たったひとつのSunshine Story   作:Kohya S.

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17. いま、目の前にいる高海さん

 指揮を終えて俺は観客席に向かって頭を下げた。拍手はまだ続いている。

 

 高海さんの歌は本当に素晴らしかった。いままでよりもずっと。それに衣装を着て化粧をした高海さんの破壊力は抜群だった。

 

 拍手は鳴りやまず、手拍子に変わった。まさかのアンコール。受けるほうとしては初めての経験だった。

 

 俺は奈良橋と話に行く。放送部員も運営担当の生徒もやってきた。

 

 奈良橋は文化祭のときの曲を用意していた。本当に用意がいい。部員たちも乗り気だった。

 驚いたのは高海さんだ。なんと、この曲を歌えるという。奈良橋は図々しくお願いして、高海さんは引き受けてくれた。

 

 ぶっつけ本番の演奏。それは奇跡的にうまくいった。

 

 高海さんの実力に俺は再度、驚くことになった。

 

        ・

 

 三校合同の演奏、最後の挨拶が終わり、控室から打ち上げ会場の会議室に移ろうとしたとき、ドアから渡辺さんが、続いて桜内さんが姿を見せた。ふたりとも私服だった。

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん!」

 

 この高海さんのようすを見ると、高海さん自身も意外だったようだ。

 二人は部屋に入ってくると頭を下げた。

 

「あの、まだいるなら、挨拶しようかなって。まさか、私たちの曲、演奏してもらえるなんて」と渡辺さん。

「本当に素晴らしい演奏でした。ありがとうございます」桜内さんも言う。

「お二人と高海さんのおかげです。こちらこそ、ありがとうございました」

 

 奈良橋が代表して答えた。

 

 二人の背後でドアが細く開いたのに俺は気づく。

 

「うん、それじゃ、そういうことで……」

 

 渡辺さんはそそくさと帰ろうとする。

 俺は部員たちから無言の圧力を感じた。お前が言わなくて、誰が言う、というような。

 

 仕方なく、俺は二人に近づいて呼び止める。いや、仕方なくではないな。俺も同じ考えだったから。

 

「あの、渡辺さん、桜内さん。打ち上げ、参加してもらえませんか?」

「えっ、私たち?」

「いいんですか?」

 

 部員たちは無言でこくこくとうなずいた。

 

「えーと、でも……」

「あの……」

 

 ふたりは言葉を濁す。

 そのとき、ドアが開いて全員の視線が集中した。ドアノブに手を掛けたまま足を大きく開いて、金髪の女の子が言った。

 

「話は聞かせてもらったわ! 打ち上げのゲストに、Aqoursはいかがかしら?」

 

 小原さんだった。小原さんのうしろから、ほかのメンバーも顔だけのぞかせた。

 部員たちがわいわいと騒ぎ出す。

 

 桜内さんと渡辺さん、それに高海さんは困ったように顔を見あわせる。でも、三人ともどこか嬉しそうだった。

 

 奈良橋が気取った表情で小原さんに話す。

 

「では、あらためて。当部の打ち上げに参加していただけますか。ギャラは出ませんが」

「もちろんよ!」

 

「うおおっ!」と部員が歓声をあげた。

 

        ・

 

 俺たちは楽器を持って会議室へ移動した。リハーサルのときに使ったのと同じ部屋だ。

 テーブルは今度はいくつかの島を作るように配置されていた。その上には料理やペットボトル、紙コップなどが並んでいる。

 椅子は壁際に寄せてあった。立食形式らしい。

 

 楽器を置くと俺たちはそれぞれ紙コップに飲み物を用意した。

 

 俺は高海さんに紙コップを渡し、オレンジジュースを注いだ。

 ほかのAqoursのメンバーも、みなそれぞれ部員から飲み物を注がれていた。気が利くというかなんというか。

 

 奈良橋は顧問の三田先生に乾杯の音頭を任せた。

 

「今回、()()()()()みなさんがやる気になってくれて、私も()()()()()()楽しかったです」

 

 なんとなく気まずくなる室内。

 

「しかし、今日の演奏は素晴らしいものでした。定期演奏会の成功を祝して、それでは、乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 全員の声が唱和した。

 

 どの顔も昨年よりも明るかった。女の子が参加している高揚感と演奏会が思いのほかうまく行ったこと、両方だろう。

 

 俺は編曲についていろいろと言われた。難しくしたことへの冗談めかした文句もあったが、それでもねぎらいの言葉が多くて、俺はやってよかったと思う。

 

 部員たちはあまり、Aqoursのメンバーとは積極的にからんでいないようだった。桜内さんと渡辺さん以外は制服だったけれど、彼女たちがまぶしかったからかもしれない。

 それでも勇気ある何人かは、緊張したようすで話しかけていた。

 

 俺が話してみると、みな用事があったものの、なんとか切り上げて来てくれたのだそうだ。俺は深く感謝した。

 

「千歌ちゃんの曲、とっても素敵だったずら」

「スクールアイドルっていうよりも、女優さんみたい?」

「まさに地上に降りた天使……」

 

 高海さんはそんなふうに言われて、照れたように頭をかいていた。

 

「まさか、『君のこころは輝いてるかい?』が演奏してもらえるなんて思わなくて、本当に驚いたよ」

 

 高海さんは興奮したようすで話した。喜んでもらったならいいのだが。

 

 俺が桜内さんを見ると彼女はにこっと笑ってくれた。

 

「へえ、(いき)なサプライズじゃない」

「オー、ノー! それはぜひ聞きたかったわ!」

「残念ですわね」

 

 渡辺さんは「君ここ」の直前から、桜内さんと一年生三人はその曲の途中、三年生の三人は「One More Sunshine Story」から会場に入ったらしい。

 いずれにしても、本当にぎりぎりだったみたいだ。

 

「あとで動画は公開すると思います」

 

 俺は彼女たちにそう話した。

 そのとき部員のひとり――うちのパートのリーダーだ――が近づいてきて言った。

 

「あの、よかったらここで演奏しましょうか?」

「ワオ! そんなことできるの?」と小原さん。

「楽器だいたいあるし、まあ行けますよ。な!」

 

 彼から話し掛けられたもうひとりの部員もうなずいた。話を聞きつけてわいわいと部員たちが集まってくる。

 

「どうした?」「君ここ、やるって」「マジかよ」「俺、暗譜してないからパス」「なにか叩くものないか?」「ピザの箱でいいだろ」

 

 打ち上げでハイテンションになっているのだろう、楽器を取りに行く部員が次々に出る。

 

晴樹(はるき)、お前もやるだろ?」

 

 そう聞かれて俺は迷いもなくうなずいた。

 

「奈良橋、頼むよ」と隣にいた彼に声をかける。

「仕方ありませんね。せっかくですから、披露しますか」

 

 奈良橋は肩をすくめたが明らかに嬉しそうだった。

 

 集まり始める部員たち。

 俺は、高海さんや小原さんたちAqoursのメンバーが顔を寄せあっていることに気づく。高海さんがなにか言って、メンバー全員がうなずいた。

 

 いつの間にか半分ほどの部員が、部屋の中央の一番大きなスペースに並んで、楽器を用意していた。立ったり座ったりさまざまだ。俺もそこに加わる。

 

 奈良橋は指揮棒――ではなくて割り箸を手に、部員たちに向きあうように立った。横の椅子にバイオリンが置いてあるのは、もしかして。

 

「あの、よかったら」

 

 そのとき高海さんが奈良橋と俺たちに声を掛けた。うしろにはAqoursのみんな。小原さんと渡辺さんは満面の笑み。桜内さんと黒澤ダイヤさんは戸惑いを隠せていない。松浦さんは楽しそうに、津島さんはにやっという感じで微笑んで、黒澤ルビィさんと国木田さんはちょっと緊張しているようだ。

 

 高海さんは続けた。

 

「私たち、歌ってもいいですか?」

 

 わっ、と盛り上がる部員たち。奈良橋は彼女たちへ振り返り代表して答えた。

 

「もちろん、ぜひお願いします!」

 

 奈良橋が割り箸を振って、俺たちが楽器を鳴らすのと同時に、高海さんたちが歌い始めた。

 

 楽器は足りない、音は外れている、リズムもそろわないと、ステージで演奏したときよりもはるかにぐだぐだな演奏だったが、楽しかった。

 そんな演奏にはもったいないくらいに、Aqoursの歌声は素敵だった。

 

 間奏に入ると、奈良橋はバイオリンを手にした。アドリブを(まじ)えながらトランペットの対旋律(ついせんりつ)(かな)でる。おおっ、と演奏に参加していない部員たちから驚きの声があがった。

 

 続いて、狭いながらも振りを付けて、高海さんと桜内さんがふたりきりで歌う。

 高海さんは俺に向かって微笑んでくれた。

 

 大サビからアウトロへ。ホルンとユーフォニウムの音が消えていき、会議室に静寂が戻る。

 次の瞬間、全員の歓声と拍手が会議室にあふれた。

 

「シャイニー!」

 

 ひときわ大きく小原さんの声が響いた。

 

 演奏が終わって興奮が落ち着くと、また元のように宴会が始まった。

 俺は楽器を置いてからオレンジジュースのボトルを手にして、高海さんをつかまえた。

 

「高海さん、どう?」

「あ、ありがとう」

 

 彼女の紙コップにジュースを注ぐ。

 

「Aqoursの歌、素敵なサプライズだったよ。ありがとう」

「えへへ。多少は恩返しできたかな」

 

 高海さんは嬉しそうに笑った。

 

 さっきまで残っていた壁はすっかりなくなったらしく、ほかの部員たちもAqoursのメンバーと自然に会話していた。

 奈良橋もバイオリンを手に桜内さんとなにか楽しそうに話していた。やっぱりお似合い、かも知れない。

 

        ・

 

 あっというまに時間が過ぎて、終バスの時間が近づく。

 

「私、どうしようかな?」と高海さん。

 

 たしかにみんなが来てくれたなら、一緒に帰ったほうがいいかもしれない。

 

「千歌は、もうすこし残っていきなよ。帰り、なんとかなるんでしょ」松浦さんが話す。

「うん、それは、大丈夫だけど」

「積もる話も、あると思うずら」

「せっかくだし、みんなにしっかりお礼、言っておいて」

 

 国木田さんと桜内さんも言葉を添えた。

 

「わかった。みんな、気をつけてね」

 

 高海さんはそう言って俺はほっとした。

 

「えー、みなさん、宴もたけなわですが、Aqoursのみなさんがお帰りになります」

 

 残念そうな声をもらす部員たち。奈良橋がまあまあとなだめる。

 

 そのあいだに、俺は桜内さんが高海さんを呼んで、なにか耳打ちしているのに気づいた。高海さんはうなずいて、俺のほうをちらっと見た。視線が一瞬だけあうと、高海さんはあわてたように桜内さんに視線を戻した。

 

 奈良橋が中締めをして、Aqoursのみんなは手を振りながら帰って行った。

 

        ・

 

 再開された打ち上げの途中、俺は奈良橋をつかまえる。

 

「奈良橋、いろいろすまなかったな」

「ん、なんのことでしょう?」

「ほら、ソロとか頼んじゃって」

「こちらこそ西村くんがいなかったら、今回の企画は難しかったですからね」

「それはたいしたことないけど。OBとの調整とか奈良橋がやってたんだろ」

「まあ、部長の仕事ですから」

 

 肩をすくめる奈良橋。

 

「それでも、ありがとう。それに企画自体も。部員たち、まさかここまでやる気になるとは思ってなかった」

 

 俺はいったん言葉を切って、考えをまとめる。

 

「それに、俺も。編曲も演奏も指揮も、いままでで一番真面目に取り組んだと思う。その、楽しかった」

 

 俺がそう言うと奈良橋は微笑んだ。子供っぽい笑顔だった。

 

 俺は心のなかで付け加える。高海さんに出会う機会を作ってくれてありがとう、と。こちらのほうがよっぽど、感謝しなくてはならない。

 

「これ、渡しておきます」

 

 奈良橋はどこからか封筒を取り出し、俺に手渡した。

 

「高海さん、駅まで送ってあげてください」

 

 奈良橋が言って、俺は理解する。

 

「わかった」

「なんなら一緒に内浦まで行ってもいいですよ」

「帰りは自腹か?」

「そうなりますね」

 

 にやっと笑う奈良橋。

 

「いちおう、考えとく」

 

 俺はそう言って笑い返した。

 

 俺は高海さんを目で探す。残ったのは高海さんだけだが、彼女は二、三人の部員と楽しそうに話していて、ほっとする。

 それでも俺は高海さんがひとりになったタイミングで俺は近づいた。

 

「高海さん、どう? 楽しんでる?」

「うん、おかげさまで」

 

 高海さんは頬を上気させて笑った。

 

「みんなほめてくれて、照れちゃうよ、私」

 

 それは無理もないんじゃないかな。

 

「高海さんの歌、すごかったからね」

「そんな……。えへへ」

 

 もじもじとする高海さんはとても可愛かった。

 

「あの、俺、帰り、駅まで送るから」

「あ、ありがとう」

 

 高海さんはにこっと笑ってくれた。

 

        ・

 

 楽しい時間はあっというまに過ぎるものだ。

 奈良橋が注目を集める。

 

「残念ながら、そろそろ時間です」

 

「えーっ」とか「もうかよ」と文句を言う部員たち。まあ、お約束みたいなものだ。

 

「この部屋自体が閉まりますからね。最後に今回の定演の立役者である西村君に一言(ひとこと)、いただきましょう」

 

 俺かよ。

 

 まったく予期していなかった俺はしどろもどろ話し始めた。

 

「えーっと、突然、奈良橋から企画について持ちかけられたときには、正直びっくりした。編曲、変だったり難しかったりしたところもあったと思う。でも、高海さんに来てもらって……」

 

 俺がちらっと彼女を見ると彼女はうなずいた。

 

「みんなに演奏してもらって、いい結果がだせたんじゃないかな」

 

 俺はそこでいったん切った。次の言葉を言うのはちょっと恥ずかしい。でも、高海さんなら躊躇(ちゅうちょ)しないだろう。

 

「俺はすごく感謝してる。ありがとう」

 

 部員たちが拍手してくれて俺は嬉しくなる。

 

「それでは次、よかったら高海さん、どうですか?」

 

 高海さんはびっくりしたみたいだった。それでも、うなずいて話しだす。

 

「あの、私も同じで……突然のお話で、驚きました。でも、私の希望を聞いてもらって、素敵なライブになって」

 

 高海さんは俺たちを見渡した。

 

「Aqoursの曲まで演奏してもらって。本当に嬉しかったです! ありがとうございました!」

 

 高海さんはぺこっと頭を下げた。俺のときの数倍の拍手が上がった。

 

「えー、それでは」と奈良橋が言いかけると、「部長、ひとこと!」「奈良橋もなにか言えよ」と部員たちから声が出た。

 

 奈良橋は苦笑する。

 

「私から言うことは特にないんですが。あえて言うなら、ふたりと同じですね。私の予想以上の結果になりました。ありがとうございました」

 

 またもや上がる拍手。奈良橋はそれに対抗するように大きな声で言った。

 

「今年の吹奏楽コンクール、万年銅賞、返上しますよ!」

 

 部員たちは「無理無理!」「やめとけ」「部員が足りないぞ」などとはやし立てる。お約束だ。

 でも、意外に行けるんじゃないかな。俺は無責任にそう思った。

 

「それでは、三本締めで! みなさま、お手を拝借(はいしゃく)願います」

 

 俺たちは手を構える。

 

「よぉーっ!」

 

 奈良橋の掛け声で手拍子を打った。高海さんも。

 

「ありがとうございました!」

 

 奈良橋は俺が初めて見るような晴れ晴れとした顔をしていた。

 

        ・

 

 会場の片づけをして(高海さんも手伝ってくれた)、俺は高海さんと一緒に楽器を持って会場を出た。

 ほかの部員はいったん高校に楽器を置きに行くようだったが、高海さんを待たせるのも悪い。俺は自宅まで持って帰ることにした。

 

 さきほどまでの喧騒(けんそう)火照(ほて)った体に、冷たい風が心地よかった。

 

 高海さんと二人きり。数時間前にロビーで二人きりだったはずなのに、それはずいぶん、遠い昔のような気がした。

 

「いやー、盛り上がったね」

 

 高海さんはぱたぱたと手で顔をあおぎながら話した。

 

「うん、そうだね」

 

 それはきっと高海さんとAqoursのみんなが、いてくれたからだ。

 

「そういえば高海さん、よく三本締めなんて知ってたね」

 

 俺は吹奏楽部の宴会で慣れていたが、男子高ならではの伝統かと思っていた。

 

「それは、うち、旅館だから。お客さんよくやってるし」

「あ、なるほど」

「さすがに浦の星では、やらないかな」

 

 高海さんは面白そうに微笑んだ。

 俺は最初に話しておくことにする。

 

「高海さん、今日は本当にありがとう」

「いいえ、あの、何度も言われても困っちゃうけど」

「いや、面と向かっては言ってなかった気がするから」

「それじゃ……どういたしまして」

 

 高海さんはぺこっと頭を下げて、嬉しそうに笑った。

 

「それを言ったら私も。『君のこころは輝いてるかい?』、とってもびっくりしたんだから」

「それならよかったかな」

 

 俺たちの狙い通りだ。

 高海さんは目を落とした。

 

「でも、本当に嬉しかった。まさかあんな形で私たちの曲が聴けるなんて、思ってなかったから」

 

 高海さんはいったん言葉を切った。俺のほうを向く。

 

「私たちの学校、廃校になるでしょ。だからなんとかして名前を残したいって、いま、ラブライブに向けてがんばってるんだ」

「うん、聞いたことあるよ」

「でも、それ以外にも、こうやって私たちのやってきたことが、どこかに残っていくんだなって思ったから」

 

 俺たちはただ高海さんを驚かせたかったただけで、そこまで考えていなかった。だけど、彼女に言われてみればその通りなのかもしれない。

 俺たちだって普通の曲なら、演奏しようなんて思わなかっただろう。Aqoursの曲にはそれだけの力があるに違いなかった。

 

 高海さんは俺を見て言う。

 

「ありがとう、西村くん」

「どういたしまして。それに、どちらかといえば部員たちかな」

「それじゃ、部員のみんなにも」

 

 俺はうなずいた。

 

 駅まではすこし距離があって、俺はむしろ嬉しかった。

 

 途中、俺たちは歩行者専用の橋で狩野(かの)川を渡る。

 さすがに熱気も薄らいで、水面を抜けてくる風は冷たく、俺はコートのボタンを上まで留めた。

 高海さんも同じようにした。

 

「あっ!」と言って、高海さんは立ち止まる。

 

 いま渡っている橋の隣の橋が、夜空を背景に青色にライトアップされていた。

 

「きれい……」

 

 高海さんはつぶやいた。

 

 アーチ状に弧を描く青い光。川岸のビルや街灯の暖色系の明かり。それらが対をなして輝き、さらに水面に反射していた。

 

 高海さんの瞳に、その光が映りこむ。俺はいまさら思い知らされる。高海さんは息をのむくらい美しかった。

 

 どのくらいそうしていただろうか。

 高海さんは俺の視線に気づいたのか、俺に向けて不思議そうに首をかしげた。

 

「すごく、きれいだよね」

 

 俺は嘘をつけなくて、でもまっすぐにも言えなくてそう話した。

 

 俺たちはもう一度、歩き始める。

 

「西村くん」

 

 高海さんがぽつりと言った。

 

「梨子ちゃんの連絡先……曲を演奏するために、知りたかったんだよね」

 

 俺はドキリとする。その通りだ。でもそのせいで高海さんを――傷つけてしまったのではないかと思う。

 

「うん、まあ、そうだね」

 

 俺はぼやかして答えた。

 

「それなのに、私、ちょっと誤解してて……。その、ごめんね」

 

 高海さんは顔をそらした。その顔に後悔の色が浮かんでいる。

 高海さんから謝られるなんて。あわてて俺は言う。

 

「いや、むしろ、俺のほうだよ。いくら高海さんを驚かせたいからって、高海さんを傷つけちゃったよね」

「それは……」高海さんは俺を見て、複雑な表情でつぶやいた。「そんなこと、ないよ」

 

 俺は高海さんにそんな表情をさせたことが申し訳なくなって、なんとか言葉を(つむ)ぐ。

 

「ほかの方法、見つければよかったんだ。俺のほうこそ、ごめん」

 

 高海さんはにこっと微笑んだ。

 

「ううん。気にしないで。それはすこし、ドキッとしたけど。でも、そのおかげで……」

 

 高海さんは目をそらす。

 これ以上言っても、むしろ悪い気がした。

 

「……わかった」

 

 俺はそうつぶやいた。

 

 橋はもうすこしで終わりになる。その先は公園に続いていた。

 

「高海さん、これからの予定は? あ、今日じゃなくて、Aqoursのこれからってことだけど」

 

 俺は聞いてみる。

 

「ええと、来月、ラブライブの本選だね」

「それじゃ、これからはずっと練習が続くんだ」

「うん、厳しくなりそうだよ」

「でも、楽しみにしてる?」

「もちろん! すっごく楽しみだよ」

 

 こういった話題なら高海さんも気取らず話せるようだった。

 

 しかし、彼女がうちの高校に来てくれるのは今日が最後だ。イベントが終わったのだから当たり前だ。

 奇跡のような日々は終わりを告げて、また元の日常が戻ってくる。

 俺はそれに耐えられるだろうか。

 

 いや、と思いなおす。

 

 高海さんからもらった想い。編曲でも部活でもなんでもいい。それに取り組むということ。

 いままでの俺に足りなかったのは、単に全力を出してみる、ってことだったんだ。

 

 きっといままでとは違う毎日になる。そんな気がした。

 

 それでも。

 

 俺は高海さんを見つめる。彼女のはく息が白かった。

 俺の胸に、この三カ月のことが次々に浮かんだ。

 

 ステージに立つ高海さん。映画から抜け出してきたような。桜内さんと話す笑顔。教壇で回るとき、ふわりと舞うスカート。ペットボトルを握った手。衣装を着て恥ずかしそうな写真。PCをのぞきこむときの胸元。カラオケで背筋を伸ばした姿。ポテトのMに怒った顔。裾を直して椅子に座る高海さん。

 

 いま、目の前にいる高海さん。

 

 高海さんは――普通の女の子かもしれない。でも、俺にとっては特別なんだ。高海さんがいてくれれば、もっと違った世界が見える。

 高海さんと離れたくない、心からそう思った。

 

 いつの間にか公園の真ん中まで来ていた。高海さんも黙っていて、なにか物思いに沈んでいるようだった。

 

 駅近くの繁華街の明かりが公園の入り口の向こうに見えた。

 あそこに足を踏み入れてしまったら、いつもの日常が始まる。そんな気がしてならなかった。

 

 俺は立ち止まる。

 

「西村くん?」

 

 高海さんが二、三歩進み、振り返って不思議そうに聞いた。

 

「高海さん」

 

 俺は言う。でも、俺は最後の最後で、まっすぐな言葉は投げられなかった。それでも、なんとか向き合えただけ、マシだと思いたかった。

 

「その、これからも会ってくれるかな?」

「もちろん、いつでも連絡してくれていいよ?」

 

 高海さんはなぜか目をあわせてくれなかった。それに、なぜか疑問形だった。

 

「えーと、そうじゃなくて……」

 

 しっかりしろ、と自分に言い聞かせる。高海さんにもらったのはなんだったんだ。

 

「俺と、付き合ってくれないかってこと」

 

 ふうっと俺は息をはいた。もうどうなってもいいと思った。高海さんの答えがどうだって。

 

「西村くん」

 

 ようやく高海さんは視線をあわせてくれた。その目がうるんでいるようなのは――気のせいではないと思いたかった。

 

「ありがとう」

 

 俺の心は安堵につつまれた。しかしそれは、一瞬で裏切られることになる。

 

「でもね、すこし、難しいかな」

「えっ」

 

 俺は膝がくだけそうになった。

 

「これから、ラブライブだから……。あまり、会えないと思うんだ。ごめんね」

「それってどういう……?」

「練習も厳しくなるし、土日もたぶん、つぶれちゃうし。お付き合いしても、あまり会えないかなって……」

 

 高海さんは真っ赤になって顔をそらした。

 

「それじゃ、付き合ってくれるってこと?」

「あっ、もちろんだよ!」

 

 そう言ってから、高海さんもようやく気づいたらしい。

 

「うわ、私ってば……ご、ごめんなさい!」

 

 頭を深く下げてもじもじする高海さん。

 そんな高海さんは、もうたまらなく可愛かった。

 

「ううん、俺は結果だけで十分だよ」

「あの、ありがとう」

 

 高海さんは顔を上げて、微笑んだ。

 俺はあらためて、高海さんらしいなって思う。

 

 俺たちは歩き出した。

 

「今日、最大のびっくりだったけど」と俺。

「もう、穴があったら入りたいよ……」

「そうしたら、俺は、高海さんを穴から引っ張り出そうかな」

「あはは……。ぜひ、そうしてください」

 

 俺は高海さんの手を握る。高海さんも握り返してくれた。

 彼女の手はやっぱり温かかった。

 

「ひとつだけ、前から気になってたんだ」

 

 歩きながら高海さんは言う。

 

「ん、なに?」

「あの、その、お付き合いするってことで……」

 

 高海さんは恥ずかしそうに俺を見て続けた。

 

「名前で呼んでくれないかな? どうしても、その、落ち着かなくて」

「もちろん」

 

 俺はいったん言葉を切って、勿体(もったい)をつけて続ける。

 

「千歌さん。いや、千歌ちゃんのほうがいいかな?」

「あっ!」

 

 高海さん――千歌さん――千歌ちゃんは嬉しそうに口元をゆるめた。

 

「千歌ちゃん、でお願いします」

「わかった。千歌ちゃん」

「はい、晴樹くん」

 

 俺の顔もきっと、にやけていたことだろう。

 

 公園から足を踏み出す。ありがたいことに俺の奇跡は、まだ続きそうだった。

 










次話、エピローグにて完結です。ご感想などお待ちしております。
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