色ボケのガッシュ 作:ぜがるん
「ぐえ」
清麿は浮遊感を味わった後、地面へと落ちて尻餅をついた。
景色が変わってないことに唖然とするも、そこは天才清麿。無様な姿を晒しながら、直ぐ様状況を把握した。隣にガッシュがいない。簡単なことだった。
ガッシュの馬鹿野郎ミスりやがった。
いや、自分の責任でもあるが、置いていったことは許さん。
「え、あなた……え?」
格好つけて去るつもりだったのに、現実はこれだ。
清麿は泣きたくなった。しかし、そんな暇はない。
とりあえず、ヤることは一つ。
「どうか見逃してくださいっっ!!」
「えっ?え?……あ、これが土下座なのね…初めて見た…」
「こちらをどうぞ」
「どうも、すみません」
グラスに冷水を注いでくれた執事に、清麿は礼を言う。
清麿が案内されたのは客間ーーではなく、シェリーの自室である。
奥にある寝室のベッドには、ココが眠っている。
「…改めてお礼を言わせて下さい。…本当に……本当に、ありがとうございました」
「…」
ここに案内されるまでも、何度もお礼を言われていた。しかし、その度にシェリーの気持ちが伝わってきたので、何も言えなかった。
今でもそうだ。泣き晴らしてほんのり赤くなった瞼に綻んだ表情。
清麿が知っているのは、いつも凛として不敵に構えている姿だ。こんなに表情を崩した彼女は、未来でも見たことはなかったはずだ。
「…ぁ、自己紹介がまだだったわ。私はシェリー、シェリー・ベルモンド」
「俺は…高嶺清麿。日本の中学生です」
「…年下?それに四つも離れているなんて…清麿は大人っぽいわね。…ほら、アジア系って童顔でしょ?同じくらいだと思ってた」
「あ、いや…シェリーは大学生?」
「休学中だけどね」
「そうなんだ」
「うん、そうなの」
「そう…」
「そうなの…」
「…」
「…」
沈黙。会話が続かない。
当たり前である。清麿にとっても、未来の記憶は有れど、ほとんど初対面みたいなものだし、シェリーからすれば、まるっきり初対面である。
困った清麿は、少し離れて立っている執事を見た。微笑みを返された。
「清麿のパートナーの魔物の…子ども…?かしら?…パートナーは、あのマントの人よね?」
「ああ、ガッシュって言うんだ。…あの姿は術でああなっているだけで、本来はこのくらい」
清麿は手でガッシュの大きさを表した。
「それならまだ納得できる…かしら?うん、だって、私より上に見えたもの、あの子。…ふふっ」
「ははは…だよなぁ」
「ふふっ…。私のパートナーは、ブラゴっていうの。年は清麿と同じくらいかしら。もう少しで戻ってくると思うんだけど…」
「あー…うん」
「どうしたの?」
「いや…少し不安で」
「大丈夫よ。あなたは恩人だもの」
窓越しに見える空は、紅に染まっている。
しかしブラゴ、ブラゴか。
清麿はブラゴのことをあまり知らない。鮮明なのは、最初の出会いと最後の決戦だ。
あ、そういえば、最初に比べると身長凄い伸びてたなあ。
あと、未来の記憶のせいで妙な罪悪感がある。あくまで未来の出来事であって、今の自分には関係ないというのに。
「…ココは、明日には目が覚めるのよね。夜中の三時半頃に」
シェリーが覗き混むように見てくる。
先ほど、不安そうにココを見つめるシェリーを安心させたくて、つい能力を使ってしまったのだ。いや、自分でも気づかない内にアンサー・トーカーを使っていた、というのが正しいか。気づいたときには、もう声に出ていた。
「…うん。時間はともかく、ココが目を覚ますのは間違いないさ」
「…ありがとう。夜中の三時半まで起きていないとね」
くすぐったくなるような笑みが返ってくる。
シェリーも本気にはしていないようだ。その方がありがたい。
能力を話すつもりはないし…話せるわけがないのだ。ストーカーが比較の対照にならないくらい、これは常軌を逸したものだ。
話せるはずがない。
此処に来た経緯の説明も問題はない。シェリーに此方の情報はないからな。何とでもできる。
それよりも、此処から戻れるかどうかだ。条件を満たしていないため、アンサー・トーカーは使えない。
だが幸いと言うべきか、本は手元にある。本来ならばパートナーがいない時点で不味い状況だが、シェリーならば大丈夫だと断言できる。
まずは、明日シン・ラウザルクを試してからだ。
「あ、ブラゴが帰って来たみたい」
胃がズキズキしてきた。
+++++++++++++
昨日の夜、清麿から電話があった。
シェリー達ならば大丈夫だろうと思っていたが、万が一ということも考えていたため、正直ホッとした。声は何やらビクビクしていたが。
母上殿には、友達の家に泊まってくると説明していた。母上殿は清麿に友達が出来たのが嬉しかったようでニコニコしていたが、執事殿に電話が代わってからは恐縮していた。
電話が終わった後も「清麿、凄いお家に泊まらせていただくみたい…」と難しい顔をしていたのだ。
「ねぇ、ガッシュっほら見て見てっ」
「おお、やるではないか。さすが、こるるなのだ」
「えへへ」
昼頃に母上殿は出かけ、家にコルルと二人となった日曜日の午後。子どものコルルと、それよりも小さくなっている余だ。さすがに外出はしなかった。
どのみち、シン・ラウザルクが使用可能になるのは夕方頃だ。
今は母上殿が作ってくれていたお弁当を食べ終え、昨日に引き続き魔力を消す訓練をしていた。そして、光明を見いだしたのだ。
コルルは頑張っていたものの、すぐに習得できる速度ではなかった。そこで、昨日の清麿とのやり取りを思いだし、額を合わせて試してみた。
今の余は、所謂弱体化をしているため、賭けに出たところがあったが、結果は上手くいった。
余とコルルには、繋がりがある。いや、今の時点では、繋がりを感じているのは余だけだが、それが関係しているのは確かだ。漠然とだが、額を合わせた瞬間に本能で理解したと言うべきだろうか。ともかく、上手くいってよかったのだ。
伝えたのは感覚だけ。しかし、やはり確固としたイメージが有ると随分と違うらしく、コルルの成長は劇的と言ってもいいほどであった。
この様子ならば、あと数日の内に魔力の操作は習得できるだろう。そうなれば、コルルの本の持ち主ーーしおりと会わせねばならない。…寂しいが、これもコルルの成長のためだ。
「ガッシュ?どうしたの?」
「ぬ?」
「しょんぼりしてるよ。…ほら、おいで」
コルルが大きく手を広げて、手招きしている。さすがコルル。この頃から聖母のような微笑みを携えていたとは。
気恥ずかしいが、コルルがせっかくしてくれているのだ。甘えさせてもらおう。
今の余は、コルルより小さい姿だ。何の問題もないのだ。うぬ。
温かな感触に包まれうとうとしていると、身体がゆっくりと光り始めた。
「え!?なにっ」
「コルル、おこして、すまぬ。きよまろからのおよびなのだ」
十秒ほどかけて、光が収まる。
慣れた高さになっていた。
しかし、離れているためか、変化が遅かった。いや、できただけでもよかった。
「では、行ってくるのだ。すぐに帰ってくる」
「…うん。絶対すぐに帰ってきてね。…大人のガッシュ、凄くかっこいいよ」
「~~っ、う、うぬ。待っておれ」
ガッシュは、コルルの頭をひと撫でしてから、フランスのシェリーの家へと跳んだ。
跳んだ先に、清麿がいた。しかし、その姿は万全とは言い難く、見る限りには弱っていた。
そんな清麿の状態を見てもガッシュが冷静でいたのは、一重に、なんとも間抜けな光景だったからだ。
力無く座り込んだ清麿だったが、支えがあった。単直に言えば、ココの胸に埋まっていたのだ。
更には、そんな清麿の頭を、ココが頬を染めながら撫でている。
しかし、この場にココがいるということは、ある程度のことを話したのか。忌まわしい記憶がココに戻ることはないが、魔物のことを話した事実に、ガッシュは少し驚いた。
そして、目の端に映るシェリーの目は、鋭く、冷たかった。
なんなのだ、この状況は…。いや、それよりも早く帰らねばならぬ。コルルが待っておるのだ…!
ガッシュも正常とは言い難い状態である。
「清麿が迷惑を掛けたのだ。申し訳ないが、今は時間がないのだ。礼には後日伺わせてもらう」
「えっ?あ、ええ、そうね。また帰れなくなったら大変だし」
シェリーは納得したように言った。
そして、余のことをガン見している。
まあ、よいのだ。
「というわけで、行くぞ清麿。ほら、ゲスなことしてないで立て」
「う、うるせぇ…こっちは心の力使いすぎてこうなったんだよ…!」
「ぬ、そうか。それは悪かったのだ」
余の勘違いだったようだ。悪いことをした。この清麿は純粋な清麿だったのだ。
ガッシュはココにお礼を言って、清麿を抱き上げた。
そして、挨拶をして跳ぼうとしたところ、ドアの外から黒い影が現れた。
「おい、待て。お前本当にガッシュか…?」
「…うぬ、術でこうなっておる。久しぶりだな、ブラゴよ」
「あ…ああ」
「おぬしとは、いずれ王の座をかけて戦うことになるだろう。…この戦いの終わりに」
「………悪くねえな」
ブラゴは、ひと言残してドアの向こうへと消えていった。
ブラゴ、小さかったのだ。大きな姿に慣れていたせいか、何だか可愛いかった。
「清麿くん。て、手紙と電話もするからっ、その…」
「ああ、俺からもさせてもらうよ。楽しみにしてる。また会おうな」
何やら気になる会話が聞こえてきた。
まさか…というか、ココの表情を見れば分かるのだ。
「清麿、おぬしーー」
「ココと、友達になったんだ!なあココ?」
「う、うん」
清麿の顔は笑っていたが、余に向けられた目は笑っていなかった。「余計なこと言うなよ」と目が語っていた。
そんなことはせぬのに。
「シェリーも…またな」
「ええ…また」
こうして、今回の事件は解決した。
最後に…大人状態の余に、照れた様子で一生懸命話し掛けるコルルが愛らしくて可愛かったと言っておこうか。
ガッシュと清麿の闘いはまだまだこれからである。