―燦爛とした街に相も変わらない喧騒が響く。この騒音に頭を痛めることは常であるが、頭痛の種がもう一つ増えたことに苛立ちを隠せない。
「「マイノリティに日の目を!」」
その光景を切り離すかのように、ふぅとため息をつき踵を返す。苦い顔を消すこともないまま、彼女は暗闇に消えた。
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晴天の下、食後の倦怠感に身を任せながら縁側で茶を嗜む。この気楽で呑気な時間は、存外に嫌いではなく生活の一部となりつつあった。しかし、唐突に聞こえる耳慣れた下駄の音によってこの時間は終わりを告げた。
「大ニュースですよ、大ニュース!」
その甲高い声にうんざりしながらも手渡された新聞を受け取る。見出しにはこうあった。
『革命家か、はたまた宗教家か!人里に現る!』
「何よ、いつものことじゃないの」
穏やかな時間を邪魔されたために、苛立ちを隠しもせずぞんざいにあしらう。
「それがそうでもないんです。もしかしたら幻想郷の行く末に関わる大事件かも」
全く興味もなかったが、適当ににあしらうためにも大雑把に目を通す事にした。しかし、素通りできない文章が目に付く。
「人間と妖怪が分かり合う?」
「ええ。まぁ人間と妖怪に限った話ではないですが、幻想郷に住むもの全てが理解し合う社会を作るらしいですよ」
そんな馬鹿な。幻想郷でそのように行うこともそうだが、なにより全く別ものの人間と妖怪がそもそも解り合えるはずがない。いつものホラであると笑い飛ばそうとするが、遮られる。
「百聞は一見に如かず、そこに行けばはっきりとしますよ」
「行く気はないわよ。あんたに関わってもろくなことはないでしょうし」
「今回はそのろくでもないことがあなたの仕事になると思いますよ。博麗の巫女さん」
はぁ。このネタが嘘であろうとそこに厄介事があるのは間違いないだろう。食後の運動に丁度良い、と前向きに考える事にし重たい腰を上げた。
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人里に着き街中を歩く。特に異変が起きている様子もなく、少し気になる点といえばいつもより人々が陽気であるという事だろうか。しかし、人里に来た時点から得体の知れないわだかまりが胸中にあることには気付いていた。この違和感の正体を明かすためにも先を急ぐ。
「それで、その革命家とやらは何処にいるのかしら?」
「もうすぐですよ。あ、ほら、あそこの人だかりができている所です。いつもあそこで演説して人を集めているみたいです」
指をさされたほうを見やると、確かに人が密集している所がある。数十人ほどだろうか、一際賑やかなその場所では老若男女を問わず歓談が行われているようだ。このくらいならこの騒動の張本人を懲らしめて皆を解散させれば解決でしょう、と高を括る。しかし、そこへ進むと次第に余裕が焦りに変わっていく。
「おう、霊夢さん。こんな所でどうしたんだい?」
私に気付いた男性が声をかけてくる。
「この騒動を収めにきたのよ」
するとその男は驚き、その動揺が周りの数人にも波及していく。
「いや、別にこれはそういうのじゃないんだ。ただ、いろんな人が集まって話しているだけというか何と言うか…」
「そんなことはどうでもいいの。問題なのはこの中に人ならざるものが紛れ込んでいるってことよ。いいからこの中心にいる奴に合わせなさい」
この集団に近づくほどに、先ほどの違和感が明らかになっていた。人になりきっている人ならざるものが居るという事だ。特に、この中にはそれが多く見受けられ近ければ近いほど確信に変わっていった。新聞を見た時は半信半疑だったものの、こうなれば関わらずにはいられないだろう。何人か止める者もいるが、構わずに強引に奥に進む。すると、人ごみの中心に来たのだろうか、少し空間に余裕にある場所に出る。
「あら、こんにちは」
その中心にいた人物は意外にも、年端も行かぬ少女の様であった。この娘が中心人物とは考えにくいが、周りの様子から察するに、迷い込んだ子供というわけではないだろう。
「こんな所で子供が何をしているのかしら?」
「あなた、人を見た目で判断しない方がいいわよ。こう見えても割と長生きしてるんだから」
冗談だろうか、黒地に梅のような草花が散りばめられた華美な着物を着てはいるものの、いかんせん身長が低い為にそうは思えない。いや、こんな事を気にしている場合ではない。疑問を振り払うように強く言い放つ。
「あなたが誰なんてどうでもいいわね。この集まりの原因があなただって言うなら今すぐ解散させて頂戴。それと、二度とやらないようにね」
「どうして?ここでは談笑し合うことすら許されないの?」
「人同士だったら大した問題でもないけど、これがそうじゃないことぐらいわかってるでしょ」
「ん~、よくわからないわ。これのどこが悪いのかしら」
本気で言っているのかとぼけているのか。思ったより面倒くさくなりそうだ。
「あんた、どうにかしてるわね。ここは人里よ。いたずらに妖怪を呼び込まないで欲しいのだけれど」
「ああ、この子達?。平気よ、人に迷惑はかけないしここにいる皆もそれをわかって集まっているのだから」
わけがわからない。危ない宗教に首でも突っ込んでしまったのか、それとも皆に催眠でもかけているのだろうか。そうであれば目の前にいる少女を懲らしめれば済むのだけれど。いぶかしむ顔が出ていたのだろう、彼女ははっと気付いたかのように話しだした。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は乙子といいます。ここにはいろいろと問題があるようだったのでそれを解決する為に活動しています。あ、動機は特にないんだけど強いていえば平和が好きってことが理由かしら」
別に気にもしていない事を、彼女は滔々と述べる。またこのようなわけがわからない輩にここの平和は乱されるのだろうか。もううんざりだ。
「とにかく、ここでは妖怪を立ち入らせてはいけないし、むやみやたらと人を集めて怪しいこともしてはいけないの。新参者なら新参者らしくおとなしくしてて」
「ごめんなさい、あなたは何か勘違いをしているわ。少しだけ話を聞いてくれない?」
周囲からも賛同する声が上がる。ああ、そう。ここでは私が邪魔ものって訳ね。
「いいわ。聞くだけ聞いてやろうじゃないの。くだらないことだったら容赦しないからね」
それを聞くと、彼女は呑気な様子で話し始めた。
「私はね、今まで気ままに旅をしてきたの。ある穀物と、自分の好きな花を伝え広めるためにね。で、その度にその土地にある問題やいさかいを解決するようにも努めてきたわ。なんでそんなことをするかってのは恥ずかしいから言わないけどね。それで今度はここにたどり着いたってわけ」
「それがどうして人間と妖怪がわかり合うってことに繋がるのよ」
「あら、そこまで知っていたのね。別に人間と妖怪だけに限った話じゃなくてここに住まうもの全てが分かり合えるようにしたいんだけどね」
「何のために」
「何のためにって言われてもねぇ、ただ単に私は平和が好きなのよ。誰もが迫害されることなく、認め合える世にしたいの。そのために、平和を乱す一番の原因の『あなたは私と違うから』っていうことをなくしたいの」
私はかぶりを振った。彼女が言う事はこの幻想郷でなければ正しいだろう。しかし、ここではそのようにしてはいけないしそもそもできないのだ。
「あなた、ここの仕組みを知ってる?そんなことをしたらこの世界は滅んでしまうのだけど」
「仕組みについてはある物知りな方から伺いました」
「それなら―」
「あなたはこの妖怪を生かすための世界に納得しているのかしら?」
「―っ」
言葉に詰まってしまうが、彼女は構わず二の句を継げる。
「互いが認め合えれば誰も悲しむこともない。たとえ人間と妖怪だとしてもね。もしかしたら仲良く共存できる可能性だってあるかもしれない。でもここではそれが不可能に近い。そうさせる社会が出来上がってしまっているから。だったらあなたもこの世界を変えたいと思わない?」
それができれば苦労はしないとは強く思ったが、心の片隅に疑問が生まれてしまった。果たしてそれを試した事があったのだろうか、それができたら理想なのではないかと。私は今まで世のため人のためになると信じて自分の役割を全うしてきた。しかし、それは正しかったのだろうか。
「悩んでいるようね。ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのだけれど」
―ああ、しまった。彼女につけ込まれてしまった。これではこの場において優位に立つ事ができなくなってしまう。
「そんな顔をしないで。わかったわ、私の活動はとりあえずここまでで留めておくわ。それで、あなたに考える時間を与えるからこの質問に答えが決まったらまた来て頂戴」
「そんな時間はいらないわ。ここであなたの活動は終わりよ!」
「そうしたらここにいる人達全員の敵になってしまうわよ。私だっていたずらにこの場所を乱したいわけじゃないの。ひとまず私も一旦引くからあなたにも引いて欲しいのよ」
悔しいが、これ以上ここにいてもすぐに解決するようなものではないだろう。ほんと、厄介な事に関わってしまった。
「いいでしょう。これ以上は埒が明かないでしょうし、一旦引くわ。でも、あなたのやってることはここでは通用しないって憶えておきなさいよ」
「ええ。気が向いたらね」
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そういえば、途中から文がいなくなっていたと人里を出た際に思い出す。こんな事に巻き込んだのだから文句の一つでも言ってやりたかったが、今頃は嬉々としてさっきのネタを持ち帰っている事だろう。
それにしても、酷い話だ。自分の今までが揺らいでしまうなんて。しかも、こんなモヤモヤした思いを持ち帰らなければならない。優しく染まっていく茜空も、今の私にとっては憂鬱なものでしかなかった。