色ボケのガッシュ 作:ぜがるん
清麿が入院した。高熱を出して、原因不明の衰弱、ということになっている。
が、原因はわかっている。
あの呪文だ。
昨日、家に着き、抱いていた清麿を下ろしたところ、そのまま力尽きるように崩れ落ちた。咄嗟にマントで包んで床との衝突は防いだが。
その時は、心の力を使いすぎたためだと思い込んで、そのままベッドに寝かせた。すぐに寝息をたて始めたものだから、それで安心してしまった。
それが、間違いだったのだ。余は、甘く考えすぎていた。
簡単なことだったのだ。只でさえ得体の知れない呪文、シン・の名が付く呪文ーーシン・ラウザルク。それをフランスから日本まで届かせたのだから、何もない訳がなかった。
間抜けなことに、気づいたのは夕食前になってからだ。布団をすっぽりと被っていた清麿を起こそうとしたところ、信じられないほどに熱くなっていた。
そして、清麿は病院に運び込まれたのだ。
「いや、もう大丈夫って言ってんだろ。感染症の心配もないし、念のためにあと二、三日入院なだけだ」
「うぬぅ」
清麿の体温は、一日で平熱に戻っていた。本人は至って元気そうには見えるが…腕に繋がれた点滴が目に入って、素直には喜べなかった。
「それよりガッシュお前…ココに言いやがってこの野郎」
「いや…の?情けないことに余も動転しておったのだ。あの時は余、小さくなっていたし…つい、ぽろっと…」
「あ?」
「…すまぬ、この通りだ」
「全くだよ。電話越しに泣いてたんだからな、アホガッシュ」
「ぬぅ…」
どうにも、その時の身体の大きさに精神が釣られがちである。夜に掛かってきた電話で、ペラペラと話してしまっていた。
清麿の入院三日目、火曜日。
ガッシュはモチノキ町にいた三体の魔物を魔界へと帰した。
内約は、魔力感知にひっ掛かった魔物達ーー順に、植物を傷つけていたスギナ、悪事に利用されていたレイコム、可愛らしい見た目で騙そうと近寄ってきた犬の三体だ。
「清麿、その腕は…?」
「見れば分かるだろ。折れたんだよ…」
この日、見舞いに行ったガッシュが見たのは、左腕を包帯で固定された清麿の姿だった。よく見れば、右手も二本の指がぐるぐる巻きになっている。
どうやら、高所から落ちた子どもを助けて、こうなったらしい。同室の、清麿に助けられた小学生ほどの少年が、うつむきながら語った。
「ごめん、清麿…やっぱりおれ…」
「もういいって言ってんだろ。ったく、お前が蒸し返えすからだぞガッシュ」
「でも、本を隠さなかったらこんなことには…」
「じゃあ…勇太。さっきの約束に追加だ。俺が嫌いな物もお前が食べろよ、それで終わりだ。…な?」
「…っうん。…食ってやるさ!!清麿の嫌いな物も食べて早く治すから!」
「待て、声がでかい」
ガッシュは見た。
部屋の外から様子を覗いていた、ナースキャップの長身女が目を光らせたのを…。
清麿入院六日目、金曜日。明日退院予定である。骨折したために、清麿の入院は長引いていた。学校に通えるのは来週からだ。
ついにコルルは魔力の操作を習得し、出歩いても他の魔物に察知されないレベルまで成長させていた。
よって、コルルのパートナー探しが始まった…が、コルルは乗り気ではなかった。
「ガッシューもっと押してー」
「うぬー」
「きゃーーーー!」
ガッシュは、コルルと公園のブランコで遊んでいた。かれこれ三十分ほどになるだろうか。ずっと押しっぱなしである。
ガッシュは悩んでいた。コルルもパートナーを探そうとはする。しかし、その姿はあまりに弱々しく、不安に濡れていた。自分の手を握る手は、ぎゅっと強かった。
昨日の夜だって大変だったのだ。
『ガッシュ…わたし、じゃまなのかな』
そんな訳はない。ずっといていい。
思わずそう言いそうになった。
歯を食いしばって耐えた。
そして、心を鬼にしてーー結局、コルルを強く抱き締めたのだ。
『コルル、余はおぬしが好きだ』
『うん…』
『おぬしが戦いたくなければ、余はこの命を賭けてでもおぬしを守る。この暮らしも望めば続けられるだろう』
『うん…』
『でも、それではいけないのだ。…わかるな?』
『…うん』
『うぬ、流石はコルル。お利口なのだ』
『うん…えへへ』
『よしよし』
『えへへー』
『ぬ…おほん。…余達、魔物の心は半分…パートナーの人間の心と合わさって一つになる。余と、清麿を見ていればわかるだろう?』
『…うん。…私にも、できるかな…?』
『うぬ、コルルは優しい子だ。パートナーとなる人間が優しくないはずがないのだ』
『…もし、意地悪な人だったら?』
『余が、懲らしめてやる。それでもコルルが嫌なら…その時は余と一緒にいればよいのだ』
『…うんっ』
夕方、人通りの多い場所で、ガッシュとコルルはパートナー探しを始めた。
コルルが一生懸命に声をかけるも、気づく人は稀だ。数人、本を見るところまではいっても、文字を読むことのできる人間は現れなかった。
そして、運の悪いことに雨が振りだしてきた。
「多分夕立だろう。しばらく雨宿りだなコルル」
「うん…びっくりしちゃった。急に降ってくるんだもんね」
雨宿りすること十五分。雨は一向に止みそうになかった。
「雨、強くなってきちゃった」
「ぬぅ」
そう言ったコルルは少し嬉しそうで、足下に出来た浅い水溜まりに、ちゃぷちゃぷと靴を付けて遊んでいた。
あと一時間もすれば、母上殿も帰ってくるだろう。このままここにいて、心配を掛けさせる訳にはいかない。
しかし、コルルを雨に濡れさせる訳にもいかない。どうしようかと考えてーー閃いた。マントで傘のようにすれば…いやそれは目を引く、マントでコルルだけでも包んで余が抱えて帰ればーー
「あなた達、二人で雨宿り?お母さんは?」
きっと、これも運命だったのかもしれない。
コルルを見れば、唖然としていた。感覚的に、この者が自分の本の持ち主だと理解したのだろう。
声の主を見れば…記憶にある顔だ。清麿よりも年上に見える。高校生だろう。傘を差して、心配そうにしている少女がそこにいた。
少女ーーしおりの家まで行き、傘を借りて清麿の家へと帰った。明日、傘は返しに行くと約束をして。
魔物のことは、その時に話すつもりだ。
「コルル、優しそうな者でよかったの」
「…うん。……あれ、何でガッシュはわかったの?」
「余には、コルルのことは何でも…とはいかないが、わかるのだ。だからであろう」
「…そっか。…ねえ、優しい人…だよね?」
「コルルがそう思ったのならば、きっとそうなのだ。それに、余にもお人好しにか見えなかった。だから不安も感じなくていいのだ」
「…うん」
世には、流れというものが存在する。
到底受け入れられないことであったとしても、ある流れでは、それは受け入れられる。
そして、その逆もあるのだ。
魔本に選ばれた人間は、総じて魔物の心の形と合うようになっている。たいていの場合、魔物は受け入れられる。
しかし、例外も存在する。
余が知っている中でも、先日に倒したゾフィスはそれに当たるだろう。
本の持ち主に選ばれたココは、戦いを望まなかった。
戦いを望むゾフィスを拒絶した。
しかしそれも、何かの拍子にーー例えばゾフィスが、他の魔物に襲われているココを助けたとしたら。そうなれば、ココは望みはしなくてもゾフィスを受け入れたかもしれない。
そんなことを、ゾフィスを倒した後に考えた。
ーーまあ、結局ゾフィスは、性根が腐っていたからどのみちココを自分のいいように操っていただろう。だから別に、後悔はひと欠片も感じないのだ。
“前”の時の出会いは、未来のコルルから聞いていた。ゆえに、しおりの家庭環境も知っている。そのために心配はあまりないがーー
やはり明日になってみないと、わからない。
「大丈夫だよね、ガッシュ」
「勿論なのだ、コルル」
ガッシュの“戦い”、清麿の“闘い”、そしてコルルの“たたかい”はこれからである。