進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

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第21話 トロスト区防衛戦⑧ ―奇行種―

 

 

 

 

 

 さて、無事に補給所内の巨人を殲滅した俺達だが、勿論これで終わりではない。機動性に主眼を置いて少数精鋭で乗り込んだため、他の面々は置き去りのままだ。当然作戦が成功したことを告げに行く必要があるわけだが、その人数をどうするかということで問題になった。

 全員で行くのは確かに確実だろうが、せっかく取り戻した場所を少し不在にした間に奪い返されては目も当てられない。ならば誰が残るか。そして人数をどうするかが問題となる。

 

 二手に分かれようというのであれば必然、片方は一人になってしまう。その場合、一人で動くのはどう考えても俺が適任ということになる。自惚れるわけでも驕るわけでもないが、巨人との戦闘経験、そして《ソフト&ウェット》という裏技を考慮すれば俺にとっては表の意味でも裏の意味でも都合が良い。

 あとはどちらに就くべきか、だ。地響きが遠くから微かに聞こえてきているところから察するに、恐らく鎧の巨人に集まっていた巨人達は再び行動を開始している。周囲を見るに巨人はまだこの周囲にはいないようだが、全員を連れてくるまでの間に絶対に巨人が来ないとは断言できない。

 どちらに就くにせよ危険はあるが、位置関係を考えれば来るかどうかわからない――全員を連れてくる方が早いかもしれない補給所の方が多少なり危険性は低いかもしれない。ならば俺一人だけで皆を呼びに行くべきだろうか。

 

 そんなことを考えていた俺に、アニはこう言った。

 

「私一人でいい。あんた達二人で行ってきな」

「一人で? ……まあ今のところは巨人もまだここまで来ていないようだし、大丈夫だとは思うが、二人の方がいいんじゃないか?」

 

 ジャンに向けて顎をしゃくると、あからさまに嫌そうにジャンが頬を引き攣らせた。

 その反応を見てか――あるいは本当に素だったのかもしれないが――アニは一も二もなくこう言った。

 

「冗談。こいつと一緒にいるくらいなら巨人と二人きりの方がよっぽどマシだね」

 

 これほど酷い振られ文句を聞くのは後にも先にもこれが初めてだろうな、と思った。

 

 

 

 

 

「お、見えてきたな。……だからボチボチ気を取り直せジャン。男がいつまでもウジウジするもんじゃあないぞ」

「ウジウジなんてしてねえよ! ほっとけ!」

「そういう反応が言外に肯定しているようなものなんだがなあ。まあ気にするな。あんな風に罵られる奴なんてそうそうあるはずもねえよ。良かったなジャン、これで今後どんな振られ文句を聞いたところで心が折れることはないぞ!」

「一生あってたまるかァ!」

 

 良い具合に激昂するジャンを尻目に速度を作り、着地に向けて体勢をとる。

 視線の先には屋根の上に集う兵士達。唯一の希望を乗せて送り出した者達が帰ってきたのだ、さぞや歓迎されるだろうと思いきや、その視線はそのほとんどがこちらを見ておらず、あらぬ方を向いている。

 

「何だ……?」

 

 屋根瓦を砕いて着地する頃には、その異常さに気付いたらしいジャンもまた怪訝そうな表情を浮かべている。

 その視線の先を追おうと首を向けかけたところで、声をかけられた。

 

「ジョシュア、戻ったのか」

「それは俺の台詞だぜライナー。いつ戻ったんだよお前」

「ああ、ついさっきにな。それより、お前らだけか? アニはどうした?」

「せっかく取り戻しておいてまた占領されたら元も子もないからな、留守番だ」

「一人で? 大丈夫なのか」

「周囲に巨人の気配がないことは確認してきたし、急いで行けば問題はないと踏んだ。まあ……一体や二体現われた程度じゃああいつをどうこうできるとも思えん。そこは信頼しているさ」

「そうか。まあ、お前がそう考えたんならそれでいい」

 

 笑みを浮かべてそう返すも、その反応はイマイチだ。どこか負傷でもしたのかと思いきや、そうでもないようだ。明らかに気もそぞろなその様子。時折ちらりとあらぬ方向を向く視線がそれを物語っている。

 

「あー、補給所の方はどうだった? 補給所の奴らは無事だったか」

「全員把握してるわけじゃないけどな。一応は無事でいる」

「精神的にはどうだか知らねえけどな。ま、自業自得って奴だ」

 

 明らかに不機嫌そうな色を浮かべて話に混ざるジャンに、眉をひそめるライナー。

 

「何だ、何かあったのか」

「戦意喪失してたんだと。奴ら、補給所を守るって任務も捨てて籠城してやがったよ」

「成程、納得だ」

 

 腕を組んで苦笑を作るライナー。しかし俺の意識はすでにライナーには向いていない。

 ……視線の先は、あの屋根の向こうか。

 

「それにしても、何かあったのか? 誰もこっちを見ていないじゃねえか」

「それは――ッ、おい待てジョシュアっ」

 

 妙に慌てているライナーに疑念を抱く。この状況下で、俺達に見せたくないものでもあるのだろうか。あるとして、それは一体どんなものだ?

 何にせよ、それも直に確かめればいい話だ。人垣をかき分けて進み、屋根を視界から外すと、ようやく兵士達が注視していた光景が見えた。

 

「……どういうわけだ、これは」

 

 視線の先には、十五メートル級の巨人が二体。それらが轡を並べてこちらへ歩いてきているのであれば成程、兵士達が注視するのもわかろうと言うものだが、しかし現実は更にその斜め上をいった。

 

 黒髪の巨人と、禿頭の巨人。振り上げられた二つの拳は、屋根の上で馬鹿みたいに口を開けて突っ立っている兵士達には目もくれることなく、目の前の巨人に向けて放たれた。

 その威力たるや、まるで大口径の銃弾が炸裂したかのようだ。皮膚の厚みも、骨の護りも意味を成さない。下顎部を砕き、うなじまで貫通された禿頭の巨人は殴られた勢いのままに背後の建物に倒れ込み、そのまま起き上がる気配を見せない。

 まるで勝利を高らかに叫ぶように、黒髪の巨人が咆哮を上げた。

 

「巨人が、巨人を攻撃している?」

 

 魚が陸を歩いていたに等しい異常。ありうべからざる光景に自然と声に苦みが走った。

 

「これがお前の見せたくなかったものか、ライナー」

「……何も教えずに見たら躊躇いなく殺しにかかるだろう、お前は。ああ、そんな目で見てくれるな。何も悪意があったわけじゃあない。あいつを上手く使えば、この状況を打開できる。そう思ってのことだ」

「あいつを、使う?」

 

 ライナーを見る。その声に、その視線に、殊更感情を乗せたつもりはない。しかしライナーの表情には火薬を扱うような緊張が確かにあった。

 

「そうだ。お前は知らないだろうが、アレはこれだけ人間がいながらこっちには一切の関心を見せない。ただ周りにいる巨人だけを狙っている。……まるでどこぞの死に急ぎのようにな」

「だから、何だ? アレにこの辺一帯の巨人を何とかしてもらおうってのか? 巨人を殺し尽くした後、俺達に牙を剥かないという保証がどこにある」

「保証はない。が、分の悪い賭けじゃあないんじゃないか? 他の巨人と同じように俺達を狙うつもりがあるなら、より狙いやすい俺達より他の巨人を優先する理由がない」

「理由、ね。……奇行種にそんな真っ当な思考を求めてる時点で希望的観測がすぎるぜ、ライナー」

 

 巨人が人間と同じ思考ができるなら、どれだけやりやすいことか。

 呆れたように言って歩き出す俺に、ああくそ、と悪態を吐きながらも尚もライナーは食らいつく。よっぽど自信があるのか……いや、これは希望にすがりついているだけだな。

 

「おい待てって! お前の言うことはもっともだ。巨人に頼るなんて馬鹿馬鹿しいってのもわかってる。だが、このままじゃあじり貧なのはお前もわかってるはずだろっ」

「ライナー。活路を見出したと言えば聞こえはいいが、それはただの思考停止だ。『自分たちではどうすることもできなかったので仕方なく巨人を頼りました』なんて甘えが透けて見えるぜ」

「思考停止なのはお互い様だろうが! お前の主義はよくわかってるがな、少しは柔軟に考えたらどうなんだ?」

「柔軟に考えた結果がそれか? なら聞くがな、――お前、そのために命を捨てる『覚悟』はあるのか」

「何だと?」

「あんなわけのわからねえもん頼みにしてそれが裏切られたなら、その時生じる被害は甚大だぞ。お前にその責任をとる『覚悟』があるのかって聞いてるんだ」

「――ッ」

 

 押し黙る。口を開き、何かを言おうとするも、それが言葉になることはない。口にすれば、その重みを背負わなければならないことを理解しているから。

 即答できたならライナーにもまだ何か考えがあると判断することもできたろうが、口を噤んだということはその程度だったということだ。仮にライナーの提案を呑んだとしてもライナーばかりに責任を押しつけるようなことにはならないだろうが、そんな考え無しの作戦とも呼べないようなものに命を預ける気には到底なれない。

 

「いいから、お前らはとっととガスを補充しに行ってこい。このままここにいてあいつを眺めていたところで状況が変わることはないんだからな」

「それは、そうだが」

 

 ――何だよ、その顔は。

 

 思わずそう尋ねたくなるほどの苦渋の表情を晒している。どうにかして俺を説き伏せたい。しかしどう言いくるめればいいのかわからない。そんな苦悩が手に取るように見えてしまう。

 最初に俺の注意を逸らそうとしたことといい、今といい、ライナーはあの奇行種に対して並々ならぬ執着を向けているようだ。危機的状況だからか、それとも他に理由があるのか、それを精査するほどの時間的余裕はない。

 

 オーバーな表現で肩の力を抜く。こちらの雰囲気の変化を感じ取ったのか、ライナーが俯けていた顔を上げた。

 

「んなしょげたツラしてんじゃねえよ。心配せんでも、アレは今殺すつもりはない」

「何……?」

「生かしておくつもりはない。が――何も急いて殺すことはない。せっかくこっちの手間を省いてくれてるんだ、それを邪魔することはないだろう」

「……あー、何だ。それは俺のとどう違うんだ?」

 

 腕を組みながら問いかけるライナーに、そうだな、と一つ間を置いてこう言った。

 

「生かすつもりだったろ。お前」

 

 ライナーの反応は――沈黙。それが何よりの答えだった。

 

「お前がアレに何を期待してるかは知らないけどな、やめとけ。巨人に頼ろうだなんて――ましてそれを生かそうなんて、そんなのは狂人の発想だ。巨人は巨人、倒すべき敵だ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」

「――ブレねえなお前は。本当に」

 

 観念した、とばかりにライナーは大きく息を吐いて両手を挙げた。

 

「まさかお前に狂人だなんて言われるとは思わなかったぜ。ったく――羨ましいぜ、本当」

「羨ましい?」

「そのブレなさが、な。ああ、お前みたいになれたらどんなに楽かって、いつも思うよ」

「……止めやしねえよ。『死にたがり』やら『自殺志願者』なんて呼ばれたいなら、な」

 

 それは勘弁してくれ、と笑うライナーを置いて歩き出す。

 

 ――あの野郎、本気で言ってやがったな。

 

 わずかに震えていた声を思い出し、眉をひそめる。客観的に自身を評価している身からすれば、理解に苦しむというのが正直な思いだ。

 迷いはない、というのは確かに強みであるように思えるかも知れない。しかし俺のように平然と命を投げ捨てるような強みなど持つ必要はないだろう。持ったところで、自分の寿命を縮めるだけだ。

 

 ――あいつの目的は、故郷に帰る、だったか。

 

 壁に囲まれたこの世界で故郷に帰るというのなら、それは巨人に奪われた壁の外にあるのだろう。しがらみに囚われて思うままに動けない己を嘲ってのことだろうか。

 

 まあ、今考えることじゃあない。思考を切り替え、黒髪の巨人に目を奪われたままの兵士達に声をかけて回っていく。目の前の光景は確かに目を惹かれるほど異常なものだが、流石に自分の命を賭けてまで留まるほどじゃない。一つ声をかければそれは伝染し、瞬く間に兵士達が我先にと補給所へ向かっていく。

 

「……すげえものを見た」

「ん? って何だジャンか。どうした」

 

 かけられた声に振り返ると、神妙な顔つきをしたジャンが顔を手で覆いながら歩いてくる。

 

「ついさっき、あいつらに会ってきたんだけどよ」

「あいつら……ああ、コニー達か。それがどうしてそんな勉強するコニーを見たかのような顔に繋がるんだ」

 

 真顔で問いかけると、他人事のように言いやがって、と何故か責めるように睨めつけられる。全く心当たりがないんだが。

 

「ミカサがな……あのミカサが、だぞ? 何故かミーナに関節技決められてるんだよ」

「ミーナに? ああ、ミカサが、か……うん?」

「『聞き間違いかな?』なんて顔してるんじゃねえよ元凶。……事情聞いたら、どうも自棄になってたミカサを止めた結果だってんで、そこはむしろ褒めてやるべきところなんだろうが……いや、もはや訓練学校の時とは別人だぜあいつ。何してくれてんだお前本当に」

「おいおい止めろよ。そんなに褒められたところで、俺に出せるものなんてミカサが使ったスプーンくらいしか――」

「待て! それ以上口にするならどうしててめえがそんなものを持っているのかと、そんなもので喜ぶ変態野郎とてめえが考えていることの二重の意味で決闘を申し込む!」

 

 わかったわかった、と鼻息荒くこちらに拳を構えるジャンをなだめにかかる。どうせ賞品はミカサのスプーンなんだろう? と目線で煽るのも忘れない。

 

「んで、あいつらはもう補給所に向かったのか?」

「何かてめえの視線がやけに生暖かくてムカつくんだが……まあな。ミカサもだが、アルミンも戻ってくる前よりはまともになってやがったし、まあ結果オーライって奴なんだろうよ。それが少なからずてめえのおかげ、って考えると癪に障るが」

「褒めるなよ」

「褒めてねえよ」

 

 もう突っ込む気力もないらしい。不機嫌そうに返してくるジャンに表情を変えて言う。

 

「まあ、あいつも色々考えてるんだろうよ」

「あいつ? ミーナが、か?」

「ミカサは間違いなく、この場にいるメンツの中でも最大の戦力だからな。そんな戦力が犬死しようものなら士気の低下は免れない」

「いや、いくらあいつでもその辺の巨人に負けるような奴じゃあ――」

「本気で言ってるなら、お前はミカサのエレンに対する執着を舐めすぎだな」

 

 かぶせるように言うと、ち、と舌打ちとともに渋面を作る。そこで忌々しそうな顔にならないあたり、根は素直な奴だよな、と思う。

 

「それに……そうでなくても同郷の、それも幼馴染みが死んだ後だ。心の支えが折れた奴にいつもと同じ実力を発揮しろ、なんてのは無理がある話だと思わないか」

 

 内外問わず“怪物”と評されているミカサだが、当然無敵というわけにはいかない。むしろその精神面だけをとってみれば、エレンという唯一絶対の芯に支えられているためにあまりにも不安定で、崩されやすい。

 誰かのために戦う。それは尊く、気高い信念だ。だが人の命が銃弾のように容易く消費されていくこの世界ではその信念は脆すぎる。

 

「そこまで考えてやったのか? あのミーナが?」

「そこまでかどうかはしらん。が、一つだけ確かなのは――あいつは今までのあいつじゃあないってことだ」

 

 ジャンの驚いた顔を見ればよくわかる。入団した当初のミーナを思えば、それは到底考えられないことだ。

 自然と頬が緩むのを止められない。

 成程、人を育てる喜びというのはこんなにも胸が熱く、昂揚するものなのか。

 

 感情の高ぶるままに一歩を踏み出す。

 やることはすでに見えている――黒髪の奇行種は未だ健在だが、他の巨人から異物と捉えられたのか明らかに黒髪の奇行種を打倒する目的で周囲に巨人が集まってきている。わざわざ生かしてやる必要はないが、せっかく巨人を引き寄せ、暴れてくれているのだ。これを利用しない手はない。

 

 握りを確かめるように柄を弄りながら歩き出すと、おい、と背中に声がかかる。何だジャン、今良い気分なんだ止めてくれるな――そう口にしようとした瞬間、

 

「弟子に良い格好見せようとして死んだら最高に格好悪いな」

「よっしゃその喧嘩買ったぞこのクソ野郎……!」

 

 戻ってきたら絶対に一発ぶん殴ってやる、と決意を固めるとともに屋根から身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 




「ミーナ強すぎじゃない?」って感想があるかもしれませんが、動揺して不用意に飛び出そうとしたミカサの不意を衝いて間接極めただけですので、当然真っ当な状態のミカサを相手にすれば負けます。
 それでも並の兵士に止めるのは難しいことだと思いますが、その辺り三年間の成果が出てる感じですね。


 ちまちま書いてはいたんですが、先の展開を中々決めきれなくて気付いたらこんなにかかってしまいました。
 現在書き上がっている分が1万5000字分で、流れ的にそのまま上げようかとも思ったのですが、流石に読む方の負担を考えて二話に分けました。
 この辺のバランス感覚は是非ご意見をお願いします。

 22話はほぼ書き終えていますので、見直しが終わり次第、滞っていた感想返しも含めて年内には更新します。
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