ。

 それ故にISのようにさまざまな能力を欲張ったモノより、より凶悪に、脅威的に突きつけられる。

 楯無は考え付く事はそこまでであった。

 絶対防御も搭載されていない。殺す事のみ。

 

「これ以上増えない事は幸い。貴方がまともな事を願うわ」

 

 楯無は背中に這い登る寒気を振り払い景明に説明を始める。

 

「貴方が撃墜した機体、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は各国が監視していた機体です。それだから、他者の手で、IS以外の兵器で撃墜されたとなれば上も下もてんやわんやの大騒ぎになる。この世界ではISこそが最強の兵器。それを上回る乃至それ同等の戦闘能力を持つ兵器の存在は、パワーバランスを壊しかねない。ここまではお分かり?」

 

「はい」

 

「そう、それを理解しているのなら分かるわね?」

 

「軽率な行動は控えるべき、と」

 

「それもそう、そして出来る事ならこのIS学園からは許可なく出入りはしないでほしい。各国や、よくない組織が貴方と貴方の劔冑を欲している」

 

「承知しました」

 

「まあ、でも貴方なら打ち負かしそうだけどね♪」

 

 微笑を浮かべ腕組し笑いかける楯無。

 

「少なくともこの学園ではある程度の安全は確保されてる。貴方と劔冑を秘匿するのも限度があるけど、情報開示なんて事態になったら協力的な対応を願うわね」

 

「少なくともそのつもりです。こちらでは自分の身分は塵ほどの価値もありません」

 

「謙遜しちゃって。それでも歓迎するわ、湊斗先生。当面の間放課後は私たち生徒会の指示に行動してもらいます、この学園の生徒により有意義な学生生活を支援して頂戴」

 

 バッと扇子を広げればまた文字は変わり、『安心安全』となっていた。

 

 

 

 

 

 

 みな黙りこくった道場の空気。

 選択科目で剣術を選択した箒はそれを見て唖然としていた。

 剣道着を身に纏い生徒たちに向き合う人物はなにを隠そうとも先日捕縛した男だったからだ。

 生徒の間では見たこともない教師に微かな囁き声が飛び交っていた。

 

「ねえ、あれ誰?」

 

「知らない、新しい先生?」

 

「男の人だよ」

 

「ちょっと男前、でもなんだか暗いね」

 

 みなが口々にそう話す。

 しかしながら箒は言葉の一つ漏れる事はなかった。

 口をあんぐりと開き金魚のようにパクパクと何かを放そうとするが空気を震わすことが出来なかった。

 いつまで経っても始まらない授業、徐々に話すことが無くなった生徒たちに静寂が訪れた。

 男が口を開く。

 

「お初に御目に掛かります。用務教諭の湊斗景明と申します。この度は選択科目担当の榊原教諭のご都合により休暇を取られ、この自分が代わり皆様に剣術のほどを手ほどきに参りました」

 

 静かでそして重みのある声で湊斗といった男は話す。

 凛とした座し姿。背筋は天井に向かいピンとし、どこから見ても綺麗な正座であった。

 平穏な、そして静謐な佇まい。

 今どきの軟な男たちにはない覇気がヒシヒシと感じられた。

 

「皆様、心を落ち着かせ静かな心身でこの授業をお受け下さい。今回の剣術授業は日本武術です」

 

 湊斗の声は重みがありすぎる。

 箒にはその声がただの重みに感じられなかった。

 もっと何か、何か重要な事を伝えようとしているように感じられた。

 

「武は人を殺める業。しかしながら精神的研鑽にも繋がる道筋でもあります。活人剣、殺人剣と言葉があるように心持よってあらゆる物に変わります。皆様には今回覚えていただきたいのは武の一文字」

 

 僅かに目を閉じ、まるで追憶から掘り起こすかのように彼は言う。

 

「武とは戈を()めると書きます。決して戈で(よど)めるなどという心得違いを為されるよう、肝に銘じていただきたい」

 

 彼の言う言葉は一介の教師というよりはどちらかというのなら禅僧の僧侶のように教えを説くかのような、難解でそして考えさせられる言葉であった。

 武とは暴力に在らず、武は戈を止め相手を考える業。

 身をもって知っている。私は、篠ノ之箒にはその言葉はより深く浸透した。

 吾身は加虐の甘露の味を知っている。その味を知ってしまえば抗うのは耐えがたい苦痛。

 

(武の一文字は戈を()めると書く、か)

 

 武を知りながらその実暴力も知っている。

 二度も身を堕とした身としてはこれほど耳に痛い言葉はなかった。

 ただ単に楽しみにしていた日本武術の授業は心身を鍛える研鑽と思えた。

 

「皆さん、竹刀をおとり下さい。素振りなど基礎から始めたいのですが応用から始めさせていただきます。――誰か手本のお手伝いを願います」

 

 一人の生徒が溌溂と前に出た。

 

「それでは手本をお見せします。――上段で打ち込んできて下さい」

 

「ハーイ」

 

 生徒は強く一歩踏み込み、頭上より竹刀を振り下ろした。

 中段に構えていた湊斗はそれを見切るかのように小さく踏み込み、竹刀を振るう。

 敵手の振り下ろされる最中の竹刀を撃ち落し、切り落とす。

 竹刀の軌道はそのまま生徒の肩に向かい落ち込んだ。パーンと乾いた竹刀の音が道場に響く。

 

(切落)

 

 小野派一刀流の奥義。相手の攻撃を防ぎ瞬時に攻撃へと移行する。

 防と攻を同時に一刀にて行う。一刀流の名義を同時に行う技の一つ。

 瞬時の出来事であり手本の相手となった生徒はなにが何だが分かっていない様子であった。

 これを理解できたのはほんの数人、剣術に措いて造詣のあるモノたちだけであった。

 ああ、この先生はまともに相手をしても太刀打ちすら儘ならない。

 

「皆様にはこれを、一刀流『切落』を……自分の修める吉野御流合戦礼法『打潮』を学んでもらいます。この技は防御と攻撃を同時に行う技です。即座に出来る事はまずありません。ゆっくりでも構いませんので型から動きまでを真似て動いてみて下さい」

 

 そして切落の稽古が始まった。

 湊斗はよく出来た男であった。竹刀の握りの甘い者がいればすかさず助言にはいり、動きをやってみせる。男に教えられるという女性中心差別主義の生徒がいれば生真面目すぎる態度で毒気を抜き正しく剣術を教える。

 善良すぎる。正しすぎる。

 なのにどうしてだろうか。

 ――あんなにも暗い影を纏った鬼に見えるのは、私だけだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「先生、少しよろしいか」

 

「はい」

 

 剣術授業が終わり、道場より誰も居なくなったところで私は湊斗に声を掛けた。

 低い声で真っ直ぐと私を見据えてくる。

 私は口を開き、聞きたい事を端的に明確に伝える。

 

「貴方は何者か」

 

「人間です。ヒト科のヒト属、ホモ・サピエンスです」

 

「生物的分類を聞いているわけではない」

 

「立場で言うのなら先程説明通りIS学園用務教諭です」

 

「……貴方は私を馬鹿にしているのか」

 

「全く、一切、真摯に答えていますが」

 

 態度から本当に真面目に答えた結果がこれなのだろう。

 

「わかった。では、問いを変えよう――貴方が身に纏っていたあの機体、あれはISではないな」

 

「はい」

 

「どこであんなものを、姉さんがまた性懲りもなく作ったのか」

 

「家の神棚にて手に入れました」

 

「……本当に馬鹿にしていないか?」

 

「至って真面目です」

 

 本当、この男と話していると緊張感と云うものが抜かれてしまう。

 この男あれがどれだけ世界にとって重要な意味を持っているのか分っているのだろうか。

 いや、多分に分っていないからこういった反応を示しているのかもしれない。

 

「あの機体はどうした」

 

「口外無用との事でお答えできません」

 

「……では、貴方はどちらの味方だ」

 

「…………」

 

「ただこの世に混乱を撒き散らすか、それともこのままIS学園で教鞭を取るか」

 

「……どちらでもありません」

 

 熟考し、言葉を選んでいるようであった。

 己の立場を考え、どのように己を語るべきか悩み上げた挙句に出す言葉。

 

「自分は、妹を止めるためにあの機を駆るだけです」

 

「その妹は良からぬ組織にでも身を落としたか?」

 

「いいえ。ですが世のためには宜しくない存在である事は認めます」

 

 敵でもなく、味方でもなく。

 ただ私事で動く何ものか。彼は、湊斗は家族を止めるために動いている。

 ISでない機体のことはこの際聞きまい。今はただこの者がどのような行動原理なのかを見極める必要がある。

 

「あの機体であの海域になにをしに来た」

 

「諸事情によりあの場に居合わせ、逃亡の際に銀色の機体と接触、撤退不可能と判断した為に撃墜を試みました。――銀の機体はなにやら事情を抱えていたようですが誤って撃墜してしまい、平に謝罪のほどを」

 

「…………」

 

 真実を聞かねばならないが、どうにも埒が明きそうになかった。

 あの機体を見て直感はできる。あれはこの世にあってはいけないモノだと。

 だが存在してしまっている。そして何より――

 

 

 この男は見ているだけで怖気がする。




一夏
箒       ■
セシリア
鈴音
シャルロット
ラウラ
刀奈

本音
乱音
ヴィシュヌ
ロランツィーネ
ファニール
オニール
ベルベット
クーリェ
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震えて眠れ

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