たったひとつのSunshine Story   作:Kohya S.

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18. エピローグ:いまそこにいる彼

 いろいろあって、本当にいろいろあって、高海さん――いや、千歌ちゃんだ――と付き合うことになった俺だが、自宅と学校を往復するという日常は、表面的にはさほど変わらなかった。

 

 しかし、三か月前とはあきらかに中身が変わっていた。

 

 部活は、俺も部員たちもずいぶん意識が変わったのか、定期演奏会が終わったにもかかわらず出席率は高いままだった。練習の密度も以前よりずっと濃い。

 

 ちなみに動画サイトにアップロードした定期演奏会の動画は、過去最高どころか十倍以上のアクセス数を叩き出していた。

 

 次の発表の機会は新入生歓迎の演奏会だ。きっと今年は部員も増えるに違いない。

 

 千歌ちゃんが言っていたことは残念ながら事実で、俺たちはあまり会うことができなかった。せいぜい千歌ちゃんが沼津に練習に来るときに、すこし早めに来てもらって顔をあわせる、といった程度だった。

 いわゆるデートのようなものは、経験していない。

 ただ、メールや電話でいつでも好きなときにコミュニケーションを取れるようになっただけでも俺は嬉しかった。

 

 また二月のある日、千歌ちゃんは浦の星女学院の閉校式の画像を送ってくれた。俺たちと会っていたあいだ、彼女は(桜内さんも渡辺さんも)ほとんど廃校の話をすることはなかったけれど、打ち上げのときに聞いた話では、廃校を避けられないか、Aqoursはずっと、もがき続けていたらしい。

 

 そして三月。ラブライブ!の全国大会がやってきた。

 俺がダメ元で申し込んだチケットは奇跡的に当選していた。ただ千歌ちゃんたちは前日から東京に行くので、一緒に行くことはできなかった。

 

 千歌ちゃんが東京へ行く前の日の夜。俺は彼女に電話を掛けた。

 

「とうとう来たね。緊張してる?」

 

 挨拶のあと俺は聞いた。

 

『もちろんだよ! なにしろこの一年、ずっとがんばってきたんだから』

「心配で寝られそうにない、とか」

『うーん、それは意外に大丈夫かも。緊張してるけど、落ち着いてるっていうか、変な感じかな』

 

 千歌ちゃんはそう言って笑った。俺は素直に思ったことを話す。

 

「千歌ちゃんらしいね」

『それ、どういう意味?』

 

 千歌ちゃんは不思議そうに聞いた。

 

「やれるだけのことをやったってことかな、と思ってさ」

 

 定期演奏会のときも彼女はそんな感じだった。

 

『もしそうなら、嬉しいな』

 

 千歌ちゃんはいったん言葉を切った。

 

『……初めは絶対に無理って思ってたけど、意外に行けるかもって思って、やっぱり無理で、でもそれからがんばって……ここまで来たんだもん』

 

 千歌ちゃんがなにを言っているのか、Aqoursのことをネットでしか知らない俺にはわからないこともあった。廃校の件だってそうだ。

 でもきっと、これから彼女に聞かせてもらう機会があるはずだった。俺は待ち遠しくて仕方がなかった。そしてそのとき彼女には、最後に笑ってほしい。

 

「名前、残せるといいね」

『うん、そう思ってる。私たちが輝いた(あかし)を、つかみたいなって』

 

 それは厳しい戦いになるだろう。ライバルたちだって、それぞれの想いを込めてラブライブ!に出場している。そこで勝てるかどうかは、いくらAqoursでもわからない。

 

「俺も応援してるから」

 

 俺にいまできることは、そう話すことだけだった。

 

『ありがとう!』

 

 それきりしばらく俺も千歌ちゃんもなにも言わず、沈黙が流れた。でも、その沈黙は意外に心地よかった。

 

『そろそろ、切らないと』

 

 千歌ちゃんがとうとう話した。

 

「そうだね」

 

 いま千歌ちゃんと会えないのが、たまらなく残念だった。内浦まで行きたくても手段がない。代わりに俺は思いつく。

 

「明日の朝、沼津駅まで行くよ。きっと浦の星の子、見送りに来るでしょ?」

『うん、そうだと思うけど』

「遠くで見守ってるから、気づいたら……なにか合図でもして」

『わざわざいいのに。……でも、わかった』

 

 それから電車の時間を聞いて、おやすみを言って電話を切った。

 

 あらためて思う。

 千歌ちゃんは、Aqoursの彼女たちはすごい。全国で優勝するとしたら、全国のスクールアイドルの頂点に立つことになる。単なる田舎の、普通の高校生である俺とは大違いだ。

 

 しかし、不思議と俺は、千歌ちゃんとの距離を感じることはなかった。

 

 彼女が本当は普通の女の子だってことを――泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだりする、偶像(アイドル)ではない女の子だってことを、知っているからだろう。

 

        ・

 

 翌朝、早起きした俺は沼津駅へ行った。浦の星の生徒がたくさん集まって、駅前で見送りをしていた。

 俺はたまたま通りがかったふうを(よそお)って、それを遠くから眺めた。

 

 千歌ちゃんは俺を見つけてくれて、ちょっとした合間に手を振ってくれた。俺も手を振り返した。桜内さんと渡辺さんも、気づいていたみたいだが。

 

 さらに翌日、俺は奈良橋と一緒に東京へ向かった。

 誰と行くあてもなかったが、いちおう二枚申し込んだチケット。まあ千歌ちゃんとの縁もあるし、奈良橋を誘うのが自然な気がした。俺が誘うと彼は素直に、一緒に行くと答えた。

 

 電車のなかで話すと、奈良橋はちゃっかりコンサートライトまで用意していた。もちろん俺もだが。

 

 俺たちはAqoursの優勝祈願をするため神田明神へ立ち寄ってから(同じことを考えた大勢の参拝客でもみくちゃにされた)アキバドームへ向かった。

 

 途中の歩道橋から俺はアキバドームを眺める。

 

 あそこにAqoursが、千歌ちゃんがいる。ライブが楽しみで仕方がなかった。

 

 もちろんAqoursには優勝してほしいと思う。とびっきりに違いない、彼女の笑顔を見るために。

 

 でも。

 

 Aqoursがたとえ優勝できなくても、彼女はきっと笑うんじゃないかな。

 

 俺にしてみれば彼女はいつだって、輝いていたのだから。最初から、まぶしいくらいに。

 

 

 

        §

 

 

 

 打ち上げに行った翌日、私はAqoursのみんなから、あのあとどうなったのって聞かれた。

 もちろん本当のことを明かすわけにはいかなくて、盛り上がったよ、ってことだけ私は話した。

 

 練習からの帰り、私はなんとか理由をつけて梨子ちゃんと曜ちゃんと三人だけになった。やっぱりこのふたりには、きちんと報告しなくちゃって思った。

 

 告白されたって話すと、梨子ちゃんは優しい笑顔で「おめでとう」って言ってくれた。いろいろ気を遣ってくれた梨子ちゃんには、本当に感謝しかなかった。

 私もいつか、梨子ちゃんを応援できる日が来るといいなって思う。

 

 曜ちゃんは、まさかそこまで進んでいたとは思ってなかったのかな、すごく驚いてた。

 

「うわーっ、千歌ちゃん、すごくうらやましいよ!」

 

 って話した曜ちゃんは私と同じくらい赤くなっていたみたい。

 でも、きっと曜ちゃんにも、いつか機会が来るんじゃないかな。

 

 家に帰って、ひとりきりになって、私はあらためて昨日のことを思い出す。

 

 打ち上げは楽しかった。

 私への賞賛の言葉は面映(おもはゆ)かったけれど、とても嬉しかった。

 私からも、奈良橋くんや部員のみんな、先生にも、素晴らしい演奏へのお礼を言った。もちろん西村くん――じゃなくて、晴樹(はるき)くんにも。

 

 部員のみんながそれぞれ、今回の曲をどんなふうに、どんな気分で演奏したのかという話は、ひとりずつ違っていて面白かった。

 

 また、用事が終わってすぐに駆け付けてくれたみんなに私は感謝した。

 みんなで、生演奏で、「君のこころは輝いてるかい?」を歌ったのはとっても楽しかった。

 

 帰りがけ、梨子ちゃんは私にささやく。

 

「西村君とは、話をしたの?」

 

 もちろん梨子ちゃんがなにを言っているかはわかった。しらばっくれることもできたけれど、私は梨子ちゃんにそんなことをしたくなかった。

 

「まだ、だけど」

「まだ、ってことは、そのつもりはあるってことね」

 

 私はこくりとうなずく。

 

 私は思わず西村君のほうを見てしまって、後悔する。急に不安が襲ってきた。

 梨子ちゃんはそんな私をはげますように笑った。

 

「千歌ちゃん、素直になっていいと思う。きっとうまくいくわ」

 

 それなら、いいんだけど――。

 

 梨子ちゃん、曜ちゃんたちは終バスで帰っていった。

 

 そのあとの打ち上げも楽しかった。

 でも、それもとうとう終わりになって、帰り道、私は晴樹くんに駅まで送ってもらう。

 

 途中、晴樹くんから今日のことをあらためて感謝された。私も「君のこころは輝いてるかい?」というプレゼントについてお礼を言った。

 突然の演奏、とてもびっくりしたけれど、嬉しかった。

 

 橋を渡りながら、私はずっと言えなくて気になっていたことを話した。梨子ちゃんの連絡先を聞かれたとき、すっかり誤解してしまったことを。

 晴樹くんは逆に私を傷つけたといって謝ってくれた。

 

「ほかの方法、見つければよかったんだ。俺のほうこそ、ごめん」

 

 私はかえって申し訳なくなる。そんな私の気持ちを晴樹くんはわかってくれたのだろう。それ以上はなにもいわなかった。

 

 でも、そのおかげで――晴樹くんの言葉と、梨子ちゃんのおかげで、ちょっぴり荒療治(あらりょうじ)だったけれど、とうとう私は自分の気持ちに気づけたのだった。

 

 橋を渡り終えると道は夜の公園に続いていた。人影はなかった。

 その向こうにはアーケードの明かりが見えた。私はもうすこしだけこのふたりきりの時間が続いてほしい、そう願った。

 

 晴樹くんはなにも言わずにまっすぐ前を見て歩いていく。

 

 男の子に免疫がないから、たまたま出会った彼に惹かれたのだろうか。そんなことはない、と思う。

 仮に彼が女の子だったら――想像しただけで笑ってしまうけれど――どうだっただろう。

 

 ぶっきらぼうだけれど気を使ってくれた晴樹くん。新しい視点からのアドバイス。衣装を初めて見たときの驚いた顔。奈良橋くんと話すときの気のおけないようす。指揮をするときの真剣な表情。私に向けてくれた笑顔。

 

 そして、いまそこにいる彼。

 

 やっぱり彼のことは好きになったと思う。

 

 彼のことはよく知らないところも多い。だからこの先、まだどうなるのかわからないけれど、自分の気持ちをたしかめたい、って想いは、いつの間にかどんどん強くなってたんだ。

 

 でも、いつもの私と違って、それを口に出すことはできなかった。

 どんなふうに表現したらいいのか、わからなかった。

 ずっと歌詞を書いてきて、想いを言葉にするってことには、すこしだけ自信があったのに。せっかく梨子ちゃんが、ああいってくれたのに。

 

 公園の真ん中で晴樹くんは突然、立ち止まった。

 

「西村くん?」

 

 そう聞いた私に彼はまるで本番前みたいな緊張した表情で話す。

 

「高海さん。……その、これからも会ってくれるかな?」

 

 私は自分の心が見透かされたような気がして、目をそらしてしまう。

 

 西村くんが言っていること、私が想像している通りの意味なのかな。それとも、単なる社交辞令なのかな――。

 

「もちろん、いつでも連絡してくれていいよ?」

 

 私は確信が持てなくてそんな答えを返す。

 

 私の希望は、(かな)えられた。

 

「俺と、付き合ってくれないかってこと」

 

 その言葉を聞いたとたん、嬉しさと一緒に不安が襲ってきて、また別の意味じゃないかと――これからカラオケにでも行こうってことじゃないかと思う。

 でも、いくら鈍感な私でも、今度こそ間違いようがなかった。

 

 それが確信できたとき、私の胸に温かいものが広がった。

 

「……西村くん」

 

 私の特別。いま始まる、たったひとつの物語。

 

 私は、私にできなかったことをしてくれた彼に、お礼をこめて話す。

 

「……ありがとう」

 

 晴樹くんの顔からふっと力が抜けるのがわかる。よかった、と思う。これからも彼に会えるんだ。

 でも、私はまた、失敗をしてしまった。

 

「でもね、すこし、難しいかな」

 

 だって来月はラブライブだし、せっかくお付き合い? 現実感はまったくないけれど、したとしても、会う時間はどうしても……。でも、私だって普通の女の子だから、ちょっとくらい彼と会うことを許してもらえるよね……?

 

 彼のびっくりしたような悲しそうな顔を見て、私は気づいた。肝心なことに返事をしていないことに。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 私が謝ると彼は笑って許してくれた。

 その笑顔に甘えて、私は彼にお願いをする。その願いも無事に叶えられた。

 

「千歌ちゃん」

 

 うん、そのほうがずっとずっと、私は落ち着くんだ。

 

 私も想いを乗せて答える。

 

「はい、晴樹くん」

 

        ・

 

 ラブライブ!の本選が終わって、すごく充実した私の一年もようやく区切りがつきそうだった。

 浦の星女学院のことは、いまでも心のなかに鈍色(にびいろ)の塊となって存在しているけれど、やるだけのことはやった。後悔はなかった。

 

 浦の星はなくなったけれど、浦の星は続いていく。だって、みんながいなくなったわけじゃないし、どこかでつながっているから。

 

 きっとすこしずつだけれど、塊はいつか昇華して、私の心を(いろど)る、いくつもの虹色の背景のひとつになるんじゃないかと思う。

 

 それに新しい出会いだってある。晴樹くんと出会ったような。

 

 来月からは沼津市街の高校に通うことになって、その高校は沼津南高校のすぐ近くだった。

 

 春休みのある日、私はいつになくおめかしして、三津(みと)シーパラダイスの前で待った。バス乗り場近くのベンチに座る。

 今日は晴樹くんが来て、一緒に水族館、つまり私の背後にある「みとしー」に行くことになっていた。

 

 水族館のおすすめスポットなら手に取るようにわかるし、いろいろ詳しい花丸ちゃんにも聞いた。

 水族館のあと、私は彼を松月(しょうげつ)に案内するつもりだ。こっちのおすすめもばっちり。みかんどら焼きは、きっと気に入ってくれると思う。

 

 オレンジ色のバス――これからもお世話になる――が県道から曲がってくるのが見えた。

 

 私は立ち上がって襟元とスカートの(すそ)を整える。これだって、ステージ衣装みたいなものだ。

 バスのなかに晴樹くんがいる。それは日常のようで、非日常のようで、不思議な感覚だった。

 

 バスのフロントガラスが日光を反射して、キラッと一瞬、まぶしく輝いた。

 

 ステップを下りてくる彼が見えて、私は駆けだした。

 










最後までお付き合いいただきありがとうございました。書き終えての所感は活動報告に書きたいと思います。
ご感想、ご評価等、お待ちしております。
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