たったひとつのSunshine Story 作:Kohya S.
梨子ちゃんにCDをもらってから、私は毎日、曲を聞いた。
数日後にはCメロもできて、それは梨子ちゃんが話していたように、まるでスポットライトがさっと私だけを照らすみたいだった。
難しいことをいうと、全体からストーリー性が感じられる、そんな曲に仕上がっていた。
曲に歌詞をあとから付けるのはひさしぶりだった。
そういえば花丸ちゃんも夏休み、「恋になりたいAQUARIUM」の歌詞を書いていた。あのときも曲が先で、花丸ちゃんは「すっごく苦労したずら」って話していたけれど――その苦労がいまさらながらよくわかった。
私は指で数えたりしながら、制限された文字数になんとか書きたいことを収めていった。
花丸ちゃんは結局、どうやって完成させたのだろう。あとで聞いてみようと思った。
四苦八苦すること一週間ほど。私はようやく書き上げた。
まだまだ粗削りだし、納得がいかないところもいっぱいあるけれど、いったん梨子ちゃんたちに意見を聞いたほうがいいと思った。
もちろんいろいろ指摘はされるだろう。でも、望むところだった。いままでの曲でも、そうやってきた。
次の日の昼休みに、私は梨子ちゃんと曜ちゃんに歌詞を見せた。
私のノートをふたりはのぞき込んだ。
しばらくして梨子ちゃんが私に微笑む。
「そうね、歌い出しはいいと思うわ」
梨子ちゃんはかならず最初にほめてくれる。
「それに歌いやすいみたい」
うん、なにしろ私が歌うんだからね。そこは最重要視したよ。
「でも……ちょっと、語呂が悪いっていうのかしら。詞だけみると文字あわせっぽいところがあるわね」
「うん、たとえばサビのところ、『ああ、あらたなー、ものがたりを』になってるけど、『ああ』って省略できないかな。『あたらーしーい、ものがーたーり』とか」
曜ちゃんは
「メロディのほうは変えることができるわ。たとえば一小節、追加するとか。だからもっと自由に考えてみて」
私はうなずいた。梨子ちゃんは続ける。
「それでね、千歌ちゃん。一番重要なのは……」
「なのは?」
私はドキドキしながら続きを待った。
「テーマが見えないことかしら」
うっ。それって致命的では……。
たしかにいままでの曲は最初にテーマを決めていた。
「そうだね」曜ちゃんは苦笑する。「千歌ちゃんが好きなものを詰め込んだ、って感じ。それはそれでいいんだけど」
言われてみればその通りだ。
私、自分の曲だって思って舞い上がってたのかも。へんなプレッシャーも感じちゃって。なにを伝えたいか、それを考えなくちゃいけなかったのに。
「えっと、出直してまいります……」
私はノートをするすると引っ込めた。
梨子ちゃんがはげますように微笑む。
「千歌ちゃんならできるって、信じてるから」
隣で曜ちゃんも同意するようにうなずいた。
「うん、ありがとう」
私は笑顔を返した。
いままでなら落ち込んでいたかもしれないけれど、みんなと一緒にいろんなことを乗り越えてきた。きっとなんとかなるって、私も信じていた。
どうしてもだめだったら、素直にみんなに助けを求めよう。
「向こうには、いつ話をしようか?」
私がノートをしまったところで梨子ちゃんが聞く。
曲ができたので、沼津南高校の二人になるべく早く渡さなくてはならない。だけど、私はできれば歌詞も一緒に持っていきたかった。
「曲のデータだけ、先にメールする?」
そういう方法もあるんだ。でも……。
「やっぱり詞もあったほうがいいよね」
「もちろんそのほうがいいけど、急ぐことはないと思う」
梨子ちゃんはそう言ってくれるけれど。
私が悩んでいると曜ちゃんが言った。
「私、前回行かなかったからわからないんだけど、作詞のアドバイスとか、してくれないのかな? ほら、奈良橋君と西村君」
「それは……」
私はふたりのようすを思い出す。西村くんはちょっと愛想が悪いけれど、曲には
「してくれると思う」
「いったん会ってみてもいいんじゃないかしら」と梨子ちゃんも。
「うん、そうだね」
正直なところ、すこし恥ずかしい。でもそんなことは言ってられなかった。
・
今日は屋上で練習の日だった。放課後、部室に行った私たちはパソコンを開いた。
私は曲ができたので会いたいこと、歌詞の相談に乗ってほしいことをメールに書いた。
「お話しできれば幸いです、っと」
残念ながら私はあまりキーボードを打つのは速くない。
「こんな感じかな?」
「いいんじゃないかな」と梨子ちゃん。
「どうしよう、私たちが行くことにしようかなあ。歌詞、遅れちゃったし」
「そうね。そのほうがいいかも」
私は本文にそう書いて、メールを送信した。
練習のとき、梨子ちゃんと曜ちゃん以外のメンバーにも簡単に経過を報告した。みんなはやっぱり興味津々、っていう感じだった。
練習を終えて、帰る前に念のためパソコンを確認すると、もう返事が届いていた。
「おっ、返事、速いね。きっと向こうも楽しみにしてたんじゃないかな」
私のわきからのぞきこんだ曜ちゃんが言う。
もしそうだとしたら嬉しいな。
私は本文を読む。
「えー、なになに。よろしければ明日、来ていただけますか、だって」
「曜ちゃんのいう通りみたい」と梨子ちゃん。
「よかったあ。それじゃ、明日の放課後だね!」
もうすこし時間があれば歌詞がよくなったかもしれないけど……ううん、早めに相談できたほうがいいに決まってる。
よし、と気合いを入れたとき。
「あ、待って。……ごめんなさい、私、明日はピアノのレッスンだわ。月に一回の」
そういえば梨子ちゃん、ときどき沼津までレッスンを受けに行ってる、って話していた。
「えー、梨子ちゃん、参加できないんだ」
でもレッスンを休んでもらうわけにはいかないし。
「ごめんなさい、千歌ちゃん。日付、変えてもらおうか?」
「うーん……」
せっかく行くつもりになってたところだ。それに曲だってある。
「私、一人で行ってくるよ。いちおう部長だしね」
「大丈夫、千歌ちゃん。私も行こうか? そんなに遠くないし」
曜ちゃんも言ってくれた。でも。
明日は沼津市街で練習だけれど、沼津南高校に行ったら練習には出られない。
「ううん。曜ちゃんには曲ができたら、衣装のことで一緒に行ってもらわなきゃだから……。私、一人で行く」
私は二人に笑ってみせる。二人もうなずいた。
今回は私だけのライブだもん。ここで怖がってたら始まらないよ。
それでも。うぅ、男子高でひとりで行くのは緊張しちゃうよ……。
「あら、待ちあわせ場所、変えてくれたみたい」
梨子ちゃんがパソコンを見て話した。
メールの続きには、沼津南高校近くのファーストフード店に来てほしい、と書かれていた。
前回、あんなことがあったからだろうか。すこしほっとしたのは事実だった。
・
翌日、私は放課後すぐにバスに乗った。レッスンを受けに行く梨子ちゃんも一緒だ。ほかのみんなは次のバスみたいだった。
バスのなかで梨子ちゃんから曲の新しいCDと楽譜を受け取る。
また、私もすこしだけ歌詞を直してきていた。梨子ちゃんに見せると「ずいぶんよくなったと思うわ」と言ってくれた。
「梨子ちゃんはなにか聞いておいてほしいこと、ある?」
「そうね、前回、ずいぶん話したし……。あ、メロディは歌詞も考えて、変えてくれていいですよって伝えておいてくれる?」
「うん、わかった」
高校の近くのバス停で私はおりた。バスの窓から梨子ちゃんが手を振ってくれた。
指定されたお店はすぐ近くだった。
店に入って店内を見渡すと、奥のほうの席に奈良橋くんと西村くんがいるのが見えた。私に気づいた奈良橋くんが右手をあげる。
先になにか注文したほうがいいのかな、と思いながら私はひとまずふたりのほうへ行く。
「こんにちは」
「わざわざ来ていただいて、すみません」
私の挨拶に奈良橋くんは立ち上がって礼をした。
「いいえ、こちらこそ遅くなりまして……」
「とんでもない、まだまだ余裕ですよ。な、西村」
「まあ、大丈夫です」
西村くんは無表情でうなずいた。
奈良橋くんが座るように手ぶりをしたので、私は向かいに腰を下ろす。
「桜内さんはどうかされましたか?」
「ええと、梨子ちゃん……桜内さんはちょっと用事があって。すみません」
「急でしたからね。無理もないです」
奈良橋くんは微笑んだ。西村くんが続ける。
「俺、なにか注文してきます。なにがいいですか、高海さん」
「あ、私、自分で行きます」
私が立ち上がりかけると、西村くんが言った。
「いえ、こっちがお願いしてるんですから」
そういうことなら……。私はテーブルの上をちらっと見る。ふたりとも飲み物だけみたいだ。
「それじゃ、オレンジジュースを」
西村くんはひとつうなずくと立ち上がってカウンターへ行った。すぐに戻ってきて私の前に紙コップを置く。
「ありがとう」
私が言うと西村くんは「部費だから気にしないで」と小声で答えた。
「あ、曲は
私が鞄からCDを取り出すと西村くんが反応したので、彼に手渡した。続けて楽譜も。
「どうも」
「ありがとうございます」と奈良橋くん。
あれ、でも、CD、ここで聞けるのかな? あとでもいいのかもしれないけれど、
「これに歌詞も入ってますか?」
西村くんが聞いた。
「えっと、いまは入ってないです。歌詞はこっちで……」
私は備え付けの紙ナプキンでテーブルを簡単にふいた。
そして歌詞を書いた紙――さすがにノートからルーズリーフに写してきた――を出そうとして気づく。パソコンとかで印刷してくればよかったのかな……。でも、ここまで来たら仕方ない。
私はふたりの前に紙を置いた。
「まだ途中でして、メールでも書いたように、ちょっと相談できればって、思うんです……」
ふたりの視線が文字を追っていくのがわかって、私の声はだんだん小さくなる。うわあ、ドキドキするよ……。
読み終えると奈良橋くんが西村くんに目配せした。西村くんはうなずく。
「悪くないと思います」
メガネを上げながら奈良橋くんは言った。ほっとする私。西村くんは?
「うん。追加の部分? Cメロだっけ。そこを聴いてみないとわからないけど、まあまあじゃないかな」
あ、なんか微妙な感じ……。でも、それを聞くために来たのだった。
西村くんは続けてちいさく口ずさむ。
「うーん、このへんちょっと歌いにくいかな」
「あ、そこは、メロディを変えればどうかなって」
「ああ、そうか」西村くんはCDをちらっと見る。「桜内さんにもう変えてもらったんですね」
「ええと、まだです……。この詞、今朝できたばっかりで」
「あ、そうなんだ……」
西村くんの顔に困惑が見えた
「あの、梨子ちゃん、編曲の都合もあるだろうから、変えてくれていいって話してました」
「そうでしたか。……うーん、そういってもなあ」
西村くんは頭をかいた。
そのとき、奈良橋くんがひらひらと手を振って注意を引く。
「あの、私、先に部活に戻ります。ばれるといろいろ厄介ですので」
「はい」
私は返事をしたけれど――ばれるって、なんだろう。
「おい、俺はどうすりゃいいんだよ」と西村くん。
「歌詞、相談に乗ってあげてください。私よりずっと、いいアドバイスできると思いますから」
奈良橋くんはすまなそうに微笑むと、店を出ていった。
・
「まいったな」
西村くんがふうっと息をはいた。
私の視線に気づいたのか居心地悪そうに身じろぎしてから話す。
「あの、この前はすみませんでした。部員たちが……びっくりしましたよね」
「あ、全然、気にしてないです」
私は手を振って否定する。
「だから今日は部員に内緒で、外で会うことにしたんです」
なるほど、そういうことなんだ。
「CD、聴いてみていいですか」
私がうなずくと彼は鞄から小型のCDプレイヤーを取り出した。私が小学生のころ、お姉ちゃんが使っていたようなやつだ。懐かしい。
「部室から引っ張り出してきました」
彼は言い訳するように話してからイヤホンをつけ、CDを再生した。楽譜と歌詞を交互に見ながら体で軽くリズムを取っていた。
イヤホンを外すと西村くんは笑みを浮かべた。まだぎこちない感じがしたけれど、今日、初めての笑顔だった。
「いいですね。新しいCメロ、四分の三拍子なんだ。ほかと雰囲気が違ってて、聴かせどころになってます」
パカッとCDプレイヤーのふたを開けてCDを取り出すと丁寧にケースに戻す。
「さすが、桜内さん」
そうつぶやくのが聞こえた。
「あの、それで。歌詞、どう思いましたか?」と私はたずねる。
西村くんはすこし考えてから話した。
「奈良橋も言っていたけれど、悪くないですよ」
本当にそうだろうか。どうせなら素直に話してもらいたかった。せっかく梨子ちゃんが作ってくれた曲なんだ。
私は西村くんをじっと見つめた。
西村くんが目をそらすのにもかまわず私は言った。
「西村くん」
彼はびくりとして私を見る。
「私、いいものにしたいんです。この曲を!」
今度は彼は目をそらさなかった。
一呼吸おいて、彼はうなずいた。
「……たしかに、いままでのAqoursの曲にくらべると、歌詞はいまいちだと思います」
「やっぱり、そうですか」
私は肩を落とした。
やっぱりか。一日でそんなに、よくなる
彼はしばらく黙っていたけれど、静かな声で続けた。
「……元気な感じはよく出てます。高海さんらしいっていうのかな。ちょっと『私のお気に入り』、意識してませんか?」
「どうしてわかったんですか?」
私はびっくりする。
「
意識した、とまでは言わないけれど、つねに頭のなかにあった。
「なんとなく。いくつも並べていく感じが、ですけど」
「すごいですね」
私は素直に感心した。
西村くんは私の視線をさえぎるように飲み物を一口、飲んだ。カップを下ろすとふと思い出した、というように話す。
「いままでの曲は、誰が作詞してるんですか?」
あらためて話すのは恥ずかしいけれど……。
「えーと、私が作詞してるのが、多いです」
ちょっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「多いっていうと……『MIRAI TICKET』とか『君のこころは輝いてるかい?』とかも?」
「はい」と私。
西村くんは目を見張った。明らかに驚いたみたいだった。
この反応、どういう意味だろう。
「ごめん、俺、てっきりほかの誰かが作詞してるんだと思った」
西村くんは頭を下げた。
「ごめん……って?」
「あ。その……」西村くんは目をそらす。「高海さん、すごいんだね」
すごい。私が? そうなのかな。
私はいつも全力を作詞してきただけだから、実感はなかった。でも、その言葉は私の胸に染み込んでいって――どこかにあった緊張と不安がゆっくりととけていく、そんな感じがした。
「えーと、うん。ありがとう、ございます」
私はしどろもどろに答えた。
紙コップを手にする。冷たいそれがちょっと心地よかった。
「それならきっと、もっと良くなるんじゃないかな」
西村くんは私と目をあわせないままそう言った。
・
それから私たちは歌詞について話した。
「サビのところ、語呂が悪いっていうけど……たとえば英語、使ってみるとか」
「私、英語、苦手なんだよね」
「そういえばわりとすくないな。『MIRACLE WAVE』くらいか」
「あはは、あれが限界だよ、もう」
「まあ、難しくないくらいのほうがいいよ。聞くほうだって」
「わかった」
じっくり話してみると、意外に西村くんは話しやすかった。
話の途中。
「この、メロディにあわせる、っていうのが難しいんだよね」とつい本音が出る。
「いつもはどうしてるんだ?」
「いつもは、私が先のことが多いかな。梨子ちゃんがそれにあわせて、作曲してくれるんだ」
「うわ、そうなんだ。すごいな」
「えっ、どういうこと?」
「一般論だけどさ、詞が先のほうが難しい、って言われてる。桜内さん、あとから曲つけてたんだ。さすが」
私はなんだかむーっとして、くちをとがらせる。
「あ、いや。高海さんが曲が付けやすい詞を書いてるってことかもな」
西村くんはあわてたように付け加えた。
私はおかしくなって、くすりと笑った。
ふと気づくと窓の外は真っ暗になっていた。
「あっ、終バス。そろそろかも」
私はスマートフォンを確認する。よかった。あと三十分くらいあった。
私は歌詞を見直す。
シャーペンと消しゴムで書き直した跡でいっぱいのそれは、今朝、書き上げたときよりも、ずっと良くなっていた。
「バス、終わるの早いよな。俺もこの前、びっくりした」と西村くん。
「そうなんだよ。せめてあと一時間、あればいいんだけどね」
急に時間の経過が意識された。コップはとっくに空になっていて――私のおなかがぐーっと鳴った。
西村くんが吹き出すのがわかった。
あーもう、私のおなかったら。私が恥ずかしくて目をそらすと、西村くんが大げさに自分のおなかをさすった。
「はらへったよな。なにか食べて帰るか?」
にやっと陰謀にでも誘うように笑う。
「そうだね。じゃあ、ポテトだけでも、食べて帰ろうかな」
たまにはいいよね。
彼に続いて私が席を立とうとすると、彼が首を振った。
「どうせ部費だから、気にしないで」
「えっと、いいのかな」
「いいっていいって、お客さま」
西村くんは微笑んでカウンターへもう一度、向かった。私は楽しみに待った。
西村くんはMサイズとLサイズを買ってきて、私にMのほうを向けた。
「私、そんなに食べるように見えるかなあ」
私はほっぺたをふくらませる。
「えっ、これでもわざわざMにしたんだけど」
「もう、Sで十分だよ」
ポテトを食べながら、私たちは初めて雑談らしい雑談――学校とか部活の話、友達の話とか――をした。
あっという間に終バスの時間が近づいてきて、西村くんはCDプレイヤーをしまう。
私はそのあいだにゴミを片づけてトレイを返却した。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
こんなことしか、できないからね。
結局ポテトはふたりで全部、食べてしまった。私は椅子を元に戻して忘れ物がないか確認した。
店を出て私はもう一度、西村くんに頭を下げた。
「今日は、ごちそうさまでした」
「いや、べつに。どうせポテトだけだし」
西村くんはそう言うけれど内浦にはこういうお店がないから、私はすごく楽しかった。
「あ、バス停まで送るから」
「どうもすみません」
西村くんはポケットに手を入れて歩き出した。
横を歩けばいいのか、後ろを歩けばいいのか。どっちだろう。距離感がよくわからなかった。
結局、横&微妙にうしろの場所を私は選んだ。
途中、信号が赤になって私は彼の隣で待った。忘れないうちに話す。
「あの、歌詞について、今日は本当に、ありがとうございました」
「いや、その。……どうせだから、俺もいいものに、したいし」
彼は視線をあわせずに言った。私はうなずく。西村くんがそう思ってくれるってことは、とても嬉しかった。
信号が青になる。しばらく歩いてから西村くんは口を開いた。
「高海さん」
「はい。なんでしょう?」
「高海さんらしさだけど……もっと別の出し方ができると思う。好きなものを並べるだけじゃなくて」
「別の……?」
「うん」
彼は足を止めて私のほうへ向いた。
「Aqoursの曲、どれも……その、力をくれる、って感じがする。そんな詞を書いた高海さんだからこそ……高海さんが伝えたいこと。あるんじゃないかな」
「私が、伝えたいこと」
西村くんはうなずいてゆっくりと歩き出した。私は半歩うしろをついて行く。
彼の言葉は嬉しかった。でも、私、そんなに深く考えてないし。……買いかぶり、じゃないかな。
私は急に怖くなった。
自分のこと、ずっと普通だって、思ってきた。普通じゃいけないって、思ってきた。でも、地区予選のとき、曜ちゃんと梨子ちゃん、それに果南ちゃんに言われて、そんな風に考えなくてもいいんだって気づいた。普通でもいいんだって。
曜ちゃんも梨子ちゃんも、Aqoursのみんなも、同じ普通の女の子だった。
でも、私自身も、Aqoursも、普通だからこそもっと輝けるはずだって私は思ってる。
作詞にはすごく悩んだこともあるけれど、梨子ちゃんや曜ちゃん、みんなの助けもあって、いままでずっとAqoursのためにがんばってきた。
私の詞がそんなAqoursの輝きに、すこしでも役に立っているなら嬉しかった。
歌詞は――私の想いそのもの。
でも、もし、私が私として、なにかを伝えるとしたら。私はなにを伝えればいいんだろう。私はなにをしたいんだろう。
Aqoursらしい、ではなくて、私らしい歌詞。
いまはなにも思いつかなかった。
「どうなのかな」と笑いにまぎらせて話す。「私、伝えたいこととか、あまり考えたことないかも」
「……そうは思えないけどな」西村くんが背中ごしに答えた。
「もちろん、Aqoursのためにってがんばってるけど。でも、私、普通の……ううん、普通で、つまらない女の子だから」
西村君はこちらを見る。
「どういう意味? Aqoursのリーダーっていうだけで、そうは思えないけど」
「リーダーっていえるのかな、私。それは、いちおう部長だけど。
「十分すごいよ、それ」
「Aqoursがなかったら、私は魔法がとけてただの女の子に戻る、ってことかな」
西村君はなにか言いたそうにしたけれど、黙って前を向いた。
普通の女の子って、なにか伝えたいこととか、持ってるものなのかな。
梨子ちゃんならきっと、そういう想いを持ってると思う。曜ちゃんも、ほかのみんなも。
でも、私にはそういうのはなかった。もちろん、輝きたいとは思ってるけれど。
「だから、あまりそういうこと考えたことないんだ」
西村くんはびくっと肩をふるわせて、でも立ち止まらなかった。
「やっぱり、そうは思えないけどな」
私の耳に彼がそう言うのが聞こえたけれど、幻なのかもしれなかった。
バス停には数人の生徒――たぶん沼津南高校だ――が待っていた。
列の最後尾に西村くんと並んで待つと、やがてバスのヘッドライトが近づいてくるのが見えた。
「あの、歌詞ができたら、もう一度、持ってきます」
「えっ。俺が行ってもいいけど」
「ううん、私が持ってくる」
私は自分でもわからない衝動にかられてそう言った。西村くんはもうなにも言わなかった。
バスに乗り通路から外を見る。
西村くんは片手をポケットから出して胸のあたりでちいさく手を振った。窓の外から見えるのかどうかはわからなかったけれど、私も同じように振り返した。