たったひとつのSunshine Story 作:Kohya S.
西村くんと会った次の日の昼休み、私は梨子ちゃんと曜ちゃんに昨日、沼津南高校の人と会ってきたことを報告した。
一人で行った理由については言葉を濁した。
梨子ちゃんは面白そうな顔をしていたけれど、なにも聞かなかった。
「それで、どんな感じになったの、千歌ちゃん」
曜ちゃんが聞いて、私は歌詞を書いたノートを机に広げる。
「どれどれ」
曜ちゃんと梨子ちゃんがのぞき込んだ。
「One More Sunshine Storyか。すごくかっこいい」
「千歌ちゃんのセンス、ときどきすごいわね」
いつものようにドキドキしたけれど、いつもよりも自信があった。
しばらくして二人は顔を上げ、微笑んだ。
「うん、いいよ、千歌ちゃん」
「ええ。素敵ね、本当に」
そう言ってもらえて私はやっぱり安心する。
「ありがとう! がんばった甲斐があったよー」
「千歌ちゃんらしいって感じがする」
「そうね。それに曲にもよくあってるわ」
「えへへ、いろいろ考えたからね」
二人の言葉は最高のご
ようやく、私らしい歌詞ができたのかな、と思う。
「Aqoursとしての私」しか、いまは考えられないけれど、私には私にしか伝えられないことがある。そんな気がすこしだけ、心のどこかに生まれていた。
「これからどうなるのかしら、千歌ちゃん?」と梨子ちゃんが聞く。
「えーと、編曲ができたら連絡してくれるって」
「そうすると函館に行ったあとになるのかな」
私たちは今週末、ラブライブの北海道地区予選にゲストとして参加することになっていた。
「そうだね。そうしたら、こっちまで持ってきてくれるみたい」
「うわっ、楽しみ!」
曜ちゃんが笑った。
「よーし、私、そのときまでに衣装のラフスケッチ、仕上げておくよ」
「ありがとう、曜ちゃん!」
「あとで千歌ちゃんのイメージ、しっかり聞かせて」
「うん!」
そうだ、と私は改めて思う。一人のステージだけど、私は一人じゃないんだ。
曲について話す二人を前に、私の心はぽかぽかと温かくなった。
・
「それでかまいません、っと。送信!」
その日の夜、私は西村くんにメールを送った。あのあと彼からは電話が来てメールアドレスを教えてもらった。それから何回か曲に関するメールをやり取りしている。
電話は不思議と来なかった。でも、電話で話したらへんなことを口にしてしまいそうで、私はそのほうが安心だった。
ベッドの上でクッションに寄りかかっていた私は、パタリとそのまま横に倒れた。
私は西村くんと会ったときのことを思い出す。
奈良橋くんが来ていなかったのは、意外だったような、ちょっとだけ期待していたような、不思議な感じだった。
ひとつ失敗したのは、最初に「待ちましたか?」なんて聞いてしまったこと。「お待たせして申し訳ありません」って言えばよかったのに。
西村くんの「いま来たところ」っていう当たり前の回答に、私の単純な思考回路は「デートみたい」って考えてしまって――それがしばらく頭から離れなかった。
西村くんは歌詞ができたと知って、もちろんすごく嬉しそうだった。
歌詞を読んでもらうときのドキドキは、もうたいへんなものだった。いま思い出しても鼓動が速くなるくらいだ。
私の想いを――すごく単純な結論になってしまったけれど――入れた歌詞。私の分身のようなものだった。
それだけに彼の「いい歌詞だと思う」という言葉は私の胸に響いた。
助言してくれたことにお礼を言うと、西村くんはちょっと照れていたみたい。
題名がなかったのは書き忘れたんじゃなくて、実は最後まで別の候補――『もうひとつの物語』――と悩んでいたからだった。使い慣れない英語の題名を選ぶ気になったのは、西村くんがいてくれたせいかもしれなかった。
びっくりしたのは、歌ってほしいって言われたことだ。カラオケに誘われて、私はまた「デートみたい」って思ってしまう。もちろん私の勘違いで、編曲のために聞きたいというだけのことだった。
私が歌うと西村くんはまた感心していた。梨子ちゃんの曲があればこそだと思う。
そのあとは編曲の話になって、西村くんといろいろ話し合った。梨子ちゃんも彼も、こういうふうに曲を作れるっていうのは、本当にすごい。
最後はまた失敗してバス停まで走ることになってしまったけれど、そんなことまで私は楽しかった。
連絡先を聞かれたときにはすこしドキッとした。でも、それまでのドキドキにくらべたらなんてことはなかった。
バスに乗って、ようやく私は落ち着きを取り戻した。
いま思えば、西村くんには悪いけれど、まるでデートみたいだった。でも、あんなデートならまた経験したいなって、思っている自分に気づいた。
握っていたスマートフォンから通知音がして、私は手を開く。彼から返信が届いていた。
・
次の週末から浦の星女学院は冬休みに入った。
私たちの最初の予定は、函館でおこなわれる北海道地区予選だった。
その予選で、ゲストとしてステージを見ていた私たちの前で衝撃的なことが起きる。
彼女たちはそのまま挽回することができず、結果、予選敗退になった。
私たちはステージの怖さをあらためて認識した。
市内観光は楽しかったし食べ物もおいしかったのだけれど、本当に楽しんだ、とは言えなかったかもしれない。
最後の日、ルビィちゃんたち一年生三人が、もうすこし函館に残ると言い出して、私たち二、三年生は先に沼津に戻った。
三人が残った理由を、ダイヤちゃんを除いた私たちは花丸ちゃん経由で数日後に知った。
Saint Snowの
さらに彼女たちは函館のクリスマスイベントでのライブへ参加を申し込んで、無事にオーディションを突破していた。嬉しいサプライズだった。
私たち二、三年生は、衣装を準備して、ダイヤちゃんにだけは秘密にしたまま、クリスマス直前にふたたび函館に飛んだ。
函館のイベントがネット配信されると知って、私は西村くんにメールを送った。彼からは必ず見る、と返信が来た。
ライブは大成功だった。
短い時間だったけれど、今度こそ私たちは函館を堪能した。
・
ライブが終わったあと西村くんからはライブを見た、というメールが届いた。短い文面だったけれど、称賛の言葉が嬉しかった。
函館から帰ってきて年内のAqoursの練習もあと数日、というある日。
「おおっ、来た来たーっ!」
私は部室のパソコンの前で喜びの声をあげた。
「どうしたの、千歌ちゃん?」
近くにいたルビィちゃんが不思議そうに聞いた。
「イベントの曲、編曲ができたって!」
「とうとうできたのね」
善子ちゃんが言う。函館に行く前、みんなには、沼津南の人たちが編曲に取りかかったって話してあった。
「あら、いつ聞けるの、千歌っち?」と鞠莉ちゃん。
「ええと……」私は画面をスクロールする。「よろしければ明日にもお聞かせしたい、だって!」
「ワーオ、すごいじゃない!」
「楽しみずら!」花丸ちゃんも喜んでる。
「あら、冬休みなのにわざわざ来ていただけるのですね」
ダイヤちゃんが感心したように話した。
そういえばそうだ。
「きっと早く練習したいんじゃないかな。もう二か月もないし」と曜ちゃんが答えた。
「そうだね、私の歌詞、すこし遅くなっちゃったから」私は頭をかく。
「でも、だいたい最初の予定通りだから気にすることないと思うわ、千歌ちゃん」
梨子ちゃんはそう言ってくれた。
私は返事を書き始めた。
途中、果南ちゃんが隣に来て、私は手を止める。果南ちゃんはほかの子に聞こえないように、耳元でささやいた。
「もしかして、千歌に会いたくて、来るんじゃない?」
「ええっ、そんなことないよ!」
「そうかなあ」面白そうな果南ちゃん。「あまり詳しく話してくれないけど、何度か会ってるんでしょ」
「それは、そうだけど……。むしろ梨子ちゃんに、じゃないかな」
私は目をそらしてつぶやいた。
「あはは、千歌らしいね。明日、楽しみにしてるから」
果南ちゃんはそう言って離れていった。
私は心臓のドキドキが落ち着くまで、深呼吸を繰り返した。
§
「やっぱり、すごいよな」
俺は自宅のPCの前で独り言をつぶやいた。
高海さんに歌ってもらって、連絡先を交換してから一週間ほどで、俺はいったん編曲を終えていた。
打ち込んだ曲、つまりコンピュータで演奏した曲を奈良橋に聞かせてみると「まあこんなものでしょう」という反応だった。
だから高海さんたちに聞いてもらおうと思ったのだが、彼女たちは当初の予定を変更してもう一度函館に行っていた。
その理由は
今回の曲は、誰が作詞して(高海さんではない気がした)誰が作曲したのかはわからない。でもあいかわらずいい曲だった。
Saint Snowという函館のスクールアイドル二人組も、Aqoursに負けず劣らずのパフォーマンスだった。
俺は
画面には音が図案化されて並んでいる。俺はそこから演奏をイメージした。
これが高海さんのあの歌声と、釣り合っているだろうか。負けていないだろうか。なにより、彼女の魅力を引き出せているだろうか――。
うん、もうすこし手を入れよう。
俺は椅子の上で姿勢を正した。
・
翌々日、俺はスマートフォンにDAWで演奏した曲のデータを入れて部活に行った。
沼津南高校吹奏楽部の冬休みは、
それでも今年は、例年にくらべれば多少マシだった。
「奈良橋、ちょっといいか?」と呼びかける。
奈良橋はきちんと毎日出席しているようだ。
彼がうなずいたのを見て俺は音楽準備室に移動した。
「もしかして、編曲、変えたんですか?」
奈良橋は眼鏡の奥の目をきらめかせた。察しのいいことだ。
「まあな。聞いてみるか?」
俺はスマートフォンを取り出してイヤホンを付けて、机の上に置いた。
奈良橋は手に取って片側を差し出すが、俺は男と一緒に聞くのは願い下げだった。
俺が首を振ると、奈良橋はふっと笑って両耳にイヤホンを付けて、スマートフォンの画面をタップした。
相手が奈良橋とはいえ、自分の曲を聴かれるのは緊張した。曲は五分弱。俺は観念して待った。
奈良橋は軽く足でリズムを取りながら、目を閉じて聞いていた。
ぴたっと足が止まった。奈良橋は目を開いてイヤホンを外す。
「……いいんじゃないですか」
「どうも」
にこりと笑った奈良橋に、俺はお辞儀をした。
「ただ……どうにも単調ですね」
奈良橋は首を振った。それは俺もわかっていた。
「うちのレベルだと、せいぜいこんなもんだろ」
あまり難しくし過ぎても演奏者である部員たちがついてこられない。俺は言い訳めいた言葉を続ける。
「俺だってもっとかっこよくしたいさ」
高海さんのために、と内心で付け加えた。
「西村君には、あまりそれを言う資格はなさそうですね」
違いなかった。俺は話をそらす。
「題名、高海さんが決めてくれた。『One More Sunshine Story』だって」
「ほう、ハイカラですね」
ハイカラって……いつの時代だ、と思うが、ミュージカルならそういう形容もありかもしれない。
「向こうに聞かせようと思うんだけど、奈良橋も行くだろ?」
「ええ、行きます」
奈良橋の答えに俺はうなずいた。今度は具体的な練習の話になるはずで、さすがにそうしてもらわないと困る。
「メール、俺が出しておくよ。いつでもいいか?」
「ええ、それこそ明日でも」
わかってらっしゃるようだ。俺はPCを取り出すために棚に近づいた。
部活を終えて帰る直前、俺は期待しながらPCをふたたび開く。
期待は裏切られなかった。高海さんに二週間ぶりに会える。メールのやり取りはしたけれど、電話はさすがに恥ずかしくて、最初の一回しかしていない。
画面を見ながら、俺はにやけるのを止められなかった。