たったひとつのSunshine Story 作:Kohya S.
「千歌ちゃん、腕、上げてみて」
「こんな感じ?」
「そうそう。うーん、ちょっと胸、きついかな」
「そういえばそうかも」
「じゃ、ここは調整するね。ウエストとか腰回りはどうかな?」
曜ちゃんはそういって、衣装の上から軽く私の体にふれた。すこしくすぐったい。
「うん、よさそうだね。ほかになにか、気になるところあった?」
「あとは大丈夫かな」
「よしっ!」
更衣スペースのなかで細かいところを調整してくれていた曜ちゃんが体を起こした。私をくるりと180度回転させる。
「じゃーん!」
曜ちゃんはそう言いながらカーテンを開いた。
「うわーっ、素敵ね!」
「千歌ちゃん、かっこいいずら!」
「ワーオ! ベリーキュート!」
梨子ちゃんだけでなく、いつの間にか全員が揃っていた。
率直な賞賛の言葉に私は嬉しいのと恥ずかしいのとで、また顔が赤くなる。
「千歌、ちょっとこっち来て」
「くるっと回ってみて、千歌ちゃん」
「上品に仕上がっておりますわ」
「白と黒のコントラスト、まるで光と闇のよう」
しばらくみんなは私を離してくれなかった。
みんなの興奮がようやく落ち着いて、私は曜ちゃんの手を両手で握りしめた。
「曜ちゃん、本当にありがとう」
「えへへ、千歌ちゃんが喜んでくれたなら、嬉しいな」
曜ちゃんはすこし照れたように笑った。
・
それからみんなと一緒に練習着に着替えて屋上に行った。
ストレッチのときに、さらにもうひとつ嬉しいことが起きた。
「千歌、例の曲だけど。曜と一緒にすこしだけど振り付け考えてみたんだ」
「えっ、ほんと、果南ちゃん」
「ちょっとだけ、だけどね。今日どこかで話できないかな」
「うん、ぜひ聞かせて!」
練習に一区切りついたところで、私はみんなに断って果南ちゃんと曜ちゃんと話すことにした。
「そういえば千歌、昔からミュージカル好きだったよね」
果南ちゃんが言った。うなずく私。
「そのへんを参考に考えようかと思ったんだけど……」
「だけど?」
「あれってさ、なんかアドリブって感じしない?」
言われてみればそうかも。
「だから、基本的には千歌ちゃんに任せよう、ってことになったんだ」曜ちゃんが頭をかいた。
うわあ、アドリブか。私にできるかな。
そう思っている私に果南ちゃんは続けた。
「曲は、すごくいい感じになったよね。やっぱりCメロがキモかなって」
「あそこは見せ所だよね」と曜ちゃん。
「だから、そこだけは考えてみたよ」
「ありがとう、果南ちゃん!」
果南ちゃんはにこっと笑った。
「ここ、四分の三拍子になってるから、まずはリズムをつけてゆったり、手はうしろに組んで……」
私は彼女の動きにあわせて屋上を行ったり来たりする。
果南ちゃんと曜ちゃんの振り付けは、いい感じだった。
「……最後のセリフは、こう上を見上げる感じでどうかな?」
「えっと、こんな感じ?」
「もうすこし、脇を締めたほうが可愛いかも」
曜ちゃんの言葉に私はすこし腕を動かした。
「そうそう、いいんじゃないかな」
果南ちゃんが満足したように微笑んだ。
「いちおう、簡単だけど紙にまとめておいたから。部室で渡すよ」
「ありがとう、果南ちゃん、曜ちゃん!」
「どういたしまして」
「あと、小物も用意しておくからアドリブで好きなように使ってよ」と曜ちゃん。
「小物?」
「うん、今日は用意できなかったから、もうすこし待っててね、千歌ちゃん」
曜ちゃんはにこっと笑った。
あとで練習、しておかないと。アドリブも、ちょっと考えたほうがいいよね。
衣装も振り付けもできて、だんだんと私だけのライブが形になっていくのは、心が躍って仕方なかった。
・
次の日、もう一度持ってきてくれた曜ちゃんの衣装は、今度こそぴったりだった。
私はもう一度、お礼を言った。
「えへへ、なかなかの自信作であります!」
曜ちゃんはそう言って、自分のスマートフォンで私の写真をバシバシ撮影していた。
うう、恥ずかしいよ。
でも、毎回のことだし、「次の衣装の参考にするんだよ」っていわれると反論できなかった。
あまりにも素敵なので、練習着に着替える前に私も何枚か、鏡に映った写真を撮ってみた。
流行りの自撮りみたいにかっこいいポーズはできないけれど、ちょっとだけ気取って撮った写真は我ながら、なかなかいい感じだった。
この写真、どうしようかな。
そう考えたとき、ふわっと頭のなかに西村くんの顔が浮かんだ。
その日の夜。私はスマートフォンを握って、ずうっと考えていた。
次の練習のときにはたぶん、写真を見せることになる。でも、そのときはみんなと一緒に見るだろう。
私はできれば先に、西村くんに見てほしかった。彼がなんて言うか、とても気になった。不思議な感じだった。
きっと、素敵だって、言ってくれると思う。でも、もしかしたら、と考えてしまって、不安な気持ちもあった。
このもやもやをずっと抱えたままにするのは、不可能な気がした。
私はひとつ深呼吸をして、メールを西村くんに送った。本文には「衣装ができました」とだけ書いて。
返信はすぐに来た。
私は震える指でメールを開いた。
顔がほころぶのがわかる。今日はぐっすり、眠れそうだった。
・
次の週にはもう沼津南高校との合同練習だった。
今回も曜ちゃんが一緒に行ってくれた。振り付けを実際に踊ってみることになっていて、その確認ということだったけれど、きっとやっぱり、曜ちゃんの目的は別なんじゃないかなって思った。
高校の玄関では西村くんが待っていてくれた。
「あ、高海さん。こんにちは」
彼の笑顔は、最初のころにくらべるとずいぶん自然になったんじゃないかと思う。
「こんにちは、西村くん」
そう返しながら、私はこの前、メールを送ってしまったことを思い出す。どうして私、あんな大胆なことをしたんだろう。
私の笑顔はちょっとぎこちなかったんじゃないかな。
「渡辺さん、こんにちは」
「こんにちは! えへへ、今日はお楽しみがあるから、期待しててね!」
曜ちゃんは西村くんにいたずらっぽく笑った。曜ちゃんが言っているのが衣装のことなら、ちょっと曜ちゃんに悪いことをしてしまったかもしれない。
「えっ、なんだろう。すごく楽しみです」
西村くんは気づいたのか気づかないのか、面白そうに笑った。
音楽室へ行くと、部員のみんなが挨拶をしてくれた。前回よりはみんなも緊張していないようだった。
「わざわざありがとうございます、高海さん、渡辺さん」
奈良橋くんの挨拶はいつものように丁寧だ。
曜ちゃんは早速、という感じで鞄から何枚かの写真を取り出す。印刷してきたらしい。
「実は、衣装ができたので写真を持ってきました!」
おおっ、とざわめく部員たち。奈良橋くんも興味深そうに右手でメガネを上げた。
「もう、曜ちゃん、わざわざ持ってこなくてもいいのに」
私は抗議するけれど、さっきの曜ちゃんの態度で覚悟は決めていた。あまりへんな写真じゃなければいいけど。
西村くんと目があって、彼は困ったようなあきれたような顔で笑った。
幸い写真は私が撮ったのよりも可愛いくらいで――きわどいアングルとかはなかった――私は
「部員に見せてもいいですか?」と奈良橋くん。
「えーと、はい」
いまさらダメとは言えなかった。西村くんも微妙な顔をしていた。
「今日は振りをやってみるということで、教壇はなるべく
そういえば教卓とかが脇に寄せてある。
「うん、これならなんとかなりそうだね、千歌ちゃん」と曜ちゃん。
「そうだね。できるだけやってみます」
西村くんが機材を調整してくれて、私はマイクを受け取った。
「それでは、よろしいですか?」
奈良橋くんが聞き、私はうなずいた。
奈良橋くんは、にやっと笑った。彼にしてはめずらしく子供っぽい感じだった。
奈良橋くんは西村くんに声をかけて、ほかの部員たちのところへ歩いていく。そして西村くんはピアノのわきに立った。あれ、どういうことだろう。
西村くんと視線があって、彼はちょっと居心地悪そうに笑った。
「今回は、俺が指揮をさせてもらいます。高海さんはぜひ自由に、のびのび歌ってください」
私はあっけにとられてしばらく返事ができなかった。でも、次の瞬間、どういうことかわかる。彼の指揮で歌えるんだ――急に、胸がどきどきしてきた。
「……はいっ!」
私は大きな声で答えた。
西村くんは指揮棒を手にして、部員たちを右から左へ見渡すように眺めた。空気が変わるのがわかった。前回よりもずっと、張りつめた雰囲気だった。
西村くんが右手を振って、曲が始まった。
いきなりイントロの先頭で気づく。吹奏楽部の演奏は前回からガラッと変わっていた。ずっと上手くなっている。それどころか編曲だって違う。期待を盛り上げるように転調していくメロディ。
私は驚きにつつまれながら、大きく息を吸って歌い始めた。
歌詞の主人公――つまり、私だ――の気持ちを考えながら、教壇のうえを行ったり来たりする。
一番が終わって間奏に入ると、さらに驚きが待っていた。
トランペットを下ろした奈良橋くんが、どこからかバイオリンを取り、かまえたのだ。えっ、と思う間もなく奈良橋くんは軽快にソロを弾き始めた。
すごい。びっくりするくらい上手だった。
彼は演奏を終えると私に向けてお辞儀をした。私は笑顔を返して、二番へ移った。
そして、いよいよCメロ。西村くんが私を向いて指揮棒を振った。その顔はとても楽しそうだった。
私は果南ちゃんと曜ちゃんのことを思いながら歌い、踊った。
曲は大サビへ入る。演奏は私の声と
最後にイントロと同じ旋律が戻ってきて、全員の音が一緒になって、曲が終わった。
私は大きく息をしていた。でも、疲れた感じはしなくて、爽快感だけがあった。
パチパチパチ、という拍手の音がした。曜ちゃんだった。
「すごい、すごいよ! 前よりずっと良かったよ!」
部員たちのあいだに照れくさいような誇らしいような、そんな空気が流れるのがわかった。
「お疲れさま。悪くなかったと思う」
西村くんが口を開いた。それからある部員のほうを向く。
「最初のグリッサンド、あまりあわてなくていいから。しっかりパーカッションの音を聞いて、あわせてほしい」
その部員は真剣な表情でうなずいた。西村くんは続けていくつか同じように部員たちに話した。そして奈良橋くんにも言う。
「奈良橋のソロは、まあ言うことなしだな」
奈良橋くんはどうも、というように肩をすくめた。
「ちなみに、立ってでも演奏できるか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「それじゃ、せっかくだからそうしてもらうかな。高海さんと掛け合いっぽくできれば面白いと思う」
「わかりました」
奈良橋くんはうなずいた。
「それに、高海さん」
西村くんは私を見つめる。自分がドキドキしてくるのがわかった。
「はい」
「……その、素敵な歌でした」
私の胸に安堵と嬉しさがあふれる。それに、みんなの前で言われたことで、ちょっと恥ずかしい気持ちも。
彼はすこし早口で続けた。
「今回、編曲を変えたこと、黙っていてすみませんでした」
「ううん、ぜんぜん気にしてないです」私は首を振る。
「まず聞いてほしくて。それで、どうでしたか、演奏は?」
「よかったです」
そう答えてから私は、みんなのほうへ向いて言いなおす。
「あの、とてもよかったと思います。ありがとうございます!」
「よっしゃ!」「やったぜ」「練習の甲斐、あったな」
みんな、口々に喜びの声をあげた。肩を叩きあったり、ハイタッチしたりする部員もいる。
私まで嬉しくなってきて思わず声に出す。
「本番も、よろしくお願いします!」
「おうっ!」
全員が答えてくれた。
・
そのあと、すこし練習をしてから最後にもう一度、合奏した。一回目よりもさらによかったと思う。
帰りは、今日も西村くんが送ってくれることになった。
玄関ですこし待つように言われて曜ちゃんとふたりで待っていると、西村くんはペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう!」
「いや。この前は気づかなくて、ごめん」
そういえばそんなこともあったっけ。お茶は温かかった。私はコートのポケットに入れた。
靴を履こうとしたとき、曜ちゃんが突然、言った。
「千歌ちゃん、ごめん。ちょっとトイレ、行ってきていい?」
ん、トイレ? そういえば……。
「あ、私も行く!」
「えっ、千歌ちゃんは待っててくれればいいけど」
「だって、私も行きたくなっちゃったんだもん」
これから内浦までは結構あるし、お茶なんか飲んだりしたら、ね。
「しょうがないなあ」と曜ちゃん。
そのとき私はなんとなく違和感を覚える。あ。
西村くんが困ったように目をそらしていた。気づいた私は真っ赤になる。
「……す、すぐに戻ります!」
私は曜ちゃんの手を引いて、急ぎ足でトイレへ向かった。
トイレの場所は、前回来たときに教えてもらっていた。用を済ませて洗面台の前で曜ちゃんと一緒になる。
「千歌ちゃんってさ、たまにあっけにとられるくらい、鈍いときがあるよね」
苦笑するように曜ちゃんは話した。
「だって、つい、いつもの調子で……」
私は唇をとがらせる。
「そういうことじゃ、ないんだけどなあ」首を振る曜ちゃん。
「えっ、どういうこと?」
「そういうところも含めて、千歌ちゃんらしいんだけどね」
曜ちゃんはにこっと笑った。
私はまだよくわからなかったけれど、曜ちゃんは「さっ、早く戻らなきゃ」と言ってトイレを出ていき、私もあとを追った。
・
バス停まで歩くあいだ、西村くんは今日のことを話した。
「そういえば、結局聞けなかったけど、歌いにくいところなかった?」と西村くん。
「うーん、あまり気にならなかったかな。前回より、ずっと歌いやすかったよ」
「それならいいけど」
西村くんはいったん言葉を切り、照れくさそうに話した。
「部員たち、けっこうがんばってるんだ。高海さんも、もっとアドリブとか入れてくれていいから。がんばってついていく」
「うん、わかった!」
私がうなずくと西村くんは嬉しそうだった。
「渡辺さんも、素敵な衣装ありがとう」
西村くんは振り向いて話した。
「どういたしまして。千歌ちゃんのためだからね」
「部員たち、きっともっと、やる気が出るんじゃないかな」
「それは光栄であります!」
曜ちゃんはびしっと敬礼してみせた。
梨子ちゃんが作曲をしてくれて、曜ちゃんが衣装を作ってくれて、果南ちゃんが振り付けを考えてくれて、本当にめぐまれてる、と思う。西村くんの編曲だってそうだ。
そういえば、と私は聞く。
「編曲、ずいぶん変えたんだね」
「うん、その、せっかく部員たちがやる気になってるから、いい曲にしたくてさ」
「そうなんだ。……ありがとう」
「いや、うん」
私がいうと西村くんは下を向いてしまった。私もなんだか恥ずかしくなって、視線をそらした。
なにか言わなくちゃ、と私は口を開く。
「奈良橋くんのところ、びっくりしちゃった」
「ああ、バイオリンやってるって言ってたの思い出してさ。正解だったよ」
「すごくいい感じだった」
「そういってくれると奈良橋も喜ぶよ」
びっくりしたっていえば、そう。
「指揮、変わったんだね。あ、そっか、奈良橋くんがソロをやるから……」
「うん、そうなんだ。仕方なしに引き受けることにした」
「あっ、でも、その、えっと、かっこよかった、かな」
わ、私、なに言ってるんだろう。
でも、西村くんが困ったように、だけど嬉しそうに、ぼそっと「ありがとう」と言ったのを聞いたら、間違ってなかったんだって気がした。
背中から視線を感じて、気づく。振りかえると曜ちゃんが面白そうに笑っていた。すでに赤くなっていた私の顔は、さらにもう一段、赤くなった。
バス停に並んで西村くんが言う。
「今日は本当にありがとう、高海さん、渡辺さん」
「いいえ、私こそ」
「いいもの見せてもらいました!」
曜ちゃんの発言は、なにを指してるのかな……。
バスが止まり、ドアが開いた。
「それじゃ、気を付けて」
西村くんに手を振って、私たちはバスに乗った。
・
「なかなかいい感じですなあ、千歌ちゃん」
バスのなか、隣に座った曜ちゃんが言った。
「うん、ずいぶんよくなったよね」
「そうじゃなくて、西村くんのこと!」
「えっ」
私は一瞬、なにも言えなくなる。曜ちゃんの目が面白そうに光っていた。
「べ、別に、歌のことで話してるだけで……」
「私、お邪魔だったかな?」
「もう、曜ちゃんってば!」
私は窓の外へ顔を向けた。隣で曜ちゃんがくすくすと笑うのが聞こえた。
遅ればせながら私は気づく。玄関で突然、トイレに行く、と言い出した曜ちゃん。あれはもちろん……。
曜ちゃんってば、と私は心のなかで繰り返した。
ポケットのペットボトルをさわってみる。それはまだ温かかった。