突如聞こえた絶叫に、眠っていた生徒達は全員顔面にパンチを受けた様な気分で目を覚ました。パチュリーも目を覚ますと、ナイトテーブルに置いてあった魔法書を引っ掴んで部屋を飛び出した。
「なぁに?今の声・・・?」
「男子寮の方からみたいだけど・・・・何かあったのかしら?」
他の部屋から眠そうな声と共に女子生徒達が出て来る。パチュリーは彼女達の間をスルスルと通り抜けながら談話室を目指す。
「ロン、ほんとに、夢じゃなかった?」
「夢じゃない!ほんとに見たんだってば!」
談話室に辿り着くと、ハリーとロン、そして恐らく彼等と同じ部屋の男子生徒数人が何やら言い合っていた。薄暗い談話室を魔法で作り出した光の玉で照らしながら、パチュリーは女子寮へ続く階段を降りる。
「ちょっと貴方達、こんな真夜中にいったい何をやらかしたの?」
「いや、何かやらかした前提で言わないでよ!」
「既に何度か前科が有るじゃない。特に
「今回は僕じゃないから!」
取り敢えず原因であろうハリーとロンに何をやらかしたのか尋ねていると、男子寮と女子寮の両方から、パジャマ姿の生徒達が欠伸をしながら何人か出て来た。
「何の騒ぎだ?」
「マクゴナガル先生が寝なさいっておっしゃったでしょう!」
「パーティーの続き?」
「いいねぇ。まだ続けるのかい?」
段々と談話室に入って来る生徒達が増えていき、やがて騒ぎを聞き付けた監督生のパーシーが、主席バッジをパジャマに止めつけて急いで談話室に降りて来た。
「みんな!寮に戻るんだ!」
「パース───」
ロンは全員に寮に戻るよう指示するパーシーを見つけると、弱々しくもハッキリとした声で叫んだ。
「シリウス・ブラックだ!」
「────なんだって?」
「僕達の寝室に!ナイフを持って!僕、起こされた!」
意味が分からないと言いた気な表情で聞き返して来るパーシーに向かって叫ぶロンの言葉に、談話室内はシーンと静まり返った。パーティーの続きだなどと陽気な声を上げていたフレッド・ウィーズリーも沈黙している。
そんな中、パチュリーは内心少しだけ焦っていた。ロンがシリウスを見たと言うから、まさかと思いながら自分の目と耳に魔法を掛けて談話室内を見渡してみると、なんと談話室の隅に『幽霊マント』を纏って汗をダラダラ流している
(何やってるのこのバカ犬は!?と言うか何でさっさと逃げなかったのよ!?)
彼はパチュリーが自分を見ていると気付くと、自分の声が周囲に聞こえない事も忘れて身振り手振りで彼女に何とかしてくれと頼んだ。それを見たパチュリーは頭が痛くなるのを感じながら、他の生徒達にバレないよう空間魔法で彼を暴れ柳の近くへ転送した。
(取り敢えずあのバカは後で殴る・・・!)
「ナンセンス!そんな事ある訳ない!ロン、食べ過ぎたんだろう──悪い夢でも───」
「ほんとうなんだ!夢なんかじゃない!ブラックが───」
「おやめなさい!まったく、良い加減になさい!」
パチュリーが拳を握り締めながらそう決意し、パーシーとロンの言い合いが激しくなって来た時、マクゴナガル先生が戻って来た。肖像画のドアをバタンといわせて談話室に入って来ると、怖い顔でみんなを睨みつけた。
「グリフィンドールが勝ったのは、
「先生、僕はこんな事、許可してません!僕はみんなに寮に戻るように言っていただけです!弟のロンが悪い夢に魘されて────」
「悪い夢なんかじゃない!」
ロンはそう叫ぶとパーシーを押し退けてマクゴナガル先生の前に立った。
「先生、僕、目が覚めたら、シリウス・ブラックが、ナイフを持って、僕の上に立ってたんです」
マクゴナガル先生はロンをじっと見据えた。
「ウィーズリー、冗談はおよしなさい。肖像画の穴をどうやって通過出来たと言うんです?」
「あの人に聞いてください!あの人が見ている筈です!」
ロンはカドガン卿の絵の裏側を震える指で示した。ロンを疑わしそうな目で睨みながら、マクゴナガル先生は肖像画を裏から押して、外に出ていった。談話室に居た全員が、息を殺して耳をそばだてた。
「カドガン卿、いましがた、グリフィンドール塔に男を1人通しましたか?」
「通しましたぞ!ご婦人!」
絵の中で剣を振り回しながら叫ぶカドガン卿に、談話室の外と中とが、愕然として沈黙した。
「と、通した?あ───合言葉は!?」
「ちゃんと知っておりましたぞ!突然目の前に現れたかと思えば、合言葉を答えて中に入って行きましたぞ!」
誇らし気に言うカドガン卿に、マクゴナガル先生は青褪める。聞き耳を立てている談話室内の生徒達も、パチュリーを除いてみんな顔が真っ青になっている。
「な、なんと言う事・・・・!そ、その男はどちらへ向かいましたか!?」
マクゴナガル先生は震える声で男が逃げた方向を尋ねた。その男が本当にシリウス・ブラックならば、逃げた方向によっては他の寮の生徒達も危ない。
「む?どこへも行っておりませんぞ!ご婦人!」
「─────は?」
しかしカドガン卿はどの方向も示さなかった。口を開けたまま石像の様に固まったマクゴナガル先生に向かって、彼は胸を張って答えた。
「まだ中から出て来ておりませんからな!!」
「パーシー!今すぐに寮内の生徒達を外に出しなさい!もしもの場合は魔法の使用も許可します!女子寮には私が直接伝えに行きます!!急ぎなさい!!」
「みんな!寮の外に出るんだ!急げ!早く!」
しばらくの沈黙の後、グリフィンドール塔の中は蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
★
その夜、再びホグワーツの全生徒達が大広間で一晩を過ごす事になった。グリフィンドール塔ではスネイプ先生を筆頭にした数名の教師による捜索が行われたが、当然シリウスを見つける事は出来なかった。そのままホグワーツ中を隈なく捜したが結果は同じ。朝日が昇った頃に戻って来たスネイプ先生達は、随分と疲れ切った様子だった。
しかしそれはパチュリーを除いた生徒達・・・特にグリフィンドールの生徒達も同じだった。凶悪な殺人鬼がホグワーツ内どころか、寮の中にまで入って来る。これには流石のスリザリン生すら恐怖で眠る事が出来なかった。
つぎの日、ホグワーツはどこもかしこも警戒が厳しくなっているのが分かった。フリットウィック先生はドアというドアにシリウス・ブラックの大きな写真を貼って、人相を覚え込ませていた。フィルチは廊下を駆けずり回って小さな隙間からネズミの穴など、穴という穴に木の板を打ち付けていた。シリウスを寮内に入れたカドガン卿は当然クビになり、護衛が強化される事を条件に『太った婦人』が職場復帰をやっと承知した。今では警備に雇われた無愛想なトロールが数人、廊下をブーブー唸りながら組になって行ったり来たりしている。
「で?昨日の件について、私が納得出来る説明をしてくれるんでしょうね?」
「す、すまなかった・・・・」
そしてその日の夜、パチュリーは『叫びの屋敷』に行くと出会い頭にシリウスを魔法書の角でぶん殴った後、埃だらけの床に彼を正座させて説明を求めた。殴られた部分を摩っていた彼は、申し訳なさそうに話し出した。
「試合の後、ホグワーツ内を捜し回ったんだがピーターは見つからなくてな。もしかしたら寮の中に居るんじゃないかと思って、グリフィンドール塔に向かったんだ。だが中ではパーティーをしている様だったから・・・」
「全員が寝静まった頃にこっそり入り込んで、ネズミ探しをしていたと。でもなんでロンにバレたのよ?マントは着ていたでしょう?そもそも合言葉はどうしたの?」
「合言葉はパーティーの途中で出入りしていた双子が言っていたのを盗み聞きしたんだ。談話室を見た後、ハリー達の部屋に入ったんだが、床にあったトランクに躓いてしまってな。その時にマントがズレて・・・・」
「・・・・・成る程ね」
パチュリーが納得した様に腕を組んで頷いているのを見て、シリウスはホッと息を吐いた。
「取り敢えず貴方への食料の供給は3日間停止するから」
「えぇ!?」
「次また何かやらかして面倒な事になったら、マントは即返却してもらうわ。慎重になりなさい。それじゃあ私は研究したい事が出来たから帰るわね」
「ちょ、ちょっと待────!」
シリウスが何か言おうとしていたのを無視して、パチュリーは空間魔法で部屋に戻った。小悪魔に紅茶を頼んだパチュリーは、椅子に座ると『幽霊マント』の欠点に対する改良案を考える。
(ズレた部分が見えてしまうとなると、着た人間そのものを透明にした方が良さそうね。でもそうするとあのマントに使ってる素材じゃ術式の負荷に耐えられそうにないのよね・・・・いっそマントじゃなくて別の装飾品にしようかしら?宝石とかなら多く術式を組み込めるし)
「お待たせしました、パチュリー様」
「ありがとう、こぁ」
紅茶の入ったカップをテーブルに置いた小悪魔にお礼を言い、頭の中で設計図を作りながらカップを傾けた。また小悪魔は腕を上げた様で、紅茶はとても美味しかった。
★
シリウスの二度目の侵入事件から暫く経った。あれから研究と実験を続けたパチュリーは、『幽霊マント』に使っていた術式を加工した無属性の賢者の石に刻み込む事に成功していた。これを握っているだけで『幽霊マント』と同じ効果を発揮するのだが、パチュリーはこれをペンダント型にする予定でいるので、今はペンダントトップやチェーン部分に追加の術式を組み込む研究をしている。
「う〜ん・・・・やっぱり盗難防止用の術式と防御用の術式の方が良いかしら?持ち主以外の者が触れたら持ち主の側に転移する術式とか・・・・でもそうすると防御用の術式を刻み込む面積が足りない。なら単純に触れると激痛が走る術式とか────」
「パチュリー?パチュリー!もう授業が始まるよ?」
「え?あぁ、ありがとう」
肩を揺さぶられて顔を上げると、天井の丸い撥ね扉から梯子が降りて来ていた。次の授業は『占い学』で、今日から手相術を終えて水晶玉を使った占いの授業が始まる。梯子を登って薄暗いムッとするような塔教室に入ると、小さなテーブルの一つひとつに真珠色の靄が詰まった水晶玉が置かれ、ボーッと光っていた。
「みなさま、こんにちは!」
パチュリーが空いている席に座ると、お馴染みの霧の彼方の声と共に、トレローニー先生が薄暗がりの中から芝居がかった登場をした。
「あたくし、計画しておりましたより少し早めに水晶玉をお教えすることにしましたの」
トレローニー先生は暖炉の火を背にして座り、あたりを凝視した。
「6月の試験は球に関するものだと、運命があたくしに知らせましたの。それで、あたくし、みなさまに十分練習させてさしあげたくて」
「あーら、まあ・・・・『運命が知らせましたの』・・・どなた様が試験をお出しになるの?あの人自身じゃない!なんて驚くべき予言でしょ!」
するといつの間にかハリーとロンと仲直りしていたハーマイオニーがフンと鼻を鳴らし、声を低くする配慮もせず言い切った。相変わらず『占い学』とトレローニー先生が気に食わない様だ。
「水晶占いは、とても高度な技術ですのよ。球の無限の深奥を初めて覗き込んだ時、みなさまが初めから何かを『見る』ことは期待しておりませんわ。先ず意識と、外なる眼をリラックスさせる事から練習を始めましょう」
夢見る様な口調で話すトレローニー先生にロンや他数名の生徒達はどうしてもクスクス笑いが止まらなくなり、声を殺すのに、握り拳を自分の口に突っ込む有り様だった。
「そうすれば『内なる眼』と超意識とが顕れましょう。幸運に恵まれれば、みなさまの中の何人かは、この授業が終わるまでには『見える』かも知れませんわ」
そこでみんなが作業に取り掛かり、パチュリーもテーブルに置いてあった水晶玉を手元に寄せて覗き込む。偶に暇潰しで水晶玉を使った遠視や占いをしているパチュリーからすれば質の悪い水晶玉だが、使う分には問題なかった。
「・・・・へぇ、勝ったのね」
覗き込んだ水晶玉の中では、大泣きしてしゃくりあげるウッドからクィディッチの優勝杯を手渡され、笑顔を浮かべながらそれを天高く掲げるハリーが映っていた。どうやらスリザリンとの試合に勝った様だ。
「ハリー、少し早いけどおめでとう」
「・・・・え?何が?」
隣の席に座ってボーッと水晶玉を眺めていたハリーにお祝いの言葉を贈ると、彼は疑問符を幾つも浮かべながらパチュリーに聞き返した。
「まぁ!!なんと言う事!!」
すると今のやり取りを見ていたトレローニー先生が興奮した様子でパチュリーのテーブルへやって来た。
「あなた、普段から水晶占いをしておりますのね!?」
「え、えぇ・・・暇潰し程度ですけど」
あまりの勢いにパチュリーは少し体を引きながらそう答えると、トレローニー先生は「やっぱり!」と嬉しそうに声を上げた。
「どうやらあなたはあたくし以上の『内なる眼』をお持ちの様ですわね!今までの授業であなた程『見れる』生徒はお目にかかった事がありませんわ!グリフィンドールに10点を差し上げましょう!」
「・・・・なぁ、ハリー。あの水晶玉に何か見えるかい?」
「・・・・全然、何も」
大喜びして得点すらあげているトレローニー先生とは裏腹に、他の生徒達は訝しげな表情を浮かべていた。彼等の眼には水晶玉は相変わらずただ靄だけを映し出している様にしか見えないからだ。
トレローニー先生は他にも『見える』生徒がいるんじゃないかと周囲の生徒達を見渡し、ハリー、ロン、ハーマイオニーのテーブルにある水晶玉に目を止めた。
「あぁ!あなた・・・・」
3人の水晶玉を覗き込むトレローニー先生の低く震える様な声に、ハリー達はうんざりした様な顔になった。
「ここに、これまでよりはっきりと・・・ほら、ここに。暗闇からこっそりとあなたの方に忍び寄り、だんだん大きく・・・・死神犬のグ───」
「いい加減にしてよ!!また、あのバカバカしい
ハーマイオニーが大声を上げて立ち上がる。トレローニー先生は巨大な目を上げてハーマイオニーを見ると、立ち上がり、紛れも無く怒りを込めて彼女を眺め回した。
「まぁ、あなた。こんな事を申し上げるのは、なんですけど、あなたがこの教室に最初に現れたときから、はっきり分かっていた事ですわ。あなたには『占い学』と言う高貴な技術に必要なものが備わっておりませんの。まったく、こんなに救いようのない『俗』な心を持った生徒にも未だかつてお目にかかった事がありませんわ」
「何が必要なものよ!分かり切った事を予言っぽく言ったり、後付けで予知していたとか言ったり、見えもしない水晶玉に死神犬がいるって言うのが『占い学』だって言うなら、もう結構よ!やめた!私、出て行くわ!」
ハーマイオニーは鞄に『未来の霧を晴らす』の本を詰め込むと、鞄を振り回す様にして肩に掛けて、威勢よく出口へと歩き始めた。すると黙って水晶玉を見ていたパチュリーが声を掛けた。
「ハーマイオニー、『占い学』をどう言おうがもう勝手にすればいいけど、梯子を降りた後、足元に注意した方が良いわよ?」
撥ね上げ戸を足で蹴飛ばして開けたハーマイオニーが今度はパチュリーをキッ!と睨んだ。
「何よパチュリー!貴女までありもしない未来の光景を見たとでも言うの!?バカバカしい!」
ハーマイオニーはそう言うと梯子を降りて姿を消した。しかしそのすぐ後・・・・、
「え?・・・きゃああああああああ!!!」
「「ハーマイオニー!?」」
突然聞こえて来たハーマイオニーに悲鳴に、ハリーとロンが慌てて撥ね上げ戸を覗き込むと、2人は目を見開いた。1つ下の階段の踊り場で、痛そうに腰辺りを摩っているハーマイオニーが居た。彼女の周囲には鞄からぶち撒けられた教科書が散乱しており、一目で階段で足を滑らせたのだと分かった。
「全く、だから注意しなさいって言ったのに・・・・」
「「ヒェッ!?」」
いつの間にか自分達の後ろから覗き込んでいたパチュリーの言葉に、ハリーとロンは小さく悲鳴を上げた。油が切れたロボットの様に振り返ると、パチュリーがハリーを見て言った。
「一応言っておくと、占い術って本当に本人の素質が必要なのよ。適性がある人はそれこそ何年も先の未来を予知出来るし、逆に適性が無い人はどれだけ努力しても何も見る事が出来ない。だから、ハリー?貴方も気を付けた方が良いわよ?」
パチュリーはそう言うとハリー達のテーブルに置いてある水晶玉を見た。ハリー達には見えなかったが、その水晶玉には確かに
「私にもちゃんと、黒くて大きな犬が映っているのが見えるもの」
小さく笑みを浮かべるパチュリーに、ハリーとロンは顔を真っ青にして、腰を抜かしてしまった。
(ま、変身したシリウスでしょうけどね)
やっぱり勘が鈍ってる感じがするけど、何とか書けた。そろそろ頑張って他の小説の続きも書いてみたい・・・・・・書けたらだけど。