進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

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第16話 トロスト区防衛戦③ ―強襲―

 

 

 

 

「酷い……」

 

 視界に広がる光景を見やり、クリスタは思わず顔を歪めて呻き声を上げた。

 中央付近にまではまだ達していないが、最前線である前衛、特に壁付近は酷いものだ。超大型巨人が蹴り飛ばした壁の破片が家屋を壊しており、もはや無事な家屋を発見することの方が難しい。崩れ落ちた建物から火の手が上がり、黒煙がいくつも空に向かってたなびいていた。

 そして――壊れた家屋の向こうから顔を覗かせる、無数の巨人。穴から次々と巨人が顔を見せるその光景はまさしく悪夢のようだ。

 放っておけば際限なく膨れ上がっていきそうな不安を、クリスタは頭を振って打ち消した。

 

 ――駄目だね、余計なこと考えてちゃ。集中、集中。

 

 何しろジョシュアに与えられた自分の役目はかなり大きい。当然それはクリスタの先を行くジョシュアの方が大きいのだろうけれど、残りの班員を導かなければいけないことを考えればある意味ジョシュアより正確な判断が要求されるものだ。

 

 

 

 

 

「クリスタにはこの班の『目』になってもらう。班が前進する際には先行して高いところから先の様子を見て、巨人がいる場所を教えてくれ」

 

 え、と声を漏らしたのは何もクリスタばかりではない。

 

「ちょ、ちょっと待て。クリスタを一人で行かせる気か?」

 

 色めき立ちながら真っ先に声を上げたのはやはりエドガー。

 

「危険じゃないか。もし襲われたらどうするんだ?」

 

 顎に手をやりながら、クルトも思案げに問いを投げる。

 クリスタ自身、どうして私が、という思いはある。この中で冷静に物事を進める能力に長けているのは自身よりもクルトの方だ。まして単騎先行ともなればよりそういった能力が必要になってくることだろう。そう考えれば即座に頷くことは難しかった。

 

「勿論、クリスタ一人を何も考えずに行かせるわけじゃない。今回俺が考えている布陣は、こうだ」

 

 おもむろにしゃがみこんだジョシュアが地面を指でなぞっていくつかの丸を描いていく。

 前衛に一つ、中衛に一つ、後衛に三つ。

 五つの丸を描き終えたジョシュアが指差したのは、中衛だった。

 

「クリスタの位置は厳密に言うとここだ。前衛というよりは、後衛の前に立って後衛の進むべき方向を誘導する立ち位置だな。この位置ならよっぽどのことがない限りは奇襲の心配もなく、危険も少ないだろう」

「待て。その説明だと前衛は――」

「俺だ。クリスタより先行して、進行方向の巨人を可能な限り減らす」

「ふざけてんのかてめえは」

 

 歯を剥いてデリックが噛みついた。

 

「黙って聞いてりゃ、何だそりゃ。てめえが上手くやることが前提の作戦だと? そんなもんに命を預けろってのか」

 

 ジョシュアとデリックの間にある確執をクリスタは知っている。表立って感情を露わにしているのはデリックのみだが、ジョシュアが一度だけ見せた本気の怒り、あれを知っていればジョシュアも好感を抱いているわけではないんじゃないかと思う。

 それを思えばこの反論もジョシュアへの反発心からくるものであることはすぐに想像がついたが、しかしその内容は真っ当なものだ。そのせいもあってすぐにジョシュアを擁護することはクリスタにはできなかった。

 はらはらしながら見守る視線の先で、ジョシュアは表情を変えることなく口を開いた。

 

「当然、班を預かる身としちゃあ失敗するつもりはない。必ず成功させる。……が、お前の言うことももっともだ。前線が崩れれば班が諸共に総崩れになってもおかしくはないからな。だからこそこの陣形にしたわけだが――一つ言っておく。もし俺がやられたら作戦はそこで中止しろ」

「んだと?」

「この作戦の肝は俺とクリスタの二人が先行して道を開くことだが、仮に俺がいなくなった場合に考えられるクリスタへの負担は絶大だ。そうなれば作戦の構想自体が破綻する。そのままあてもなく前進するよりは後退して他の班と連携をとった方が生存確率は上がるだろう」

 

 ――なんで、そんなことが言えるの。

 

 まるでチェスを打っているように、あまりにも静かな声でジョシュアは平然とそう説いた。

 ジョシュアの声からは本来そこにあるはずの死の危険やリスクといったものが微塵も感じられない。淡々と囁かれる合理性に思わず感心して頷いてしまいそうになる。

 

 ――違う。これは、違う。

 

 ジョシュアやエレン、望んで調査兵団を志望した二人を同期は『死に急ぎ野郎』と呆れを、あるいは侮蔑を込めて呼ぶ。

 けれど、今この時、初めてクリスタはその呼び名が間違ったものであることを確信した。

 この人にとっての『死』は、きっと私達が考えるものとは決定的に違うものだ。

 

「そ、そんな一か八かみてえなことしなくても、皆で固まって行けばいいんじゃねえのか」

「固まって行くのは無難なようだが、実際はデメリットの方が大きいだろう」

「デメリット?」

「絶対的に経験の少ない俺達が固まって行動する。確かに精神的にはその方が落ち着くだろうな。だが、その安心感が命取りになりかねない。なあエドガー。たとえばお前は複数の巨人に襲われて乱戦になっている時に、『もし自分がピンチになっても他の誰かが助けてくれる』と考えるのか?」

「それ、は」

 

 ジョシュアの冷静な指摘に言葉を濁すエドガー。

 右手を広げてジョシュアは言った。

 

「経験の少ない俺達がまとまって行動するのは難しい。だからまず、各々の役割を明確にする。役割を分散し、それを果たすことだけを考え、それ以上は考えない。まずはそれを徹底するんだ。

 前衛の俺が巨人を殺して道を切り開き、中衛のクリスタが周囲を見回して進行方向に危険がないかどうかを見定め、誘導する。もしあぶれた巨人がどうしても回避できないようなら、後衛の三人で確実に仕留める。……こんな感じだが、何か質問はあるか?」

 

 

 

 

 

 付近の中では最も高い尖塔の頂点に立ち、眼下の町並みに視線を凝らす。

 

 ――進行方向にいる巨人は、四体。

 

 前方からこちらへ接近してくる巨人が二体。一時の方角、十一時の方角の脇道にそれぞれ巨人が一体ずつ。

 前線が崩壊していることは事前に知らされていた。しかしそれにしても、私達が受け持つ中衛にまで多くの巨人が接近してきているというのは想定外に過ぎることだろう。これほどに前衛の取りこぼしが多いのであれば、もう前衛はほとんどまともに機能していないに違いない。

 眼下の光景を見れば、ジョシュアから班の『目』になる役目を期待されているクリスタとしては他のルートを考える必要も出てくるだろう。東側はともかく、西側は少し手薄だ。脇道にいる巨人もどうやらまだこちらを捕捉できていないようだし、あちらを行けば比較的安全に移動できるのではないかと思う。

 

 しかしそれは、前衛にジョシュアがいなければの話だ。

 

「こんなに、凄かったんだ」

 

 呆然と呟く。恐らくは後方でクリスタから指示が来るのを待っている他の班員も同じ事を考えているのだろう。

 

 こちらへ接近してくる前方の巨人二体へ、屋根を疾走してジョシュアが向かう。巨人の弱点がうなじであることから、訓練兵団では巨人との正面からの相対はできるだけ避けるように教わっている。それを思えば今の状況は何とかして回避するか、回り込む必要があるのだろうけれど、ジョシュアの足は止まらず、巨人へ向かってまっすぐに駆けていく。

 空気を噴き出す音とともにアンカーが射出される。向かった先はジョシュアの位置から巨人を挟んで対角線上に立つ尖塔。壁を抉り突き立ったところで、ガスを噴射させたジョシュアが放たれた矢のように吹き飛んでいく。

 

 接近してくるジョシュアに巨人が耳まで裂けそうなほどに大きく口を開けた。伸ばされた手はまるで母親の手を求める赤子のように、軌道上に迫るジョシュアを捉えようと大きく広げられる。

 危ない、と思わず叫んでしまいそうになる。立体機動装置の構造からいって、空中で急に、それもガスを噴射させている状況で方向転換をすることは難しい。軌道上に手を伸ばされてしまえば、方向を変えることのできないジョシュアは巨人の手に飛び込んでいくしかない。普通であればそう思う。

 

「甘ぇよ」

 

 届くはずのないジョシュアの不敵な声が聞こえたその瞬間、ジョシュアの軌道が急に高度を下げた。甲高い音がして尖塔を穿っていたアンカーが急速に巻き取られ、ガスの噴射を止めたジョシュアの身体がしかし勢いをそのままに巨人の手をかいくぐり、

 

「オラァッ!」

 

 裂帛の気合いとともに突き出された蹴りが、文字通り矢のような勢いとともに巨人の額を蹴飛ばした。

 

 ――なんて、出鱈目。

 

 目眩のようなものを感じて思わず額を押さえる。

 巨人を斬り刻んできた兵士は数在れど、巨人を蹴り飛ばした兵士なんて人類初なんじゃないだろうか。

 しかも、それがただの狂人の発想であればともかく、それが成果を生んでいるのだから本当に出鱈目だ。もっとも巨人の真正面から立体軌道を使って蹴りを叩き込むなんて真似、一歩間違えれば大口を開けた巨人の口の中にわざわざ飛び込みに行くようなものなのだから、他の誰かが真似をするとも思えないし、できるとも思えない。

 ガスの噴射を受けて加速したジョシュアの蹴りは、互いのサイズ比を考えれば巨人にとっては比喩ではなく砲弾の一撃を食らったようなものだろう。派手な音とともに地面を砕いた巨人の頭部を踏みつけるジョシュアの位置は――隣で惚けたように口を開けている巨人のちょうど真後ろに。

 有無を言わせずアンカーを射出して飛び上がったジョシュアが刃を振るう。隣にいた巨人はきっと何が起きたのかを理解する暇もなく、うなじを斬り刻まれて絶命した。

 

 ――凄い。本当に凄い。

 

 そうとしか言えない。つい先程蹴倒した巨人が起き上がったところを冷静に後ろから回り込んでうなじを斬り落とす様は、自分たちと同じ時期に卒業した訓練兵とは思えないほど堂々としていて、様になっている。

 すでにジョシュアが一人で殺した巨人の数は十に届こうとしている。その間大小様々な巨人が彼を襲ったが、未だにクリスタは彼が苦戦らしい苦戦をしているところを見たことがない。

 

 ――ジョシュアらしいと言えば、ジョシュアらしいけれど。

 

 対人格闘訓練という名の地獄のようなしごきを受け、そのたびにジョシュアの人外ぶりを実感してきたクリスタからしてみれば、呆れとともに納得できてしまう光景ではある。巨人の恐ろしさを実感したことのなかったクリスタにしてみれば、目の前の光景は余程理解がしやすかった。

 ああ、やっぱり、と。理解を放棄したとも言う。

 

 だけど――同時に、不安にもなる光景だ。自分たちは今、あまりにもジョシュアに頼りすぎている。手にしたブレードは全く汚れておらず、ガスの消費も最低限。

 対してジョシュアはこれまで現われた巨人をずっと一人で対処している。そういう作戦だからと言われればそうだが、本人の実力はともかくとしてもブレードやガスといった消耗品の類はどうしようもないはずだ。

 ジョシュアに言わせれば、その点については考えがある、とのことだったけれど……それを何とかしたにしても、これだけ動き回れば疲労も積み重なってくるはずだ。

 

 ――本当、無理しすぎだよ、ジョシュア。

 

 不安だ。たまらなく不安だ。

 けれど、こうしてジョシュアの作戦に乗ってしまっている以上、クリスタには何も言えない。せめてこうして彼の戦いに目を凝らして、ジョシュアがもし窮地に陥った時には助けに入れるようにすることくらいしかできなかった。

 

 いずれにせよ、ジョシュアの働きによって正面の通りはクリアとなった。残りは脇道にいる二体。

 そのうち一体でも何とかできれば、先へ進むことができる。そう考えたところで、まるでこちらの考えを呼んだようにアンカーを打ち出して方向転換するジョシュア。向かった先は十一時方向の脇道にいる一体。

 

 ……ジョシュアの位置からは死角になっていて見えないはずなのに、どうやって見つけたんだろう。移動中か交戦中に見つけたのだろうか。

 

 その巨人の一体も、今まさにジョシュアによって倒されようとしている。立体軌道を駆使して接近するジョシュアへの反応を見るに、奇行種ではないと思う。それなら、これまでの戦いぶりを見るにジョシュアなら何とかできる、と思う。

 後方を振り返り、建物の屋根の上で待機している三人に指示を出す。声は出さずに、身振りで方角と前進するよう指示を出すと、すぐに三人が動き出した。

 あとは自分が移動するだけ、と進行方向に振り返ったところで、大通りの向こうに高く立ち昇る土煙が見えた。その土煙の下、向こう側が見えなくなるほどに盛大に土埃を巻き上げて走ってくるそれは、

 

「奇行種……っ」

 

 そう叫ぶクリスタ自身、それを見たことは一度もない。だが訓練兵団で教わった知識と、両手を振り回しながら走るその奇怪な姿は紛れもなくそれに合致している。

 あれだけ不安定な走り方をしていながら、しかしまっすぐに奇行種はこちらを目指している。たまたまこちらが手薄だったのか、それとも狙ってのことなのか、奇行種に飛びかかる兵士はいない。このままでは間もなくこちらと鉢合わせになることだろう。

 

 いや、それとも――まさか、ジョシュアを狙って?

 

 クリスタの背筋を悪寒が伝う。奇行種に知性があるなんて話は聞いたことがない。それに奇行種が向かう先――クリスタ達の後ろはこの町の中央だ。

 人が集まる場所を目指しているだけかもしれない。けれどジョシュアの力を見ていると、もしかしたらと思えてしまう。

 思わず指示を仰ぐようにジョシュアを見る。ジョシュアは未だ脇道の巨人と交戦している。苦戦している、という感じではないが、倒すにはあと少し時間が必要そうだ。

 

 ――駄目。ジョシュアに伝えないと。

 

 奇行種は通常の巨人とは違う行動をとるという。クリスタ達を無視してそのまま走りすぎる可能性もなくはないが、あれがそのまま自分達に襲いかかってきたら最悪だ。作戦を否定するつもりはないが、こればかりは裏目に出てしまった、と言う他ない。未だ血に染まったことのないクリスタ達には、何をしでかすかわからない奇行種は荷が重すぎる。

 迷いを振り切り、クリスタは懐のポケットに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「何かあるか、クリスタ?」

 

 一通りの作戦を伝えられ、真っ先に質問をしたのはクリスタだった。小さく手を上げて皆の視線を集めてから口を開き、

 

「その、先に行くのはいいんだけど、進む方向とか先の状況とか、どうやって皆に伝えればいいのかなって。声だけで後ろの皆に伝えられればいいけど、それも難しいでしょ?」

 

 そこまで大きな声出せないし、と喉を押さえながらクリスタは言う。怒号が行き交い、あらゆるものが壊される戦場では声で伝えるというのはどうしても有効な手段とは思えない。その辺りをジョシュアが考えていないとは思えないが。

 

「それに、あの場で下手に大声を出したら他の巨人の注意を引いてしまうだろう。その辺りどう考えてるんだ、ジョシュア」

 

 渋い声を出すクルトの問いに、そうだな、と頷きを返すジョシュア。

 

「何もなければ声を張り上げる必要はない。指示を出すとは言っても、先の状況を見て、進む方向を伝えるだけだ。ハンドサインで事足りるだろう。――だから声を出すのは余程の時。緊急事態が起きた時のみにしたい。その一つが、奇行種だ」

 

 奇行種。通常の巨人とは異なる行動原理で動く巨人。その目的はどうあれ、行動自体は予測しやすい通常の巨人に比べれば遙かに厄介で危険だと聞く。

 

「奇行種がわざわざ俺達を狙ってくる可能性は低いだろうが、仮にもし狙われた場合には全滅の危険性もありうる。だからこそ、奇行種を発見したら何を差し置いても俺に伝えてほしい。そのための方法が、これだ」

 

 懐のポケットから取り出したものを手渡しで受け取る。広げた手の平に落とされたのは、

 

「笛……?」

「大声を出すより手軽に、且つ遠くまで音を届かせられるもの。今回の作戦にはぴったりだと思わないか?」

「……よく考えつくね、こんなこと」

 

 確かに笛の音であれば、さしたる苦労もなく安定して高く大きな音を響かせられる。指示を出すにはうってつけだろう。

 

「でも、それじゃ結局他の巨人の注意を引きつけてしまうんじゃあ」

「あくまで緊急時の手段だからな。確かに引きつけることにはなるだろうが、そこはすぐにその場を離れることでどうにかしよう」

 

 

 

 

 

 ――きっとまた、無理するんだろうね。

 

 すぐにその場を離れる――その場では口にしなかったけれど、あまりにも不似合いな言葉だと思った。そしてそれは、今日のジョシュアの戦いぶりを見て確信に変わった。

 三年間。対人格闘術をきっかけに、最終的には他の同期生達と比べても頭一つ抜け出てしまうほどにはジョシュアと一緒の時を過ごしてきた。様々な顔も見たし、様々な人と接するのも見てきた。

 けれど、そのどれもが色褪せてしまうほどに今のジョシュアは輝いている。水を得た魚のように溌剌とした今のジョシュアが奇行種が現われたことで大人しく退くとは、今のクリスタには到底思えなかった。

 

 口にくわえた笛から、ピィ、と甲高い音が長く尾を引いて空に響いた。今まさに目の前の巨人に飛びかかろうとしていたジョシュアが、大きく距離をとってこちらを振り向く。

 

 ――危険に飛び込んでいくとわかっているのに、それを止めようとしない私は酷い子なんだろうか。

 

 そんな考えが脳裏を過ぎるも、すぐに振り払う。酷いも何もない。これまでずっとジョシュアに頼り切ってきた自分が、今更何を言うのかと。

 ジョシュアの作戦に従って動き始めたその時点で、すでにこの戦場はジョシュアのものだ。力もないのにこちらの考えだけを押しつけようなんて、それはあまりに傲慢すぎる。

 鋭く射貫くジョシュアの視線に、ハンドサインで奇行種の方向を伝える。その方向を見やるジョシュアの後方で、急につい先程まで対峙していた巨人が頭から転んだ。

 

「えっ」

 

 それがあまりに唐突で、思わず声を出してしまう。

 

 ――躓いた? でも、何に?

 

 轟音を立てて頭から地面に倒れた巨人の姿は家屋の影に隠れて見えない。背伸びをしてもその奥の様子は窺えないし、それを察するよりも早くジョシュアが倒れた巨人に飛びかかっていってしまった。

 

 ――まあ、ジョシュアが無事なら。

 

 それでいいかな、と思ったところで、家屋の影からアンカーを打ち出してジョシュアが飛び出してくる。どうやら無事に倒すことができたらしい。健在なジョシュアの姿に思わず安堵の息を吐く。

 しかし喜んでばかりもいられなかった。先程の笛でこちらに関心が集まったらしく、一時の方角の脇道にいた巨人がこちらに寄ってきている。

 

 ――後は私達の仕事、だね。

 

 ジョシュアは脇道の巨人には見向きもせずに奇行種を目指している。より優先度が高いと判断した結果だろう。つまりはそれだけ今の状況が危ういものであるということ。

 緊張に震える手をブレードとともに握りしめ、クリスタは行動を開始した。

 

 

 

 

 

 アンカーを巻き取って屋根の上に降り立つと、奇怪な走り方でこちらへ疾走してくる奇行種を視界に収める。

 

 ――外見上は、他の巨人とあまり変わりなさそうだが。

 

 少なくとも、超大型巨人や鎧の巨人のように一目でわかるほどの変化はない。茶色の薄毛、見開かれた大きな目。体格はぽっちゃりとしていて、走るたびに腹についた肉が大きく揺れている。普通の巨人とあまり変わらない外見だが、その走り方だけは気が狂っているかのように異質なものだ。

 一応警戒はしとくか、と《ソフト&ウェット》を呼び出す。もとより手を抜くことなど到底ありえないが、初の奇行種戦だ。

 最初から、全力で。

 

「何考えてるか知らねえが――喧しいぞ。沈め」

 

《ソフト&ウェット》の手から《シャボン玉》が飛び出す。あらゆる法則を無視してまっすぐに飛んでいくそれを奇行種が叩き潰したその瞬間、奇行種の身体が宙を舞った。事情を知らない者が見れば、それはちょうど走っている最中に足を何かに引っかけて転んだように見えたことだろう。宙を舞った奇行種が何かに手をかけようともがくが、しかし適わずに頭から地面に激突した。

 走る勢いを緩めることなくそのまま叩きつけた衝撃と轟音は目で見えるほどに地面を揺るがし――しかし奇行種は止まらない。

 

「《ソフト&ウェット》。お前の身体から“摩擦”を《奪った》」

 

 接触している物体同士の間に働く力をそう呼ぶことを教えてくれたのは誰だったか。それがあるからこそ人は大地に立つことができ、走ることができ、そして止まることができる。

 ならば、それを奪われた者は――

 

「人に用がある時は自分から行くのが礼儀ってもんだよな? だからお前がこっちに来い――相手の気を害さないように静かに、な」

 

 何が起きているのかすらわからないのだろう。それまでの動きが嘘であったかのように大人しくなった奇行種がまるで氷の上を滑るような滑らかさでこちらへと運ばれてくる。砂埃を巻き上げながらぐるぐると回転して滑ってくるその様子はあまりにもシュールで、思わず唇を歪めてしまう。

 屋根から飛び降りて振るった刃は、回転を続ける奇行種のうなじを正確に刈り取った。

 

 感慨はない。ただ、次第にふつふつと滾り始める怒りがあった。

 

 ――こんな奴らに、姉さんは。

 

 何の思想も意志もなく、只管に人類を捕食する巨人。

 森の中を歩いていて、狼に襲われたようなものだ。不幸な事故だったのだと、そうやって自分を慰めることはできる。

 

 ――なら、どうして姉さんでなければならなかったのか。

 

 他の人でも誰でもいい。不幸な事故だったのなら、誰でも良かったのなら、どうしてそれが姉さんだったんだ。どうして姉さんが食われなければならなかった。

 

「奪い尽くしてやる」

 

 ブレードについた血を払って立ち上がる。

 殺した巨人の数は十を超えた。だがこんなものでは到底終われない。たかが十体の巨人と、命よりも大切だった姉さんが等価値だなんて断じて認められるはずがない。

 血走らせた目で周囲を見渡す。後方、大通りの東側で巨人と交戦している班員の姿を捉えた。三人がかりで一体の巨人に当たっているが、致命傷は未だ与えられていないようだ。足を中心に無数の切り傷があるところを見ると善戦しているようだが、何か事があっては寝覚めが悪い。

 屋根の上にアンカーを打ち出して飛び上がったところで、不意に頬を強い風が打った。

 

 

「え――」

 

 風が吹き荒れる方向に視線をやったその瞬間。眩い輝きが強く瞬いたかと思うと、突如として直近の家屋が外側からの力によって爆ぜるように倒壊した。

 張りぼてを叩き壊すようにいとも容易く砕きながら現われたのは――くすんだ金髪にがっちりとした体格、そして見て取れるほどにその存在感を主張する隆々とした筋肉。

 

「な、にィ……ッ!?」

 

 馬鹿な。どうして。思考が千々に乱れる。それまで考えていたことが、余裕が、何から何まで吹き飛んだ。それほどに予想外な奴の姿が視界に飛び込んできた。

 

 ――音もなく、気配さえもなく。けれどその出現は嵐のように凄絶に。

 かつて超大型巨人とともに壁を破壊し、砲弾さえ歯牙にもかけずにシガンシナ区を蹂躙した片割れ――鎧の巨人が、立ち塞がる家屋を薙ぎ倒して旋風を巻き上げながら疾走する。

 

 思考するまでもない。そんな余裕はないし、そんなことを考える必要もない。

 重要なのはただ一つ。今この場に鎧の巨人が現われ、そして何故か、本当にどういうわけか――こいつは明確に俺を狙って襲いかかってきたということ。

 

「《ソフト&――》」

 

 咄嗟に《ソフト&ウェット》を呼び出す――行使不可能、回避不可能、猶予皆無。《シャボン玉》を生み出す余裕さえない。

 

 

 

 咆哮とともに振るわれた拳が、一切の反撃を許さずに直撃する。

 

 

 




 集団戦と言ったな、あれは嘘だ(白目

 ……おかしい、割と真剣に作戦考えたのに気付けば「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」で終わってる。どうしてこうなった。
 多分卒業試験で本気出してなかったらそもそも作戦に乗ってくれていたかどうかさえ怪しい感じ。
 やったねジョシュアさん、日頃の行いの賜物だよ!(震え声


 最後のは、ハードモード入ってるのはどちらも一緒、ということで。
 まあ、一方がもう一方に対して有利すぎな気がしますが(目逸らし
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