たったひとつのSunshine Story   作:Kohya S.

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3. わからなくても仕方ないんじゃないかな

 沼津南高校の二人を見送って、私たち三人は生徒会室に戻った。お茶碗を片付けてから部室へ行く。

 そこには六人が揃っていた。

 

「ねえねえ、どうだった? 千歌っち?」

 

 鞠莉ちゃんが目を輝かせた。ほかのみんなも興味津々(きょうみしんしん)といったようす。

 今回、向こうが二人だと聞いて、私たちも三人だけで会うことにしたのだけれど。

 

「もう、どうしてのぞきに来るの! 私、ばれないかって、ひやひやしちゃったよ」

 

 奈良橋くんと西村くんと話しているとき、扉の窓に影がずっと、ちらちら見えていた。

 

「西村君、気づきそうだったね」

 

 曜ちゃんが笑いながら言った。

 

「ダイヤちゃんがお茶を持ってきたときには、びっくりしちゃった」と梨子ちゃん。

 

 なにも聞いてなかったから私だって驚いたし、沼津南の二人はどう思っただろう。

 

「それは、わたくしだって気になりますから」

「こういうときダイヤは、ジャンケン強いね」

 

 果南ちゃんが笑った。誰が来るかジャンケンで決めたんだ、と思う。みんならしいといえばその通りだった。

 

「まあ、ばれなかったからいいじゃない。それで、どうなのよ?」

 

 善子ちゃんが腕組みをしてたずねた。私の心にさっきの興奮が戻ってくる。

 

「一人でも歓迎だって! よかったよー!」

「わあ、よかったずら、千歌ちゃん!」

「うん、ありがとう、花丸ちゃん」

 

 ほっとしたように笑う花丸ちゃん。花丸ちゃんはちょっと責任を感じてたのかもしれない。断られなくてよかったと思う。

 

 いま気づいたけれど、花丸ちゃんのお友達の奈良橋さんは、沼津南の奈良橋くんの妹ということみたいだ。そういえばちょっと感じが似ていた。

 

「曲は、どうするの?」

 

 今度はルビィちゃんが聞く。

 

「それは、梨子ちゃんが新しい曲を作るって。ね、梨子ちゃん」

「ええ、せっかくの機会だし、いいかなって」

 

 曜ちゃんと梨子ちゃんが答えた。

 

「へえ、うらやましいね、千歌」

 

 腰に手をあてた果南ちゃんが笑う。そう、それは私にとっても嬉しい驚きだった。

 

「私も衣装づくりがんばるよ。だから千歌ちゃん、作詞はよろしく!」

「今度は遅れないようにしてね」

「もちろん! ふたりに負けないくらい、素敵な歌詞にするよ!」

 

 曜ちゃんと梨子ちゃんに、私は胸を張って答えた。

 

        ・

 

 私たちはすこしだけ練習をして学校を出た。

 

 学院前の長い下り坂。いままさに沈もうとしている太陽が、周囲をオレンジに染め上げていた。

 先頭を歩くのは一年生たち。そのあとに鞠莉ちゃんたち三年生が続く。すこし離れて私たち二年生。

 

「梨子ちゃんは男の子と話すの、緊張しなかった?」

 

 曜ちゃんが頭のうしろで鞄を持ちながら聞く。

 

「それはもちろん、緊張したわ」

 

 梨子ちゃんが笑いながら答えた。

 

 ついさっきまで、私たち三人はほかの六人から「男の子と話すのってどんな感じ?」とか「怖くなかった?」とか質問攻めにあっていた。そんなに特別なことはなかったよ、と私たちは答えていたのだけれど――。

 

「そうだよねー。私、なんかいつもよりテンション上がっちゃってた」

「意外ね。曜ちゃん、自然に話してたと思うけど……」

 

 三人だからこそできる話、っていうのはありそうだった。

 

 曜ちゃんは首を振って続けた。

 

「ううん、それをいったら梨子ちゃんだよ。しっかりしてて、おしとやか、って感じだった」

「えっ、そうかな。すごく緊張してたんだから」

「私から見ても、とっても可愛かったよ!」

「そ、そんなことないから」

 

 梨子ちゃんはあわてて否定した。でも、私も曜ちゃんに同感だった。梨子ちゃんは自分のことを地味だ、なんていうけれど、梨子ちゃんの魅力は私たちが一番よく知っている。

 

「ち、千歌ちゃんはどう?」と梨子ちゃんは私に聞く。

「私は……あまり緊張しなかったかな」

「さすが、千歌ちゃん」曜ちゃんがうなずいた。

 

 でも、どうしてだろう。

 一人でもOKしてもらえるか、頭が一杯だったからからかな。それとも――沼津南高校の二人が、思っていたよりずっと落ち着いてたからかな。

 

「……きっと旅館のお客さんに、若い男の人もいるからだよ」

 

 私はそう話す。素直な気持ちを口にしたら、ふたりに冷やかされそうな気がして。

 曜ちゃんと梨子ちゃんはとりあえず納得したみたいだった。

 

「それでさ、梨子ちゃん。さっきの話に戻すけど」

「戻さなくていいから、曜ちゃん」

「いやいやせっかくですから」曜ちゃんは目を細めて面白そうに話す。「西村君、梨子ちゃんのこと、ずっと見てたよ。にくいね、この、この!」

 

 曜ちゃんはそういって梨子ちゃんを(ひじ)でツンツンとつついた。

 

「そんな……。たまたま曲の話題がでたから、じゃないかな」

 

 梨子ちゃんはすこし赤くなっている。

 

「作曲といえば、西村君、梨子ちゃんが作曲してるって聞いて感動してたから。梨子ちゃんも嬉しそうだったし」と曜ちゃん。

「それはもちろん、ほめられたら嬉しいわよ。相手に関係なく」

「ほうほう、そういうことにしておきましょうか」

「もうっ!」

 

 梨子ちゃんはぷいっと顔をそむけた。そんなところも可愛かった。

 

「千歌ちゃんは二人のこと、どう思った?」と曜ちゃんが聞く。

「えーと、やっぱり背が高いなとか、声が低いな、とかは思ったけど」

「それだけじゃなくてさ、どっちが格好いいとか、好みのタイプ、とか」

 

 曜ちゃんの質問の矛先(ほこさき)は私に向いたらしい。

 

「うーん」

 

 奈良橋くんはいかにも部長、って感じで、私なんかとは大違い。ダイヤちゃんみたいだと思う。ああいうのを格好いい、っていうのかな。

 西村くんは……あまり目をあわせてくれなかったかな。でも、肝心な時には私のことをしっかり見てくれた。最後も楽器について説明してくれたし。

 どっちが、というのはわからなかった。

 

「よくわかんないかな」

 

 私は正直にそう答える。

 

「そっか、千歌ちゃんらしい、っていえばらしいのかな」曜ちゃんが笑う。

「うん、そうね」

 

 梨子ちゃんもうなずいた。

 

 なんとなくだけど、釈然としなかった。別にそういうの、わからなくても仕方ないんじゃないかな。だって……だって、なんなんだろう。ますますわからなくなってしまった。

 

「そういう曜ちゃんはどうなの?」私は聞き返す。

「私は、制服が似合うほう!」

 

 曜ちゃんは宣言する。それは、ちょっとずるい答えだと思う。

 

詰襟(つめえり)、やっぱり王道だよね。奈良橋君みたいにきっちり着るのもいいけど、西村君みたいに気を(つか)ってない感じも男子生徒らしいよね」

 

 曜ちゃんは腕を組んでうなずく。

 

「曜ちゃんらしいね」

 

 梨子ちゃんがくすりと笑い、私も微笑んだ。

 

        ・

 

 そのあとでメールをやり取りして、次の打ち合わせを翌週に決めた。場所は先方の高校だ。もし曲ができていれば持っていくし、そうでなければ方向性だけでも考えよう、という感じだった。

 

 私は作詞に取りかかった。イメージはしっかり固まっている。すぐにできるに違いないと、このときは考えていた。

 

 ちょうど同じころ、もうひとつ嬉しいニュースがあった。

 私たちAqoursを来月のラブライブの北海道地区予選にゲストとして招待したい、というメールが、事務局から届いたのだった。当然、旅費と宿泊費は向こうが持ってくれる。

 私たちはもちろん、参加することに決めた。

 

 Saint Snow(セイントスノー)のふたりにも会える、と私たちは盛り上がった。

 

 そして、沼津南高校に行く前日。私の作詞は――ぜんぜん進んでいなかった。

 

 このあいだに梨子ちゃんは「千歌ちゃんがミュージカルを歌うって考えたら、どんどんメロディがわいてくるわ」と話して、作曲を進めていた。

 いつもは私が作詞をして、次に梨子ちゃんが曲をつけて、最後に二人で調整する、という流れが多いのだけれど、今回は私があとから詞を考えることになりそうだった。

 

 昼休み、梨子ちゃん、曜ちゃんとお弁当を食べ終えて、歌詞の一部だけでも考えようとノートを開いたところで、梨子ちゃんがおずおずという感じで口を開いた。

 

「あの、千歌ちゃん。曲がなんとなく、できたんだけど。聞いてもらえない、かな?」

「えっ。ほんと? 聞く聞く。聞かせてー!」

 

 私はもう、(いち)も二もなく梨子ちゃんに迫った。梨子ちゃんは自信なさそうにしているけれど、作る曲はいつも素敵だって、私は知っている。

 

「よかったら、曜ちゃんも」

「もちろん! ぜひ聞かせて」

 

 梨子ちゃんはスマートフォンを鞄から出してイヤホンをつけた。片耳ずつ私と曜ちゃんに差し出す。私は曜ちゃんに体を近づけると、イヤホンを耳に入れた。

 

「ワンコーラスだけなんだけど」

 

 梨子ちゃんは恥ずかしそうにしながら再生ボタンを押した。

 

 曲はメロディを梨子ちゃんがラララと歌い、それにピアノの和音が伴奏でついていた。

 

 Aメロはいかにもミュージカル風だった。リズミカルで元気がよくて、いますぐ動き出したくなる感じだ。それがBメロに入ると一転してテンポが遅くなる。ゆったりとした旋律(せんりつ)は期待と不安を表現しているみたい。

 そしてサビ。テンポはふたたび元に戻り、盛り上がっていって――最後はまるで高らかに、歌い上げるように終わった。

 

 いつの間にか、私は目を閉じていた。

 

 私が目を開けると、不安そうな梨子ちゃんの顔があった。

 

「いいよ、すっごくいいよ!」

 

 私は梨子ちゃんの手を握りしめた。

 

「うん、すごく千歌ちゃんらしい」曜ちゃんもうなずく。

「よかった」

 

 梨子ちゃんが緊張をといてほっとしたように笑った。

 

「聴いてるあいだずっと、私、自分が歌ってるところが想像できたよ。曲の力だねえ」

「そうそう。これは、うーん、町娘かな。それとも貴族の娘さんかな。白いレースのワンピースが似合いそう! 初めて家を出て、これからに向かってドキドキしてる感じ?」

「あ、そんな感じそんな感じ!」

 

 私と曜ちゃんは熱っぽく話す。

 

「あとは、ちょっとお芝居っぽくCメロもいれたいなって思ってるんだけど。とりあえず聞いてほしくて」

 

 梨子ちゃんは嬉しそうに言った。

 

 梨子ちゃんが作ってくれた、私の曲。私は胸がジーンと熱くなる。

 

 これを吹奏楽で演奏してもらうんだ。

 

「小道具も工夫しなくちゃ」と曜ちゃん。

 

 曜ちゃんも衣装を作ってくれる。

 私はもう、とにかくいろんなことに感謝したくなった。

 

 この曲に負けない歌詞にしよう。私はそう誓った。

 

        ・

 

 翌日、最後の授業を終えた梨子ちゃんと私はバスで沼津市街へ向かった。今日も練習は屋上で、今回は曲の話をすることになるので、曜ちゃんにはあとで報告することにした。

 

 もうすぐ秋も終わり。車窓から見える木々は赤や黄色に染まっていた。

 

 バスの中で梨子ちゃんが言う。

 

「ちょっと緊張するね、千歌ちゃん」

「うん、そうだね」

 

 前回は浦の星に来てもらったし、意識していなかったから平気だったけれど、今回は男子高に行くことになる。それにあんな話をしたあとだから、男の子に会うんだってことがすごく気になった。

 

「自然にお話、できればいいんだけど……」

「今日も奈良橋くんと西村くんが相手なのかな? それなら大丈夫かなって思わない?」

「そうね」

 

 梨子ちゃんは可愛らしくうなずいた。

 

 市役所の近くのバス停で、私たちは降りた。

 駅からはすこし遠くて、私はあまり来たことがない場所だけれど、梨子ちゃんがスマートフォンの地図で案内してくれた。

 

 沼津南高校は浦の星と違って住宅街の真ん中にあった。広い敷地には何棟もの校舎が見える。フェンスをぐるっと回るように歩いて、校門をくぐった。

 

 グラウンドからは運動部の練習する声が聞こえた。その声ひとつ取っても浦の星とは(当たり前だけど)雰囲気が大違いで私はどきりとする。

 

 校内の案内図にしたがって昇降口ではなくて正面玄関のほうへ行った。

 生徒が使う場所ではないので、それほど広くない。浦の星と同じくらい。

 

「おじゃましまーす」

 

 私はささやくように言って中に入った。梨子ちゃんも私も、なぜかおっかなびっくりになっていた。

 

 スリッパに履き替えて、受付に行こうとして、私は気づく。

 男の子がひとり、スマートフォンを眺めながら受付のそばの壁にもたれかかっていた。

 

「あ、西村くん」

 

 私は彼を見つけてほっとする。意外に張りつめていたみたいだった。

 西村くんはびくっとして体を起こした。

 

「高海さん」私のうしろにいた梨子ちゃんに視線を送って続ける。「と、桜内さん」

 

 彼はあわてたようにスマートフォンをポケットに入れた。

 

「こんにちは、西村くん」

 

 私はあらためて微笑んだ。

 

「こんにちは」と梨子ちゃんも。

 

「どうも。その、こっちまで来てもらってすみません」

 

 西村くんは頭を下げた。

 

「わざわざ待っててくれたんだ、ありがとう」私はお礼を言う。

「時間はわかってたし、どうせ暇ですから」

 

 西村くんはそう言うと視線をそらして、一度ぶるっと頭を振ってから背筋を伸ばす。

 

「部室まで、案内します」

 

        ・

 

 先に立って歩く西村くんに私たちはついていった。ときどき立ち止まってあたりを気にしているようなのは、どうしてだろう。一度などは、引き返して別の廊下を通ったりしていた。

 

 案内されたのは渡り廊下の先の、玄関があるのとは別の校舎だった。

 西村くんはそこの二階、「音楽準備室」と書かれた引き戸の扉を開けた。

 

「失礼します」と私は言ってなかに入った。梨子ちゃんも続く。

 

 部屋は浦の星の準備室と似た感じで、普通の教室の半分くらいの大きさだった。部屋の中央に長机があり、パイプ椅子が四脚、用意されていた。

 

「おいでいただき、ありがとうございます」

 

 そのひとつに座っていた奈良橋くんが立ち上がって頭を下げた。

 どうやら今日も奈良橋くんと西村くんと話すみたいで、ちょっと安心した。

 

「どうぞ」という奈良橋くんの勧めにしたがって、私たちは腰を下ろした。

 

 私はつい、きょろきょろしてしまう。

 右側には先生が職員室で使っているような机と椅子が一揃い、それにいくつかのキャビネが並んでいた。キャビネのなかには楽譜やCDが見える。

 左には棚とアップライトのピアノがあった。棚にはいくつものメトロノームと、なんだかわからない機械や箱が詰まっていた。

 

 片付いているようで、どことなく雑然としていて、私はふと、私たちの部室と同じだ、と思う。

 キャビネや棚の上、さらにピアノの上にまで、段ボール箱が積まれているのがそう思った理由のひとつかもしれない。

 

 そう考えると急に親近感がわいてきて、私は肩の力を抜くことができた。

 

 西村くんがどこからかペットボトルのお茶を出してきて、私たちの前に置いた。

 

「ありがとう」

 

 私が言うと、彼は無言で礼をした。

 

 西村くんが椅子に座ったところで奈良橋くんが言う。

 

「あらためて、今回はありがとうございます。新曲まで作っていただいて」

「いえ、こちらこそ。私たちも楽しみにしています」

 

 私は自然に笑顔になる。奈良橋くんも笑ってから続けた。

 

「それで、曲のほうの進捗はいかがですか?」

 

 私は梨子ちゃんと視線を交わして、梨子ちゃんが答えた。

 

「あの、先に曲だけ……メロディだけ作ってきたんですけど、聞いていただけますか?」

 

 西村くんがぴくりと反応するのがわかった。

 

「もうですか。素晴らしいですね。ぜひお願いします」と奈良橋くん。

 

 梨子ちゃんは鞄からCDを取り出した。

 

「あ、俺、用意します」

 

 西村くんが立ち上がって棚に近づく。

 

 私がそちらを見ると――ふいに扉のあたりで気配がした。そこの窓は曇りガラスで、廊下のようすは見えない。それきり扉は静かになった。

 西村くんはしばらくごそごそしていたかと思うと、CDプレイヤーを持ってきた。

 

「お願いします」と梨子ちゃんがCDを渡す。

 

 彼は梨子ちゃんからCDを受け取るとき、ちょっと緊張しているみたいだった。

 

 彼がCDを入れて再生ボタンを押すと、昨日聞いた旋律が流れてきた。あらためていい曲だと思う。

 

 曲が終わり、梨子ちゃんと私は二人の反応をどきどきしながら待った。

 

 奈良橋くんが微笑み、西村くんがふうっと息をはくのがわかった。

 

「……いいですね」

 

 先に口を開いたのは奈良橋くんだった。

 

「明るくて勢いのある提示部から、一転してゆったりした展開部へ。そしてサビでは主題が変化して戻ってくる。飽きさせないでいて、かつ安定感のある、いい曲です」

 

 難しい言葉(づか)いだけれど私と同じようなことを言っていて――ほめられてるんだってことはわかった。

 

「ありがとうございます」

 

 ほっとしたようすの梨子ちゃん。

 

 私は西村くんが気になる。

 

「……その、奈良橋が言った通り、すごくいいと思う」

 

 二人の称賛の言葉。特に西村くんが梨子ちゃんを見る目は輝いていた。私は自分のことのように嬉しくなる。

 でも、ちょっとだけ、私は梨子ちゃんがうらやましくなった。

 

「もう一回、聞いていいかな?」と西村くん。

 

 私たちに異論はなかった。彼はCDプレイヤーを操作する。

 

 曲が終わると、彼は言った。

 

「Aメロのなかで転調して、Bメロに繋いでるんだ」

「ええ、ちょっと広がりが出したくて」梨子ちゃんが微笑む。

「すごく自然にできてます。Bメロがゆったりしてるから、サビで元に戻るときも、落ち着くというよりは盛り上がってるし」

 

 西村くんは感心したようにうなずいた。

 

 転調は私も知っているけれど、この曲、転調してたんだ。ぜんぜん気づかなかった。

 

「半音だけ、上がってるの」

 

 梨子ちゃんは私の視線に、小さな声で答えた。

 

 そのとき、明らかに扉のほうで音がして私たちは振りかえった。扉が揺れている。西村くんはあわてたようすで扉へ近づいた。あれ、もしかして、と私が思ったとき。

 

 ガタン、という大きな音ともに扉が外れた。それとともに上がる「うわっ!」っという叫び声。

 数人――いや十人近くの男子生徒が折り重なるように、扉と一緒に内側に倒れ込んできた。

 急いで西村くんが扉を支えた。「ぐえっ」と声にならないうめきをもらすけれど、扉はまだ倒れ続けて――奈良橋くんがそこに加わって、ようやく扉は動きを止めた。

 

 生徒たちが扉から離れると、西村くんが肩で息をしながら押し殺すように言った。

 

「お前ら、のぞきに来るなって、言っといただろ!」

 

「だってさ……」「気になるじゃん」「すごく可愛いっていうし」

 

 男子生徒たち――ここの部員だろう――は、ばつがわるそうに身を縮めた。みんな視線をそらしているけれど、何人かは私たちのほうをちらちらと見ているみたい。

 

「はいはい、あとで報告しますから。帰って帰って」

 

 奈良橋くんが手で追い払うようにして部員たちを外に出して、西村くんが扉を元に戻した。

 

「すみません、びっくりしたでしょう」

 

 席に戻った奈良橋くんがすまなそうに頭を下げる。私と梨子ちゃんは顔を見あわせて、くすりと笑いあった。

 

        ・

 

 私と梨子ちゃんはペットボトルのお茶をもらう。それはまだ温かった。

 

 落ち着いたところで西村くんがひとつ咳払いした。

 

「あの、楽譜、もらえますか?」

「はい、用意してきました」

 

 梨子ちゃんは一枚の紙を手渡す。

 

「ありがとう」

 

 西村くんは大事そうに両手で受け取った。じっと眺めながら言う。

 

「でも、これだと、どうかな。思ったよりも……」

「そうですね」とメガネを位置を直す奈良橋くん。「うちには若干、難しいかもしれません」

「だよな。臨時記号も多いし」

 

 考え込むふたり。難しいっていうのはきっと演奏のことだろう。

 

 西村くんが顔を上げた。

 

「桜内さん。編曲のとき、すこしだけ簡単にしてもいいですか? もちろん、できるだけ元の感じは残します」

 

 真剣な表情だった。

 

「ええ、それは構いません」うなずく梨子ちゃん。「歌詞がついたら、きっとまだ変えることになると思いますし」

「ありがとうございます」

 

 西村くんは安心したように笑った。

 

「そういえば、歌詞のほうはどうですか?」と奈良橋くん。

 

 梨子ちゃんが私をのほうをうかがう。

 

「えーと、いま、考えています。すみません、遅くなって……」

 

 うう、視線が痛い。特に西村くんのそれが……。

 

 編曲は、やっぱり歌詞がないとできないのかな。梨子ちゃんに聞いておけばよかった。

 

 西村くんは私をじっと見つめてから言った。

 

「いいものができると、思ってます」

 

 うわあ、プレッシャーだよ……。

 

「あの、私、あとCメロもつけようと思ってるんです。歌詞と一緒に持ってきます」

 

 梨子ちゃんが言ってくれた。ありがとう、梨子ちゃん。

 

「わかりました。お忙しいところ本当にすみません」

 

 奈良橋くんはそういって優雅に礼をした。

 

「編曲も始めますから、続きができたらよろしくお願いします」

 

 西村くんは私たちを交互に見て言った。私は大きくうなずいた。

 

        ・

 

 それから私たちはだいたいの今後の日程を決めた。今月中には歌詞を仕上げて、来月十二月、函館の北海道地区予選が終わるまでには編曲を終える、ということになった。

 

 私たちはふたりに玄関まで送ってもらった。ついてこようとする部員を西村くんが懸命に追い払っているのが面白かった。

 

「わざわざおいでいただき、ありがとうございました」

 

 玄関先で奈良橋くんが頭を下げた。

 今日はなんとか自然に話せた気がして、私は感謝の思いと一緒に二人に微笑んだ。

 

「こちらこそ、ありがとうございました」

「暗いですから気を付けて」と奈良橋くん。

 

 西村くんは目をそらして、小さな声で「歌詞、頼みます」とつぶやいた。

 

        ・

 

 校舎の外はすっかり暗くなっていた。校門を出て、街灯に照らされた住宅街のなかの道を歩く。私と梨子ちゃんのはく息は真っ白だった。

 

「それにしても、扉が外れたときにはびっくりしたね」

 

 私は笑いながら話す。

 

「ええ、そうね」

 

 梨子ちゃんも微笑んだ。

 きっとAqoursのメンバーも同じようにのぞきに来たことを、思い出しているのだろう。

 今日は私たちよりも、ずいぶん荒っぽかったけれど。

 

 住宅街は静かで、遠くから聞こえてくる車の音のほかは、私たちの足音だけが響いた。

 

「ねえ、梨子ちゃん」

「ん、なあに?」

「編曲って、歌詞がないとできないものなのかな?」

「そうね……」

 

 梨子ちゃんは考え込む。

 

「できないことはないわ。でも、やっぱり歌詞があったほうがいいわね。歌詞によって雰囲気って、変わってくるでしょ」

「そうだね」

「それに、これは作曲のほうかもしれないけど、微妙にメロディを変えたりもするの。発音にあわないと歌いにくいから」

「へえ、そんなことしてたんだ」

「ええ。たとえば……『夢で夜空を照らしたい』。一番と二番の歌い出し、ちょっとだけちがうでしょ?」

 

 私は口ずさんでみる。たしかに、ルビィちゃんの歌うところと私のところ、音符の数もリズムも違うみたいだった。

 

「うふふ。千歌ちゃんが気づいてないってことは、うまくいってるってことね」

 

 梨子ちゃんは肩をすくめて笑った。

 

 梨子ちゃん、すごいんだ。私はあらためて思った。

 

「だから千歌ちゃんの作詞、あまり無理に旋律にあわせなくていいからね」

「うん、ありがとう」

 

 梨子ちゃんはもう一度、微笑んだ。

 

 作詞、早めに仕上げないと、と私は気持ちを新たにした。

 

 正面を向いた梨子ちゃんの横顔を私は眺める。街灯の光に、梨子ちゃんのきれいな肌が白く浮き上がって見えた。

 

 そういえば今日も梨子ちゃんと西村くんは楽しそうに話していたっけ。

 

「梨子ちゃん、私、嫌われてるのかな」

「ええっ、なあに、突然」

 

 梨子ちゃんはびっくりしたように言う。

 

「ほら、作詞、仕上げていかなかったから」

「ああ、そういうことね」

 

 梨子ちゃんはほっとしたようすになって続けた。

 

「ぜんぜん、そんなことないと思うよ」

「えー。だって西村くん、なんか私に厳しいし。最後も目をあわせてくれないし……」

 

 梨子ちゃんみたいに可愛くないし。

 

 くすり、と梨子ちゃんは笑う。

 

「たぶん、照れてるだけじゃないかな」

 

 それならいいけど……。私はそこまで楽観的になれなかった。

 

 バスに乗ると暖房のきいた車内が冷えた体にありがたかった。

 

「あ、そうだ。はい、これ」

 

 席についた梨子ちゃんが私に平らな紙袋を手渡す。

 

「CDよ。遅くなってごめんね」

「ありがとう、梨子ちゃん」

 

 私は大切に鞄に入れた。

 

 心地よい揺れと温かさに包まれて、私はいつの間にか眠ってしまったらしい。内浦について梨子ちゃんに起こされるまで、私は夢を見ていた。

 

 ステージで吹奏楽をバックに歌う夢。でも、残念だけど、そこには歌詞はついてなかった。

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