「ガルルルルルゥ・・・・バウ!!バウ!!」
『叫びの屋敷』の2階に居座っていた大きな黒犬は、侵入者であるパチュリー達に対して警戒し、唸り声を上げたり吠えるなどして威嚇する。しばらく何も食べていなかったのか、黒犬の体は大きさに対して痩せているが、牙を剥き出し、パチュリー達をギロリと睨んでいる。その黒犬には、ホグワーツの生徒達なら1回吠えてほんの少し駆け寄られただけで慌てて逃げ出すくらいの迫力があった。
「ふ〜ん?グリムじゃないわね。この感じ・・・・貴方、『
「ガウ!?」
「あ、やっぱりこの大っきなワンちゃんは人間なんですか?なんとなく普通のワンちゃんとは違う感じがしてたんですよね」
だが、200年以上生きている魔女とその使い魔である悪魔が今更黒犬が威嚇した程度で臆する訳がある筈が無い。それどころかパチュリーは黒犬を普通に観察して一瞬で黒犬が人間が変身した姿だと見破り、小悪魔に至っては人間だと分かっていながら「ワンちゃん」呼ばわりである。
そして会って数十秒も経たない少女に自分が『動物もどき』だと即バレた黒犬姿の人間は驚きの鳴き声を上げ、数歩後退った。
「パチュリー様、このワンちゃん・・・じゃなかった。人間が『叫び屋敷』の叫び声の正体なんですか?」
「さぁ?それは本人に聞けばいいんじゃないかしら?と、言う訳で正体を現しなさい『動物もどき』」
「・・・・・・」
パチュリーが黒犬に元の人間の姿に戻るよう命令するが、黒犬は何も答えない。しばらく待っても何も答えないのを見たパチュリーは「そう・・・」と小さく呟き、例のなんちゃって杖を抜いて振るった。すると黒犬を中心に人間が1人丸々入るくらいの大きさの四角い結界が張られ、黒犬は中に閉じ込められた。
「バウッ!?」
「ちょ!?パチュリー様!?いきなり結界の中に閉じ込めちゃっていいんですか!?もし無関係の一般人だったら・・・・」
「ここは人が寄り付かなくなった『叫びの屋敷』。その中に正体を明かさない『動物もどき』がいて、私達を威嚇している。十分怪しいでしょう?それに本当に一般人だったら、後で謝罪すればいいわ」
パチュリーは慌てる小悪魔に対してそう言うと、結界に閉じ込めた黒犬に目を向ける。黒犬はパチュリー達が話をしている間にも結界から出ようと爪で引っ掻いたり体当たりしたりしているが、当然その程度でパチュリーが張った結界は破れない。人間の姿に戻って魔法を使えば抜け出せる可能性がもしかしたらほんの少しだけあるかもしれないが、余程素顔を見られたくないのか、黒犬は一向に元の人間の姿に戻ろうともしない。
「そんなに自分の素顔を見られるのが嫌なの?じゃあ、『解除』」
「な!?こ、これは?」
パチュリーが杖を振ると、黒犬は魔法を強制的に解除され、まるで死人の様な姿をした人間になった。汚れきった髪は肘まで垂れており、暗く窪んだ目をギラギラとさせている。そんな彼は自分の魔法が強制的に解除された事に驚きを隠せず、動揺している。
「あれ?パチュリー様、あの人何処かで見た事ありませんか?」
「・・・・驚いたわね。まさか貴方みたいな有名人に出会えるなんて、思っても見なかったわ」
小悪魔は結界の中で混乱している死人の様な見た目の男を見て首を傾げ、パチュリーは少し意外そうな顔をしながらまじまじと結界の中に立つ男を観察した。2人はこの男の顔に見覚えがあった。少し痩せている様に見えるが、彼の顔はここ最近の新聞に載っていた写真や、今日行ったホグズミード村のあちこちに貼ってあった
「シリウス・ブラック。大量殺人を犯し、投獄されていたアズカバンから脱獄した貴方が、何故ホグワーツに近いこの『叫びの屋敷』にいるのかしら?」
パチュリーは男・・・シリウス・ブラックに何故この場所にいるのかを問うが、ブラックはそれに答えようとはしなかった。ただ黙ってジッとパチュリー達を見返している。
「・・・・はぁ。話す気はないって事ね?まぁ、いいわ。
「何?・・・グッ!!」
パチュリーはシリウスに対して開心術を使った。開心術は対象の心に入り込む魔法だ。相手が思っている事が分かる読心術とは違い、この魔法は対象の過去の記憶なども見る事が出来る。パチュリーは内心『どうせハリー関連なんでしょうねぇ』なんて思いながら、シリウスの閉心術を簡単に突き破ってシリウスの心を見た。シリウスは必死に閉心術で読まれない様努力しているが、パチュリーはヴォルデモート卿の開心術を防いだ様に自作の魔法を重ね掛けしているので焼け石に水だった。
「・・・・・・ふぅ〜ん?なるほどね」
「え?え?今何をしたんですか?パチュリー様」
「ただ開心術を使って彼の心の中を覗いただけよ。まぁ、全部見た訳じゃないけれど・・・・内容は完全に予想外だったわ」
パチュリーは小悪魔にそう言いながら指をパチン!と1回鳴らし、シリウスを閉じ込めていた結界を解除した。それを見た小悪魔は「えぇ!?」と驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっといいんですかパチュリー様!?この人間大量殺人鬼で脱獄犯なんですよね!?」
「えぇ、そうよ。ただし、脱獄犯ではあっても殺人鬼ではないみたいよ?」
「え?それってどう言う……?」
小悪魔はパチュリーの言っている意味が理解出来ずコテンと首を傾げる。
「まぁ、それは本人に聞きなさい。話してくれるかしら?シリウス・ブラックさん?」
「・・・・君はいったい何者だ?私の閉心術をあっさり破り、自分の知りたい内容を読み取るなんて、君の様な少女に出来るとは思えないんだが?」
「人は見かけに寄らないものよ。それより話してくれるのかしら?自分で話すのは面倒なのよ」
「魔法で閉じ込めたり、開心術で人の心を見る敵か味方か分からない少女の言葉に従うと思うか?」
シリウスは不機嫌そうな表情をしながら拒否した。何をされても話すものかと言わんばかりにまた口を閉した彼を見て、パチュリーは仕方がないわねと小さく溜め息を吐いた。
「・・・1977年8月10日、プラチナブロンドの髪をしたレイブンクローの少女に他の生徒や一部の教師に協力してもらって彼女の好きな小説に似せた大掛かりなプロポ「OK何でも聞いてくれ!!どんな質問にも答えるし話もするからその話をするのは止めようか!!」あら、話す気になってくれて嬉しいわ」
聖母の様な微笑みを浮かべるパチュリーを見て、シリウスは死人の様に青白かった顔を真っ赤に染めながら「悪魔の子だ・・・」と心の中で呟いた。
その後、シリウスはパチュリー達に例の大量殺人事件の真相を話し始めた。長く細かかったので簡単に纏めると、ブラックは説教好きな閻魔様も『白』と認めるだろうと思われる程無実で、大量殺人事件はヴォルデモート卿に親友だったハリーの両親を売った元親友のピーター・ペティグリューと言う男に着せられた濡れ衣らしい。何でも昔、街で対峙したピーターは大声で「ポッター夫妻を裏切ったのはシリウスだ!!」などと叫んで爆発呪文を発動させ、マグルを巻き込んで殺害すると同時に指を一本だけ切り落として逃げたのだそうだ。
「あいつは私と同じ『動物もどき』だった。あいつは爆発呪文で地面に大穴を開け、地中にあった下水道の中を通って逃げたんだ」
「成る程ね。態々下水道に逃げたという事は、ネズミか虫の『動物もどき』ね?つまり貴方が脱獄した目的は、その裏切り者への復讐と言ったところかしら?」
パチュリーは下水道の中に逃げる理由として、ピーターはそこに多く生息しているであろうネズミや虫の『動物もどき』だと推測した。パチュリーの推測を聞いてシリウスは苦笑した。
「君は本当に頭がいいな。その通り、あいつはネズミの『動物もどき』。そして私がここへ来た目的も、裏切り者であるあいつへの復讐だ。まぁ、ジェームズとリリーの息子のハリーの様子を一目見たかったというのもあるがな」
「へぇ〜!そうだったんですね。・・・あれ?でもそれだとそのピーターって人間はこの近くにいる事になりますよね?そもそもどうやってその人間がこの近くに居ると分かったんですか?監獄の中に居たんですよね?」
ここでは省いていたが、先の説明で監獄の中でピーターがこの地にいると知って脱獄したと話したシリウスの言葉を思い出し、疑問を抱いた小悪魔はそう質問した。するとシリウスは骨が浮き出る様な手を片方のローブに突っ込み、クシャクシャになっている紙の切れ端を取り出した。皺を伸ばし、シリウスはその紙を突き出してパチュリー達に見せた。シリウスが見せたのは『日刊予言者新聞』と言う魔法界の新聞社の新聞に載った写真だった。そしてそこに写っていたのは・・・・・。
「ロン?それにフレッドとジョージまで。ウィーズリー家の写真じゃない」
「彼等を知っているのか?」
「えぇ、ハリーの親友の家族よ」
その写真に写っていたのはロンの家族だった。パチュリー達は知らなかったが、ロン達ウィーズリー家は『日刊予言者新聞・ガリオンくじグランプリ』とやらに当たり、夏休み中に1ヶ月間エジプトに行っていたのだ。写真にはウィーズリー夫妻と6人の息子と1人の娘が思いっきり手を振っている。ロンは写真の中央で妹のジニーに腕を回しており、肩には彼のペットであるネズミのスキャバーズを載せていた。この写真を見せた事でパチュリーは少し目を細め、「まさか」と小さく呟きながらシリウスを見る。それに対してシリウスは黙って頷いた。
「あぁ、君の思っている通り。この写真に写っている
「あのネズミが『動物もどき』ねぇ・・・今まで興味なかったから気にした事なかったけど、言われてみればあのネズミは色々と違和感があるわね」
ロンのペットであるスキャバーズはクマネズミと呼ばれる種類で、通常は長くても3年で寿命が尽きてしまう。しかしパチュリーの記憶が確かならば、スキャバーズはロンが兄から譲り受けたお下がりだった筈だ。つまり少なくとも寿命である3年以上は生きている事になる。他にもパチュリーの記憶に残るスキャバーズに意識を向けてみると他にもおかしな点は多々あった。
「では、貴方は別にポッターくんを殺そうとか思って無いんですね?」
「当たり前だ!!あの子はジェームズとリリーの忘形見だ!そんな事をする訳が無い!!」
「ひぅ!!」
顔を怒りに染めて怒鳴るシリウスに小悪魔は小さく悲鳴を上げてパチュリーの背中に隠れた。涙目になってガタガタ震える小悪魔に、パチュリーはやれやれと首を振る。
「あまり私の家族を怖がらせないでちょうだい。この子は昔ちょっと色々あって、怒鳴られたりすると酷く怯えてしまうのよ」
「・・・・すまない」
流石に罪悪感は感じたのか、シリウスは小悪魔に対して素直に謝罪した。
(まさかロンのスキャバーズが『動物もどき』だったなんてね。それにしてもあの子達は随分と奇妙な運命を定められてるわね。主人公の名付親は殺人罪を擦り付けられた脱獄犯。その親友のペットのネズミは名付親に殺人鬼の濡れ衣を着せ、主人公の両親を裏切った張本人だなんて・・・まさかこの世界に運命を操る吸血鬼さんでもいるんじゃないでしょうね?)
パチュリーは水色の髪をした運命を操る吸血鬼がニヤリと笑いながらワイングラスに入ったワインか人間の血を呷る姿を思い浮かべつつも、これからの方針について思考を巡らせる。
(さて、私はこれからどう動こうかしら?私が直接ピーター・ペティグリューを始末するか、捕らえて彼の前に持ってくるのが1番手っ取り早い方法なんでしょうけど・・・・なんとなく失敗しそうなのよねぇ)
パチュリーはこれまでの事件を思い出しながらそう簡単には行かないだろうと考えていた。なにせここは1年目にいきなりラスボスがとり憑いた教師から賢者の石を防衛、2年目に秘密の部屋のバジリスクと死闘を繰り広げて親友の妹を救出するなんて経験をした少年が主人公の世界。そう簡単に行かない様な気がしていた。
(まぁ殺すのは彼が納得しないでしょうし、取り敢えず捕獲はしてみようかしら?もしそれが失敗したら・・・)
「あ、あの・・・パチュリー様?」
「ん?あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたの」
未だに若干涙目の小悪魔に話しかけられて、パチュリーはよしよしと小悪魔の頭を優しく撫でながら謝った。そしてしばらく撫で続けたパチュリーは、シリウスに向き直り、話し掛けた。
「シリウス・ブラック。提案が有るのだけれど・・・」
「・・・・・提案?」
★
「パチュリー様、本当に良かったんですか?」
雪の降るホグズミード村とホグワーツを結ぶ街道を歩いているパチュリーに、『幽霊マント』を纏って姿を隠した小悪魔が確認するかの様に問い掛ける。
「あら、何がかしら?」
「もう!惚けないで下さいよ〜!シリウス・ブラックに協力するって話です!」
小悪魔の言う通り、パチュリーはあの時、シリウスの復讐に手を貸す事を約束したのだ。勿論シリウスは見た目だけは少女のパチュリーに、危険な事はさせられないと脱獄犯らしからぬ理由で全力で拒否したのだが、自身の黒歴史を人質にされ、最終的には定期的にシリウスに食料を提供する事だけしてもらう事にした。
「えぇ、本当よ。意外かしら?」
「意外過ぎますよ!普段あまり協力的じゃないパチュリー様が脱獄犯に手を貸すなんて!てっきり忘却呪文で記憶を消して終わりかと・・・」
「・・・そんなに協力的に見られてないのね、私。まぁ、でもいいじゃない。シリウスからホグワーツの地下厨房の入り方や、隠し通路の場所や合言葉、更には『必要の部屋』なんてとても興味深い部屋の入り方も教えてもらったし」
そんな風に見られていたのかと若干ショックを受けつつも、パチュリーは得したとばかりに微笑んだ。ホグワーツ魔法魔術学校は隠し通路や隠し部屋などの仕掛けが城中に仕掛けられている。教えてもらった通路には、普段使う教室への近道も含まれていたので、パチュリー的にもラッキーだと思っている。
「さぁ、早くホグワーツへ帰るわよ。部屋に戻ったら紅茶を淹れてくれるかしら?」
「あ、はい!お任せ下さい!パチュリー様♪」
小悪魔の元気な返事にクスリと笑いながら、パチュリーはホグワーツへと戻って行った。
明けましておめでとうございます