天竜人は地に落ちた。まがねちゃんはそう嘯く 作:kurutoSP
閑話 正義をかたる
「正義の力を!」
大将赤犬に率いられた海兵は燃え盛るグランテゾーロを見ては口々にそう叫び己を鼓舞し、大砲に砲弾を詰め、そしてテゾーロの攻撃を食らいながらも血を吐きその場にとどまり、正義に歯向かう悪へ一矢報いらんとする。
「これが大将。絶対正義の証、世界の番人」
そんな狂った空気の中、比較的まともな海兵が二人ほどいた。
一人はその光景に目を見開き、驚愕を露わにしているたしぎと、煙を吹かせるスモーカーである。
二人は今回の作戦に連れてこられたわけだが、そのおかげかこの場になじめず、ただ彼らの暴走に近い行動を見ていることしかできなかった。
「海賊を許さねえその心意気は共感できるがな」
彼の言葉には、攻撃を加える味方への賛同の声という響きは無かった。
そんな中、小さな小舟が誰にも気づかれることもなく軍艦の横を通り過ぎるのをたしぎは見つけた。
その船は暗闇に溶け込むようにして暗い色調であり、海兵は皆、赤犬の熱に当てられてグランテゾーロばかり見ていたため、この場で熱に伝播されていないたしぎが第一発見者なのはある意味当然であろう。
「ちょっとそこの小舟!止まりなさい!今この海域を出るには検閲が必要です」
たしぎが呼び止めるがその船は全く止まる様子も見せず、逆に加速し、この場を離れようとしていた。
「聞こえてますか!」
たしぎは聞こえていないかもと考え、更に大声を張り上げる。
たしぎの大声にスモーカーが反応する。
「どうしたたしぎ?」
「あっ、スモーカーさん。そこに船があるんですけど止まらないです」
「あれか。少し見てくる」
「あっ、ちょっと待ってください。この場合上官に報告するのが義務なのでは」
たしぎがスモーカーの服を掴むが、スモーカーは何か焦った様子でどの手を振り払う。
「その手を離せたしぎ、のんびりしてられねえ」
「大丈夫ですよ。逃がすことはしません」
「そうじゃねえ」
スモーカーは振り返りたしぎに怒鳴る。
粗野で不良に見えるスモーカーだが、たしぎは彼が部下思いで、理不尽なことをしないだけに彼の感情むき出しの行動に驚きその手を離す。
スモーカーは即座に下半身を煙にして怪しい船に近づこうとする。
だが、彼の行動は結局何も意味をなさなかった。
「てっー!」
この船の指揮官の掛け声とともに、その船は砲弾の雨により一瞬で砲弾により荒れる海により見えなくなったたからだ。
「えっ!待ってください!彼らは一般人の可能性があります。今すぐ砲撃を止めてください」
たしぎは慌てて砲台に近づき砲撃手に近づく。だが、その間にも砲撃は続く。
そして縋り付く彼女を彼らは無造作に払いのけ、砲撃を敢行する。
「何で止めないのですか!」
彼女はそれでも彼らの行動を止めようと一人の腕を掴むが、荒っぽくその腕を外され、地面に尻もちをついてしまう。
彼女はそれでもあきらめず、指揮官に詰め寄る。
「止めてください。もし一般人だったらどうするのですか!」
そんな彼女の様子に指揮官はただ冷めた目付きで一瞥し、そのまま視線を戻すと一言。
「それで?」
「それでって。我々海軍は一般市民を守るために、弱気を助ける。そんな正義の組織なのではないのですか!それなのにこの攻撃は明らかに正義を逸脱しています」
たしぎは指揮官のあまりに淡白な反応に激昂し、詰め寄る。
それでも彼の視界にはたしぎは入らない。
「そうか。君の高潔な正義はよく分かった。だが、逆にあれが逃げようとする悪だったらどうするのかね?」
「だからこそ、船を止め検閲をするのでしょうが」
「君が制止を呼び掛けて止まらない時点でほぼ黒だろう」
「そんなの分かりません。これだけ砲撃音がする中で聞こえなかっただけ可能性もあります」
「ふむ。確かにその可能性もあるな。だが、だからどうした。仮に聞こえてなかったとしよう。その聞こえなかったは何時まで続くのかね。それはあの船がこの戦場から離れるまでかね?」
そこまで言って彼は鼻で笑う。
「何を悠長で馬鹿げたことを!君の声はこの煩い砲撃の中でも離れた私に、最も砲撃音のするここに届いたのだよ?その理屈で相手がしらばっくれる限り見逃すと?悪は可能性から根絶やしにしなければいけない!」
「それが一般人の可能性でもですか」
「君が言う通り、我々は正義の執行者。市民の盾である。だが、同時に悪に負ける。悪を逃すと言ったことはしてはならない。なぜならば我々が背負うは絶対正義の御旗だ。その名に傷がつくとき、悪がこの世には蔓延る。故に我々がなすは可能性ごと全ての悪を根絶やしにせねばならん」
「守るべき者よりもそれが大切なのですか」
「ああ、大切だ。逆に聞くが君の行動は正しいのかね?」
「私の行動に間違いなんてありません」
「そうかね?だが、君はさっきからあれが一般市民だったらという仮定をあまりに強く考慮しているのだが、本来ならばそれは今分からない時点では可能性の話にすぎん。逆もまた然りだ。もしあれが悪ならばどうするつもりだったのかね?あのまま逃がすと?そして君が言う守るべきものを害されるのを見過ごすというのかね。そしてもしかしたら彼らが凶悪ならば我々の同胞も傷つくのだが?」
たしぎはそう言われると言い返せないのか口がどもる。だが、それでも彼女は他に方法があったのではと考える。
「それでも、誰かが確認に行けば、追えばよかったのでは?」
「今、テゾーロの攻撃に苦しむ同法を、これほどの巨悪を前にして君はたかが不審船一隻に戦力を裂けというのかね?その力があればテゾーロをより早く討て、仲間の被害も、今出た可能性の被害も減るというのに、君はわざわざ味方を、守るべき者を見捨ててでもそんな些事に貴重な戦力を注ぐのか」
彼は今も燃え盛る軍艦や、血を流す海兵を指さす。
「それは、でも、それでももっとやり方があったはずです」
「一考の価値すらない。なら君がその方法を提示して見せたまえ」
「………………」
たしぎには答えが出せなかった。ただ、沈黙することしか出来ない。
「何も出来ない癖に我々の邪魔をしないで頂こう」
「たしぎ、もういいだろう」
「スモーカさん」
たしぎはスモーカーの呼びかけに反応する。
「それにいくら言ったところでもう遅い」
たしぎはハッとして海を見るが、そこにはもう船などどこにもなく、あるのは浮かぶ船の残骸のみだった。
指揮官も不審船の始末を終えたのを確認するとその場を去る。
煩い戦場の中、二人の空間だけは何故だが暗く、そして静かであった。
その沈黙はしばらくしてたしぎにより破られる。
「私のしたことは間違いだったのでしょうか」
うつむき、震える声にスモーカーはただ煙をくゆらせる。
「私が大声で彼らの存在を示したのは間違いだったのでしょうか?私がスモーカーさんを止めたのは間違いだったのでしょうか?私が、私が正義を語るのは間違いだったのでしょうか?それとも私に彼らを救う程の力が無いのが間違いなのでしょうか!」
悲痛な声が彼の耳朶を打つ。
スモーカーは葉巻を口から外すと、煙を吐く。
「間違いじゃねえよ」
「でも!じゃあなぜ私はこうも無力なのでしょうか!なぜ他の方が正義をなしているのを指をくわえてみているだけなのでしょうか。何故!何故!何故私の正義は正義ではないのでしょうか!おかしいじゃないですか。間違っていないのに正義じゃない何て」
たしぎのそんな様子にスモーカーは頭をガシガシとかく。
「はあ、正義に正しいもくそもあるか」
「何を言っているんですかスモーカーさん!」
非難するようにたしぎは俯かせていた顔を上げ、その濡れて瞳でスモーカーを睨む。
「毎回同じことをどいつもこいつも言いやがる。言っておくぞ。海軍に妙な夢を見るな。所詮正義というあやふやなモノを掲げる集団だ」
たしぎの頭にその手を乗せる。
「いいかたしぎ。お前の正義はお前のもんだ。何のためにこの海軍に入るときに己の正義を決めて入隊すると思っていやがる。覚悟を決めるためだろが。それを今更、他人の正義を見て揺らいでんじゃねえよ」
「ですが!」
「黙れ!力が無ければ正義は型なしだ。それは確かにそうだが、それでも貫き通すことに意味がある。力があっても貫き通せねえ正義は結局正義足りえねえ。揺らぐな。悔しさを感じても揺らぐな」
「例え、自分の正義が貫けなくてもですか!」
「力がねえのは罪じゃねえ。暴力を振るうのが罪だ。勘違いするなよたしぎ。アラバスタの一件から揺らぎ過ぎなんだよ」
スモーカーは目の前の努力家に苦言をていす。
「まったく。あの一件以降自分を追い込み過ぎだ。出来ることも出来ないこともあるに決まってんだろうが。それを忘れろとは言わねえ。だが、自分に足りねえと思ったならそれを補えるように努力すればいいだろうが」
「きれいごとは結構です。私じゃあ足りないから、努力しても足りないから……」
たしぎのメガネを突如取り上げるスモーカー。
「ちょっ!いきなり何するんですか!」
「たく。メガネの調整が出来ていないんじゃねえのか?それともこれは伊達か?」
「そんなわけないじゃないですか!返してください」
スモーカーの伸ばす先にあるメガネを取ろうと跳ねるたしぎに、スモーカーは顔を近づける。
「なら目の前にいるモンくらいちゃんと見やがれ。お前の貧弱な正義くらい何とかしてやる」
スモーカーは至近距離でそう言うと、たしぎにメガネを掛ける。
一方、いうだけ言って背を向けるスモーカーを見るたしぎは、そっとそのメガネの縁を触り、暫く動きをとめていた。
「はっ!貧弱って何ですか!それとタバコ臭いです」
「揺らいでんだろうが!それとこれは葉巻だ」
「たく」そう悪態をつきつつスモーカーはグランテゾーロを見つめるたしぎの横顔をそっと盗み見る。
「まだ足りねえか」
彼は幾分かましになった部下の顔を見ながらもそう呟き、自分も目の前の攻撃を拳を握りしめて見つめる。
「もっと力が必要か。……上に行くぞたしぎ」
「ええ、そうですねスモーカーさん」
二人は燃え盛るグランテゾーロを見つめるのではなく、既に消えた船の残骸のあったところを見るのであった。