陸話 疑惑のち神剣
アインクラッド 第三十二層
時間帯は昼間にもかかわらず薄暗く、濃い霧の漂う森が、この層の大半を占めていた。
常人なら入ることを拒むであろうこの森に、多くのプレイヤーが飛び込んでいく。
攻略のため、というわけではない。
いや、攻略のためでもあるのだが、プレイヤーの多くはこの層にある町に語り継がれているある伝説に惑わされている。
『この森の最奥に赤い果実が実る神木がある。その神木に光り輝く剣が突き刺さっている。この剣は鋼鉄すらたやすく切り裂く神剣である。これは神々の時代に作られた兵器で神が神木に突き刺した』
会話のなかではもっと物語調で語られたが内容は大体こんなものだ。
町の老人からこの話を聞いてクエストが始まる。
今まで多くのプレイヤーが探したが、一行に見つかる気配が無い。
それも、この層のある特徴が原因である。
「マッピング不可の層……こんなの有りかよ」
焔はぶっきらぼうに呟いた。
そう、この層はマッピングができないのだ。
故に、主街区以外の村を発見しても正確な位置が分からない。
町のNPC曰く、
『濃い霧が感覚を惑わし、入るたびに森が顔を変える』
とのことだ。
幸いにも、フロアボスが鎮座する迷宮区だけは主街区からそう遠くない位置にあった。
「アルゴも、『地図は作れない、お手上げだヨ』って匙を投げたからな。噂じゃ同じところをグルグル回っていただけの奴もいたな」
マッピング不可。
似たようなモノなら別の所にもあった。
例えば、三層に "
しかし、ここのは群を抜いて鬼畜仕様だ。
それはかなり大きな問題であったがそれでも、"鋼鉄をも切り裂く神剣"という魅力に取り憑かれ、が森に突撃する者が後を絶たない。
「"鋼鉄をも切り裂く神剣"か……」
「どうしたよイザ兄。欲しいならやるよ。俺は両手斧専門だから使うことはないだろうし」
「いや、そうじゃない。コレ、かなり有名な剣の伝説だなって思っただけだ」
あいにくと焔はその手の話にはあまり詳しくない。
有名な伝説の剣でパッと思いつくのはエクスカリバーが関の山だ。
「この、"赤い果実が実る神木"は多分リンゴの木だろ、多分。サクランボかもしれないが」
「まあそうだよな」
「北欧神話にこんな話がある」
シゲイルとシグニュー結婚の饗宴にオーディンが剣を携えて現れ、リンゴの巨木にこれを突き立て、引き抜くことが出来た者に与えると言った。
それは石や鉄をも容易く切り裂く剣で、シグルドがそれを引き抜いた。
「……まんま町で聞いた伝説じゃねえか」
「ああそうだ。剣の名前は"グラム"。龍殺しの魔剣。あるとすればここでも強力な武器として存在している可能性が高い」
十六夜もこの剣が欲しいと思っているが、いかんせん全く手がかりがない。
しらみつぶしに探してはいるものの、進んでいるのかわからない。
「次の村の情報を期待したが……そもそも村にたどり着けるのかよ」
「ま、我慢強く探すしかないか……おい、焔」
「なんだよ」
足を止めて、十六夜は剣を抜いた。
そして、少しヤハハと笑った。
「すまん、
「ざけんな!」
木だと思っていた物がいきなり植物系モンスターに変化した。
これは、モンスターの固有のスキル、"完全擬態"である。
発動中は索敵スキルに全く引っかからないという最悪のスキルだ。
二人はどうやらモンスターの巣に誘導されたようだ。
「さっすがテーマ"疑惑"の層だな!」
「言ってる場合かこの阿保兄貴!」
この層は、擬態モンスターで溢れ、更にほかのモンスターに擬態するモノ、プレイヤーに擬態するモノなど多岐に渡っている。
いつしか、"疑惑"というテーマをこの層は与えられた。
十六夜と焔が相対しているモンスターは、"ミミクリー・トレント"。
樹木に擬態する植物系モンスターである。
「雑魚だが囲まれると面倒だな……」
十六夜はチラッと焔を見た。
「まさかまた俺ごと斧振り回す気か!」
「正解☆」
ジリジリと焔に近づく十六夜。
後ずさりする焔。
「待て待て待て!囲まれたからってそりゃないだろ。芸がないぞ!」
「いいじゃねえか、俺たち兄弟だろ」
「ちくしょう!」
この後どうなったかは言わないが、焔のレベルが一つ上がった。
ようやく次の村にたどり着いた。
村は森の中と同じく薄暗く、NPC達も他の層と比べるとやや暗い雰囲気がある。
石造りの家にはびっしりと緑色の苔が生え、NPCショップの商品も何やら怪しい名前だらけである。
流石に二人とも満身創痍で即宿屋に直行し、休息をとるが、宿屋も不穏な雰囲気で満ちている。
「やれやれ……まさか偽の村に二回も遭遇するなんてな」
「ああ、面倒臭いことこの上ない」
偽の村、それは建物そのものに擬態するモンスターの集まりで、"カメレオン・ハウス"と言う。
もちろん、索敵スキルに引っかからないが、NPCが一人もいないため見分けるのは簡単だ。
しかし、この森で迷った挙句この偽の村に遭遇すると精神的疲労から判断力が鈍り、本物の村と錯覚する者も多いだろう。
数は多いが攻撃力も低く、体力も少ないので囲まれたとしても冷静に対処すれば問題ない。
この森で精神が保てるかどうかは別だが。
ともあれ、一先ず今日はここまで。
クエストの聞き込みは明日にし、休むことにした。
翌朝、朝食を済ませた二人は村の内部で神剣伝説の聞き込みを行おうと宿屋から出た。
まだ朝ということもあるかもしれないが、かなりプレイヤーが少ない。
おそらく、この村にたどり着くことさえ出来ていないのだろう。
(たまに見かける奴らは……何度かフロアボス戦で見た奴ばかりだな)
さて、村のNPCに話を聞いていくが、町で聞いた情報以上は出てこない。
中には、
「さあ……?てゆうか何ですかいきなり!こんな子供騙し信じてるんですか?馬鹿ですか?」
「このNPCぶっ飛ばしていいか?」
「待て待て待て!」
製作者の悪意を感じるようなセリフを吐くヤツまでいた。
一時間ほど聞き込みを続けたがやはり有益な情報は無い。
「……何か見落としているのか?」
「俺も聞いてたけど別段不自然なことは無かった。逆にここまで聞き込んで何も情報が出てこない方が不自然だ」
おそらく、アルゴもこの層に関しては大した情報は持ってないだろう。
そうなると、他のプレイヤーから知ってることを聞き出すしか無い。
「……でもイザ兄。他のプレイヤーから聞くったて誰から?」
十六夜は広場の苔まみれの岩に腰掛けて、辺りをキョロキョロと見回した。
「お、ちょうど御誂え向きのヤツがあそこにいるじゃないか」
全身真っ黒な服に一振りの片手剣を背負った剣士を見つけ、後ろから近づいて声をかけた。
「ようキリト。生きてたか、残念だ」
「……なんだ、イザヨイか。悪うございましたよ、生きてて」
突然声をかけられて少々驚いたようだったがすぐに落ち着きを取り戻した。
どうやら森を抜けてきたようで疲弊している。
「いや、イザ兄の冗談はスルーしていいから。ココでは生きていればなとかなるからな」
「ホムラはイザヨイと違って優しいな」
「いや、俺だって本心じゃ生きてて良かったって思っているぜ?なんせ、お前は弄りがいがあるからな」
十六夜はキリトの肩に手を置き、新しいオモチャを見る子供のように笑った。
「……これも冗談だよな?」
「……多分本心。だってアスナにも同じこと言って怒られてた」
その通り、本心だ。
(あー、なんとかしてキリトとアスナくっつけらんねえかな。こいつ等をくっつければ二人まとめていじり倒せるオモチャの完成だ……)
まあ、こんなことを考えていたりする。
「イザヨイ、何考えてんだ?」
「ロクでもないことだ。気にすんな」
気になるわ!というかキリトの叫びはもちろんスルー。
「で、何の用だよ?まさかそれ言いにきただけってわけがないだろ?いや、イザヨイならあり得る……か?」
「いやいや、聴きたい事があるんだよ。お前、神剣伝説についてなんか知らねえか?」
「あぁ、アレか。情報はあんま無いな。又聞きでいいならあるけど」
曰く、その剣は神々の時代に使われた兵器。
曰く、その剣は炎を纏った剣。
曰く、その剣は天を衝く大樹すら焼き払う。
曰く、神鳥を倒すためだけに作られた。
「……一貫性が無い。というか意味不明」
「だろ?だから巷じゃただの噂と思っているやつも多い。有ったとしてもそれはもっと上の層の話だって」
しかし、十六夜は気になった。
たしかに、層を跨いでイベントが進むクエストというものは少なからずあった。
三層から九層を跨いだ森エルフと黒エルフの話のように。
しかし、今回は少なくともシリーズ物だと十六夜は考えていた。
理由は簡単だ。
(層を跨ぐにしては情報が少し多い。これまでの傾向は情報を小出しにしてプレイヤーの興味を維持させ、時折重要そうなイベントを挟む事が多かった。だがこれは……)
十六夜は茅場晶彦をエンターテイナー、ゲームクリエイターとしての能力を信用している。
無論、やったことは許されることでは無いが。
「……ありがとよキリト。おかげでどうにかなるっぽい」
「……?」
十六夜は何かに気づいたようだが、それを告げずに立ち去った。
元ネタ紹介のコーナー
「「こいつ等をくっつければ……2人まとめていじり倒せる玩具の完成だ!」」
"暗殺教室 "、中村莉桜&赤羽業
頭はいいがそれをイタズラや変なことに使う小悪魔。
きっと十六夜もこんな感じ。
しかもこの作品はツッコミ役の黒ウサギが不在なので止まりません。