肩で息を整える。久しぶりの感覚だ。限界まで身体を苛め抜く訓練中ならばともかく、これほどに疲労が重なっていることは思い返してもそうはない。
今にも膝をつきそうなほどに弱る身体を奮い立たせているのは、何のことはない、ただの意地だ。死んでもこいつらに弱った姿を見せてやるものかと思えば案外何とでもなるものだな、と額に流れ落ちる血を拭いながら呼吸を正す。
日の光を隣接する建物に遮られた薄暗い空間に、瓦礫にまみれた巨人が俯せで倒れている。渾身の演技までして誘い込んだ即席の囲いだ。あまり猶予はないだろうが、ここならば鎧の巨人を斬殺するところを見られることもあるまい。
消えた鎧の巨人に対して問い詰められるかもしれないが、死体がない以上どうとでも言い逃れできる。こんな言い方は好きではないが、人類の仇敵を倒した英雄だ。その戦果を鑑みれば多少の不都合は見落としてくれるだろう。
――《ソフト&ウェット》で鎧の巨人の皮膚を薄くし、速やかにうなじを削り取る。
できない、とは思わない。本当に鉄の皮膚で覆われているのであればともかく――たとえそうだとしても、どうにかできないとは思わないが――鎧の巨人の頑丈さはあくまで通常の巨人より厚く硬質化した皮膚だ。ならばその《密度》を《奪って》しまえば刃を通すことも可能だろう。
息を整えながら、ブレードを握る手に力を込める。
――ああ、いよいよだ。
ついに、とこみ上げる思いがある。人類の仇敵。巨人側の要の一人。――姉を奪った仇の一人。
戦略的思考も、戦術的思考もある。だが今だけはその思考を切り捨てる。あの日生き残った者の一人として、あの日《奪われた》者への手向けとして。
ぎちり、と込められた力に悲鳴を上げるブレードを振り上げる。《ソフト&ウェット》の掌から現われた泡が鎧の巨人のうなじへふわりと吸い込まれていく。
張り詰めた力が解き放たれるその瞬間、ピィ、と甲高い音が耳を突いた。
「――」
一瞬、振り下ろしかけた腕が止まる。
遠く高く響く音は紛れもなくクリスタが持つ笛の音だ。先程と同じように奇行種が現われたことを知らせる音であれば、俺はそのままブレードを振り下ろすことができていただろう。しかし先程の音とは違い、一定のリズムで悲鳴のように鳴るそれは奇行種が現われたことを示すサインではない。
――緊急事態。
想定外の自体が起きたか、もしくは――班員の誰かが死んだか。自分たちではどうにもできないことが起きた時に鳴らせと言い含めていた音を出すということは、つまりはそういうことなのだろう。
本来であれば、ここは何よりも班員を優先させて救援に向かうべきなのかもしれない。巨人一人の命と班員の命。どちらがより重いかを考えれば至極当然の結論が出せるはずなのだ。
だが、今俺の足下にいるのはただの巨人ではない。いわば敵軍の将。戦力の要だ。
まして先程の戦いで数多くの情報を渡してしまっている。超大型巨人と繋がっているような節も見受けられることだし、ここでこいつを逃すという選択肢は俺にとってはありえなかった。
故に気を抜いてしまった両手に再び力を込め、
「ジョシュア!」
――今度こそ、振り下ろす刃を止めて振り返った。そうせざるをえなかった。
遠く離れたところから響く音を聞いただけならまだ良かった。だが――屋根の上。こちらの姿を視認できる位置から声をかけられたのであれば、このまま刃を振り下ろすのはある意味自殺行為に等しかった。
思わず顔を歪めながらそれを仰ぎ見る。直射日光が遮られ、舞い上がる砂埃が目に見えるほどに薄暗い空間であっても、その姿はよく見てとれた。
ブレードを手に、屋根の上に立つ長身痩躯。
「ベルさん……ッ」
ベルトルト・フーバー。
何故、どうして、と。問いかける言葉などこの期に及んではもはや何の意味もなさない。鎧の巨人が現われたとなれば、応援に駆けつけるのは至極自然なことだ。そんな質問をすることの方が馬鹿げている。
「間に合ったか、良かった……!」
ぐ、と下唇を噛む。
状況を考えれば――《ソフト&ウェット》の能力を知らない、ということを前提とするなら、恐らくは今の俺の様子はこう見えることだろう。
――追い詰めたにも関わらず、刃が皮膚を通らず、困り果てている。
鎧の巨人のその頑強さは有名だ。何せ五年前、シガンシナ区を襲撃した際には砲弾のつるべ撃ちを食らっても傷一つつかなかったというのだから。当然ブレードで傷をつけるなどできるはずもなく、うなじの上に立ち尽くすこの光景は手の打ちようがなくまごついている、と見られても不思議ではない。
だから……無事を知って心底ほっとしたような笑顔を浮かべるベルさんに罵声を浴びせるなど、できるはずがなかった。
「今応援を呼んだ! すぐに助けが来るから、無理せず持ちこたえてくれ!」
――《ソフト&ウェット》で視力を《奪う》か? 否、それはあまりに不自然すぎる。
――ならば無視して切り捨てるか? 否だ。刃が通った理由を尋ねられた時に無理のある答えしか返せない。
――今鎧の巨人を殺すことだけを優先するなら、その後のことを考える必要はないんじゃあないか? ……否。それは最後の手段だ。先立つものもないのに、その身一つでこの先を戦い続けることなど不可能だ。この場でそこまで無理をする必要があるかと言われれば否と答えざるをえない。
ありとあらゆる閃きが浮かび上がるもすぐさま打ち消されて消えていく。必死で現状を打開する最善手を模索するも、刻一刻と迫る時間と、ベルさんという第三者の視線がそれを阻む。
そしてついに、張り詰めていた線が切れた。
――オオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!
「なッ」
足蹴にしていた鎧の巨人が咆哮を上げる。俯せの姿勢のまま上げるその咆哮は、これまでのどの咆哮よりも切迫した響きを空に轟かせた。
――しまった、集中が……っ!
「くそッ、《ソフト&ウェ》……ッ!」
動くな、と泡を飛ばしかけて間一髪、ギリギリで踏みとどまることができた。
今ここでこいつの行動を遮るようなことをすれば――ベルさんに見られるようなことがあれば、その時こそどうしたって言い逃れができない。
「ベルトルトォ……ッ」
地の底から這い上がるような怨みの声が漏れる。だが、所詮は負け犬の遠吠え。加速度的に膨れ上がる嫌な予感をかき消すことも、確実に進んでいく状況を巻き戻すこともできはしない。
最初に感じた違和は、断続的に轟く地鳴り。巨人が我が物顔で歩き回るこの戦時下であればさして珍しいことではないが――それが次第に大きくなってくるのであれば流石に冷静な顔をしてはいられない。
「ジョシュアっ! すぐにそこから離れろ、巨人が襲ってくるぞ!」
「ああ!? なんで急に……ッ」
声を上げるその足下が急に揺れる。両手を立てて上半身を持ち上げ、最後の一声まで絞りだそうというように声を上げるその様子を見て確信した。
「てめえかッ!」
苛立ち混じりにうなじを蹴って飛び上がる。距離をとるこちらに対しても、もはや鎧の巨人は何のアクションも寄越さない。
すでにこの戦いは終結しているのだ。鎧の巨人にとっても、そして俺にとっても。
「逃げるぞベルさん!」
「了解! って、どうして立体軌道に移らないんだ! 捕まるぞ!」
脱兎のごとく走り出す俺の姿にベルさんが眼を剥いてそう怒鳴った。
「壊れたんだよ察しろ!」
「壊れたぁ!? ちょ、どうするんだよそれ! 流石に君も一緒に運んでいくなんてできないぞ!」
不可能ではない。が、二人の体格を考えればそれも難しい。細身とはいえベルさんは同期一のノッポで、俺もベルさんほどではないにせよ高い身長と、そしてベルさんにはない筋肉がある。
大柄な男を抱えて飛べば、当然ガスの消費は激しくなる。まして今は戦闘中、ここまでベルさんも全く戦闘をしてこなかったわけではないだろうし、ガスにも決して余裕はないはずだ。
「おいおいここは俺の無事を喜ぶところだぜベルさんよ! 五体無事なんだ、走れないわけでもないしどうってことはねえ!」
「って言っても、君どう見たって無事ってわけじゃあ……! そんな身体で逃げるなんて無茶だ!」
疲弊している、という自覚はある。背中を中心として身体は未だに悲鳴を上げており、そして先程の逃走劇だ。呼吸に余裕はなく、身体に疲労が溜まっている。ベストコンディションとは到底言い難い状態だ。
視線を正面へ向ければ、脇道からぞろぞろと這い出してくる巨人の姿がある。鎧の巨人が派手に暴れたせいで隣接する家屋が崩れて道が広がったとはいえ、そのために散乱した瓦礫が足場を悪くしている。ちょっとした障害物競走のようだ。これを無数の巨人の手から逃れながら全力疾走しろというのだから、意志の弱い人間であれば巨人に跪いて許しを請う方がよほど助かる可能性が高いと断言するに違いない。
だが、手は動き、足は動く。一歩を連続して踏み出すことも、それに力を乗せて加速することもできる。所詮は鈍重な巨人だ、道行く先に壁のように立ち塞がっていようと、逃げに徹するのであれば間違いなく俺の方が速いと確信できる。
何より、
「なあベルさん、――巨人に追い回されるのとミカサに追い回されるの、どっちがきついと思う?」
「何だか君、意外と余裕あるね」
「まあ、そりゃなあ。お前ミカサの全力疾走と巨人の全力疾走、どっちが怖いよ」
「いやその質問は卑怯だと思う」
あと君、そろそろミカサに刺されるんじゃないかな、という呟きは聞き流して加速する。
次から次へと巨体を揺らしながら駆けてくる巨人の群れは中々絶望感漂う光景だが――その顔一つ一つを見ればその気も失せた。
誰一人としてこちらを見ていない。一目散に駆けてくる群れの視線は倒れ伏す鎧の巨人にのみ集中しており、群れへと向かっていく俺やベルさんには微塵も向けられない。ならばいくらこちらに向かってこようとただの障害物だ。只管に駆けてくる巨人の足下をすり抜けていく程度であれば傷ついた身体といえど問題なく走破できよう。
絶好の機会を逃してしまった悔しさは未だにあるが――いつまでも悔いていても仕方がない。班員の様子も気になるし、それに全くの無駄足となったわけでもない。
――最終手段もあるわけか。覚えておくぞ。
後ろを振り返る。鎧の巨人は殺到する巨人の群れに隠れてもう見えない。あれほどに密集して――集結してきているのなら、周りの巨人をどうにかしたところで鎧の巨人の逃亡を阻止するのは不可能だろう。まさに最終手段というわけだ。
情報は武器だ。ましてこの極限まで追い詰められた状況での最後の一手。全力を出した上での行動となれば、それはつまり鎧の巨人の底だ。
これ以上はない。ならば、あとは情報を下に戦術を組み立て――今度こそ、その首をはね飛ばしてやるまでだ。
――目の前にあるのは、一つの終わりだった。
「ジョシュア、あれ」
かすれた声でベルさんが前方を指し示す――うちひしがれたようにその場に蹲る影が、二つ。
声に無言で頷きを返してそのうちの一つに駆け寄った。
「おい、クリスタ!」
「ジョシュ、ア」
魂が抜けたように虚ろな視線を寄越すクリスタ。外傷はないようだが、死線をくぐり抜けた衝撃に我を忘れているようだ。
理解はできるが、いつまでもそのままでいさせるわけにもいかない。土埃で汚れた両肩に手を置いて力を込める。
「しっかりしろ、何があった」
腹に力を入れ、一言一句を叩きつける。その刺激に目が覚めたのか、込められた力にわずかに顔を歪めながらもぽつぽつと語った。
「巨人が、大勢やってきたの」
「巨人が……?」
「どうしてなのかはわからないけど、まるで何かに惹かれるようにやってきて……二体までは何とかできたんだけど、だんだんどうにもならなくなって、それで」
ぐ、と毒を飲んだように顔を青ざめさせて押し黙る。
――惹かれるように、か。
思い当たるのは先程の鎧の巨人の行動。絶体絶命の窮地に至り、増援を呼ぶために使った最後の一手。
――奇行種の咆哮には、他の巨人を惹きつける力がある……?
話を聞くに、巨人が集まり始めたのは恐らく鎧の巨人が現われてからだ。そして鎧の巨人が咆哮を響かせたのは現われた時と倒れてからの二回。
そのうち、一度目の咆哮が他の巨人を引き寄せた――あるいは行動の活性化に繋がったとするのなら、最後の咆哮はまさに最終手段。他の巨人に直接干渉し、行動を促すためのもの。鎧の巨人という上位存在からの絶対命令と考えるのが妥当だろう。
その後の様子を見るに、あまり複雑な命令は下せないようだが……他の巨人の活動を活発にさせる存在はやはり厄介極まりない。
「撤退はしなかったのか」
浮かび上がる当然の疑問。こうなってしまった後で言うのは不謹慎だろうが、事実として他の班員の対巨人戦における経験値は低いものだった。技量はともかくとしても、鎧の巨人に惹かれて群がり始めた群れをどうにかできるほどではない。
「それ、は」
視線を彷徨わせてクリスタは言葉を濁した。言いにくいことを黙っているような、そんな雰囲気が言葉にせずとも伝わってくる。
「――いや、いい。すまなかった。無理をさせたな」
誰が悪いか、なんて犯人捜しをするつもりもないし、そんなのは不毛極まりない。
ごめん、と小さく弱音を漏らすクリスタの頭に手をやって、蹲るもう一方の班員に歩み寄る。
嗚咽を漏らしながら地面に蹲ってすすり泣くクルトの手には――ブレードを握りしめる片腕がある。
自分の身体が幼くなったような錯覚を覚えながら、その腕の前に片膝をついた。
「ヘマしたな、デリック」
「ジョシュア……? お前、どうして」
肘あたりで食い千切られたらしい右腕の断面は肉と骨が露出し、正視に耐えがたいほど凄惨な様子を晒している。制服の袖に覆われたそれに持ち主の面影など当然あるはずもなく、まして一目で誰のものだと判断することなど不可能だろう。
クルトの驚愕はもっともだ。俺だってそこら中に転がっているだろう人体の一部の持ち主を尋ねられて答えられる自信はない。実際それがデリックの腕だと言い当てられたことだって確証があってのことじゃあなかった。
そっとクルトの手からデリックの片腕を持ち上げる。ブレードを握りしめる右腕。何度も切りつけたのだろう、血に染まったその刃は所々が刃こぼれしていた。
「すまない、ジョシュア。僕達が止めることができていれば、こんなことには」
「謝るなよ。お前に謝られたら俺の立つ瀬がない」
「違うんだ! 僕は、僕がもっと強く言えていれば二人を止めることができたはずなんだ! いや、たとえ止められなくても、僕が一体でも巨人を多く殺すことができていれば……お前はあんなにも倒せていたのに、僕は、僕は……ッ!」
慟哭するクルトの姿に押し黙る。
――今のクルトは、あの日の俺だ。
初めて目の前で《奪われた》あの日。《奪われる》ということの意味を理解し、この世界の残酷さに肌で触れたあの日の俺だ。
手の中から命がこぼれ落ちていく感触を感じながら思う。
――
正直、デリックという男のことはあまり好きではなかった。表立って嫌悪を表すようなことはないが、
血を分けた肉親である姉と比べてしまえば、どちらが大切であるかなど考えるまでもない――そんな相手なのに、重さは、熱は、失われていく喪失感はあの日と何一つとして変わらなかった。
「――俺があいつらを殺しまくってたから対抗意識でも燃やしたか? こっちは五年もあいつらから《奪う》ことだけを考えて生きてきたんだ……年期が違うんだよ。お前が張り合ったところで到底勝てるわけないなんて、わかりきってたことだろうに」
口の端が歪む。馬鹿め、と呟いて笑ってやる。
一体でもあんなに手こずっていたんだ。それが群れを成して襲いかかってくれば、捌ききれないのは火を見るより明らかだ。
その時点で逃げれば良かったろうに、それをしなかったということは……そこに葛藤があったはずだ。その良し悪しはどうあれ、デリックという男にとって――譲ることのできないものが。
おもむろにデリックが握るブレードの柄に手をかける。そのまま引き剥がそうとすると力強い抵抗を感じた。強引に引きはがそうとするも、指はしっかりと柄を握りしめていて中々外れない。
馬鹿が、と呟く。馬鹿野郎、と声を落として、
「――後は任せろ。お前らの無念も意地も誇りも、何もかも一緒に持って行く。だからもう、休め」
指の一本一本に手をかけて引き剥がしていく。――今度は、抵抗を感じなかった。
デリックの腕をクルトに渡して、刃を外して地面に突き立てる。墓標代わりにした刃を前にしばしの黙想をして、残った柄を懐にしまった。
悲嘆に暮れるクルトとクリスタの顔を見渡して言う。
「動こう。二人も思うところはあるだろうが、いつまでもこうしているわけにもいかない。あいつらがいつまたこっちにやってくるかもわからないからな――少しでも早い方がいい」
「これから、どうするの?」
「後衛と合流する。こうなってしまった以上この班で動くことはもうできない。上に報告して再編成してもらうべきだろうな。もっとも、その前に色々と補給しなければならないんだが」
カン、と柄尻で刃を収めているブレードホルダーを叩く。
あ、と言われて気付いたようにクリスタが口を開いた。
「そう、だね。ジョシュアほどじゃないけど、私達もそれなりに使ってるし……これからのことを考えると、補充しておかないといざって時に困るかも」
「……そうだな。万全を期すに越したことはない。だがそれを言うなら僕達よりジョシュアの方が少ないんじゃないか? あれほど動いていたわけだし」
心配そうにこちらを見やる二人の視線に、あ、と声を漏らす。
――そうか、こいつらさっきまであんな状態だったから知らないのか。
「いやいや、ガスどころかジョシュアの場合はそもそも装置自体を何とかしないと」
口を開こうとした俺の代わりというように、焦るよりもむしろ呆れた様子でベルさんが言った。
「装置自体? どうかしたの?」
「壊れたんだってさ。ほら、さっきの鎧の巨人に襲われた時に」
「ええ!? え、嘘、本当なのジョシュア!?」
ずい、と身を乗り出しながら、本人よりも余程慌てた様子でクリスタが迫ってきた。
「そうだが、そんなに焦るようなことか?」
「むしろなんでそんなに冷静なの! 駄目だよ、早く何とかしないと!」
「俺としてはブレードの替えを補充することの方が余程急務なんだけどな。実はさっきので使い切っちまってこれが最後なんだよ」
嘘ではない。立体機動装置も確かに三次元的な動きを可能にするという点で重要だが、《スタンド》があることを考えると俺にとってはむしろこちらの問題の方がより優先度が高いのだ。
現状では今装着しているものが最後だから、ヘマをして壊してしまいでもしたら攻撃手段がなくなってしまう。どうしようもなくなれば見かけによらず巨岩さえ容易く砕くほどの怪力を誇る《ソフト&ウェット》の力で強引に突破することもできるだろうが、そんな手はなるべく使いたくはない。
そんな風に呑気に構えている俺に、クリスタは次第にヒートアップしてきたらしく、段々声に熱が籠もってくる。
「そんなの私のあげるからそれでいいでしょ!? とにかくジョシュアは早く新しい装置を貰わないと駄目なんだから!」
「ああまあ、そうだな。そうしてくれると助かる」
三年間を一緒に過ごしていても中々聞くことのなかったクリスタの怒声に押されてしまう。珍しいことだ。普段の光景としては当然逆――いや、逆にさえならないか。ともあれかなりレアな光景に他の二人も眼を白黒させている。
謝るべきかそれとも先を急ぐべきか、判断に困っていると――クリスタの頬が熱を持ち、じわりと瞳が潤み始めた。
泣く一歩手前。そのことを瞬時に察してどきりとする。
見られることを嫌がるようにクリスタはこちらの胸に額を押しつけて、震える声でこう言った。
「嫌だよ……ジョシュアが強いの、知ってるけど。私より全然強いってこと、知ってるけどッ……もう、あんな怖いの、見たくないよ……」
「……クリスタ」
がつん、と頭を棍棒で強く殴られたような気がした。
その心配は無用の心配だ。《スタンド》がある以上、なりふり構わなければたとえ装置がなかろうと鎧の巨人にだって負ける気はしない。周囲の目さえなければ、様々なしがらみさえなければ侵入してきた巨人から全てを《奪い尽くす》ことも不可能ではないだろう。
それほどに強く在れるのは、あの日覚悟を決めたから。
何もかもを《奪われて》しまったから、何もなくなってしまったから。同じようにあいつらから全てを《奪い尽くして》やろうと、そう決めたから。
――ああ、そうか。
何故今、クリスタの言葉にこんなにも心をかき乱されているのか、ようやくわかった。
――嬉しい。そう感じていることにも気づけないなんて。
ジャン辺りに「鈍い奴め」と罵倒されそうだな、と苦笑する。
《奪われる》ことはつらく悲しい。それは、何もなかった頃の俺には到底持ち得ない感情だった。何せ《奪われる》ものがないのだから、悲しみもつらさも縁がない。自分の命しか《奪われたくない》ものがない俺にとっては到底触れる機会のないものだった。
だけど、それを「嫌だ」とクリスタは言ってくれた。
それは弱さだ、と言うかも知れない。
けれど今、俺の胸に確かに湧き上がるものは――
「ありがと、な」
ぎこちなくそう言って、胸にすがりつくクリスタの頭をそっと撫でる。
それで感極まってしまったのか、やがて俯いた唇から静かな嗚咽が漏れ始めて……少女の涙をどうにかする方法など熟知しているわけもなく、しばらくの間とても気まずく立ち尽くすのだった。
後半から放たれる圧倒的ラブコメ臭に鎧の巨人乱入不可避。
信じられるか……? これ後で書き足したくだりなんだぜ……?
普通にこれからどうしよう的な話で終わるはずだったのに、気付けばクリスタのヒロイン度が急上昇してた。何を言ってるk
誰かお願いだからデリックさんとかエドガーさんとかのことも思い出してあげてください……(震え声
ジョジョ的に言うと、選択肢は2だった、という話ですね。
咆哮のくだりとかは他の奇行種からの独自解釈。多分できるんじゃないかなと思います。
色々と原作から逸れつつ、次回、補給所での攻防編に続きます。