たったひとつのSunshine Story 作:Kohya S.
日が沈むと秋の空は急速に色を無くしていく。
夕焼けのオレンジ色を背景に、向かいの校舎の屋上にずっと見えていた人影も、いつの間にか消えていた。
ガラガラと
そのうちの一人、吹奏楽部部長、二年の
「すみませんね。もうすこし待っててください、
俺はうなずいてみせた。三人は楽器庫に楽器を置きに行く。
俺とその三人以外の部員はすでに帰っていた。
俺は奈良橋に話があると言われ、自分のパート練習――ちなみにサックスだ――が終わったあとも一人で待っていた。
わざわざ待たせるとなると、やっぱりダメ出しかな。たしかに演奏はいまいちたけどさ。
そう思うとすこし不安になる。ただ、奈良橋は俺を含めた部員を、他の部員の前で頭ごなしに否定するような真似はしない。その点は信頼できた。
「それじゃお
「あとよろしく」
俺にそう言って奈良橋を除いた二人はさっさといなくなった。
俺も帰りたい、と思いながら見送る。
最後に楽器庫から戻ってきた奈良橋は、音楽室の扉が閉まったことを確認する。そして俺に向き直るとにこりと笑った。
「待たせましたね」
右手で眼鏡をクイっと上げる。彼は切れ長の目で長身、なかなかの美男子だ。トランペットのパートリーダーでもある。
俺とは一年、二年とクラスが同じで、部活も同じとあってよい友人だった。
ちなみに同級生にも後輩にも敬語なのは彼のポリシーらしい。
「演奏の話なら、はいはいすみません、としか言いようがないぞ」
俺は肩をすくめる。
人並みに練習はしていると思うのだが、どうも壁が越えられなかった。正直、サックスパートの三人のなかでは一番下手だと思う。
もっとも、あまり部活に気合いを入れているわけでもないので、これ以上練習しようとは思わなかったが。
「いえ、それは別の機会に」
ああ、やっぱり否定はしないんだ、と思う。わかってはいたがちょっとへこむ。
「来年の合同演奏会ですが……」
いったん言葉を切る奈良橋。
文化部の
弱小吹奏楽部である我が沼津南高校・吹奏楽部は、同じような立場の付近の高校と合同で演奏会をおこなっている。
合同といっても一緒に演奏するのは最後の一曲だけ。それぞれのプログラムは各高校に任されていた。会場を確保するのと人を集めやすくするのが合同の理由だった。
男子高の沼津南としては、それでも共学校との合同演奏会は貴重な女子との遭遇の機会だが――。
そんなことを考えながら俺がうなずくと、奈良橋は続けた。
「副部長とちょっとした企画を考えてましてね」
「企画ってなんだよ」
奈良橋はクールで冷静に見えて、ときどき無茶をすることを俺は二年近い付き合いから知っていた。
「秘密です」
奈良橋はあっさりと言った。俺だけ残す意味あるのかよ……。
俺があきれたのを察して彼は言葉を
「いま交渉中です。それが
「またかよ。結構面倒なんだぜ、あれ」
俺は音楽、具体的にいうと楽器演奏ではなくてコンピュータを使った演奏、いわゆる
文化祭のときにはちょうど放映中だったアニメのオープニングを吹奏楽、それも少人数編成向けにアレンジして演奏し、わりと受けた。やっぱり時事ネタは強い。
「そこをなんとか。西村君が引き受けてくれないと、先方にご負担がかかりそうで」
「はあ」
先方? それに負担ってなんだろう? 俺の負担は?
「お礼は……出ませんけど」
「出ないのかよ」
俺はため息をついてみせた。
とはいえ言葉とは裏腹に、俺は実は嬉しかった。真面目に取り組んでいないとはいえ部活は部活だし、友人も多い。演奏がいまいちな俺が、そんな部活に貢献できる機会だからだ。
まあ、安売りするつもりもなかったが。
「ただ……意外な役得が、あるかもしれません」
渋る俺に奈良橋はそんなことを言って唇の端をゆがめた。役得って――なんか変なこと考えてるんじゃないだろうか。俺は別の意味でまた不安になる。
俺はまたひとつため息をついて、うなずいた。
「わかったよ。なんとかやってみる」
「ありがとうございます」
「詳細、早く教えてくれよな。結構時間、掛かるんだし」
これは本当だ。
「ええ、それはもちろん。うまくいけば来週にも声を掛けますよ」
奈良橋はもう一度笑った。
奈良橋に付き合って音楽室と楽器庫の鍵を職員室に返しに行く。どうせ昇降口までの途中だ。
体育館ではまだ運動部が練習を続けていた。吹奏楽部はパート練習の場所(屋上を始め校舎の
奈良橋とは学校を出てすこし歩いて別れた。
・
沼津南高校は市街地中心部からやや南、市役所の近くにある。その学校から自宅のあるマンションまでは徒歩数分だった。
秋もそろそろ晩秋と呼ばれる時期で、日が落ちると急に寒さを感じた。
家に入ると、父母はまだ帰っていないようでほっとする。別に仲が悪いわけではないし、勉強をしろと口うるさく言われるわけでもないが、親がいないと気が楽なのはこの年としては仕方ないだろう。
まっすぐに自分の部屋に行く。
小学校のころから使っていてシールの跡の残る勉強机。文庫や漫画、参考書、それに楽譜の入っている本棚。シングルの収納付きベッド。服はクローゼットのなかだ。
そんな高校生らしい家具のなかで一番目立つのは88鍵、つまりピアノと同じ幅のMIDIキーボードだった。ベッドとこいつのせいで六畳の部屋は狭い。
DTMなら49鍵や61鍵でも十分だが中学までピアノをやっていたので、どうしても88鍵は
あとはノートPCと
ノートPCは高校入学時に親に買ってもらったが、ほかはお年玉とバイトですこしずつ買った。どれも安物だが、俺にとっては宝物――というには恥ずかしいか。貴重な道具だった。
俺は鞄を下ろすと椅子に座ってPCを開く。いつものように動画サイトへ。
やはり自分が上げた動画の再生数は気になった。
お、まあまあ伸びてるな。
先週上げた、あるゲームソングの「ピアノアレンジしてみた」動画だった。
こっちは……。いまいちだな。
さらに前の週に公開した、自分で作詞作曲して、音声合成ソフトで歌わせたオリジナル曲だった。悲しいことに前者の十分の一もない。
そう、俺は編曲だけでなく作曲もやっている。ただ、そっち方面の才能は俺には無いようだった。作詞に関してはもう、言わずもがなだ。
ピアノを
編曲にはある程度の法則がある。ルールを当てはめて、頭で考えて編曲することはできる。
ただ創造性や感受性――というのか、なんなのかわからないが――を発揮してなにかを作り出す、というのは、どうにも向いていないようだった。
サックスがいつまでも上手くならないのも、同じ理由だと思う。
それをいえば「アレンジしてみた」動画だって、同じジャンルで、もっとずっと再生数が伸びている動画があった。
俺はため息をついてPCを閉じ、顔を洗うために部屋を出た。
§
浦の星女学院の屋上から見る景色は、いつもよりずっと澄んでいるみたいだった。
視界に広がるみかん畑――よく見ると緑色の実が大きくなり始めている――その先に広がる海。そこを通ってくる、緑めいた、かすかに潮のかおりを残す風。私が好きな内浦の景色そのものだった。
私は夏が一番好きだけれど、秋も嫌いじゃない。それをいったら、冬も春も、それぞれいいところがあるって思うけれど。
放課後。同じクラスの梨子ちゃんと曜ちゃんは屋上の真ん中で話していて、ほかのメンバーはまだ来ていない。
二学期からは週に三日くらい別の場所で練習しているが、今日は屋上の日だった。
ラブライブの東海地区予選が終わって、残念だけど浦の星の統合が決まって、新しい目標ができて――嵐のようだった私の心も、ようやくすこし落ち着いてきたと思う。
こうやって内浦の景色を眺めていられることが、その証拠じゃないかな。
それはもちろん、まだ残念な気持ちはいくらでもあったけれど――。
新しい足音がして私は振り返った。
「こんにちは、千歌ちゃん」
一年生の花丸ちゃんがにこっと笑った。そのうしろには善子ちゃんとルビィちゃん。
「こんにちは」
私も笑顔を返す。
すぐに三年生の三人もやってきて練習が始まった。
まずはストレッチから。おしゃべりをしながら、ひとりひとり、または二人で組んで体をほぐしていく。
「あの、みんなに話があるずら」
今日は花丸ちゃんが、話したいことがあるらしい。
「なに、花丸」と果南ちゃん。ぶっきらぼうだけど、その言いかたには優しさがこもっていた。
「オラのクラスの子が、Aqoursに頼みたいことがある、って言ってたんだ」
「ふーん、頼みねえ。いったいなんだろうね」
首をかしげる果南ちゃん。
「オラも詳しくは聞かなかったんだけど、放課後、屋上に来てって話しておいたずら」
「きっと悪魔降臨の儀式を手伝ってほしい、ってことよ。九人の選ばれし英雄が必要……って、痛い痛い!」
座って前屈していた善子ちゃんが、梨子ちゃんに背中をぐいぐい押されている。
「でも、そういうことならすぐにわかるよね」
私が話したちょうどそのとき、校舎に通じる階段から一人の女の子が顔を出した。
「すみません、いまお時間、大丈夫ですか?」
長髪で眼鏡を掛けた彼女に、生徒数のすくない浦の星だから見覚えはあったけれど、名前はわからなかった。
「同じクラスの奈良橋さんずら」と花丸。
「はじめまして、奈良橋です」
ストレッチを
「あの、ぶしつけなお願いで恐縮ですが、Aqoursのみなさんの力を貸していただけないでしょうか」
まるでダイヤちゃんみたいに丁寧な言葉
彼女の頼みというのは、高校二年生の兄(当然、別の高校っていうことになる)が所属する吹奏楽部が定期演奏会をやるので、そこにゲストボーカルとして参加してくれないか、という内容だった。
部員がすくないので、定期演奏会をなんとか盛り上げたいらしい。
「いいじゃない! 生演奏で歌えるなんて、めったにないチャンスよ!」
話を聞き終わったとたん、鞠莉ちゃんが目を輝かせた。
「ルビィもちょっぴりあこがれるなあ」
「盛り上げたいっていうのも、わかるかも」これは曜ちゃん。
「そうですわね。他校で、異なる部活とはいえ、苦労はあるのでしょうね」
ダイヤちゃんは顎に手をあてて話した。
私も同じ気持ちだった。スクールアイドル部は人数がすくなくてもいいが、吹奏楽部はそうはいかないだろう。
「あの、いつごろなのかな? 時期によってはちょっと難しいかも……」
梨子ちゃんが聞いた。
ラブライブの本選は来年の三月中旬。すくなくともその前の一か月は、本選に集中しようと私たちは話していた。
それに、ほかのイベントもある。地区予選優勝のおかげか、似たようなAqoursへの依頼がときどき来るようになっていた。
「二月の前半って聞いてます。すみません、詳しい日付はわからなくて」
奈良橋さんは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
うん、それならぎりぎり本選のほうは大丈夫かな。
梨子ちゃんは私の視線に、にこっとうなずいた。
「それじゃ、基本的には引き受ける方向で」私が言うと。
「賛成!」「ん、いいんじゃないかな」「わたくしもですわ」「ル、ルビィも」「いいと思うずら」「承知!」「オッケー!」「いいと思う」
みんなは賛成の言葉を上げた。
「ありがとうございます!」
奈良橋さんは両手を揃えて深々とお辞儀した。ますますダイヤちゃんみたい。
「詳しい日時はすぐにお伝えします」
「よろしくお願いするずら」手を振る花丸ちゃん。
「あ、待って」
もう一度、頭を下げて帰ろうとする奈良橋さんを曜ちゃんが呼び止めた。
「はい、なんでしょう?」
「お兄さんの高校、どこなのかな?」
そういえば聞いていなかった。
「すみません、重要なところを。沼津南高校です」
「了解であります」
曜ちゃんはぴしっと敬礼してみせた。奈良橋さんは今度こそ帰っていった。
「沼津南……なにかひっかかるわ」
その横で梨子ちゃんはしばらく首をかしげていた。
・
翌日の昼休み。私たち二年生もいつものように部室に行く。
昼休みには、時間さえあればAqoursのみんなは部室に顔を出している。今日は私たちが一番乗りみたいだった。
部室に着いたところで曜ちゃんが提案した。
「ねえ、昨日の吹奏楽部の話だけど、ちょっと調べてみようよ」
「演奏しているところとか見たいわね」と梨子ちゃん。
生演奏だし、気になるのは私も同じだった。
「となると、やっぱり動画かな」
私は部室のパソコンを開いて動画サイトにアクセスした。いつもはスクールアイドル関連の動画ばかり見ているパソコンだ。また部活専用のメールアドレスもこのパソコンでやり取りしていた。
「えーと、『沼津南高校』あーんど『吹奏楽部』っと。こんな感じでいいかな」
曜ちゃんと梨子ちゃんがうなずいて私は検索ボタンをクリックした。
予想通りいくつかの動画が表示された。私はいちばん上の動画――文化祭のものらしい――を選ぶ。
すぐに再生が始まった。どこかで聞いたことのある明るい曲調のマーチ。たしか浦の星の吹奏楽部も演奏していた。
でも……うーん?
首をかしげる私に曜ちゃんが言った。
「あまり……うまくない、かも?」
「えっと、そうね」と梨子ちゃん。「音がときどき裏返ってるし、パートによってはリズムもずれてる、かな」
人数でいえば浦の星の吹奏楽部と同じくらいだと思う(たぶん吹奏楽部としてはすくないほうなんだろう)。でも、演奏はうちのほうがずっと上手い――というか、聞いていて安心できた。
ん、人数といえば?
「全員、男子だね」と私はつぶやく。「吹奏楽って、そんなに男子に人気だっけ?」
「そうよ!」
梨子ちゃんが声をあげた。あれ、そうなの?
「沼津南って、男子高よ。私、ここに引っ越してくるときに沼津の高校について調べたもの」
なるほど、男子高か、と思う。浦の星は女子高。当然、男子高だってどこかにある。それはわかっていたけれど、どんな感じなのかイメージはできなかった。
中学までは男子と一緒だったけど、あまり意識したことはなかったし……。
「おおっ! 制服はやっぱり
曜ちゃんは食い入るように動画に見入る。残念ながら動画の生徒たちは夏服で、特徴のないワイシャツだった。
すぐにでも冬服を調べたそうな曜ちゃんを、私は「まあまあ落ち着いて」となだめる。
「でも、男子高か……」と梨子ちゃん。「どんな感じなのかな?」
「きっと、男子しかいないんだと思うよ」と私。というか、それしか思いつかないよ。
「それは、そうよね」
あ、なにか冷たい視線を感じた。
「あはは。ま、引き受けることになったら、わかってくるんじゃないかな」
曜ちゃんがそういって笑う。
動画のなかでは次の曲が始まっていた。今度の曲もなんとなく聞いたことがある気がする。
「この曲、なんだっけ?」
「えーと……」と梨子ちゃん。
「ふっ、アニメ『異世界ロマンティーク』のオープニングよ」
「あ、善子ちゃん」
振り返ると逆ピースを決めた善子ちゃんがいた。隣には花丸ちゃんとルビィちゃん。
「そんなことも知らないの、千歌。けっこうな人気だったじゃない。CMも流してたし。……って、ヨハネよ!」
「だから聞き覚えがあるのね」梨子ちゃんがうなずく。「でも、吹奏楽用の編曲か……。つい最近のアニメだし、オリジナルかしら」
「吹奏楽よう?」
曲作りは作詞、作曲だけでなくて、そのあとの編曲も重要ということは私も知っている。Aqoursでは作曲と一緒に、主に梨子ちゃんが担当してくれている。
でも、吹奏楽用って?
あ、ちなみに善子ちゃんのツッコミは全員が華麗にスルーしていた。
「ええ。吹奏楽だと当然、楽器が違うしボーカルもいないわ。だからそれにあわせて編曲する必要があるの」
「なるほど」
へぇボタンがあったら連打してるところだよ。
ん、ということは……?
「もしかして、仮にだよ、私たちの曲を演奏してもらうとすると?」
せっかくだからAqoursの曲がいいなって思ったんだけど。
「ええ、アレンジ……編曲する必要があるわ。私、吹奏楽はよくわからないから、ちょっと不安だったの。もし編曲できる人がいるなら安心ね」
梨子ちゃんはにこっと笑った。
編曲の問題は大丈夫そう。となると、演奏のレベルはさておき、生演奏で歌えて、さらに他校の部活と交流できるっていうのが、すごく楽しみに思えてきた。
「あの、そのお話なんだけど、困ったことになったずら」
いったん会話が途切れて、花丸ちゃんがおずおずという感じで言った。
「どうかしたの、花丸ちゃん?」曜ちゃんが聞く。
「奈良橋さんから日付を教えてもらったんだけど、ちょうどその日、一年生は社会科見学ずら」
社会科見学。たった一年前なのに、もう懐かしかった。私たちは工場の見学に行って、お土産をもらってきたっけ。ちょっとした遠足みたいだった。
でも、そうなると。
「それじゃ、一年生の参加は無理?」
私の言葉に花丸ちゃんたちはうなずいた。
うーん、二年、三年だけでもいいけど、どうせなら九人で出たかったな。
「日付はいつ?」
「二月
「えーと……」
花丸ちゃんに聞いて、スマートフォンを取り出して調べる梨子ちゃん。
「土曜日ね」そういって私にカレンダーの画面を見せてくれる。「演奏会なら、きっと週末だと思ってたけど。今年は社会科見学、土曜日なのね。あっ……!」
「なあに、梨子ちゃん?」
「私、その日、ピアノの発表会だわ。いま
「ありゃー」
残り五人になってしまった。
「二月……もしかして」
曜ちゃんもスマートフォンを手にした。
「あ、やっぱり。梨子ちゃんと、同じ日だねって話したことあったよ。私、水泳の競技会だ。飛び込みじゃなくて競泳だけど」
困り顔の曜ちゃん。あれ、私は、どうだっけ?
私も予定を確認してみる。うん、きれいさっぱり真っ白だ。というか私、スマートフォンに予定は入力していなかった。
「みなさん騒がしいですわね。どうかしましたか?」
「あ、ダイヤちゃん」
三年生の三人だ。
「あの、実は……」
梨子ちゃんが手際よく説明する。
「わかりました。でも、困りましたわね。ただでさえ忙しくなる年度末。その日は一年生の行事がありますから、私たちも予定を入れてしまいましたわ」
さすが、生徒会長ともなると各学年の予定もしっかり把握しているらしい。
「お姉ちゃんも?」ルビィちゃんが聞く。
「ええ、先方……統合先の高校の生徒会の
そうか、統合の話は進んでいるんだ、と思う。しっかり進めてくれてるダイヤちゃんに感謝するとともに、ちょっと切なくなった。
あれ、でもいま、私たちって?
「私も理事長として、向こうの理事長と会うのよ」ウインクする鞠莉ちゃん。
当然か。果南ちゃんは? 私は視線を向ける。
「私も、ダイヤに頼まれて一緒に行く予定だよ。ひとりじゃ心細いっていうからさ」
「わ、わたくしはそんなことは言っておりませんが」
そういうダイヤちゃんは、口元のほくろを
「ほら、浦の星って生徒会役員がみんな兼部じゃない。当日、都合がつくのがダイヤしかいないみたいなんだよね。ひとりじゃ大変だと思うよ」
果南ちゃんはそういって微笑み、ダイヤちゃんは不承不承という感じでうなずいた。
もしかして?
「えーと、あいてるの、私ひとり!?」
「そうみたい、だね」苦笑する曜ちゃん。
「……こんな偶然って、あるのかしら」
梨子ちゃんは目をそらしてつぶやいた。
「どうしよう。断ったほうがいいかなあ」
花丸ちゃんが不安そうに話す。
「日付をずらしてもらえばいいのよ……って無理よね。定期演奏会だと」肩をすくめる善子ちゃん。
「あの、私。発表会、無理して出なくてもいいけど……」
「私も。水泳部に頼まれて出るだけで、競泳、あまり得意じゃないから」
梨子ちゃんと曜ちゃんに私は首を振った。
「ううん、それはよくないよ。ほら、一学期のときも梨子ちゃんのコンクールで話したじゃない」
あのとき、私たちはみんな、それぞれの想いを諦めないって決めた。だからふたりには、そんなことはしてほしくなかった。
私が微笑むとふたりもうなずいてくれた。
「お姉ちゃん、ルビィたち……」
「それは駄目です」
ダイヤちゃんはピシッと言ってから表情を
「気持ちはよくわかります。でも、社会科見学は授業の一環ですわ。ラブライブのような大会ならともかく、いわば私用で不参加、はさすがに許可できません」
わかりますね、というようにやさしく微笑んだ。さすがダイヤちゃん。
「となると……。千歌、ひとりで行く?」
果南ちゃんが私を見つめた。
みんな、私が口を開くのを待ってた。
ひとりだけのステージ。
思い返せば私の隣には、最初からずっと曜ちゃんと梨子ちゃんがいてくれた。不安じゃない、って言ったら嘘になる。
でも、Aqoursへの依頼は――きっとAqoursへの信頼ってことなんだと思う。だとしたら、できればそれに応えたい。だって、私はAqoursの一員だから。
私はぐっとこぶしを握りしめた。
「私、いってくるよ!」
そう宣言する。
「そう言うと思ってたよ、千歌」
果南ちゃんが微笑んだ。みんな、同じ気持ちみたいだった。これならきっと一人でもやれる、そんな気がした。
「それでは、申し訳ありませんがお願いしますわ、千歌さん」とダイヤちゃん。
「えっと、がんばります!」
私はうなずいた。任せておいて、とは言えなかった。
一人でAqoursの名前を背負って歌う。すごくどきどきする。
「まあ、向こうしだいだけどね」
曜ちゃんが頭のうしろで手を組んだ。それはそうだ。私一人だけって言ったら、断られてしまうことだってありえる。
「せっかくの機会デース! なにより楽しんできて、千歌っち!」
鞠莉ちゃんはあくまでも陽気だった。私の心の中を知っているのかもしれない。
「そうそう、沼津南って男子高なんです、鞠莉さん」
梨子ちゃんが言う。
「ワーオ! 素敵な出会いがあるかもしれないわよ!」
「だってさ、千歌」
「は、
「男子高。それは男子しかいない高校……」
「当たり前ずら」
「ち、千歌ちゃん大丈夫かな……」
「千歌ちゃんひとりかー。衣装、どうしようかな」
「あっ。ソロ曲、作曲しようかしら」
盛り上がるみんなと対照的に、私は出会いとか、まったく実感がなくて――むしろ一人きりのライブってことで頭がいっぱいだった。