ボスの部屋は左右の幅約二十メートル、奥行き百メートルの長方形の形をしていた。
高さはおおよそ十メートル弱といった所だろう。
遮蔽物は無し、大扉は閉まっておらず、いざとなったら走って逃げる事も不可能では無いのは茅場の親切か気まぐれか———あるいは
その中央付近で、金属と金属が激しく衝突する音が響き、大きな声を上げて戦うプレイヤーと、赤銅色の肌の巨漢のコボルドの王、イルファング・ザ・コボルド・ロードが戦っていた。
「B隊ブロック!C隊スイッチの準備!」
ディアベルは絶え間なく各隊に指示を出し、順当に四段あるボスのHPバーを削っていく。
最初はコボルド王の巨躯に圧倒され、おっかなびっくり戦っていたプレイヤー達も落ち着きを取り戻し、焦りは見られない。
全てはボス戦前に配布された"アルゴの攻略本 ボス編"とディアベルの卓越した指揮能力の賜物である。
恐るものなど何もないと言わんばかりの猛攻である。
一方、あぶれ者四人組は取り巻きのコボルドを殲滅していた。
コボルドのハルバードを焔とキリトがソードスキルで強く上に弾き、大きな隙を作る。
「「スイッチ!」」
合図とともに入れ替わりアスナと十六夜が弱点である首元にソードスキルを叩き込みポリゴン片に変化させ霧散させる。
もはやただの作業ゲームだ。
「飽きたな」
「イザヨイ、飽きたって……」
「あんなに嬉々として戦ってたのに……」
「しかも首チョンパでな」
この状況でこんな事を吐く十六夜に呆れ半分、感心半分。
十六夜は飽きて来たのか途中から首元を突くのではなく首を刎ねたり口の中にソードスキルを叩き込んだりもはやお見せできないような事で倒していたのだが、それも飽き飽きしたようだ。
「三本目!」
ディアベルの声が響き、ボスを見るとHPバーは三本目に突入し、追加のコボルド三匹が壁の穴から這い出てくる。
「チッ、デザートも同じ雑魚コボルドかよ」
「文句言わないでちょうだい」
十六夜が飽き飽きしているのはいくつか理由がある。
一つ、これまで同じコボルドを狩り続けた事。
無論、このコボルドは"ルインコボルド・センチネル"と言い、ここでしか現れない強敵であるが、流石にこれだけ出てくると飽きてくる。
二つ、ボスと戦えない事。
これは戦術的に仕方のないことといえ十六夜を萎えさせた。
生存、勝利が第一であるため十六夜も理解しているがやはり不満は拭えていない。
三つ、アルゴの攻略本のまんまである事。
攻略本はベータテストの時を準拠にしている。
無論、そのままの方が戦いやすいし生き残る確率も大幅に上がるが、エンターテイナーとしては二流であると十六夜は吐き捨てた。
(いや……これからか?)
十六夜の脳裏になんとも言えない不安がよぎった。
(ここから見る限りだがボスの行動も、武器も、雑魚コボルドの数も、
だが、何を変える?
もうそれは一つしか残っていない。
コボルド王の武器。
コボルド王はHPバーが減ると武器を骨斧と皮の盾から曲刀、タルワールに持ち帰ると攻略本に書いてあるが、これはあくまでベータテストの時そうだっただけだ。
(しかし……ボス武器の何を変えるか?流石にいきなり蛇腹剣やウルミと言ったインパクトはあるがキワモノすぎるのはボツ、かといって薙刀やハンマーみてーな長物武器は余りにも曲刀からかけ離れていし、なんせゲームが"ソード"って付くくらいだから第一層ボスは剣カテゴリの武器を使うのがベタ……)
しかし、答えは出ない。
いかに十六夜といえど情報が足らなすぎた。
剣だけでもバスタードソード、フランベルジュ、レイピアなど多すぎる。
ついに、ボスのHPバーが赤く染まった。
ボスは一際大きな雄叫びをあげ、斧と盾を投げ捨て腰の得物に手をかける。
「あ、ああ……!」
キリトがうめき声に似た声をあげ、ボスの手に持たれた武器を注視している。
「どうした?やっぱり……あれは曲刀じゃないのか?」
「あれは……曲刀なんかじゃない……ぜ、全力で———」
キリトが出来る限りの声を出そうと無理矢理に仮想の空気を吸い込み、叫んだ。
「全力で後ろに飛べーーー!!!!」
キリトの声は、最後を飾ろうと飛び出していたディアベルの耳には届かなかった。
声は空虚にボスのソードスキルサウンドエフェクトに掻き消された。
コボルド王の巨躯が高く垂直に跳び、空中で身体をひねり出す。
落下するとともにそのエネルギーは六つのライトエフェクトに変わり、広がっていく。
あとで十六夜は知ったが、あれは"旋車"というソードスキルらしい。
「あれは……異形だが刀か!」
曲刀と刀は全く違う種類の武器で、知名度の高い日本ではメジャーな武器だが現在はプレイヤーには使用不可である敵専用スキルである。
吹っ飛ばされたディアベルに追撃の手が迫る。
援護に向かおうと何人かのプレイヤーは動くが、間に合わない。
この状況でボスの攻撃を受ければ致命的な危機に陥ってしまう。
その時、謎の閃光がレイド隊の頭上を通過しボスの持つ刀———野太刀の先端に激突し、発動しかけたソードスキルがキャンセルされる。
カランカランと閃光の正体と思われる物体は音を立てて地面に落下した。
「は、ハルバード……?」
「何処からだ?」
ザワザワとレイド隊が騒ぎ出す。
「よし、当たったか」
十六夜はそう呟いた。
ハルバードを投げたのは十六夜だったのだ。
しかし、十六夜が持っていた武器は片手剣だった筈だが……
よく見ると、十六夜の隣には『俺どーしたらいーんだよ』と言いたそうな雰囲気を出しているコボルドがいた。
つまりはコボルドから奪い取って投げた訳なのだ。
しかし、この世界でハルバードを投げる事などできるのだろうか?
(いや、理論上なら不可能じゃない。たしかイザ兄は"投剣"のスキルを取っていた。ならできる……けど———)
まず槍を投げようなどと考える人はベータテストでも今でもただの一人として存在しなかった。
まず、投剣専用の武器があるに関わらず槍投げるなどあり得ない。
槍を投げるということは自分の持つ武器を投げるに等しい。
コレを十六夜は
もうこの時点でおかしい。
「相変わらず頭は良いけどバカというか無茶苦茶というか……」
焔が十六夜の元に駆け寄った時には十六夜は既に瀕死のディアベルを回収し、口にポーションを詰め込んでいた。
モガモガしているが大丈夫だろうか……
「……死んだか」
「いや生きてるよ。しかもトドメ刺したのイザ兄じゃ……?」
ディアベルは危機を脱したようだが、スタン状態に陥ったようでまだ動けそうにない。
「す、すまない……」
「おう、あとで治療費請求するからな。いつか
十六夜はチラッとボスの様子を伺う。
するとボスはある一人の少年と戦っており、ほとんど全てのプレイヤーにとって初見である刀による攻撃を全て見切って行動している。
(キリトか……。初見でここまでできるヤツはまずいない。すると、初めから知っていたと考えるべきか……おそらくベータテスター、しかもその中でも抜きん出た存在か……)
キリトの手慣れた動きからして助太刀は不要だろう。
徐々にレイド隊の体制も戻りつつある。
「死者は無しか……。やれやれ、こんなんであと九十九回、フロアボスを倒せるのか?」
こうして、初めてのフロアボスは打倒され、二層への道が開かれた。
しかし、不安分子はまだぬぐい切れていない。
ここは第一層、すなわちゲームで言うところのチュートリアルの層。
それを突破しただけなのだ。
いや、今はいいだろう。
しばし、勝利の余韻に浸るのも悪くは無い。
お知らせ
第一層が突破されました。十六夜、ボスに攻撃してないけど!
次回はこのまま第二層に進むわけではありません。
プログレッシブやってもいいんですけどまだ内容がどこまで十六夜を突っ込んでいいのか見極め切れてないので、しばらくオリジナルに入る予定です。
今後ともよろしくおねがいします。