たったひとつのSunshine Story   作:Kohya S.

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時系列がすこし巻き戻っていますのでご注意ください。


6. 魔法のような時間はもう過ぎ去って

 最後に桜内さんと高海さんに会ってから二週間ほどあと。

 放課後、部室――音楽準備室に行ってPCを起動すると、ひさしぶりに浦の星からメールが届いていた。

 

 このあいだ、曲も途中、歌詞もない、ということでさすがに編曲はほとんど進んでいなかった。

 

 幸いほかの部員はいなくてPCをのぞかれる心配はない。俺は急いでメールを開いた。

 明日会えないかという内容で、俺は自然に顔がほころぶのを止められなかった。

 

 すぐにでも返信したかったが、さすがに奈良橋に確認したほうがいいだろうと思う。

 音楽室に通じるドアを開けてのぞくと奈良橋がいたので、手招きをして呼んだ。

 

「高海さんからメールが来た。曲ができたってさ」

 

 ドアが閉まるのもそこそこに俺は話した。

 

「おや、嬉しいですね」

 

 奈良橋も微笑む。

 

「まあな。歌詞もできたけど、そっちはちょっと相談したいらしい」

「相談とは、どういうことでしょう」

「そこまでは書いてなかった」

 

 俺は首を振った。演奏が吹奏楽だからなにか悩んでいるのか。いや、それならむしろ作曲のほうだろう。

 

「まあ、頼られるのはいいことでしょうか」

「こっちまで来てくれるらしいんだけど、奈良橋の予定は?」

「私は、いつでもいいですよ」

 

 俺も予定らしい予定はない。

 

「それじゃ明日でいいか?」

「もちろん」

「じゃ、そう返事しておく。ほかになんかあるか?」

「いいえ。あ、そういえば前回はたいへんでしたね」

 

 ん? 部員たちがなだれ込んだことだと思うが、いまさらどういうことだ。

 

「謝罪でもあらためて書くか?」と聞く。

「いえいえ。今回は、別の場所で会ったほうがいいんじゃないか、と思うわけですが」

 

 ああ、そうか。また部員たちが押しかけて来たりしたら……。ただあまり秘密にするのもどうだろうか。

 

「部員に会ってもらうのは編曲が終わってからにしましょう」

 

 まあ奈良橋がそういうならかまわない。

 

「じゃ、近所のMバーガーで待ちあわせにしておくか」

「いいと思います」

 

 俺がPCに向かおうとすると奈良橋が思いついたように話す。

 

「それにしても明日とは、ずいぶん急ぎますね」

「別に……。先にしたって仕方ないしな」

 

 奈良橋はなにも言わずメガネの奥で目を輝かせた。

 

        ・

 

 翌日、俺たちは放課後、学校近くのファーストフード店へ行った。約束の時間よりもやや早いので浦の星の彼女たちは来ていなかった。

 

 奈良橋と俺が二人揃っていなくなったら、部員たちは不審に思うだろうか。……いや、今日は合奏をするわけではないのでしばらくは大丈夫だろう。

 

 奥のほうの席に座って俺たちは待った。奈良橋の隣に座るのは妙な気分だった。

 

 時間通りに彼女はやってきた。桜内さんでなくて、高海さんが。

 

 彼女の話では桜内さんはもともと予定があったのだそうだ。急な話だし、仕方がないと思う。翌日にしたのはやっぱり失敗だったのかもしれない。

 

 桜内さんには会えない。正直に言って俺は落胆した。それと同時に、すまなそうにする高海さんに申し訳ない気持ちにもなる。

 さらに俺は、いや高海さんだって可愛いと思いなおし――やっぱり女の子ならだれでもいいのか、という自己嫌悪におちいりそうになって、考えの連鎖を断ち切った。

 

 あらかじめ奈良橋に部費からいくらかもらっていたので(接待費ということになるのだろうか)俺は高海さんの飲み物を買いに行った。

 

 ジュースを買って彼女の前に置く。「ありがとう」と言った彼女の笑顔はやっぱりまぶしかった。

 話は曲のことに移って、俺はようやく落ち着いて話せるようになった。

 

 高海さんは歌詞を作ってきていた。ただ、自分でも不満はあるらしくて、俺たちは意見を求められた。

 

 読み終わった奈良橋と俺は視線を交わした。

 

 元気があって悪くはない。悪くはないのだが、散文的でなにが言いたいのかがあまり伝わってこない気がした。とはいえ高校生としては上出来だろう。

 いや、そもそも俺からして、そんなことを言えるレベルでないのだが――Aqoursなら、という先入観が俺にあったのかも知れなかった。

 

「悪くないと思います」と奈良橋は言った。やはり受けた印象は同じらしい。

 

 俺もなにか言わなくてはならないと思って、無難な答えを返した。

 

 でも、高海さんは納得していないようだった。その顔はどこか不安そうに見えて、俺はなんとか力になりたいと思う。

 

 とはいえ、どうすればいいんだろう。旋律は歌詞にあわせて、俺のほうで変えてもいいと、桜内さんは言っていたそうだが。

 

 俺が悩んでいると、奈良橋が先に部活に戻ると言い出した。

 たしかに二人ともずっと部室をあけているのは問題だが、なにもこんなときに行かなくてもいいだろう。

 

 しかし俺の文句も聞かず、奈良橋はさっさといなくなった。

 

        ・

 

 俺は部室から持ってきたポータブルCDプレイヤーを取り出した。桜内さんの曲は新しいメロディが追加されてさらに良くなっていた。

 

 高海さんの歌詞を当てはめてみる。歌詞の全体的な印象はあまり変わらなかったが、破綻(はたん)しているような個所はなかった。

 

 これなら旋律は、だいたいそのままでいいかな。主旋律は木管から始めてブラスに移って……。

 

 考え始めると高海さんが歌詞について意見を聞いた。俺はやはり無難な答えを返す。

 彼女は俺をまっすぐに見つめて――俺は耐え切れなくなって目をそらした。

 

 そうはいってもなあ、と思う。

 歌詞としては実際、十分だと思うし、定期演奏会の企画のひとつでしかない。それに本当のことを言って、もし嫌われでもしたら目も当てられない。

 

「西村くん!」

 

 突然呼びかけられて俺はびくりとする。高海さんは続けた。

 

「私、いいものにしたいんです。この曲を!」

 

 俺と彼女の視線が交錯した。

 

 高海さんの気持ちは本物だ。俺と違って。

 

 すこし上気した顔。呼吸にあわせて上下する肩。そして強い意志を秘めて輝く瞳。すべてがそれを裏付けていた。

 

 それでも俺は高海さんに、かすかな不安を見出(みいだ)してしまう。

 

 彼女の力になりたい。いいものを作りたい。俺は初めて本気でそう思った。

 

 俺がうなずくと、彼女の表情がふわりと柔らかくなった。

 

        ・

 

 それから俺たちは歌詞について話しあった。

 

 驚いたことにAqoursの作詞は、ほとんど高海さんが担当しているらしい。

 それなら遠慮する必要はなかった、と思う。ほかの曲を考えれば、この曲だってもっといい歌詞になる。それは間違いなかった。

 

 俺が驚いた、というと高海さんも驚いていた。どういうことだろう。あんな歌詞を書けるなら驚くのは当然だと思うが――彼女は意外に、自己評価が低いのかもしれない。

 

 俺たちは結局、終バス直前まで相談していた。歌詞はきっと、ずいぶん良くなっていたはずだ。

 

 高海さんのおなかがぐうっと鳴って、俺は思わず笑ってしまってから、女の子には失礼だったと思い直した。

 ただ素直にあやまることはできなくて、俺はつい誤魔化(ごまか)してしまう。

 

「なにか食べて帰るか?」

 

 と、まるで友人にでも話すように。幸い、高海さんは怒ったそぶりも見せずに俺の話に乗ってくれた。

 ポテトのSでなくMを買ったことには、すこしご機嫌斜めだったが。

 

 店を出るときに高海さんが俺のすぐそばを通る。ふわりと彼女から柑橘系のいい香りがした。それはオレンジではなくて、なぜか蜜柑を連想させた。

 

 バス停までふたりきりで道路を歩いていく。急に俺はいまのシチュエーションを理解した。

 放課後、ファーストフードで寄り道してから、一緒に帰る。

 何度も妄想した女の子との日常デート、そのものだ。

 

 信号待ち。高海さんは今日のことについて改めてお礼を言った。俺はついさっきまでそうしていたのに、いまは自然に返事ができなくて、ぶっきらぼうに返事をした。

 

 交差点を渡ったらバス停まではもうすこしだ。

 

 歌詞はよくなったが、最後にそれを完成させるのは、きらめくような輝きをそこに乗せるのは、高海さんにしかできないと思った。

 

 俺はなんとか気力をふるい起こして、まとまりないながらも話した。

 

「……高海さんが伝えたいこと、あるんじゃないかな」

 

 俺が最後にそういうと彼女は「伝えたいこと」と繰り返した。

 

 バス停が見えてきて俺はすこしほっとする。

 そのとき高海さんが意外な言葉を口にした。

 

「私、伝えたいこととか、あまり考えたことないかも」

 

 俺はびっくりする。あまり考えたことがない、というのは、どういうことだろう。

 聞いた俺に彼女は、普通で、つまらない女の子だから、と話した。

 

 Aqoursのメンバー、いやリーダーというだけで普通じゃない、と俺は思う。まして歌詞まで担当している。

 あまり考えたことがない、というのは、きっとごく自然に、心のなかからわき出してくるのではないだろうか。伝えたいと思わなくても、彼女から伝染してくるような、きらきらとした輝き。彼女が言葉にできないだけだと思う。

 

 仮に俺が高海さんと、Aqoursのメンバーとしてではなく一人の子として会ったら。たとえば一人の女の子として、俺の曲を歌ってもらうことになったら、普通だなんて、つまらないなんて、思えるだろうか。

 

 それに、彼女はもちろん、とても――とても可愛かった。いや、そんな単純な形容では足りない。語彙力(ごいりょく)がないのがもどかしいかった。とにかく魅力的だった。

 

 ただ、さっきまでの、デートを思わせる魔法のような時間はもう過ぎ去っていて、俺には高海さんにそれを言うことはできなかった。

 

「やっぱり、そうは思えないけどな」

 

 俺はそう独白(どくはく)した。

 

 高海さんの乗ったバスに俺は手を振る。彼女も振り返してくれた。

 

        ・

 

 一人になると急に寒さが身に染みた。俺はコートのボタンを留めながら家に向かって歩き出した。

 

 高海さんのことを思い出す。

 前に会ったときと違って今日は意識せずに自然に話せた。それだけでも良かった。

 

 でも、それは俺がなにかをしたからではなくて、高海さんが俺のことを特別扱いしないで接してくれたからだろう。それでいて高海さん自身は、それをちっとも意識していないようだった。

 まっすぐに向き合う彼女の性格がなせる(わざ)なのかもしれない。

 

 まっすぐと言えば今回の作詞もそうだ。俺のようにへんに(しゃ)にかまえたりしないで、できる限りのことをする。

 

 きっとAqoursのリーダーとして彼女が活躍しているのも、これらと同じ理由で――そこが人をひきつけるのだと思う。

 

 それに、Aqoursの曲を彼女が作詞していると知ったときには驚いたし、今回の曲だってあっという間によくなった。

 

 高海さんはすごい。あらためてそう思った。

 その彼女が最後に言った言葉。「魔法がとけてただの女の子に戻る」。俺にはまったく同意できなかった。

 さっきもさんざん考えたように、たとえ彼女が一人だったとしても、俺には特別に見えたに違いなかった。

 

 でも、その彼女は――。

 

 テーブルを紙ナプキンで拭く高海さん。最後にも椅子を片づけていた。

 最初に会ったときだって、椅子に座るときにスカートの(すそ)をそろえていたっけ。

 お礼を言うときの輝くような笑顔。

 

 ちょっとした女の子らしい仕草は、俺の胸を鷲掴(わしづか)みにしたんだ。

 

 そして、俺が桜内さんのことを話したときに――俺の勘違いでなければ――ちょっとすねた感じの彼女。

 ポテトのMを渡したときに、ふくらませたほっぺた。

 

 高海さんは普通の女の子だった。

 

 普通じゃないけれど、普通。それが彼女の魅力だった。

 

 そんな高海さんに俺はなにができるんだろう。

 俺は家につくまで考え続けた。

 

        ・

 

 翌日の昼休み、俺は奈良橋に部費の余りを返し、昨日のことについて簡単に報告した。

 きっとすぐに歌詞はできると思うと言うと、奈良橋はうなずいた。

 

 全体の構成がわかったので俺は本格的に編曲を始めた。

 Aメロのなかの転調は生かしたかった。でも、そうすると演奏が難しい部分が長く続く。全体を移調するのもありだが、それだと今度はサビが変ニ長調になり、やはり難しい。

 桜内さんの意図を汲みながら、ある程度の演奏のレベルで編曲するのは、困難な作業になりそうだった。

 

 高海さんへの俺の予想は当たった。

 

 一週間ほどあと、部室へ行くと高海さんからメールが届いていた。明日にでも完成した歌詞を持っていきたいという内容で、俺は奈良橋に確認もせずにOKの返信を送った。

 

 送信ボタンを押すとき俺はいつになくワクワクしていた。

 

 

 

        §

 

 

 

「……よしっ!」

 

 私はシャーペンを置いた。自宅の勉強机の上の時計は午前零時に近かった。

 

 沼津南高校――というかその近くのファーストフード店へ行ってから一週間がたっていた。

 

 あのあと私は梨子ちゃんに歌詞を見せた。梨子ちゃんは「一日でここまで良くなるなんて」と感心していた。

 さらに推敲してからもう一度、向こうの高校へ行くつもりだと話すと、彼女は「わかったわ」と了解してくれた。

 

 いま目の前にはいつも作詞に使っているノートがある。書いて修正して、スペースがなくなったら次のページに移って、をなんども繰り返して、ようやくある程度、納得いくものができたと私は感じていた。

 

 西村くんに言われて、私が私として伝えたいことを考えたのがよかったのだと思う。

 それが結局、いつもの結論に落ち着いてしまったのは、私らしいんだと思うことにした。

 

 それに西村くんは、梨子ちゃんや曜ちゃんなら言わないようなことを言ってくれた。

 もちろんふたりに遠慮があるとは思わないけれど、私のことをわかってくれているだけに、いつも私の考えが自然に伝わっていた。

 だけど西村くんは、客観的に歌詞だけで判断してくれて、それはすごく新鮮だった。

 

 いますぐ梨子ちゃんと曜ちゃんに、それに西村くんに見てもらいたかった。

 

 でも、この時間にメールやメッセージを送るのは気が引けたし、そろそろ寝ないと明日がまずい。

 私は電気を消してベッドに入った。

 

        ・

 

 翌日、私は梨子ちゃんと曜ちゃんに歌詞を見せようとして、なぜかためらってしまった。

 

 最後にアドバイスしてくれた、西村くんに先に見せるのがいいんじゃないかな。もしかしたら西村くんにダメ出しされるかもしれないし、と思う。

 自分でもなぜそう思ったのかはわからない。

 

 梨子ちゃんたちに見せて、千歌ちゃんってこんなこと考えてるんだ、って言われるのが怖かったのかもしれない。梨子ちゃんたちがそんなことを言うなんて、あるはずないのだけれど。

 

 ただ、もし西村くんが納得してくれたら――ほめてくれたなら、自信を持ってみんなに見せられる。それは間違いなかった。

 

 放課後、結局そのままなにも言わずに部室に行き、私は沼津南高校吹奏楽部へメールを送信した。

 ひとりだけで行くつもりだった。梨子ちゃんにも話してあったし、かまわないだろう。

 

 びっくりしたことに返事は一瞬で帰ってきて、無事に明日、会えることになった。

 

 梨子ちゃんたちには黙っていよう、明後日まで。私はそう思った。

 

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