孤児院、カナリアファミリーホームから十六夜が姿を消した事があった。
いや、その事自体は別段問題ではなくいないことの方が多かったのだが、今回は少々異質だった。
創設者である女性、金糸雀が鬼籍に入った時、管理やら権利やらを高速で十六夜は処理した。
孤児院の権利書を十六夜が孤児院の出資者の中で一番信頼している大企業・丑松商事の会長である丑松の御爺に託したのだ。
ドン=ブルーノとマダムに子供達に目をかけてくれるように頼み込み、焔と鈴華に後を頼んで姿を消した。
この時、二人は思った。
『ああ、もう帰ってこないつもりなんだ』
少し寂しい気もしたが、一つの巣に収まっているような人じゃないということを知っていたためむしろ声をかけて行っただけ珍しいと感じた。
次に十六夜と二人が再開したのはその三年後であった。
きっかけは、丑松の御爺が心不全で死去したことだ。
十六夜は偶然日本に帰ってきてただけと言っていたがきっと御爺の訃報を何処かで聞きつけたからだろう。
それも、ただ帰ってきただけでは無く、当時窮地に陥っていた孤児院にとってデカイ土産まで引っさげて———
2022年 私立宝永大学付属病院、特別病室
焔と十六夜の二人はSAO事件当初は政府の対策チームが手配した別の病院にいたがある特殊な事情があるからと二人の関係者が少々強引に(違法性はないが)この病院に移した。
彩里鈴華は病室の花を交換しながら大きなため息をついた。
「はあ〜、焔が巻き込まれたせいで孤児院で分担していた業務が増えて面倒だなー。早く起きて働いてくれると嬉しいな」
「……十六夜さんを心配しないんですか?」
「え?なんで?彩ちゃんも知ってるでしょ?殺されても死なないような生物だから、頭のヘルメットでレンチンされても多分ケロッとしてるさ!」
彩ちゃんもとい久藤彩鳥は呆れ半分納得半分といった様子で笑った。
「しかし、頼れるイザ兄もこうなると厄介だね。こうして目の届くところに置いておかないとされるか分かったもんじゃ無い!」
「本当にそうですね、どこで恨みを買われているか分からない人ですから。この部屋の窓も狙撃対策に対物ライフルを完全防御する防弾ガラスに変えることになりましたし」
十六夜は、多くの組織にとって面倒な相手としてマークされている。
ヤクザや裏カジノなどの裏社会の住人から果てはアメリカのCIAやロシアのFSBといった黒い噂が絶えない諜報機関まで。
一度、ヤクザが十六夜に対しての報復か何かで孤児院に来たことがあったが逆に十六夜にトラウマ植え付けられて以降誰もこなくなったという事を二人は知っている。
国家機関にまで恨まれていると彩鳥と鈴華は思ってないが、実際は結構恨まれている。
「流石にどんなヤーさんでも天下のエヴリシングカンパニーには攻めてこないと思うから大丈夫だね!」
エヴリシングカンパニー。
世界でも五本の指に入る多国籍企業であり、カナリアファミリーホームの出資者で彩鳥はそこの御令嬢である。
丑松商事が御爺の死去直後、出資を取りやめその他多くの出資者が手を引き、一時存続の危機に陥ったが十六夜がどんなマジックを使ったのかエヴリシングカンパニーという出資者を引っさげて帰ってきたのだ。
この病院も、エヴリシングカンパニーの系列だ。
あらゆる災害を想定した最新技術を取り入れている。
「これで十六夜さんと先輩に貸しを作れるのなら安いものです」
「まあ昔と比べて随分大人しくなったし、イザ兄も無下にはしないはず……」
十六夜は昔と比べるとかなり大人しくなった。
長い年月と経験がそうさせたのだろうが、本質は変わらない。
「「…………」」
不安だ。
「鈴華、万倍返ししてくる未来が見えるのですが」
「奇遇だね、しかも派手で嫌じゃ無いけどものすごくめんどくさい方向性で」
後のことを考えるのが少々不安になった二人は考えるのをやめた。
「あ、そうだ。彩ちゃん、ドンとマダムが一回お見舞いに来たいって言ってたからさ、話つけてくれない?ここは特殊すぎて関係者以外立ち入り禁止だし」
「はい、問題ないですよ。しかし意外ですね、あの二人がお見舞いに来たいと言ったのは」
「まあ二人のナーヴギアは元々ドンから譲り受けたものだからちょっと責任感じているのかも。何だかんだでいい人だし」
ドンは病室に来ても『迷惑かけやがってこの阿保』とか『他人に迷惑かけずにくたばるのが渡世人のルールだ』とか言ってきそうだが。
「あ、私もう帰らなきゃ。まだ書かないといけない書類とかあるのを抜け出して来たから」
「そうですか。私もこの後大学の講義があるので戻ります」
そう言って二人は病室が出て行き、病室は機械音だけが残った。
「……やれやれ、ようやく行ったか」
その男は、ベッドの下から現れた。
否、正確にはベッドの影から現れたのだ。
「ちょっと様子を見にきたら二人が直ぐに入ってくるとは……」
山高帽と燕尾服を着たこの男はやれやれとため息をついた。
どうやって最新セキュリティを備えたこの病院に、病室に入ってこれるのか謎だが、この男の正体を考えると何らおかしな事はない。
「久しぶりに様子を見に来たらなんてザマだ、十六夜君。金糸雀も草葉の陰で笑ってるぞ」
当然十六夜は答えない。
目をつぶり、呼吸を繰り返すのみである。
「いや、金糸雀ならここで『行って来なさい、君の知らない世界が待ってるわ』とでもいいそうだ。彼女はそんな奴だった。さて、私も暇じゃないんでね、これで失礼させてもらうよ」
彼は、神。
死神の一種。
南ハイチのヴードゥ教に伝わる神。
デスゲームに囚われた十六夜と焔にとって縁起の悪い存在だ。
名をクロア=バロン、又の名をゲーデ。
「……せいぜい、頑張りな小僧ども。たまに様子を見守ってやるさ、キハハハハ!」
器となった人間の口調が、本性である死神のものに変化する。
影のようなものが揺れ、そこに死神はいなかった。