「猫を殺したのは、呪いに間違いありません!・・・たぶん『異形変身拷問』の呪いでしょう。何度も見た事がありますよ。私がその場に居合わせなかったのは、まことに残念。猫を救う、ぴったりの反対呪文を知っていましたのに・・・・」
ロックハートはパチュリー達の周りをグルグル回りながらあれやこれやと自身の意見を述べていた。しかしダンブルドア先生は机の上に置かれた石にされたミセス・ノリスをマクゴナガル先生と目を凝らし、指で突いて刺激を与えたりしながら調べていた。ハリーとロン、ハーマイオニーは緊張した面持ちで光の届かない椅子にぐったりと座り込み、パチュリーはスネイプ先生の隣に立って魔法書を読んでいた。その為ロックハートの意見に返事しているのはミセス・ノリスの飼い主である涙も枯れたフィルチの激しくしゃくりあげる声のみだった。フィルチは机の脇にある椅子に座り込んで手で顔を覆い、ミセス・ノリスをまともに見る事が出来なかった。ダンブルドア先生は杖を取り出してブツブツと呪文を唱えながら軽く叩いたりしたが、剥製になった猫の様にミセス・ノリスは動く事はなかった。そうしている間にもロックハートの話は続く。
「そう!非常によく似た事件がウグドゥグで起こった事がありました。次々と襲われる事件でしたね。私の自伝に一部始終書いてありますが。私が町の住人にいろいろな魔除けを授けましてね、あっと言う間に一件落着でした!」
(もう黙ってなさいよ。誰も聞いちゃいないわ)
壁に掛けられたロックハートの写真も本人の話に合わせて一斉に頷いており、1人はヘアネットを外すのを忘れていた。パチュリーは魔法書を呼んでいる最中も聞こえてくるロックハートの声に苛立ちを感じ、スネイプ先生は別の何かを感じたのかス〜ッとパチュリーから距離を取って行った。少しするとようやくダンブルドア先生が体を起こしてフィルチに向けて優しく言った。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
「死んでない?それじゃ、どうしてこんなに・・・・こんなに固まって、冷たくなって?」
フィルチはダンブルドア先生の言葉を聞いて指の間からミセス・ノリスを覗き見て、これまでに自分が未然に防いだ殺人事件の数を数えている最中だったロックハートは慌てて数えるのをやめた。
「石になっただけじゃ」
「やっぱり!私もそう思いました!!」
「貴方もう本当に黙ってなさいよ」
ダンブルドア先生の言葉に便乗しようとするロックハートにパチュリーは冷たく言い放ち、ロックハートはグッと口を閉じてパチュリーを睨んだ。しかしそんな視線をパチュリーは軽く受け流す。
「ただし、どうしてそうなったのか、儂には答えられん・・・・」
「あいつに聞いてくれ!!!」
フィルチは涙で汚れ、まだらに赤くなった顔でハリーを睨んだ。ハリーはいきなりそんな事を言われて肩をビクッと震わせた。
「2年生がこんな事を出来るはずがない。最も高度な闇の魔術を以てして初めて・・・・」
「あいつがやったんだ!あいつだ!あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう!?あいつは見たんだ・・・・私の事務室で・・・あいつは知っているんだ。私が・・・私が・・私が出来損ないの『スクイブ』だって知っているんだ!!!」
フィルチはダンブルドア先生の言葉を遮って苦しそうな顔でそう叫んだ。スクイブとは魔法使いの家に生まれた魔力を持っていない人の事だ。つまりはハーマイオニーの逆パターンである。
成る程、フィルチさんがいつも生徒達を親の仇を見る様な目で見たりしているのはそれが原因ね?でも何処と無くこぁに状況が似ているわね・・・・後で調べてみてあげようかしら?
パチュリーは悔しそうに肩を震わせるフィルチを見ながらそんな事を考えていた。
「僕、ミセス・ノリスに指1本触れていません!!それに、僕、スクイブがなんなのかも知りません!!」
「そうね。下ろす為に触れたのは私よ?ハリー達は一緒にいたけど私に全部任せて疑われない様に逃げようとしたもの」
「ごめんパチュリー謝るから今それ言わないで。余計ややこしくなっちゃうから・・」
「そら見ろ!!あいつは『クイックスペル』から来た手紙を見やがった!!」
「ほらややこしくなっちゃったじゃないか!!」
ハリーはパチュリーにそう叫ぶがパチュリーは「本当の事でしょ?」と真顔で言われた上事実な為ぐうの音も出なかった。更に感情が高ぶったフィルチはワナワナと震えながらジリジリとハリーに近付いて行くが、パチュリーの隣に立つスネイプ先生が口を開いた。
「校長、一言よろしいですかな?ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかも知れませんな」
ハリーを庇うような物言いに珍しい事もあるものだとパチュリーはスネイプ先生の顔を見たが、そんな事はなかった。自分でああ言ったが信じていないとばかりに口元を微かに歪めて冷笑していた。
「とは言え、一連の疑わしい状況が存在します。だいたい連中は何故三階の廊下にいたのか?何故4人はハロウィーンのパーティにいなかったのか?」
「私はハリー達のお誘いでニックの絶命日パーティーに参加していたのよ。ゴースト達のパーティーなんて私も初めてだったから興味があったし」
パチュリーの言葉を始めとしてハリー、ロン、ハーマイオニーは一斉に絶命日パーティーの説明を始めた。3人共自分の無罪を証明しようと同時に説明する為スネイプ先生とマクゴナガル先生は顔をしかめたが、ダンブルドア先生はウンウンと頷いて聞いていた。
「・・・ゴーストが何百人もいましたから、私達がそこにいたと、証言してくれるでしょう・・・」
「それでは、その後パーティに来なかったのは何故かね?何故あそこの廊下に行ったのかね?」
「それは・・・つまり・・・・」
ロンとハーマイオニーがハリーの顔を見たわね。どう話したものか分からないんでしょう。まぁ無理もないわね。このメンバーの中でバジリスクの声を聞いたのはハリーだけで、ハリー自身もその声がバジリスクの物だと分かっていない。「誰のものかも分からず自分にしか聞こえない声を追っていたらあの廊下にいました」なんて答える者がいたらただの馬鹿ね。さて、かなり参っているみたいだから手助けしてあげましょう。
「私が部屋に戻りましょうと提案したのよ」
「それはどう言う事かな?ミス・ノーレッジ?」
魔法書に紫の栞を挟んでパタンと閉じたパチュリーが放った言葉にハリー達やスネイプ先生もパチュリーの顔を見た。スネイプ先生は訝しげな視線をパチュリーに向ける。
「私達が絶命日パーティーから戻って来た時にはもう終わる頃だったのよ。ちょうど私の部屋に先日家から送られて来たお菓子が入った缶があるのを思い出したから談話室で食べましょうと言う話になったの。それで3人と話しながら廊下をブラブラ歩いていたらあの現場を見つけたって訳よ」
「成る程のう?それなら納得出来るのう。セブルスもそう思うじゃろう?それにまだハリー達がやったと言う証拠も無いのじゃ。疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
スネイプ先生は納得行かないようだが、もっと納得行かない人物がこの部屋に入る。ミセス・ノリスの飼い主のフィルチだ。ダンブルドア先生の言葉にひどく憤慨して金切り声を上げている。
「私の猫が石にされたんだ!!刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!!」
「その事なのだけれど、ミセス・ノリスを元に戻してあげる事が出来るわ」
ハリーを睨み付けていたフィルチの顔がパチュリーに向いた。それだけではなく、ハリー達3人とスネイプ先生とマクゴナガル先生、更にはダンブルドア先生もパチュリーを見る。
「私の家に確かマンドレイクを使った蘇生薬が残っていた筈よ。人間を治すには足りないけれど、猫1匹ぐらいならなんとかなるわ。連絡すればだいたい2日後の日没までには取り寄せられるわ」
「ほ、本当か?本当の本当に私の猫を治せるのか!!?」
「え、えぇ。ミセス・ノリスにはロックハートの授業のストレスを解消してもらっている借りがあるの。分かったらちょっと手を離して苦しい」
「あ、あぁ・・・済まない」
興奮のあまりパチュリーの胸元を掴んでガクガク揺らしていたフィルチは慌てて手を離した。ダンブルドアはボソッと「先に言われてしまったのう」と少し残念そうに呟いていた。因みにパチュリーが薬を与えようと考えたのはもう1つ理由がある。それはここでフィルチに1つ貸しを作る事。返してくれるかは分からないが、貸しを作っておいて損はないだろうと言う理由だ。そこでハリーはパチュリーに1つ質問した。
「ねぇ、パチュリーなら魔法で治せるんじゃないの?」
「だったらもうダンブルドア先生が治しているわ。それに、見た所この子は魔法じゃなくて別の何かで石にされてるのよ。魔法だって万能じゃないのよ」
「ほう?ノーレッジ嬢も気付いておったのか?どこら辺で気付いたんじゃ?」
「ダンブルドア先生が先程使っていた魔法・・・間違いでなければ解呪の魔法よね?ダンブルドア先生程の方が解けないとなると、魔法による石化ではないと言う事になる。解呪の魔法は魔法によってかけられた呪いに限定されるからすぐに分かったわ」
ダンブルドア先生はパチュリーの詳しい説明に「成る程のう。鋭い観察眼じゃ」と感心したように頷いていた。パチュリーの言う通り魔法とて万能ではない。専用の魔道具を使えば出来ない事も出来たりするが、魔法単体で出来る事は限られる。死者蘇生、時間操作、不老不死などは魔道具などが必要になるのだ。パチュリーはダンブルドア先生に説明し終えるとフィルチに向き直った。
「それで?どうするのかしら?」
「頼む!!出来るだけ早く私の猫を治してくれ!!」
「分かったわ。明日の朝一番に連絡を取るわね」
その後、ダンブルドア先生はパチュリー達に「帰ってよろしい」と許可を出し、パチュリーは3人を置いて早めに自室に戻った。予定より遅くなってしまった為、予想通り部屋に入るなり小悪魔が泣いて抱き付いてきた。その日の夜は小悪魔の気がすむまでハロウィンパーティーを行った。
★
ハロウィンから2日後、パチュリーはヴワル大魔法図書館産の薬の入った瓶を手にフィルチの執務室に向かって歩いていた。この2日間の間に噂は広まり、犯人が戻ってくるのを狙ってフィルチは現場近くを行ったり来たりしている。治す目処は立っても犯人は許せない様だ。壁の文字は今も残っている。文字を消そうとフィルチが掃除しているのを見かけたのだが、全く効果はなかった。
「えぇ〜っと?執務室・・執務室・・は確か・・・ここね」
パチュリーは自身の記憶の通りに廊下を進み、フィルチの執務室の扉を見つけた。扉をノックすると如何にも不機嫌そうなフィルチが顔を出したが、パチュリーの顔を見た途端に明るい顔になった。顔は怖いが・・・
「薬を持って来てくれたのか!?早く私の猫を治してくれ!!」
「分かってるから慌てないで頂戴。ほら、コレがその薬よ」
いつもより別人の様なはしゃぎっぷりにパチュリーは少し引きながらも緑色の液体が入った小さな瓶を見せた。それを見たフィルチは嬉しそうに微笑んだが元が元だから顔が怖い。パチュリーはミセス・ノリスのいる場所に案内してもらい、剥製の様に動かないミセス・ノリスの口の中に薬を注ぎ込んだ。フィルチは心配そうにミセス・ノリスを見ていたが、薬の効果はすぐに出た。
・・・・ニャ〜〜。
「お・・・おぉ!やった!やったぞ!!ミセス・ノリスが治った!!」
「うん、どうやら薬が足りないと言う事も無いようね?」
パチュリーは動き出したミセス・ノリスを撫でながら石のままの所は無いか観察した。ミセス・ノリスは撫でられて気持ち良さそうに鳴き、フィルチはそれを見てミセス・ノリスを抱き上げた。
「あぁ、良かった!!本当に良かった!!」
「治って良かったわ。・・・・あぁ、忘れる所だったわ。フィルチさん、この水晶に手を置いてくれるかしら?」
「ん?まぁ、構わないが・・・なんだコレは?」
「いいから、早く触りなさい」
パチュリーがポケットから出した透明な水晶にフィルチがおずおずと触れると、水晶は弱い光ではあるが、オレンジの光を発した。フィルチは突然の事に驚いたが、パチュリーは「やっぱりね」と言いながら水晶を仕舞った。
「おい、その水晶はなんだ?いったい何をしたんだ?」
「朗報よフィルチさん。貴方は魔法が使えるわ」
「・・・・は?な、何を・・・?」
コツコツと足音を鳴らしながら部屋の扉に近付きながらそんな事を言うパチュリーにフィルチは意味を理解できずにミセス・ノリスを抱いたまま聞き返した。パチュリーは扉を開いてフィルチに首だけ振り返り、優しく微笑んだ。
「貴方は魔力はあるけれど、特殊な体質の様ね。貴方は物体を浮かして操る魔法しか出来ない体質なのよ」
「何?と、と言う事は・・・私はその類の魔法なら・・・!?」
「おめでとうフィルチさん。貴方はスクイブでは無いわ。信じられないなら試してみなさい。失礼するわ」
パチュリーが閉めた扉の向こうからは、数時間後フィルチの喜びの声が響いてきた。次の日からホグワーツでは今まで見られた事のない程機嫌がいいフィルチが、自分で「廊下では魔法禁止だ!」と言っているのに、杖を振って荷物を浮かせて歩いている光景が見られるようになった。スクイブだと知っているハリー達はまるで狐につままれたかの様な顔でフィルチを見ていた。