小説ドラゴンクエストⅢ -Remake-   作:蘭陵

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8.シャンパーニの塔

「…………ええと」

 少女がフードを下す。亜麻色の髪に、紺碧の瞳の美少女である。だが、一体誰だろうか。見覚えがあるような気がするが、少なくとも部屋を訪れてくるような知り合いではない。

「私はリザ。ロマリアの商家で会ったけど、忘れちゃった?」

 はっと思い出す。そういえば、先日夕食の際に呼びに来た、あの使用人の少女ではないか。服装は全く違うし、髪も結っていたのが下ろされている。

「……こっちの方が本当の私なんだけどなあ。事情があって、働かせてもらってたのよ」

 その事情というのが、アレルたちに関係する。どういう事なのかと聞くと、リザはずばりと言った。

「カンダタを倒しに行くんでしょ?私も、同行させてもらいたいの」

 

 リザの記憶は、10年前から始まる。

 最初の記憶は、バラモスが現れた数日後、一人ロマリアの城門に佇んでいた光景。両親の顔も、自分の出自も全くわからない。おそらく、魔物に襲われた恐怖で記憶を失ってしまったのではないだろうか。

 そんなリザを拾ってくれたのは、魔法使いの夫婦だった。心優しき人だったのであろう、その夫婦はまずリザの持ち物から、両親を探そうとした。

 身に着けていたものは、かなりの高級品。特に握りしめていた銀の横笛は、細工や装飾からして由緒あるものに違いない。貴族の娘ではないかと思われたが、しかしそれなら大騒ぎになるはずである。

 他に手掛かりといえば、その笛に彫られた『RIZA』という名前のみ。本名か愛称なのかは不明だが、まずこの子の名前と考えて間違いあるまい。

 であれば、両親の捜索はそんなに難しいことではないだろう。そう思って夫婦はロマリア一円を捜索してみたが、どうにも行方が解らない。結局、そのまま自然と家族になった。

 

 バラモスの脅威があり、生活はつつましい物であったが、困窮することはなかった。子のいない夫婦は実の娘のようにリザを愛してくれた。

 その暖かな日々が暗転したのは、つい数か月前のことである。

「………殺されたの、カンダタに」

 銀の横笛も奪われた。日々の糧を得るためあの商家で働きながら、どうしたらカンダタを討てるか考えていたところだ。商家なら、カンダタが狙うかもしれないという期待もあった。

 そんな時、アレルたちがカンダタを倒しに行くと漏れ聞いたので、慌てて追ってきたというわけである。

「何が義賊よ。人殺しの盗賊じゃない」

 リザの目は暗い。何となく、ジュダを思わせる。この少女はああなってはいけない。わけもなくそう思ったアレルは、望み通りリザを連れていくことにした。

 

 

 ―翌日。

 アレル達には、リザを戦わせるつもりはなかった。クリスと違って、剣など持ったこともないだろう。しかしそれが失礼極まりない考えだったということが、すぐ分かることになる。

「私に任せて」

 そう言うや、硬い甲羅に苦戦していた軍隊ガニをヒャドの一撃で粉砕した。次いではキラービーの群れをギラで焼き払うという活躍ぶりである。

「こう見えて、魔法の訓練だけは欠かさなかったのよ」

 

「………」

 クリスも複雑な表情でいる。リザの実力は認めるが、生粋の戦士であることを誇りとする彼女にしてみたら、呪文が活躍するのは快いことではない。

 かといって、リザは少女である。正確な年齢はわからないが、「一応15歳」とのことだ。これが男だったらモハレの時のように強く出ただろうが、15歳の少女相手ではさすがにできない。

「いやあ、すげえなあ、リザって」

 対しモハレは、素直に感嘆することしきりである。僧侶と魔法使い、役割が明確に分かれているから気にしないでいられるのだろう。

 

 リザの活躍のおかげで、シャンパーニの塔までの戦闘は順調に進んだ。ただし道のりの方はそうでもない。森で迷って、余計な時間を消費した。

「よう、遅かったじゃないか」

 それでも塔の入り口にたどり着き、当然いる見張りをどうするか考えていたところ、不意に後ろから声をかけられた。なんとセイスである。

 

「何でお前がここにいるんだ…?」

 クリスが怒りを含んだ口調で問いただす。まあ、考えられることは一つであろう。

「そりゃあ、ここは俺のねぐらでもあるからな。何の不思議もないだろ?」

 つまり、カンダタ一味であるということだ。しかし、それなら何故自分たちの本拠地を教えるような真似をしたのだろうか。

「………なあに、ちょっとオヤジに会って欲しいというだけさ」

 

「…おいセイス、なんだその連れは?」

 セイスの案内で、塔内は何事もなく進めた。カンダタの居室の前で、ようやく咎められたくらいである。どうやらセイスは、この組織の中でかなり上のほうにいるようだ。

「よう、アインの兄貴。いつもご苦労さん」

 セイスやこのアインはカンダタの養子なのだという。その養子たちが、下の工作員を纏めている。

 

「そいつらは何だ、と聞いているんだ。お前、よもや―」

「こいつら?いや、入団希望者―」

「あたしたちは、ロマリア王の依頼で『金の冠』を取り返しに来た!覚悟しろ、盗っ人ども!!!」

 あ、とセイスがあっけにとられたような表情で固まった。クリスとしては、策略としても盗賊と名乗るなど許せることではないのだろう。だが、この状況で真っ正直に言うことはないではないか。

「何だと!!!おい敵襲だ、敵襲―!!!!!」

 

 あちゃー、とセイスが頭を抱える。アインの号令により、すぐさまアレル達は取り囲まれた。

「セイス!いくら何でも、オヤジの恩を忘れるとはな!この裏切り者め!」

「いや、クワトロ兄、これには深い訳があってだな…」

 もうセイスの言い訳を聞く者など、誰もいない。アレル達も剣を抜く。一触即発の緊張した空気が流れる中―。

「うるせえ!何の騒ぎだ!!!」

 奥の部屋から、野太い声が響いた。

 

 歩くごとにずしんずしんと地鳴りがしそうな巨躯が、奥から現れた。といって肥えているというわけではない。鍛え上げられた筋肉質の体は、動物に例えるなら熊を思わせる。

「このカンダタ様のアジトに殴り込むとは、いい度胸のガキどもじゃねえか。……セイス、理由は後で説明してもらうぞ」

「あー、いいけど。……あとオヤジ、こいつあのオルテガの息子だってよ」

 覆面の上からでも、表情が変わったのが見て取れた。「オルテガの息子だ~?」と恨みがましい声で言ったと思うや…。

「ふざけんな!!!全員ぶっ殺せ!!!!」

 なんだかわからないが、ブチ切れたみたいである。

 

「ど、どういうことなんだべよ、セイス!」

「あー、ウチのオヤジ、昔オルテガにコテンパンにやられたらしいんだ」

 かつてオルテガも、同じようにアジトに乗り込んできたのだ。そして、打ちのめされた。だが、ただ負けたから恨んでいるというわけではない。

「義賊も盗賊も、盗むという行為に変わりはない。故に、貴様は悪だ」

 カンダタにしてみれば、負けたことよりこの言葉の方が屈辱だった。ふざけんな。なら王や貴族が収奪するのは悪ではないのか。貴様だって、そっち側の人間ではないのか。

 自分はただ、権力によって奪われたものを奪い返しているだけだ。

 

「それをあの男は認めやがらなかった。どんな正論を抜かそうが、今困窮している民衆のために動いているのは俺様だってのに」

 『金の冠』だって、そのために盗んだのだ。ロマリア王とて、さすがに捨て置けまい。得た金は、貧民街の避難民に配る。何もしようとしない為政者より、自分の方がはるかに小さい悪であり、大きな善だ。

「ふざけないで!私の両親を殺して銀の横笛を奪ったことだって、正義だって言うの!?」

 リザが叫ぶ。それはセイスも気になっていたことだった。カンダタ一味のやり口とは、とても思えなかったからだ。

 カンダタのやり方は、まず貴族や商人を狙う。それも人を送り込み、充分内偵を済ませ、それで悪と判断した相手に絞る。マカリオのところにセイスがいたのも、そのためだ。

 

「銀の横笛?」

 あああれかと何やら合点したらしく、部下に顎をしゃくって持ってこさせた。それを、無造作にリザに投げ渡す。

「カンダタ様を馬鹿にするんじゃねえ。これなら、俺様の名を騙ったコソ泥の仕業だよ。きっちり落とし前はつけさせてもらったがな」

 身包み剥いで半殺しにした挙句、森の中に吊るしておいた。今頃は、魔物の腹の中で消化されて森の肥料となっているのではないだろうか。運が良ければ助かったかもしれないが。

「笛ならだれが持ち主か調べて返しに行こうと思ってたが、そっちから出向いてくれたおかげで手間が省けたぜ。…さ、もう用は済んだだろ、帰りな」

 

「………」

 沈黙が場を支配した。クリスでも、剣を構えたまま固まっている。臆したわけでなく、気を呑まれたという感じである。

「……それでも、他人の物を盗んでいいなどということはない」

 それを破ったのは、アレルの声だった。

 

「……あ?」

 カンダタの巨体がどすどすとアレルに近づき、睨みつける。負けじとアレルも睨みかえす。

「……つくづくムカつくガキだぜ。ほっんと、あの野郎によく似てやがる。…いいぜ、一つ、ちと畑違いで厄介なヤマがあってな。それを見事解決出来たら、『金の冠』返してやる、ってのでどうだ?」

 根負けしたように、カンダタが言い出した。

「……ちょっと待て。あたしたちに、盗みをしろっていうんじゃないだろうな」

 いくら『金の冠』を取り返したいからと言って、自分たちが罪を犯すなど言語道断である。それに対しカンダタは、あっさり答えた。

「安心しろよ、お前さんたちが大好きな、『人助け』だ」

 




・リザ
原作の小説版ではヒロインだった魔法使いの少女。
この話でもヒロインであるのは変わりませんが設定は思い切り変えました。

・カンダタのイベント
書いていくうちに「単に倒して終わり」では納得いかなくなり、自分でも何故かわからないまま取引をする流れに。
何をさせられるかは、次回にて。

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