天竜人は地に落ちた。まがねちゃんはそう嘯く   作:kurutoSP

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まがねちゃんは囁くだけ

 人を堕とすものは常に欲望である。

 

 その欲望が他人から見れば如何に高潔であろうと、それがどんなに大切な意味を持とうとも、その根幹は変わらない。

 

 だから人はどんなに覚悟しようが、どれだけ自分の進むべき道が見えていようが、そこに誘惑する者が現れてしまうと道を外れてしまうことがあるのだろう。

 

 だからか、まがねちゃんの差し伸べるその手を払いのけるのは困難である。

 

「仲間にならない?」

 

「ふざけないでください!今ここであなたを逮捕します」

 

 例え一度その手を振り払えても、その代償に人は必ず悪魔にその感情を知られてしまう。

 

「力が欲しくないの?」

 

 手を振り払うだけでは意味が無い。悪魔を払えなければ意味が無い。だがそんなことが出来る人間はほとんどいないだろう。

 

 だから、その差し伸べられるその手にいつしかどんな人間でも魅力を感じ、無意識のうちのその手に自分の手を伸ばすのである。

 

「よろしくね。---ちゃん」

 

 悪魔はその高潔な魂を汚し、己がものとした時、不気味に微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まがねちゃんはテゾーロから得た莫大な資金を使い組織づくりをしていた。

 

「メンドイ!飽きた。人殺したい。それもむごたらしく」

 

 彼女は広げた書類を全て放り投げると、自分の背後にある窓を全開にする。

 

「と言う訳でぇ~、皆派手に死んで貰いまーす。よ!たまやー」

 

 突然の爆発音が鳴り響き、彼女が潜伏していた場所に血と硝煙の臭いが立ち込め、その場にいた者は何も理解できないまま、彼女が窓から消える際に彼らに見せた不気味な笑みが最後の光景だったのである。

 

 そして彼らは死んだ。

 

 彼ら自身は何で死んだか分からないだろうが、その場から離れていた彼女には何が起きたのかよく分かった。

 

「ヒュー。砲弾一発粉々だねぇ」

 

 彼女が窓から飛び出し着地した後、「よ、かぎやー」といいつつ、その砲弾を放ったであろう海上に浮かぶたった一隻の軍艦を見る。

 

「うんうん。これだけミンチにすればもう何が何だか分からないだろうね」

 

 彼女は燃える建物を見ながら、けらけらと笑うと、悠然とその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵基地の戦力の無効化及び、占領に成功しました」

 

 一人の海兵が船上で敬礼をし、戦況を報告する。

 

「そうですか」

 

 その報告を受けるのは何故か曹長であるはずのたしぎであった。

 

 だが、この場の人間は全て彼女を上官として振る舞い、実際に彼女が指揮する姿は、彼女がこの船の指揮官であるのは疑いようがない。

 

 これはアラバスタの一件をスモーカーが妥協した為、たしぎとスモーカーの階級があがっていることに起因し、そして今回の襲撃はたしぎが情報を掴み、それを上官たるスモーカーに作戦を提案して実行した為、軍艦一隻が彼女に貸与されたためである。

 

 勿論本来ならスモーカーが指揮を執るべきだが、彼はアラバスタの一件で英雄にこそなれど、自由すぎる行動が目立ちすぎ、今回の件はあまりにも確証の無い情報の為、彼自身が動くのは好ましくなかったため、たしぎ単独で行くことになったのだ。

 

 同時に、なぜそんな確証の無い情報に軍艦一隻とは言え、たしぎの指揮権に入っているのかと言えば、今回の襲撃する相手が海軍に対してなめた真似をしてくれたまがねの情報だったからだ。

 

 海軍上層部としては、万が一情報が本当だったら奪われた金が手に入るし、失敗しても自由すぎるスモーカーの行動を縛るようにできる。どちらに転んでもいいのだが、それでも無駄な戦力を使いたくないため、たしぎと彼女の部下たちだけでの作戦行動となったのだ。

 

 だが、この作戦は上層部の失敗という思惑を外れ成功してしまう。

 

 たしぎは大量の財宝と、数多のまがねたちの部下と思われるモノの殺害に成功したのだ。

 

 この功績により、彼女と、その上司であるスモーカーは有能さを示すことになり、欲していた力、発言力を増すことに成功する。

 

 

 

 

 

 

 上層部への報告を終えたスモーカーはドカリと自分の席に座ると、煙をふかす。

 

「しかし、情報が本物でよかったぜ」

 

 一息つき終わり、彼は目の前にいる部下をちらりと見ながら、疲れたのか肩をぐるりと回す。

 

「ええ、情報を掴んだ私が言うのもなんですが、本当にあって良かったです」

 

 視線を向けられて、スモーカーが信頼する部下たしぎはホッとした様子で応える。

 

「別に無くても俺たちが責められることなんてないがな。元々あそこは不審船の情報が入っていたし、件の島はさらに無人島のはずだ。ここに人がいるだけでもう怪しいって言ってるもんだ。あの女じゃなくても何かしらの問題のある島の可能性があったんだ。そこら辺は問題ねえし、心配する要素なんざねえよ」

 

 安心している部下を見て、此奴は何をそんなに心配しているのか、そう思うスモーカーは呆れたように、たしぎから与えられた情報の裏付けのために集めた情報を机の上に広げる。

 

「………スモーカーさん。私聞いていないんですけど」

 

 机にばら撒かれた書類を見て、少しずれたメガネを掛けなおし、ジト目で見つめるたしぎだったが、彼は彼で一仕事終えた後なので、仕事場にもかかわらず、吸う葉巻を楽しそうに選んで、彼女の無言の圧力も全く効いていなかった。

 

 既に、仕事モードから抜けきっている彼に、海軍上層部が頭を悩ます不良的部分が出たスモーカーに、彼女は海賊が暴れていること以外を言っても無駄なのは分かりきっている。それが無ければ、仕事も見た目からは想像しにくいがとても出来るし部下思いのいい上司なのだが、そう思いつつもこの行動こそが彼らしさなのだとも理解できるため、彼が机にばら撒いた資料を片付ける。

 

「まったく。同期のヒナさんを少しは見習ってほしいです。報連相は基本でしょうに」

 

 まあ、それでも完全に納得できるわけではないので、自分と同じ女海兵で、戦績もさることながら優等生の評価を得ているヒナと比べて言うくらいは仕方ないであろう。

 

「たく、ヒナと同じようにグチグチと正論並べやがって、堅苦しいのは上司どもと同期だけで十分だ」

 

 煙が不味くなる、そう言い顔をしかめる彼を見て少しは効いたことにスカッとし、たしぎは書類をササっと纏めて部屋から退出するのだが、彼女は彼に背を向けたからその時何が起きていたのか分からない。スモーカーがその程度の説教の類に耐性が無いなどと言うことがあり得ないことなど、真面目で怒られることを先ずしない彼女には理解できないためしょうがないが、彼女の攻めは甘かった。

 

 すぐに背を向けたたしぎの背後で彼の手は着々と次の銘柄を取り出し、既に灰皿には灰が積もっており、彼の行動を止めるには至っておらず、効果はその顔と声だけ、つまり痛くもないのにはたかれたらイタッと言って追撃を避ける程度のモノでしかない。

 

 だが、たしぎはそれに気が付かず、達成感に包まれながら部屋を後にする。

 

「全く上に行くんですから、これで少しは上司の在り方を学んでほしいですね」

 

 彼女は廊下を歩きながら、出来る上司の下では、部下もできなければと、時間節約のために、今回の情報を後々詳しい報告書として上げるためにも、目を通す。このあたりの有能さと、生真面目さがスモーカーの奔放さを支え、助長しているのだが、彼女は気が付かないし、それが彼女の持ち味なので致し方が無い。

 

 そんな、スモーカーの態度改善に対してほんの少しだけの勝利を噛みしめ笑顔であった彼女の顔は一枚の不審船の写真を見るとその顔に影りが映る。

 

「これは……、いえ、分かっていたことです。それでも上に…、正義のために」

 

 接収された船には無い不審船であることから、商売相手と推測されるとメモされたその船の写真がのる報告書を彼女はその報告書を握る手に力を少しばかりかけるも、そこで一旦躊躇するも、結局クシャリと握りつぶすと、ポケットにしまう。

 

「さて、忙しくなります」

 

 気を取り直す様に彼女は明るく、それはあの部屋で見せたのと同じ笑顔を浮かべると、他の資料に目を通しながら資料室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日提出された書類には、海軍が今回の作戦により得た利益と戦績が強調されて書かれた書類が上奏されたが、そこに至る過程として得た情報は一部不確かなモノであり、推論を重ねただけというモノであり、この書類を見た上層部の面々はスモーカーの判断力とその悪を逃さない嗅覚、もとい勘に素直に感心しつつも、彼の行動はやはり軽率だったと判断する者も少なからずいたが、彼らが得たこの戦功が放つ圧倒的輝きを曇らせるものではなかった。

 

 そこには不審船の写真はおろか、その情報すら乗っておらず、周囲の海域に不審な影の目撃情報ありとしか書かれていなかった。


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