大好きな人がいた。
大好きな場所があった。
大好きな音があった。
大好きな時間があった。
でも、みんなすり抜けて消えていく。手を伸ばせば伸ばすほど、それは眩しく光ってまるで拒絶するかのように目をくらませようとする。
いつからだっけ、と雪音クリスは思考する。今は自身のギアであるイチイバルをその身に纏いながら歌を奏で、銃を撃つ。放たれた弾丸は異形の者達を射抜き、元の人間の姿へと変える。左に3体、右に4体、前と後ろにはいない。否、立てない。二人の男がそれを阻止する。仮面の下に素顔を隠し、聞こえてくるのは力んだ際の息だけ。そんな状況の中、クリスは不思議と過去を想いだしていた。
そういえば、あの時もこんなだったっけ。両親に連れられて訪れたIGO主催の音楽会。
父と母は有名な音楽家だった。聴いている人を笑顔にしてしまう二人の姿はとても綺麗で、当時のクリスにはとても輝いて見えた。
しかし、それは一瞬にして失われる。当時訪れたのは比較的内乱の激しい地区で、危険と常に隣り合わせの中行われたコンサート。誰もが耳を音に傾け、心が安らいだところに響く似つかわしくない銃声と悲鳴。素晴らしいものになるはずの会場は瞬く間に地獄絵図と化していった。
幼かったクリスは何が起きたのかも理解できぬまま、ただその状況に飲まれるしかできず、最終的には両親に庇われて自命拾いをした。
だがその後はとてもずさんなものだった。以前の幸せな生活から一変。来る日も来る日も何かに脅えながら震えて過ごす毎日。いつしか笑うことは忘れ、彼女に残されたのは争いを憎む気持ちと、それを嘆くことだけ。そうやって過ごしていく内にフィーネと出逢い、救われた。
でも、それが揺らいでしまった。今自分の目の前で拳を振るう二本角の仮面を被った男。自分と同じ、争いの嫌いなごく普通の男。此奴のせいでクリスを支えていた物は木端微塵に砕かれ、今では宛てもなく自分を探して彷徨う事しかできない。
『クリスちゃん!』
名前を呼ばれてハッとなる。左後方から迫っていた怪物に気付くのが遅れ、何とかしようと体勢を捻る。しかしいらぬ力が入ってしまったためか回転した際に足がもつれ、嫌な音を立ててクリスはバランスを崩す。だがそれを意地で振り払ってトリガーを引き見事撃退に成功する。
『クリスちゃん、大丈夫!?』
「へ、平気だこのぐらい・・・・っ、」
立ち上がろうと足に力を入れるとそこから激痛が走り座り込んでしまう。見れば足首が赤く腫れており捻挫だということが一目でわかった。
『・・・・士さん、クリスちゃんをお願いします』
『おまえはどうするつもりだ?』
『この先で、知り合いの人達が踏ん張ってくれてます。そこに応援に行かないと』
『…わかった』
「おい、ちょっと待て!アタシは…」
なおも食い下がるクリス。元々プライドの高い彼女だ、そう簡単には引き下がれないのだろう。だが、雄樹はそれに首を振る。
『大丈夫。すぐに終わるから』
サムズアップ。彼が幾度となく自分に見せてきたその仕草じゃもうすっかり見慣れてしまっていた。不思議とこれで言われるとなにも言えなくなって、どう言葉を紡いだものかと思考してしまう。クリスが黙ってしまった隙に雄樹は駆けだして行ってしまった。
『…俺は俺に出来る無茶をするだけだ』
「あ?」
『以前、通りすがった世界で出逢った男がそう言っていた。心配なんだろう?彼奴のことが』
見抜かれて、何だか恥ずかしくなったクリスはそっぽを向きながらそれを否定する。
「ハァ!?ば、バカいってんじゃねー!アタシは別にそんなこと・・・・」
『そうか。ならなおさらだ。雄樹の言葉、聞いただろ?大丈夫だってな』
「・・・・」
『戦いってのは何も命のやり取りだけじゃない。信じて帰りを待つのも、また一つの戦いなんだろうぜ』
意味ありげなその言葉に首を傾げるクリス。よく意味はわからなかったが、それでもその言葉の持つ説得力のようなものだけは強く感じ取れた。
♪
~同時刻・コンサート会場~
外の騒ぎは既にこの会場にも届いていた。観客はざわめき、もはやライブどころの騒ぎではなくなっている。今は雄樹がなんとか食い止めているらしいが、たった一人では不可能だ。幕が下がり、観客との間に隔たりがある今ならば誰に知られることもないと翼はギアを纏う為の詠唱を開始する。が、そこで風鳴弦十郎の声が響いた。
《待て翼。お前はそこに残れ》
まさかの指示に翼は反論する。
「あの人一人では荷が重すぎます!せめて私か立花のどちらかを…」
《そうしたいのは山々だがこの状況ではどちらも動かせん。それに、響君は今友人と一緒だ。ギアの奏者だと勘付かれたらマズい》
「しかし…!」
《今現在霧の進行速度はどういうわけか遅くなっている。敵がノイズと違って通常兵器の通用する相手のようだから問題ない。こちらと雄樹君でなんとかする》
それきり通信は途絶えてしまった。いくら問いかけても返事が返ってくることはなかった。舌打ちをする翼であったが、彼女はすぐさまステージからはけようと駆けだす。
が、そこに意外な人物が立ちはだかった。
「緒川さん…!」
「すみません。でも、翼さんを今ここから出すわけにはいかないんです」
「なぜです!今行かねば防人として――――」
「それ以前に、貴女はなんですか?」
緒川の突然の切り替えしに翼はハトが豆鉄砲くたったような、驚いた顔をする。
「なに、とは?」
「・・・・貴女の戦場は戦場(いくさば)だけではありません。風鳴翼の歌は、そんなものの為だけにあるんじゃない」
「そんなものと・・・・私はシンフォギアを纏うもの。相手がノイズでなくても、この身を剣とした以上たとえ無茶であろうと鞘走らないとでも!?」
「いい加減にしてください。今は貴女が出て行っていい状況ではないんです!」
「・・・・何故です?私は戦う為に歌っているのであって、アーティストとしての活動は二の次のはずです」
「それでも、貴女の歌は、風鳴翼の歌は!そんなものの為にあっていい歌ではないんです」
「っ、どかぬと言うのなら!」
イライラが頂点に達した翼は思わず拳を作り、緒川を殴る。だが、緒川とてただのマネージャーと言うわけではない。特殊な訓練を積んだ、少なくとも奏者である翼と比較してしまえば圧倒的とまではいかずとも緒川は躱すなり防ぐなりできていた。
が、緒川はそうとはせずに何もせずただ翼の拳を受けた。口の中に少し鉄の味が広がった。
「・・・・今、僕を殴ってどんな気持ちになりました?」
「・・・・」
「嫌な気持ちになりましたよね。雄樹君は、それをずっとやってるんです。躰が自分のものじゃなくなってしまうという恐怖の中、それでもみんなの笑顔を守るために。今翼さんがすべきは、戦うことじゃない。歌うことです」
「・・・・しかし、私は・・・・」
自信がなさげに言う翼。こんな彼女を見たのは久しぶりだと内心で少し笑いながらも緒川は先ほどとは違った優しい声のトーンで話す。
「以前、雄樹君が翼さんの歌を聴いた時に言ってたんです。心が和むって。だから、信じてあげてください。自分の歌を、それが持つ力と可能性を」
笑顔に、サムズアップ。五代雄樹のトレードマークが、まさかこんなところにまで浸透しているとは思ってもみなかったと同時に、またコレに助けられたのかと少々複雑は気持ちになった。
「…わかりました。しかし、本当にもう危ないと判断した場合は」
「わかっています。それまでは、頼みましたよ」
「えぇ。緒川さんも」
互いにうなづきあって、翼は再びステージへ、そして緒川は雄樹との合流ポイントへと向かう。
「幕、開けてください!それから照明とマイクも!」
矢継ぎ早にスタッフへと指示を飛ばす翼。すぐさま彼女の意向通りに幕が上がり、ステージ上の翼をライトが照らす。
そして、歌姫は歌を歌う。この外で頑張っている人達に届くように、恐怖と不安で震える心を癒せるように。