宿毛泊地提督の航海日誌 -memories alive- 作:謎のks
その修繕は、望むにしろ無しにしろ、ある日突然完了する。
記憶を「失う」でなく、思い出すからこそ「失う」のだ。
突きつけられた現実
現れ、聳え立つ壁
抗えぬ「運命」
その「巨大」に立ち向かう豆粒のような「人」。
…その手に掲げるのは正義か、悪か…──
──死なせない。
お前は、私のたった一つの宝物である、お前だけは…!
必ず、かならず私が…!
…っ! 誰だ…?
・・・・・
「………」
「誰だ。と聞いているが?」
「…その娘をこちらへ」
「フン! 国の下僕(イヌ)か…私が素直に応じるとでも?」
「教授」
「………」
「貴方の研究成果は素晴らしいものだ。我々の期待に十二分に応えてくれた。だが…ここはもう「終わり」だ」
「終わりなものか…私がいる限り」
「そう、この「機関」の創設者。彼の謎の失踪の後、貴方は主任研究員として従事していた。だが…」
「黙れぇ!!」
「…これは国の決定。この機関が公となった今、ここを放棄しなければ、我が国に甚大な反声明(パッシング)を受けることになる…そうなれば今後の外交に支障が重く残ることに…」
「何が外交だ! 何が政治だ!! お前たちはいつもそうだッ! 都合が悪くなれば全て揉み消そうとする! 人の生死さえも! お前たちには外交の手段でしかないと言うのか!!!」
「それが…「国」というものです。教授」
「………」
──すちゃっ
「!? 何を?! 貴様、はやm」
「…さらばだ」
カ
チ
ッ
・
・
・
・・・・・
盛大な爆発音
燃え盛る施設
足元に走る爆炎は、己の生命を削り取っていくことを感じられた。
「自爆装置…ははっ、我ながらなんと古典的な…」
自虐的に笑う男は、背中に背負う彼女を見て…生気を失った眼に一瞬の光を取り戻す。
「…大丈夫だ。お父さんが……お前を見捨てるものか」
狂いに満ちた、淀んだ、それでいて優しげな表情で彼女を見つめた。
…男は死を覚悟していた。最早この世に未練は無い、どうせ死ぬのなら最愛の愛娘と共に死ぬ。そう思っていた。
──ふと、男は前を向いて、そして眼を見張る。
「……何!?」
この研究所は自分が「爆破」した。それ故に生存者はいないものと思っていた…
だが、男の目の前には「白衣を着た」痩せこけた男が立っていた。
「……善い貌をしている。この世の全てを憎む貌付きだ」
「…何者だ、貴様?」
目の前の人物が異質であると一目見て分かる、頭から角が生えている男など、死に際に見る夢にしては夢見が悪い。
「私は…人類への叛逆者。君と同類さ?」
「叛逆者? …ふっ! ふはは! 何だそれは、笑い話にもならないぞ!」
「もう理性者を装うのはよせ。君も…自分がナニモノか、理解しているのだろう?」
「…!」
「君には何物にも代え難いモノがあるはずだ…私なら、そこの「彼女」を何とかしてやれる」
「…悪魔か、貴様?」
「然り。君の願いを叶えよう、但し代償として、君には彼女を差し出してもらう」
「っ! 貴様!!」
「逆らうか。だがそれが正しい選択か、よく考えてみたまえ?」
…男には、それが甘言であると断言できると同時に、それでも抗い難い思いがあった。
「…本当に、貴様ならこの子を…何とかしてくれるのか?」
藁にもすがる思いだった、意識が朦朧とし始めた思考は、契約を迫る悪鬼に全てを託そうとしていた。
男の言葉を受けて、悪鬼はニヤリと凍てついた嗤いを浮かべる。
「約束しよう。彼女の存在を繋ぎ止め、君を蔑ろにした人類に鉄槌を下すと」
人類への復讐。そんなもの男にはどうでも良かった。
どのような形でも良い…一人娘がもう一度在ってくれる。
それが…男にとって、何よりもの願いであった。
「…分かった。だが私はもう無理だ、この場に長居し過ぎた」
「死を選ぶか。だが君も愛娘が在る姿を見たくは?」
「ああ…だからこそ、私は向こうへ罪を償いに行くよ。悪魔に魂を売ってしまったのだ、罪を被るのは私一人で良い」
「度し難いな? だが、それも…有りか」
「私はもうどうなろうとも良い。だが……必ず…むす、めを………!」
そういうと、男はその場に倒れ込んでしまった。
「…惜しいな、だが…君の願望は、私が叶えよう」
『……?』
男が背負っていた少女が薄っすらと目を開ける。
その瞳に生気は無く、ただただ一点を見つめているだけであった。
「安心したまえ。君には利用価値がある…無下には扱わん」
『……』
「君の人生は卑しい人類に翻弄されていた…しかしてそれも終わる。君は新たに生まれ変わるのだ…さあ、私と共に、奴等に復讐を…!」
『…………』
彼女は何を思うわけではなく、ただ…頭の中に響く在りし日の自分、そして「もう一人」の楽しげな笑い声に耳を傾けていた…
『……オ、ニ…………チャ…』
・・・・・
──宿毛湾泊地
人類の脅威、海からの侵略者「深海棲艦」から人々を守る為に設立された防衛拠点の一つ。
その名は、約七十年前に起こったある「世界大戦」当時に存在した旧日本海軍の鎮守府、泊地などに由来する。
周囲の人間には「宿毛泊地」と通称で呼ばれている。
四国の一角に建てられたその場所は、別段に深海群が襲ってくるなどの心配はなく、今日もきょうとて、のびのびとしていた。
…その拠点となる泊地には「対深海群防衛秘匿兵器」通称「艦娘」。
彼女たちが拠点ごとに配置されており、この宿毛泊地にも約200人もの艦娘が在籍している。
その姿形は人のそれと変わらず、しかしながら兵器として見られることも少なくなく、深海群含めて彼女たちに対する偏見の目が未だ消えない。
果たして彼女たちは何モノなのか…その正体を知るモノはいるのか……?
・・・・・
「ふぅ……いい感じです♪」
泊地の内部に作られた「作物スペース」。そこには畑と、それを耕す人たちがいた。
「ったく、何で私が…」
そう言いながら、鍬を振り汗水を流し、それを首に巻いたタオルで拭く少女…艦娘の一人「満潮」
彼女も約七十年前の戦いにおいて活躍したとされる朝潮型駆逐艦、その三番艦の名前から取っている。
「みっちーさん、少し休憩しますか?」
彼女に向けて笑顔を咲かせるのは、同じく艦娘の一人、秋月型三番艦「涼月」。
二段階に分かれて展開されている「超大規模作戦」、その第一段階終了の後に配属された。
季節は冬の2018年1月。後1カ月もすれば、作戦の第二段階が開始されようとしている…そんな折にこんなことやっていて良いのか? と満潮は正直に考えていた。
「全く…緊張感ないわね?」
「そんなこと言うて、嬢ちゃん一生懸命に鍬を振り下ろしよったにゃ?」
「いやいやホンマよ? かわえい顔しちゅうに、こじゃんと力を入れゆうきビックリしたわぁ!」
涼月の畑を耕すため、集まってくれたご近所の方々から小突かれる満潮。
先ほども言ったが、艦娘とは「秘匿兵器」。本来は民衆の前に姿を見せるべきではないが、ここ「宿毛泊地」においては例外で、特に制限は掛けていない。
そのためこうして一般の人が、艦娘に紛れて出入りすることもしばしば。今回は涼月の招集に快く応じてくれた数人の人たちが駆けつけた。
満潮は公然とその身を晒すべきではないと「常識的に」考えているが、ここ宿毛市(ひいてはそういった環境)の人間は、雄大な自然に囲まれた生活を送っているためかそういった偏見は持ち合わせていなかった。
心穏やかで、自然に接してくれる彼らに、素直に感謝をしている彼女であった。
「当たり前よ? 鍛え方が違うもの?」
「おお、言いよるわ! オレも負けれんちゃ!」
「やめちょき、アンタには無理よぉ? ろくったな運動もせんちゅうに」
「わや! それ言うかや!? めったわ!」
近所のご夫婦らしい年配の男女二人のやり取りに、周りから自然な笑いがこぼれる。
満潮もフッと笑うと、涼月と一緒に休憩を取ることに。
「行ってきぃや」と朗らかに笑う彼らに見送られながら、二人はその場を後にした。
・・・・・
「ふぅ…ホント朝っぱらから元気ね? あの人たち」
「ふふ…♪」
「何よ?」
和やかな笑みを浮かべる涼月。
「そういう時のみっちーさんって、本当に嬉しそうに喋っていて…毒のある物言いも、そういった優しさの裏返しなんだなって?」
「んな!?」
まるで言い当てられたように動揺する満潮。自分はあまり内面を出さないが、彼女は短い付き合いの中で自分を理解していたのだな? と驚いていた。
「…そうよ、文句ある?」
「いえ、私は貴女のその優しさを尊敬します…うふ、少し気恥ずかしいですね♪」
「全然そんな風に見えないけど? …全く」
微笑みながら、泊地前の海を望む新港を歩く二人。
間宮さんからお弁当を作ってもらい、さてどこで食べようかと思いながら歩いていると、彼女たちの前に近づいてくる影が…
「…? あれは」
「ああ「くうさん」ね? 遠目からでもあの額の傷は分かるわ」
「はい、それは存じていますが…何か、フラついているような…?」
言われて満潮は目を細めて見やる。…確かに足元がおぼつかない調子で、フラフラと一歩ずつ進んでいるといった様子に見えた。
二人は急ぎ足で彼女に近づき、声を掛けようとする。
「ちょっとくうさん! どうし……!?」
そこに立っていたのは、ボロボロになり、立っているだけでやっとという様相のくうさん…「空母棲姫」。
数いる深海群「姫クラス」の中で、上位の強さを誇る彼女。
満潮は、自分が知っている上で、彼女ほどの手練れがここまでやられる姿を見たのは初めてかもしれないと思った。
『……は…っく………ぅ』
苦しみに悶えながら、満潮たちを見て安堵したのかそのまま倒れてしまう。
「!? ちょっとくうさん! しっかりしなさい! しっかり!!」
「…みっちーさん、私は提督にこのことを報告にいきます。…何か、胸騒ぎがするのです」
顔つきが変わり、声のトーンが一つ低い物言いで涼月は言う。
「! …分かった」
満潮が了承すると、近くにいた年配の方々が近づいて来た。
「おぉい! どうしたぁ大声をだして?」
「! いぃーや!? くうさん!!? どういたことよ?!」
「ちょうど良かった! 皆、くうさんを泊地に運ぶから手伝って!」
「おお! 任せちょき!!」
「しっかりしぃよぉ! くうさん!」
男二人に肩を担がれながら運ばれていく。こうして、傷だらけのくうさんは泊地で応急処置を施される。
・・・・・
「…くうさんの容体はどうよ?」
執務室の机、その椅子にかけながら提督はくうさんの状態を聞いた。
「まずは大丈夫でしょう。しかし…あれは酷い有り様です」
そう答えたのは、宿毛泊地の定期従軍医「徳田」。彼は淡々と告げる。
「身体に火傷痕多数、バイタルも「疲労困憊」という状況です。まるで「激戦を潜り抜けた後」のようです」
「…ほうか。オレらぁの他にも鎮守府や艦娘はおるけど、その子らぁやろか?」
「それはどうでしょうね? 我々は作戦遂行以外の艦娘の行使を「余程のことでない限り」許可はしません。私はそのような報告も受けていません」
「…ああね? そういや先生は運営側やったっけ? 時々忘れよるわ」
苦笑しながら提督は皮肉めいたことを言うが、くうさんの凄惨な有様を目の当たりにしてか、いつもは軽い口が重く感じられた。
「…それともう一つ」
「…何よ?」
「彼女の火傷は、皮膚が焦げているというより「焼けただれている」ようでした…そのような火力が出せるモノを、私は一人しか思いつきません」
「ん? 誰よ、戦艦か?」
「そう、戦艦…「棲姫」」
その言葉を使った瞬間、場が凍りつくほどの緊張が走る。
「嘘やろ!? 同士討ちて言いたいが!!?」
「私も、裏切りモノの粛清ならまだしも、彼女…空母棲姫にその兆候は見られなかった。本来ならあり得ない状況ですが…仮にそうであるなら「筋が通っている」のです」
「筋? それは…?」
徳田は眼鏡をかけ直すと、冷静な声色を作り、現在の彼女たちの情報を伝える。
「最近、深海群が人を襲う割合が極端に増えています…近年では温厚になり、被害も最小限にとどめていた彼女たちが、です」
「…? それはしょうがないがやない? イカンけど、アイツらぁにも立場が」
「それは理解しています。しかし、この「超大規模作戦」の期間中にここまでの暴挙に出るものか、と?」
「アイツらぁがおかしくなったち言いたいが?」
徳田は押し黙るが、少しするとゆっくりと口を開いた。
「…考えてみて下さい? 彼女たちがここまで鎮静化していたのは「まともな」指揮官がいなかったからと仮定するとして…この状況はその穴を埋める存在が出現した結果…それこそ「中枢棲姫」のような」
「っ!」
──中枢棲姫
それは、深海群を最初に率いていた「女王」。
人類から制海権を奪い、殺し、絶望に沈めようとしたモノ。
人類と艦娘と、彼女率いる深海群との、永きに渡る死闘の末撃破した人類は、海の平和を取り戻し、深海群も弱体化する一方と思われた。
「それって…」
「そう、中枢棲姫、そして「総督」。彼らに比肩しうるモノが現れたとしたら? それにより向こうの方針が変わってしまったとしたら?」
そう、そんな深海群を新たに率いたのが「総督」。
もしも、彼らに匹敵する「敵」が現れたのだとしたら…それは人類の脅威の「再々来」と言えよう。
「そんな…」
「まあ、まだ推測の域ですが。しかし空母棲姫、彼女の負傷が何らかの異常があることを示唆しているのでしょう」
提督は徳田の言葉に、どこか納得をしていた。
というのは、くうさんは嫌なことは「いや」と言える女性であると知っているので、それでも中立を保っていた彼女でも「拒否」する事態であることを理解出来た。
「…ほうか、やったら調べた方がえいかえ?」
「何を言っているのです? ここは迂闊に行動しない方が」
徳田が言い終わる前に、執務室の扉が勢いの良い音を立てた。
「大変です! 提督!!」
「大淀?」
「どうかしましたか?」
途中で話を切り上げ、徳田が大淀に事情を聞く。
艦娘の一人、軽巡「大淀」。
彼女は運営側から遣わされた伝令受理担当でもあり、運営からの情報を逐一報告している…言うなれば、彼女が報告しに来るということは「何がしかの事柄」があったということ。
「太平洋近海に、深海群反応を探知! 徐々にこちらへ侵攻中とのことです!」
「何やと!?」
いよいよ事態は動き始めた。
数ヶ月に渡る超大規模作戦、敵深海群の重要拠点への侵攻の防衛。
しかし、いかに深海群とて、このような「特攻紛い」のことを、大事なこの時期にやるとは思えなかった。
前例がないとはいえ、これは彼女たちに何かあるのではと、勘繰らざるを得ない。
「…先生?」
「ふぅ、致し方ありませんねぇ? 状況を確認する為にも、あえて危険に飛び込んでみますか」
こうして、宿毛泊地は深海群の動向を把握するため、偵察を兼ねての向かい討つ形を取る。
──そこには、彼らの知らない驚愕の光景が広がっていた。