「ん…ぅん」
「ナルト!起きたか!?ナルト‼」
「ん…クラマ…うるさい」
「な…ナルトおおおおぉぉぉぉ‼」
「げふぅ!?」
目覚めは最悪だっただろう。何しろ寝起きでとんでもない大声を聞かされ、さらには腹の上に重いものがズシン、と乗っかったのだから。誰でも呻く。
「ナルトナルトナルトおおおおぉぉぉぉ‼」
「く…クラマ…くるし…‼」
「ナルト‼わしは、わしはああああぁぁぁぁ‼」
どうにか腹の上のクラマをどかそうとするも、クラマはナルトにしがみついて離れない。酸欠にで薄らいでいく視界にこれは死んだと思ったナルトは、再びその意識をここではないどこかに飛ばし――
「落ち着け」
「ぎゃふん」
――そうになる前に、クラマが横に吹っ飛んだ。やっと息が吸えるようになったナルトは、涙目になりながら酸素をむさぼる。徐々に呼吸がゆっくりとなったナルトは最後に大きくため息をついた。そしてやっと周囲の状況を把握する。
「あれ?ここ、おれのへや?」
ナルトは首を傾げた。ナルトが起きたのは自分の部屋の布団の上だった。いつもならそれで当然なはずなのに、何か違和感を覚える。
(おれ…きのうへやでねたっけ?)
「はい、ホットミルク。落ち着くよ」
「あ、ありがとうってば」
手渡されたマグカップには、ホットミルクがなみなみと注がれていた。その匂いに急激に空腹を覚えたナルトは、息で冷ましたあとゆっくりと飲んだ。お腹にじんわりとあったかいものが広がって、ナルトはほうっとまたため息をついた。
「おいしい?」
「おいしいってば。ありがと、にいちゃん」
と、そこまで言ってナルトはふと思い出す。この部屋にはナルト、クラマ、保母さんと三代目火影しか来ない。というか今までそれ以外の人が訪れたことはない。そもそもナルトの知り合いには、今目の前でニコニコ笑っている青年はいない。さらに言えば人間の知り合いはほとんどいない。
「に」
「?」
「にいちゃんだれだってば‼‼」
「だれだってばだれだってば…」と里にはナルトの声がエコーで響きわたることとなった。
「まま、落ち着いて。ほら、ミルクこぼれちゃうよ」
「え?…わわっ‼」
間一髪、マグカップからミルクがこぼれることはなかった。
「とりあえず、それ飲んじゃいなよ」
「う、うん」
「あ、そうだ。お腹空いてないかい?おかゆ作っておいたんだ」
「え、いや」
「ほらおいしそうでしょ?食べるかい?」
「…いただきますってば」
育ちざかりの子供は空腹には勝てず。まんまとペースに乗せられたナルトは、おかゆをかっ込み始めた。やはりニコニコ笑いながらそれを見守る青年。そして部屋の隅でさかさまになって目を回しているクラマ。
そんな光景が五分ほど続いた。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした」
青年は食器を洗い場のほうへ持っていき、そのまま片づけを始めた。鼻歌とセットで。
その間にナルトは改めて青年をじっくり見てみた。
背格好は大人、というには少し低めだとナルトは思った。顔立ちからしてもまだ十五歳くらいかもしれない。髪の毛はきれいな藍色をしていたが、短いくせ毛があっちこっちに伸びていた。目は薄い黄色になっていて、思わず「かみとめがおれとぎゃくだってば」とつぶやいた。肌は少し黒く、そこもまたナルトの白い肌とは正反対だった。
しばらく見ているうちに食器を洗い終わったのか、青年が戻ってきた。と同時に、つぶれていたクラマが目を覚まし、青年に食って掛かった。
「貴様!何をする!貴様のせいでナルトと一番に話ができなかったではないか!」
「いや、あのままだったらナルト君のこと殺してたよ?自覚してないの?」
「何を言う!わしがナルトを殺しかけるなど、あるわけがなかろう!のう、ナルト!」
「ごめん、クラマ、おれしにかけた」
クラマは負けた。ナルトの一言で認めざるを得なかった。そのまま背を向けていじいじするクラマを放っておいて、ナルトはもう一度聞いた。
「それで、にいちゃんだれなんだってば?」
「…そうだな、その前にナルト君」
「?」
「君のこの間の誕生日、何があったか覚えているかい?」
この間の誕生日?とナルトが考え込むこともなく――それを思い出した。
クラマを自分の中に閉じ込めて。
初めて外に出て。
いろいろ見てたら、男の人に話しかけられて。
それで、それで―――
「大丈夫。ゆっくり深呼吸して。よく吐くんだよ」
いつの間にかナルトは過呼吸になっていた。息がうまく吸えず、また涙目になってしまう。しかし青年がナルトの背中をさすって、助言した。それにならって、よく息を吐き、苦しくなったら少し吸って、また吐き、吸って、吐きを繰り返した。クラマはいつの間にか復活し、そんなナルトを心配そうに、そして青年のことを忌々しそうに見ていた。
「よし、大丈夫かな?」
「…うん。にいちゃん、ありがと」
「いいや、思い出させたのは俺だからね。
お礼を言う必要はないよ」
ナルトの礼を首を振って受けなかった青年は、ナルトの目を見て言った。
「君があそこで倒れているのを見つけたんだ」
「にいちゃんが?」
「そう。驚いたよ。
あんな真っ暗闇のところに子供が倒れているなんて、
この里じゃあよっぽどのことだね」
そのあとをクラマが補足した。
「こやつがナルトをここまで運んでくれたのじゃ。
体もきれいにしてくれて、傷の手当てもしてくれた」
「そっか…そうだったんだ。
ありがとう、にいちゃん」
「ん、そのお礼は受け取っておこう」
今度は笑って受けた青年だったが、ナルトの心は晴れなかった。
「ナルト君、気になっているんだね?」
そんなナルトの心を青年は読んだ。
「どうして自分があんな目にあったのか。
どうして知らない人が君をあんなに憎んでいたのか。
『化け狐』とはなんなのか」
その言葉にクラマは思わず身を揺らした。ナルトはクラマに顔を向けた。
クラマは自分を外に出させたがらなかった。ということはクラマはきっと知っている。自分の疑問のすべてに答えられるはずだ。ナルトはそう考えた。
「クラマ」
「…」
「おしえて、クラマ」
クラマは俯いてしまった。ナルトにはまだ真実を教えたくなかった。やはりまだ早すぎると考えていたから。しかし、もうことは起こってしまい、隠しておくことはできなかった。
「…わかった。教えよう」
ナルトはうなずいて先を促した。
「わしが語るのは、すべて真実じゃ。
里人の言っていた『化け狐』。それはわしのことじゃ」
そして語られる三年前の真実。三歳の子供にはあまりに重すぎる内容を、クラマはたんたんと語った。
「これが、全てじゃ」
全てを語り終え、クラマはナルトから目を背けた。無理もない。クラマがあの時暴走していたとはいえ、ナルトの実の両親を殺したのはクラマなのだ。そして、そのことについて後悔しているかといえば、全くそうではなく、むしろ二人のことを憎んですらいた。そもそも人間嫌いとなったクラマがナルトの世話をしてきたのは、ナルトのことを気に入ったからだ。それ以上でもそれ以下でもない。だからナルト以外の人間のことなどどうでもよかったし、これからも何人も殺すだろうと思っていた。
きっとナルトは怒るだろう。もしかすると、もう二度と外に出してはくれないかもしれない。もしここでナルトがその選択をしたとしても、クラマはそれに従うつもりだった。ナルトのことを気に入っているからこそ、溺愛しているからこそ、ナルトが決めたことに反対しないと決めていた。たとえそれで己が死ぬことになろうとも。
「クラマ」
ナルトの声が聞こえる。クラマは目を閉じて次の言葉を待った。
「ありがとう」
しかし、思ってもみなかった言葉と体を包み込む暖かさに目を見開いた。
ナルトは、クラマに抱き付いていた。その小さい体を目いっぱいに広げて。
「クラマがはなしてくれて、うれしい」
「なぜじゃ、ナルト…わしはお主の両親を殺したのだぞ?
それだけではない。里の者だって」
「おれはきっととうちゃんとかあちゃんとおんなじくらい、クラマのことがすき」
ナルトがクラマの言葉を遮り言った。
「だってクラマをおれにふういんしたのはとうちゃんとかあちゃんなんでしょ?
だったらクラマはおれへのプレゼントなんだよ。
ふたりでがんばれっていってるんだとおもう」
「それにクラマはとつぜんそとにでてびっくりしたんでしょ?
もしおれがそとにでたときクラマみたいにつよかったら、たぶんおんなじことした。
だってみんなけってきて、こわかったもん」
「だから、クラマはわるくないってば」
ああ、これが三歳児の言うことだろうか。そんなことを言わせるために言葉を教えたわけではない。許してもらうために育ててきたわけではない。自分の気まぐれで生き残っただけなのに。こんな自分勝手なやつに自分の両親を殺されて許せる者がいるだろうか?
「ううん、きっとだれでもゆるせるわけじゃないよ」
「クラマだから、だよ」
「っ!
…
ナル…トぉ…」
クラマもナルトを抱きしめた。すでにその顔は涙でぬれてぐしょぐしょであったが、構わず抱きしめ続けた。今まで生きてきてこんなに申し訳なく思ったことはあっただろうか。こんなに謝りたいと思ったことはあっただろうか。こんなに、うれしく思ったことは、あっただろうか。
ナルトは、クラマの憎悪を解き放った。その様子を藍色の髪の青年だけが優しく見守っていた。
度忘れのため急きょ少し話をずらした、わけではないのですが、その結果クラマは救われました。ここまでちゃんと救おうとは思っていなかったのですが、うちのナルトはクラマを許すんだし、という流れで書いたらこうなりました。
ナルトはクラマが思ってもいなかった自分の境遇と重ね合わせることをしたんですね。なんだ、それなら別にクラマ悪くないじゃん、という結論がナルトの中で出ました。突然攻撃されたら、逃げるかし返すか。それだけの違いなのだと語ってくれました。
自分で書いてて、ナルトすげぇ…と思ったことは内緒です。